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別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ

ことの始まりは凪良ゆうの『汝、星のごとく』。これで小説にも凪良ゆうにもどハマりした僕は、YouTubeを漁り彼女が尊敬してやまない作家としてあげる山本文緒に辿り着く。

その中で表紙とタイトルで直感を信じてジャケ買い。『自転しながら公転する』という本に出会うこととなった。

運命というものがあるとするならば、確実にこの本はしかるべきタイミングで僕のところにやってきている、というスピリチュアル感満載の出会いに心を躍らせていたのだが、そんな神秘的な出会いとは裏腹に本は全然進んでいかなかった。僕が食い入るように読み始めたのは半分が過ぎてからくらいだった。

この物語の中で起こることは特段変わったことではない。一般的な女性のごく普通の日常が描かれている。ただ、そこに本質やら大事なことというのは詰まっていて、普段見落としがちなモノたちが、小説を通して、文字を通して、物語を通して触れることで認識できるようになる。そんな意味や意義が物語というものにあることを感じた。

※以降、ネタバレを含みます。

主人公「みやこ」は交際中のだらしない彼氏から高価なプレゼントを渡されるのだが、都は「もっと大事なことに使いなよ」と怒ってしまう。それが原因で会わない時間が続き、距離ができてしまったのだが、その後、冷静に自問自答する描写では、結婚を考え始めた途端そのプレゼントが急に自分の財布から出ているように感じてしまっていたと反省するこの一連のシーン。

結婚を考え始めると急に相手への見方が変わり傲慢になるところを絶妙に描いていて印象に残る学びがあった。

ただこの作品、さらに凄いのは、作品の構成だ。プロローグ、本編、エピローグの繋げ方が絶妙なのに加えて、この流れがタイトルに最強にマッチしていて、本を読み切って初めてタイトル『自転しながら公転している』の意味が理解できる。

この作品の内容で、この構成にしたのもすべてが繋がっていて、タイトルから何から完璧に練られた作品だったなと。

そんな読後の余韻に浸る寸前に、物語を通して成長した都が娘に言うセリフがこれまたいとをかし。

「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ」

山本文緒『自転しながら公転している』(新潮社、2020年)

様々な経験を通して成熟した主人公が、自分の子に放つ言葉として描写されるのが、さらに言葉に重みを増し、頭をぶん殴られたような衝撃を受けているはずなのだがそこには愛があって痛みを感じず、むしろ優しさで心を打たれる感覚に陥った。

本の構成、ストーリー、タイトル。これらがそれぞれ独立してインパクトを与えるのではなく、すべてが一つの世界観で繋がり、一体感を持って読者の心に届けられるようになっていた素晴らしい作品だった。

山本文緒先生。ありがとうございました。



かくいたくや
1999年生まれ。東京都出身。大学を中退後、プロ契約を目指し20歳で渡独。挑戦の末、夢を諦め、現在はドイツの孤児院で働きながらプレーするサッカー選手。

文章の向上を目指し、書籍の購入や体験への投資に充てたいです。宜しくお願いします。