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LOG ENTRY: SOL 106

 12月20日、仕事納め。今年の仕事は今日で全て終わった。日本の一般的な会社より約1週間ほど早い仕事納めだろうか。あとは静かにクリスマスと新年を迎えるだけだ。皆様、良いお年を(*´∇`)ノ・゚・

★彡

 …というのは嘘だが、ミーティングやプレゼンなどの用事が今日で全部終わったのは本当だ。クリスマスから年始にかけて長期休暇を取る人もいるため、キャンパスはだいぶ人が減った。朝遅めに行っても、駐車場のずいぶん手前のところで停められる。人と会う用事が入っていなければ、実質どこで仕事をしていても良いので、もう年内は職場に出勤すらしなくても何ら問題はない。

山々の静寂の中に煌々と佇む夜のJPL。ここで数々の宇宙探査が発案され、計画され、研究され、開発され、試験され、運用されてきた。

 昨日今日と、僕が関わってきた4つのプロジェクトすべてでミーティングがあった。来年打ち上がるミッション、2020年に打ち上がるミッション、10年後に計画されているミッション、あらゆるミッションに適用可能な抽象的な研究。4つそれぞれが、ばらばらのフェーズにある。学部時代からカウントして、もうかれこれ15年くらい航空宇宙をやってきたが、それでも勉強することはまだまだ無限にあるなぁ。とりわけ、実際のNASAのミッションに関わるのは初めてのことなので、学ぶことが多い。

 2020年に打ち上がる火星ローバーのプロジェクトでは、現在着陸候補地の選定を行なっていて、8つまで絞られている(詳しくはこちら参照)。僕が関わっているのは、ひとつひとつの候補地をローバーがどの程度走れるのか分析する仕事。10年来の友人である小野に誘ってもらったプロジェクトだ。場所によって、深い砂丘があったり、ごろごろ岩があったり、崖があったりで、これらの地形はローバーがタイムリミットまでにちゃんとミッションを遂行できるかを大きく左右する。

 ミーティング終わりに、小野と、もう一人のリーダーであるM.H.と、3人でランチを食べた。天気が良かったので、外で。12月に外でランチするなど、ボストンでは考えられないことだ。

 M.H.は、おそらく40歳くらいだろうか。明るくて、ノリが良くて、理解が早く、話の通じる、とても気持ちの良い人だ。その彼が、昨日からグループスーパーバイザーになったそうだ。彼の器量なら管理職も向いているだろう。これは一般的には出世と言うのだろうが、僕には正直その仕事が面白いのかよくわからない。宇宙探査機のことやローバーのことを考えていた方がずっと楽しいだろうな、と思ってしまう僕はきっと管理職には向いていないのだろう。

 午後は、最近始まった宇宙機の安全管理の自律化の研究プロジェクトで、ニシンのおばあちゃんL.F.とミーティング(SOL 100参照)。このプロジェクトに関しては、僕はまだアウトプットできることはなく、ひたすらNASAの内部資料や過去の論文を読んでいる。その論文というのが、今から30年以上前に、MITの人工知能研究所で行われていた研究。

 余談だが、ローバーの方でも何かとMITの文献に当たるし、JPLの同僚にもMIT出身者は本当に多い。専攻の番号を聞いたり(MITでは全ての学科が番号で呼ばれており、航空宇宙はCourse 16だ)、ボスは誰だったかを聞くのが、合言葉のようになっている。高校時代に映画『アルマゲドン』を見て「NASAに行くならMITだ」と短絡的にインプットしたことは間違いではなかった。

 それはさておき、安全管理の自律化の前提知識に乏しい僕は、論文の読み始めは、あまりに抽象的な表現に、いまいち内容がつかめなかったのだが、図が登場しはじめて、言わんとしていることがなんとなくわかってくると、これがどうも面白そうだ。L.F.とのミーティングでは、僕の中でモヤモヤしていたことをいろいろ質問して、このプロジェクトが目指すところがだんだんクリアになってきた。そして最後に彼女は、僕にこう聞いた。

Are you game?

 皆さんは、この意味がわかるだろうか。知らない方はぜひ覚えておいていただきたいが、gameという単語には「試合」や「遊び」以外に「【形】〔新しいことなどに対して〕挑戦する気がある、やる気がある、乗り気な」という意味がある。つまり「あなた、この仕事、やってみる気ある?」と彼女は聞いてきた。僕はてっきりこの仕事をやらなきゃいけないもんだと思っていたが、彼女は僕の意思を確認してくれたわけだ。あくまで僕が「面白い、やってみたい」と感じていなければ、トップダウン式に無理にやらせるようなことはしない、と。僕は、僕のような新人にも意思を反映させる選択肢が与えられるこの環境がとても好きだと思った。

 話は一瞬脱線するが、最近『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』というドラマを見て、宇宙機の安全管理や故障解析という仕事の存在意義について、あることを思い出したので、ここに書いておきたいと思う。

 事故が起こらないようにする仕事というのは、地味だ。MIT時代に、システム安全のある大御所のおばあちゃん先生のもとで仕事をしていたことがあった。彼女はこう言った。「安全解析という仕事はね、見えない仕事なの。私たちが良い仕事をすればするほど、私たちは目立たない。私たちが目立つのは、事故が起きたとき、つまり悪い仕事をしたときだけなの」。僕はこの言葉に、はっとした。

 『校閲ガール』でも、似たようなことがメインコンセプトだった。出版社の校閲部の仕事は、本になる前の原稿を一字一句見て、文字や表現に間違いがないかを点検したり、事実確認をしたりする仕事。今、僕たちの生活の中にある当たり前の裏で、誰かが目立たないところでしてくれている地味な仕事。そこに光を当てエールを送る、というのがドラマの主題だった。そしてドラマは最終回でこう結んでいた。

世の中には夢を叶えた人もいれば、叶えていない人もいる。目立つ仕事もあれば、目立たない仕事もある。中には、夢を叶えたけど、こんなはずじゃなかったと思っている人もいるだろう。でも、たとえどんな気持ちでいようと、どんな仕事をしていようと、目の前にある仕事に全力で取り組むことが、ともすれば平凡な繰り返しになってしまう毎日を、意味のあるかけがえのない毎日に変える方法だと、彼女は身をもって教えてくれた。いつか彼女の夢が叶うといいなと思う。その日まで僕はエールを送り続けたい。夢を叶えていても、叶えていなくても、今の仕事に誇りをもって、世の中を支えてくれているすべての、地味にスゴイ人たちに。

 安全管理のエンジニアというのは、まさにこの「地味にスゴイ人」のひとつだ。目立たないながらも、なくてはならない仕事。僕が今見ている将来の夢の中に、この安全管理という文字はない。だけど、なんとなく、この仕事はその夢につながっていると直感している。少なくとも、無駄にはならない気がしている。僕は、しばらくの間、L.F.のもとで、地味スゴエンジニアをやってみようと思った。そして、彼女の最後の問いに「Yes!」と答えた。

★彡

イギリスのキュリオシティファンが、年末を一人で過ごすお年寄りに声を掛けようというキャンペーンのもと作った動画。


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