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才能研究の出発点 #研究コラムVol.1

さあ、「才能」を研究しよう

このメディアでは、株式会社TALENTのTALENT Research Center(以下、TRCという)で研究している「才能」について、学術的な観点から理解を深められる情報をお届けします。具体的には、現代社会を生きる人間にとって「才能」とはいったい何なのか?ひとりひとりが才能を発揮するためにはどのような実践が有効なのか?といった問いに対して、心理学や哲学、経営学などの分野から、関連する学術研究を紹介していきます。

一言で「才能」と言っても広い意味をもつ言葉であり、抱くイメージが人によってそれぞれ異なると考えられます。そこで、私たちTRCは認識を合わせて議論の足場をつくるため、以下のように現時点での定義を置いています。

"動機づけられた、自分が価値があると認めている行動や思考"

上記の定義はあくまでも現時点のものであり、研究の進展によって更新され続けるものであることにご留意ください。
※この定義を置くまでにも研究メンバーでかなりの議論を重ねたのですが、それは別の機会に折を見てお届けできればと思います)

さて、上記の定義は短いものの、抽象的でよくわからないという声もあると思います。株式会社TALENTの佐野貴(たかちん)は、上記の定義や設定経緯を踏まえ、次のように、より日常生活に即した説明をすることがあります。

"ついついやってしまい、やってよかったと思えること"

これらの定義や説明にしたがうと、たとえばメーカーの開発職の人が、勤務中かどうかにかかわらず、自分が手掛けている製品のコンセプトや機能改善についてついつい考えてしまい、その結果として多くのユーザーに喜ばれる製品を世に送り出すことができ、当事者本人がやってよかったと思えるのであれば、才能発揮の一例といえます。また、先に挙げた定義や説明では、仕事場面のみならず、日常生活の場面での行動も才能に含めています。たとえば、自分が作った料理を食べてもらうのが好きな人が、定期的に友人に手作り料理をふるまうパーティを開き、「おいしかったよ」「楽しかった」といった好意的な感想をもらい、やってよかったと思えるようなケースも、才能を発揮している例といえます。
私たちTRCでは、こうした才能が発揮されるための条件や影響要因を探索し、たとえて言うならば才能発揮のためのスイッチを入れられるような実践的な方法を開発することで、人生やキャリアをより豊かなものにすることを目指して研究を進めています。

才能の出発点

第1回となる今回は、才能の起点となる「欲求」に注目したいと思います。先に挙げた才能の定義は「動機づけられた」という書き出しで始まっています。私たちのチームでは、才能は「〇〇をしたい」「△△せずにはいられない」という欲求に動機づけられ、動き始める行動や思考であると考えています。

「欲求」は日常生活でも使われることのある言葉ですが、学術研究の世界ではどのように扱われるのでしょうか?欲求の研究の歴史は古く、さまざまな分野で世界中の研究者が挑戦し続けているため、この記事の中で網羅するにはあまりにも膨大です。そこで今回は、これから才能について考えていくうえで土台となりそうな、欲求の基本的な考え方を紹介したいと思います。

人の心や行動について探究する心理学の世界では、欲求は次のように捉えられています。

「人はなんらかの目標に向かって行動を開始して,目標を達成するためにその行動を続けようとする。この一連の働きが動機づけmotivationである。動機づけを人の内部から引き起こすものを欲求あるいは動因drive,外部から誘発するものを誘因incentiveという。」 

出典: 最新 心理学事典(藤永保 監修, 2013)



「動機づけ」「欲求」「誘因」と似たような言葉が連続して混乱してしまうかもしれませんが、以下のような例で考えると整理しやすいのではないでしょうか。

  • 誘因: 給料

  • 欲求: 「お金がほしい」という心の動き

  • 動機づけ: 「お金を手に入れるために働く」という、行動の仕組み全体

この欲求は、生理的欲求と心理的欲求の2つに大きく分けられるというのが定説になっています。生理的欲求は、眠りたい、食べたい、痛みを避けたい、生殖したいといった、生き物として生まれながらに備わっている欲求のことです。一方、心理的欲求は、社会の中で人間が生きていく過程で学習されていく欲求のことです。他の人に認められたいという承認欲求や、先の例で挙げたお金がほしいという欲求などが含まれます。

心理的欲求にはさまざまな種類がありますが、心理学者のマレーが達成、承認、支配、養護などに分類してリスト化したものが知られています(Murray, 1938)。 ※マレーは「心理発生的欲求」と呼んでいます。 キャリアや採用の文脈でも取り上げられることがあるのでご存じの方も多いかもしれません。また、こうした欲求の分類については日本国内でも研究が進められ、マレーの分類に追加する形で59の欲求が提案されています(荻野・斎藤, 1995)。 ※詳細は上記論文リンクのTable 4で見られます (PDFファイルがダウンロードされます) ※Table 1にマレーの分類もまとめられています

他にも欲求の分類については多くの研究が行われていますが(Maslow, 1954 など)、欲求は行動の起点になるものであること、生理的なものだけではなくさまざまな心理的欲求があることを押さえておくことが、才能を考えていくうえでの基本になると考えています。

なぜ欲求から研究を始めるのか

才能を考えるうえでは、先の分類だと生理的欲求よりも心理的欲求に注目することがほとんどだと思います。それでもなお「欲求」という一段階大きい概念にあえて注目しているのには理由があります。

ひとつは、大きい概念を押さえることで、個別具体的な事例にも共通した説明をつけられるようになるからです。
才能の発揮のされ方は人によって異なり、その起点となる欲求も詳細に見ればひとりひとり違うと考えられます。これらのそれぞれ異なる事例をひとつひとつ分析していくのでは時間がいくらあっても足りませんし、新しい事例が出てきたときにはまたイチから考えなくてはならなくなります。

こういうときに、「少なくともここまではみんな共通だよね」というラインを引くことができれば、そのラインまではほぼ同じやり方で分析したり、才能の発揮を妨げている課題について解決法を考えたりできるようになります。
この「ここまでは共通ライン」を少しずつ進めていくことで分析できる範囲が広がっていくのですが、そのスタート地点となるのが欲求というわけです。お腹が空いた、眠いといった生理的欲求について人間はみんな共通というのは、きっとみなさんうなずけるところだと思います。共通ラインを少しずつ進めていくための、おおむねみんなが納得できる土台として、生理的欲求を含めた欲求を出発点に置いています。もちろん、最終的には個別事例を考えなくてはならないのですが、共通ラインが進むほど多くの人が才能を発揮するために使える道具が増えていくので、意味のあることだと考えています。

もうひとつは、欲求を組み込んで人間の思考や行動を説明している枠組み(理論)が学術研究の世界で多く開発されているためです。心理学や経済学などの分野では、「人間はこういうメカニズムでものを考えたり、行動したりしているのではないか」という仮説(よく「モデル」と呼ばれます)が提案され、それが検証されたり、更新されたり、応用されたりすることで研究が進んでいきます。

たとえば、何でも完璧にやらないと気がすまない完全主義(一般的には「完璧主義」と言いますが、学術的には「完全主義」と呼ばれています)について、臨床心理学の研究で以下のようなモデルが提案されています。


※小堀・丹野(2002) をもとに筆者作成

完全であることを求める完全性欲求が、高い目標を設置する傾向と失敗を恐れる傾向の2つの考えとつながっているのですが、前者が強い人は抑うつ傾向が低く、反対に後者が強い人は抑うつ傾向が高いというものです。このモデルは定量的な調査研究でも確かめられており、これがわかると、たとえば完全主義の人に対しては高目標設置傾向を高める、あるいは反対に失敗恐怖傾向を下げるような働きかけをすることによって、抑うつを防げるのではないかという、メンタルヘルス向上に向けた示唆が得られるようになります。

これは一例ですが、欲求から派生した概念を組み込んだモデルはこの他にもたくさん提案されています。才能についても「欲求」という学術界の共通言語を土台に置くことで、先人たちのモデルを参考にしやすくなるのです。才能という私たちの研究テーマと学術の世界を接続する共通言語として、欲求を起点に研究を進めています。

おわりに

今回は才能の出発点であり、才能研究の出発点でもある「欲求」をテーマに、その基本的な考え方や、なぜ欲求を扱うのかという研究上の意図を紹介しました。今回は土台となる考え方をお届けしたいということで理論的な話が中心となりましたが、今後はより応用的な研究事例も含めて紹介していきたいと思います。みなさんと一緒に、これから「才能」という奥深く刺激的なテーマを追究していくのを楽しみにしています。

引用文献

  • 藤永 保 (監修)(2013). 最新 心理学事典 平凡社 

  • 小堀 修・丹野 義彦(2002). 完全主義が抑うつに及ぼす影響の二面性: 構造方程式モデルを用いて 性格心理学研究, 10(2), 112-113.

  • Maslow, A. (1954). The theory of hierarchy of needs concept. New York: McGraw.

  • Murray, H. A. (1938). Needs, viscerogenic and psychogenic. Milestones in motivation: Contribution to the psychology of drive and purpose, 364-371.

  • 荻野 七重・斎藤 勇(1995). 多変量解析からみた心理発生的欲求の分類と構造(人文・社会科学篇)  白梅学園短期大学紀要, 31, 125-141.


▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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