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アポロの失敗、シャトルの成功

 はやぶさ2の人工クレーター生成、イスラエル月面探査機ベレシートの月面着陸失敗、ブラックホールシャドウの直接撮像成功など、ビッグニュースが盛りだくさんな昨今の宇宙界隈ですが、本記事では僕の勝手な趣味全開で有人宇宙探査を取り上げてみたいと思います!

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5年以内に再び月へ

 というのも、先月末にアラバマ州ハンツビルで行われたペンス米副大統領の演説が、めちゃくちゃ直球で力強く、NASAに対して怖いくらいの脅しと発破を掛けるものだったからです。曰く、

"我々は5年以内に再び月に降り立つ"

 そしてNASAマーシャル宇宙飛行センターを中心に開発してきた次世代大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の度重なる開発遅延と予算超過を

"bureaucratic inertia"(官僚的動きの悪さ)
"paralysis of analysis"(分析麻痺症候群)

と批判したんです。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

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宇宙開発競争、再び

続けて曰く、

"現在我々が再び月面に着陸するのは2028年と言われている。これだとSLSプログラムの開始から18年、トランプ大統領の指示から11年もかかっている。我々はもっとできるはずだ。50年前は8年でできたことが、今11年もかかるはずはない"
"我々は今、再び宇宙開発競争の真っ只中にある。中国が月の裏側への着陸を成功させ、月面戦略において優位に立とうとしている。ロシアは7年以上にわたって我々の宇宙飛行士の輸送に高い値段を吹っ掛けてきている。そして敵は彼らだけではない。最悪の敵はComplacency(現状に満足しきっている我々自身)だ"

 同じ月面着陸でも、50年前と今では、月に何をしに行くのかも違うし、同時進行しているミッションの数も違うし、職員の数も違うし、かけられる予算もまるで違うわけです。にもかかわらず「50年前は8年でできたことが、今11年もかかるはずはない」と言ってのけるこの粗さ。

 さらに中国やロシアを「敵」呼ばわり。今や有人宇宙探査において国際協力が欠かせなくなったこの時代に、まるで冷戦期のような荒い物言いですよね。そして最悪の敵は自分自身であると。

 正直めちゃくちゃ粗い荒い煽りなんですが、もしかしたら人類の歴史の中でときどき人々を突き動かしてきたのは、こういう国威発揚プロパガンダを振りかざす理不尽な指導者だったかもしれない、とケネディ大統領のライス大学の演説を思い出しました。

"We choose to go to the Moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard."
のフレーズが有名なケネディ大統領の演説。1962年に「この10年期の間に月へ行く」と宣言し、ここからアメリカはアポロ計画を加速させ、ついに1969年7月、本当に人類を月に着陸させてしまいました。

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NASAへの最後通告

 そして、NASA(とSLSコアステージの主要コントラクターであるボーイング社)が肝を冷やしたのはここから。

"SLSプログラムを加速せよ。ただし我々は必要とあらば、いかなる手段によってでも、この目標を達成する。あくまで手段ではなく結果にこだわる"
"我々はどのコントラクターにも肩入れしない。現在のコントラクターがダメなら、他を探すまでだ。もし民間ロケットが月に行く唯一の手段なら、我々はそれを買う"
"NASAは生まれ変わらなければならない。もしNASAが5年後に月面にアメリカ人宇宙飛行士を送ることができないのであれば、我々は、ミッションではなく、担当組織を変更する"

ドシェェェ━━━━━━ヾ(ヽ°ਊ°)━━━━━━!!

 つまり、これはNASAへの叱咤激励であると同時に、SLSへの最後通告なわけです。チャンスはあげるよと。もちろんうまく行くことを願ってるよと。ただし、月に行くことが重要なんであって、どうやって月に行くか手段は選ばないからなと。これで場合によっては民間に舵を切っても文句は言わせないよう布石を打ったわけですね。

 SLSプログラムは、アポロ・スペースシャトルと続いてきた、NASAマーシャルの雇用の大部分を維持するいわば「公共事業」。政治的には、SLSを存続させ、それに関わる職員や企業を怒らせない方が都合がいいんです。もしSLSに何かあれば、アラバマ州の上下両院議員も黙っちゃいません。

 ブライデンスタイン長官やガーステンマイヤー有人探査局長をはじめとしたNASAの上層部は、SLSとSpaceXの「ファルコン・ヘビー」に代表される開発が速くて安い民間ロケットとの狭間で揺れており、きっと難しい板挟みの立場に置かれていることでしょう。

ペンス副大統領の演説の雰囲気に興味がある人はこの動画をちょっと見てみてください。言葉を強調するときの、一語一語置いていくような発語の仕方。。手の動き。。そして決め顔。。この人やばくね (; ಠ _ಠ)...ゴクリ...

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ゲートウェイとは何だったのか

 さて、ペンスが有人月面着陸を4年前倒しにしたと思ったら、今度はブライデンスタインが負けじと(?)、2033年の有人火星着陸を目指す、と連邦議会で宣言してしまいました。ペンスの月探査前倒しに怯むどころか、火星探査を前倒し返しするNASA長官。近付くほどに遠ざかると言われてきた有人火星探査が、初めてあちらから近付いてきました。

~┬┬彡^・∋ !?       (火星))))ツツツ

 とりわけ有人宇宙探査が計画より早まることは滅多にないので、前のめりに設定するくらいでちょうど良いのかもしれませんが、それに見合った予算と人材の確保ができないのなら、口だけになってしまいます。かえっていつもずるずる遅れてる印象を与えてしまうことにもなりかねません。

 また、NASA内部では「Schedule over Safety(安全より期日優先)なのでは」という不安の声も聞かれます。これに関しては、長官が秀逸な回答で捌いていました。曰く「安全が何よりも最重要であることに変わりはないが、安全であることがミッションならば、我々はただ待合室でCNNを見てればよいということになる。あ、CNNじゃなくてNASA TVにしよう」

 さらに、これらの前倒し宣言は、国際協力という文脈にも混乱をもたらすこと必至です。なぜなら長官自身がたった1ヶ月前に、月軌道プラットフォーム「ゲートウェイ」の国際分担案を発表し、2026年の完成を目指すと発表したばかりだったんです。

 順番としては、2026年にゲートウェイがいったん完成し、2028年にゲートウェイを経由して月面着陸、という流れのはずが、月面着陸だけを2024年に前倒しすると、ゲートウェイとの折り合いはどう付けていくんでしょう。

 もしかしたら、何年か後には「ゲートウェイとは何だったのか」なんてことになってるかもしれません。
※高輪ゲートウェイとは一切関係ございません。

月軌道プラットフォーム「ゲートウェイ」の国際分担案。設置場所は、ラグランジュ点L2周りのハロー軌道のファミリーの中で、月の近くを安定して周回する、NRHO(近直線ハロー軌道)と呼ばれる軌道が最有力。電気推進を用いてステーションキーピングや必要に応じて月軌道間の移動も行う。

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結局どこにも行けてない

 政治的な背景もあります。トランプ大統領が2期目に再選した場合、2024年は任期の最終年にあたり、トランプが自身の任期中に何か象徴的な成果を残したいという自己満もあるにはあるんでしょうけど、実はそれ以上に重要な意味が隠されています。

 NASAは過去15年の間に、まず「火星に行け」と言われ、次に「月に行け」と言われ、それより「小惑星に行け」と言われ、なんなら「月の近くの小惑星に行け」と言われ、そうは言っても「火星に行け」と言われ、やっぱ「月の近くの宇宙ステーションに行け」と言われ、そして今は「月に行け」と言われています。

( ・д )/ アッチイケ ε= ε= ~┬┬彡^・∋ ヒヒーン (火星)

(月) ヒヒーン ∈・^ミ┬┬~ =з =з \( д・ ) ヤッパコッチ

 これまで政権が交代するたびに有人宇宙探査プログラムはコロコロ変わり、NASAは振り回され、結局どこにも行けてないんです。

 ペンスやブライデンスタインが2024年にこだわるのは、この歴史的落とし穴を避けたいからです。問題はいかに議会を説得して予算を引っ張ってくるか。宇宙開発と政治はいつの時代も互いを利用し合う関係なんです。

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アポロの失敗、シャトルの成功

 僕はこの一連の熱狂をチャンスと見ていますが、スピードを優先するあまりに、このチャンスをアポロの二の舞にしてしまってはいけません。世間的には、アポロ計画は成功、スペースシャトル計画は失敗のように言われていますが、全くの逆です

 アポロは一時の熱狂で大枚をはたいて旗と足跡だけを残し、後に何も続かなかった「失敗」、スペースシャトルは宇宙に文明圏を拡大しようと再使用型宇宙往還機に挑戦し、ひとつのアーキテクチャが運用コストと安全において高い壁にぶち当たることを学び、また地球周回軌道に国際宇宙ステーションという「恒久的駐留」を建設した「成功」なんです。

 旅行より移住の方が圧倒的に大変なのと同じですね。食料とパンツとまとまったお金を用意して地球の裏側に2週間の旅行をして帰ってくることは、ほんの隣国に引っ越してその土地のものを食べその土地のパンツを穿きその土地のお金を稼いで暮らすことより圧倒的に簡単です。

 アポロの成果に騒ぎ、スペースシャトルの価値を理解しない人は、「地平線」がずいぶんと手前にある、ビジョンの小さな人です。ただの宇宙ファンならともかく、宇宙探査・宇宙開発に従事する者はそんなに小さくまとまってちゃいけません。

 僕は、理想の最終形(定常状態)にしか興味がありません。「地平線」を遠未来に設定すれば、過渡期にどれだけコストがかかろうと、最適解は必ず理想の最終形に収束します。僕は、納税者の今日明日の金の行方ではなく、人類の世代にまたがる文明スケールの話をしています。

 文明スケールの最適解を追うために僕らは、一時の無理をしてたどり着いた旅先で旗を立て足跡を付けインスタ映えする写真を撮って騒ぐ「旅行者」ではなく、遠大な構想を語りとどまることなく足場を築き文明圏を拡大していく「移住者」にならなければなりません。

 だから、再び月面に向かうからには今度こそ「恒久的駐留」を築きに行かなければなりません。それこそが、地球人の Multi-Planet Species(多惑星種)への挑戦の第一歩です。

 さしあたって、2024年というタイムリミットと恒久的駐留をどうやって両立させていくのか。今後も注目です!

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 最後までお読みいただきありがとうございました。最後は僕の主観と偏見を強く出してしまいましたが、

異論は認めます ( ・∀・)b グッ


本記事は、宇宙メルマガ『THE VOYAGE』2019年4月号に掲載された記事に加筆・修正したものです。転載許可はいただいてます。
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