彼は成そうとした
実家の押し入れから出てきた父のノートを見せてもらう。父が大学の恩師と共同で出版する寸前までいった翻訳書の草稿、らしい。
分厚い大学ノート7冊に、ブルーブラックのインクでびっしり。
何らかの事情で、その本は出版されなかった。そして、その後も関わった本が出版直前までいきながら中止になるという経験を(脱稿後に出版社が倒産するとか)父は何度かしている。
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「あの人は何も成すことがなかった」
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父はかつてこれだけのことを「成そうとした」のだ、とぼくは思う。
そして成さなかった自分を抱えて生き、言葉にするべきことの多くを言葉にせず、過剰に心配し、守るべき人を傷つけ、果たせる範囲で責任を果たし、想像力の及ぶ範囲で理解し、できる範囲で愛を注いだ。
「彼は成そうとした」
ヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』に出てくる「He Tried」ときざまれたSomebodyの墓碑みたいだ。
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7冊のノートは、ぼくがもらうことにした。
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