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動機づけのフロンティアへ #研究コラムVol.2

前回のおさらい

前回の研究コラム「才能研究の出発点」では、「欲求」をテーマとし、その分類や才能を考えるうえでの位置づけ、欲求を起点に才能を考える利点などをお届けしました。

簡単に前回の内容をおさらいしましょう。

株式会社TALENTのTALENT Research Center (TRC) では、才能を「動機づけられた、自分が価値があると認めている行動や思考」と定義しています。この定義にしたがうと、才能は「何かをしたい、せずにはいられない」という欲求を起点とする行動や思考であると見なせます。また、欲求は才能の起点であるとともに、才能研究の起点にもなると捉えています。欲求という、人間にある程度共通した大きい概念を捉えることで、個人の具体的な事例について考えるときのヒントになることと、欲求を組み込んで人間の思考や行動を説明しているこれまでの学術研究の蓄積を参考にできることの2つが大きな理由です。才能という私たちの研究テーマと学術の世界を接続する共通言語として、欲求は重要な意味をもっているのです。

動機づけとはなにか?欲求との違い

第2回となる今回は、欲求をもう少し拡張させたような概念である「動機づけ」について紹介し、才能とのつながりを考えてみたいと思います。実は、前回のコラムで紹介した欲求の定義の中にも登場しています(おさらいがちょっと伸びる感じになりますがご容赦ください)。

欲求の定義

人はなんらかの目標に向かって行動を開始して,目標を達成するためにその行動を続けようとする。この一連の働きが動機づけmotivationである。動機づけを人の内部から引き起こすものを欲求あるいは動因drive,外部から誘発するものを誘因incentiveという。

最新 心理学事典(藤永保 監修, 2013)

この定義によると、動機づけは欲求よりも広い概念とみなせることも紹介しました。具体的な例を挙げると以下のようになります。

  • 誘因: 給料

  • 欲求: 「お金がほしい」という心の動き

  • 動機づけ: 「お金を手に入れるために働く」という、行動の仕組み全体

上の欲求の定義を参照している『最新 心理学事典』には、「動機づけ」の項目もあり、以下にように定義されています。

行動の理由を考えるときに用いられる総合的概念であり,行動を一定の方向に向けて生起させ,持続させる過程や機能の全般を指す。

最新 心理学事典(藤永保 監修, 2013)

ここで大切なのは、「生起させ、持続させる」というところだと思います。つまり、行動をスタートさせ、そして始めるだけでなく続けるためのメカニズムをカバーした言葉だということです。

先の「お金を手に入れるために働く」とは別の例で考えてみましょう。
たとえば、ダイエットをしたいという思いのもとに毎日ランニングをしようと決意し、初日を走ったとします。これは、行動の「生起」の部分です。1日だけのランニングではダイエットの効果は得られないと考え、2日、3日と実績を重ねていきます。こうして行動を繰り返すと「持続」となります。動機づけという概念は、ダイエットをしたいという思いに始まり、ランニングという行動を続けていく一連のメカニズムを扱うものなのです。

とてもカバー範囲の大きい概念だと感じた方も多いと思います。そのとおりで、動機づけは行動の原因全般を示す用語です。広いからこそ、心理学の世界では、知覚や学習、思考、発達など、人間の行動を理解するうえでは欠かせない概念となっています。才能もこのような人間の行動が組み合わさったものであることから、動機づけは才能を理解するときにも重要な道具になると見込めます。しかし、その広さゆえに、そのままでは扱いにくいことが多いので、動機づけにはどのような分類があるのか、もう少し小分けにして見ていくことにしましょう。

欲求の種類と対応した分類

前回の研究コラムでは、欲求を生理的欲求と心理的欲求の2つに大きく分けられることを紹介しました。この分類に対応する形で動機づけを分類しようとする考え方があります。

食べる、水を飲む、眠るなど、身体の維持に必要な生理的欲求に支えられた行動は、1次的動機にもとづいた行動と呼ばれています。1次的動機が生まれながらにもっている欲求にもとづいているのに対し、人間が乳幼児から成人へと発達する過程で身についた心理的欲求に支えられた行動は、2次的動機にもとづいた行動と呼ばれます。社会心理学や教育心理学の分野では、2次的動機に注目した研究が多くなされており、その中でも達成動機 (achievement motivation) という、高い目標を設定し、その達成のために困難を乗り越えてやり遂げようとする行動の源について研究が蓄積されています。

才能を考えるうえでも、目標設定や達成は重要な要素とみなせるので、どのような学説が提唱されているのか、もう少し詳しく見てみましょう。

成功確率と嬉しさのかけ算

達成動機の古典的な研究では、アトキンソンらの期待×価値理論がよく知られています (Atkinson, 1957)。そのモデルでは、達成行動の生じやすさを以下のように定式化しています。

TALENTにて作図

達成行動の生じやすさ = (達成動機 × 成功確率 × 正の誘引価)- (失敗回避動機 × 失敗確率 × 負の誘引価)

順に見てみましょう。最初のカッコの中は、成功を期待して行動を起こす方向に働く力を表しています。成功したいという達成動機と、成功の主観的確率がかけ算されています。そこにさらに、正の誘引価というものがかけられています。これは、成功した場合の正の感情の大きさを表しています。つまり、成功したいと思う人が、成功確率の高い課題に対して、成功したらポジティブな状態になれることが期待される場合に前半のカッコ内の値は大きくなり、達成行動を促進する方向に働くというものです。

後半のカッコは、前半のカッコと “-” の記号でつながれていることから、達成行動を控える方向に働くことがわかります。失敗したくないという失敗回避動機が高い人が、失敗確率の高い課題に対して、失敗したらネガティブな状態になると期待される場合に後半のカッコ内の値は大きくなり、達成行動にブレーキをかけます。アクセルとなる前半のカッコと、ブレーキの働きをする後半のカッコの合算で達成行動の生じやすさを考えるというモデルです。

近年では、この期待×価値理論を理科学習の観察や実験の文脈に応用し、観察や実験を面白いと感じること(達成動機)・自分は観察や実験をうまく進められること(成功確率)・観察や実験の価値を見出していること(正の誘引価)がいずれも高い水準にあるときに、問題解決型の深い学習が行われやすいことを考察した研究も行なわれています(原田・草場, 2021)。

成功 / 失敗の理由と達成動機

アトキンソンの期待×価値理論では、達成行動の生起を成功 / 失敗確率や正 / 負の誘引価といった、結果に関連する要因においていましたが、それとは違った角度からモデル化したのがワイナーという研究者です。

ワイナーは、結果そのものではなく、結果が生じた原因がどこにあるものと認知するかによって、その次の行動が変わると論じました。この理論では、原因の捉え方には次の3つの軸があると整理されています (Weiner, 1985)。

  1. 統制の位置(内的 vs. 外的): 自分のせいか他人のせいか

  2. 安定性(安定 vs. 不安定):いつも起こることか、偶然のことか

  3. 統制可能性(可能 vs. 不可能):自分でコントロールできるかどうか

 これらの軸で区画された2 × 2 × 2 = 8象限のどこに原因を位置づけるかによって、達成動機が増減すると考えられています。

原因の位置づけの認知と達成動機の高低の関係

まず、原因が「内的・安定・統制可能」だと認知されると、達成動機は高まるとされています。たとえば、テストで良くない点を取ったという結果の原因を、勉強しなかった自分のせい(内的)で、勉強しないといつも悪い点につながる(安定的)、勉強するかどうかは自分でコントロールできる(統制可能)と捉えていれば、次は勉強することでいい点を取ろうという達成動機が高まりやすくなります。

一方、テストの点が悪かった原因を、テスト前にも関わらず連日のシフトを詰めてきたアルバイト先の店長のせい(外的)で、勉強しなくてもいい点を取れるときがある(不安定的)、勉強できるかどうかはアルバイトの状況と店長の機嫌による(統制不可能)と認知していると、達成動機は低くなってしまいます。

原因が実際にどうだったかという事実ではなく、その人がどのように受け止めているかという認知による分類であることにご注意ください。このように、結果に対する認知と原因に対する認知の両方から、達成動機を説明する理論が提唱されています。

達成動機研究と才能の関連

才能を「何かをしたい、せずにはいられない」という欲求を起点とする行動や思考と考えるならば、その欲求がどのように生起し、行動とどのようにつながり、その行動の結果が次の行動にいかに影響するかといった仕組みを考えることによって、全体の流れを素描することができると考えられます。

欲求や行動の原因や相互の関係性を仕組みとして考えたものが、今回取り上げた「動機づけ」という考え方なので、動機づけについて踏み込んで考えることは、才能を理解することに直接的に繋がるはずです。特に、目標設定と、目標達成を目指した行動の起点となる達成動機は、教育心理学やキャリア心理学の分野で長年注目されており、才能を考えるうえでその考え方を援用できると期待されます。

今回中心的に紹介した達成動機に関する理論は1950~1970年代に提唱された古典的な仮説ですが、理科学習の研究を例に上げたように、今でも応用やアップデートが続けられています。才能研究自体が幅広い研究テーマであることから、達成動機以外の動機づけに関する考え方も新旧問わず参考にすることで、才能の実態を明らかにし、応用を目指していきたいと思います。

今回は1次的 / 2次的動機の区分から動機づけについて紹介しましたが、次回は教育心理学の分野でよく取り上げられる内発的 / 外発的動機づけをテーマにまとめたいと思います。

文献

  • Atkinson, J. W. (1957). Motivational determinants of risk-taking behavior. Psychological review, 64(6p1), 359.

  • 藤永 保 (監修)(2013). 最新 心理学事典 平凡社 

  • 原田 勇希・草場 実(2021)観察・実験に対する興味と自己効力感が学習方略の使用傾向に及ぼす相乗効果―期待× 価値理論に基づく交互作用に着目して― 理科教育学研究, 62(1), 309-321

  • Weiner, B. (1985). An attributional theory of achievement motivation and emotion. Psychological review, 92(4), 548..


▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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