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NONA REEVES「FRIDAY NIGHT」(1999年)ライナーノーツ

※この記事は2013年にリリースされたNONA REEVES「FRIDAY NIGHT」再発盤CDのライナーノーツを再掲したものです。アルバムのオリジナル音源は各ストリーミングサービスで聴くことができます。

大胆なシフトチェンジを果たした問題作

「FRIDAY NIGHT」は1999年12月10日にワーナーミュージック・ジャパンよりリリースされた、NONA REEVESのメジャー2ndアルバム。この作品を境にバンドは大きな路線変更を果たす。

まずファンを驚かせたのは、前作「ANIMATION」から約半年後にリリースされたシングル「BAD GIRL」だった。この曲では彼らが得意としていたギターポップ的なテイストは影をひそめ、サウンドは大胆に変化。そこにはディスコ、ソウル、R&B、AORのエッセンスを取り入れたグルーヴィポップの世界が広がっていた。

続くシングル「STOP ME」を経て発表されたアルバム「FRIDAY NIGHT」で、ファンはこのサウンドの変化が一時的なものではないことを知る。「ANIMATION」が自由奔放な青春期だとしたら、「FRIDAY NIGHT」は3人がプロフェッショナルなミュージシャンとして何をすべきか、ついに覚悟を決めて歩き始めた第一歩と言えるだろう。西寺郷太(Vo)は「『ANIMATION』をリリースして、いよいよプロとして本腰を入れていかなきゃと思った」と当時の心境を語る。そしてこのスタイルを選んだ理由について「それまでのようなギターポップ路線を続けて、シーンで一番になるのは相当難しい。生き残っていくためには行列ができていない場所を選んで、なおかつ自分が好きなこと、得意なことをやるべきだと思った」と分析する。都会的なセンスとアダルトなニュアンスを備えた新たなNONA REEVESのサウンドは、ある意味戦略的に導き出されたものだったのだ。

ただしこのシフトチェンジはプロとしてサバイブしていくための戦略であると同時に、郷太にとって必然的な原点回帰でもあった。渋谷系ムーブメントやギターポップシーンに触れる以前から郷太の血肉となっていた音楽、すなわちWHAM!、CULTURE CLUB、SCRITTI POLITTI、マイケル・ジャクソン、プリンスといった自分のルーツを改めてたどり、バンドの音として再構築する。90年代的視点から西寺郷太自身の視点へ。当時の郷太が自分の原点を掘り起こし、今につながるグルーヴィなAOR / ソウル路線に舵を切ったことは自然な流れだったと言える。

こうした意識の変化は勢いメンバーにも伝染した。奥田健介(G, Key)は「『ANIMATION』でやりたいことを好きなようにやって、自分たちの中ではひと区切りついた感覚があったから、次はバンドの色をもっとデフォルメして表現してみたくなった。『こういう方向でいこう』みたいな話し合いは特にしなかったけど、もっとズバッとしたもののほうが面白いだろうとは感じてました」と当時を振り返る。小松シゲル(Dr)も「この時期の郷太はかなりキレてましたね。自分たちも『そろそろプロの世界で本気出さなきゃ』『変えてやろう』って意識があったと思う」と語っている。

そしてソウルフルなサウンドメイキングの肝となるベースは千ヶ崎学にチェンジ。このアルバムからしばらくの間は千ヶ崎のファンキーでテクニカルなプレイがノーナの屋台骨を担うこととなる。郷太は本作の制作にあたってベースやシンセのリフをこれまで以上に重視し、WHAM!時代からジョージ・マイケルを支えるベーシスト、ディオン・エスタスの存在をイメージしていたという。さらにサウンドの変化を確実なものにすべく、本作には元STARWAGONの湧井正則がプロデューサーとして参加している(「BAD GIRL」「ANOTHER SUMMER」を除く)。

歌詞が全曲日本語となったことも、本作の大きな特徴だ。インディーズ時代の作品をまとめた編集盤が海外で評価されたことを受け、郷太は「曲とアレンジに関しては間違ってない。次は日本語の歌詞だ」と目標を設定し、日本人が鳴らすポップミュージックはどうあるべきかを試行錯誤。メロディとのマッチングや発語の方法、フレーズの響かせ方など、リズム感を重視したオリジナルの日本語詞を徹底的に研究した。

また郷太はこのアルバムで“強いブリッジ”にもこだわり、「もし君に新しい誰か〜」(「FRIDAY NIGHT (SOUL ON) 」)、「刺激的な出会いから〜」(「STAY WITH ME」)といった大サビの展開を意識的に導入している。コードの変化を伴うブリッジは楽曲を歌謡曲的な型にはめてしまう場合もあるが、この手法をうまく使うことで曲自体の存在感や高揚感は増す。この新たな試みは、郷太が自分の手癖や感覚に頼らず、職業作家的な意識で楽曲に向き合い始めたことを示している。

「『ANIMATION』までが江戸時代だとしたら、このアルバムはNONA REEVESの明治維新。それまではよくも悪くも子供だった。これ以降はやっぱり大人のアルバムになったと思います。甘い部分を排除してプロとしてかっちり作品を作り始めたという意味でひとつの時代の始まりだし、ここから今に至るまでは地続きです。『FRIDAY NIGHT』は俺の中ですごく大事なアルバムで、これがあったから今もバンドを続けることができてる。たぶん『ANIMATION』のままでは無理だったと思うんですよね」(郷太)。

このアルバムの制作初期の仮タイトルは「CITY」だったという。「CITY」にしろ「FRIDAY NIGHT」にしろ、これらの80年代感あふれるキーワードは(今でこそひと回りして新鮮さもあるが)当時のリスナーには“時代錯誤”と受け止められても仕方のないものだった。だがそうした言葉をあえて選び、一定の支持を得ていたサウンドスタイルさえも大きく変える決意と行動力が、のちのNONA REEVESの芳醇な楽曲群につながったことは間違いない。当時まだ20代半ばの若者3人による勇気ある選択。それが正解だったことを今の我々はよく知っている。

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01. FRIDAY NIGHT (SOUL ON)(フライデー・ナイトはソウル・オン!)

アルバムのオープニングを飾るのは80'sテイストあふれるこのナンバー。マイケル・ジャクソン「Black Or White」やダリル・ホール&ジョン・オーツ「Private Eyes」のような、リフ主体のポップソングをイメージして制作された。奥田はこの曲について「ギターソロではTOTOみたいな音色を使ってみた。オルタナ感のない、一見コンサバなことをやるほうがキレてるんじゃないかと思って」とその狙いを語っている。

02. STAY WITH ME(ステイ・ウィズ・ミー)

初期WHAM!を思わせる“やんちゃさ”を前面に押し出したポップチューン。郷太節全開のメロディを弾けるビートや軽やかなコーラスが支え、ギター主体のアレンジの中でシンセサイザーソロが効果的に響く。「高鳴るさ恋のブラスバンド」「釣り上げろ!恋のブラックバス」といったハイテンションなフレーズが楽曲のハッピーなテイストを印象づけている。

03. BAD GIRL(バッド・ガール)

1999年8月25日にシングルとしてリリース。この曲がNONA REEVESの新たな冒険の始まりを告げる狼煙となった。共同プロデューサーとして山本拓夫、キーボードに片山敦夫といった錚々たる布陣が参加。マイケル・ジャクソン「Rock With You」やボズ・スキャッグス「Lowdown」などにインスパイアされたサウンドは音数こそ多いものの、各楽器が独立して配置された立体的なサウンドプロダクションのおかげでクリアに届く。近年のライブでは真城めぐみが参加し、よりAOR感を強調したコーラスアレンジが加えられている。

04. STOP ME(ストップ・ミー)

1999年11月10日にリリースされたシングルのタイトルチューン。デイリーヤマザキのCMソングとしてオンエアされた。「MOTORMAN」や「WE LOVE YOU」を超えるキャッチーな曲をイメージした郷太が、奥田と小松に「ここが俺らにとっての関ヶ原だから。攻めなあかん!」と伝え、この高揚感の固まりのようなアレンジが生まれたという。堀江博久がキーボードで参加。

05. ANOTHER SUMMER(アナザー・サマー)

当時レーベルメイトだったキリンジの活躍を眺めつつ作られたAORナンバー。間奏部の展開でジョージ・ハリスン「My Sweet Lord」のようなサウンドを求めた郷太がギターのスライドバーをスタジオに持参し、ボトルネック奏法でのプレイを奥田にリクエストした。日本人離れした郷太の美しいファルセットが光る。

06. (HE LOVES YOUR) SEXY BODY(セクシー・ボディ)

モータウン調のサウンドに脳天気な歌詞が乗るアッパーなロックチューン。攻撃的なAメロとメロウなサビは、もともと別の曲だったフレーズをつなげたもの。ブリティッシュロック色の強いギターソロ、終盤のファンキーなボーカルが聴きどころ。

07. MIDNIGHT LOVE(ミッドナイト・ラヴ)

サンプリングのループを軸にしたアーバンなテイストが特徴。当時流行していたソリーナ(ストリングアンサンブルシンセサイザー)を高音部に重ねることで、奥行きのあるサウンドを構築している。この時期郷太は高田馬場のマンションの8階に住んでおり、窓から新宿の高層ビル街を眺めつつこの曲を書いたとのこと。

08. BLUEBIRD(ブルー・バードを追いかけて)

ギルバート・オサリバン調のシンガーソングライター路線を追求し、この時期のノーナにとっては異色とも言える仕上がりに。「ANIMAITON」と「FRIDAY NIGHT」の間をつなぐノスタルジックなポップチューン。

09. THE GIRLSICK(あの娘にガール・シック)

現在もライブで演奏される機会が多く、ファンからの人気も高いラブソング。THE ISLEY BROTHERS的なサウンドとセンチメンタルな歌詞が繊細かつ感傷的なムードを作り出す。郷太自身「狙って作ったわけじゃなくて突然“落ちてきた”。もう1回こういう曲を作ろうと思ってもなかなか難しい」と語る名曲。

<BONUS TRACK>

10. OLYMPIA(オリンピア) / 「BAD GIRL」収録

シングル「BAD GIRL」のカップリングに収録。しかし1998年8月25日発売のVHS作品「VTR」のエンドロールですでにBGMとして使用されており、「ANIMATION」期の楽曲として位置付けられる。タイトルの「OLYMPIA」は「古代オリンピック発祥の地」を意味する単語から。メジャーデビュー後、結果を出せずに途中で辞めてしまうアーティストが多い中、自分はメジャーで生き残りオリンピアの頂に到達する、という郷太の強い意志が込められている。

11. SAY FOREVER(セイ・フォーエヴァー) / 「STOP ME」収録

シングル「STOP ME」のカップリングとして発表された隠れた名曲。郷太曰く「歌詞もアレンジも完璧」という初期NONA REEVESの到達点とも言えるナンバーだが、ソウルフルな色を強めるバンドの方向性にはなじまず、アルバム「FRIDAY NIGHT」には未収録となった。

12. FREAKY(LIVE) / 「STOP ME」収録
13. YOU ARE THE 'NO.NINE' OF MY LIFE(LIVE) / 「SIDECAR Reissue Edition」収録
14. GOLF(LIVE)
15. ANIMATION#1(LIVE)
16. CALIB(LIVE)
17. MTR(LIVE)
18. SURFER BOY (1957)(LIVE)
19. STOP ME(LIVE)
/ 「DJ!DJ! 〜とどかぬ想い〜」収録

12〜18曲目は1999年9月27日、東京・渋谷CLUB QUATTROにて「テニスコートの誓い1999」と題して行われたワンマンライブの音源。「FREAKY」はシングル「STOP ME」のカップリングとして、「YOU ARE THE 'NO.NINE' OF MY LIFE」は1999年12月10日に再発されたインディーズ1stアルバム「SIDECAR」付属のボーナスディスク音源としてリリースされていたが、他の音源はこれが初のCD化となる。19曲目「STOP ME」は2000年3月31日に行われた東京・赤坂BLITZでのライブテイク。こちらは2000年9月13日にシングル「DJ! DJ!〜とどかぬ想い〜」のカップリングとしてリリースされた。

20. SAY FOREVER STRINGS(セイ・フォーエヴァー・ストリングス) / 未発表音源

「SAY FOREVER」後半のストリングスパートのみを独立した形で初収録。ストリングスアレンジは多くの大御所アーティストを支えるサウンドプロデューサー・山本拓夫が担当している。

(大山卓也)
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※西寺郷太の自伝的小説「'90s ナインティーズ」文藝春秋digitalにて連載中
※「西寺郷太のPOP FOCUS」音楽ナタリーにて連載中



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