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行動が変われば結果が変わる、結果が変われば行動が変わる 〜学習理論への招待〜 #研究コラムVol.4

行動を継続する仕組み

過去3回のコラムでは「欲求」と「動機づけ」について、学術研究の知見を才能研究とのつながりとともに紹介しました。欲求と動機づけは、どちらも行動の発生と深い関連があるものです。しかし、才能を考えるにあたり、単発の行動を考えるだけでは限界があります。「筋肉をつけたい」という思いのもとにトレーニングをしたとしても、1日だけでは効果がなく、2日、3日と継続することで行動の成果が形となってきます。今回の研究コラムでは、こうした行動の継続と深い関連がある「学習」をテーマに学術研究の知見を紹介し、才能研究との接続を見ていきたいと思います。

単なるレベルアップだけではない「学習」概念

「学習」は、英会話の上達やスポーツのスキルアップなど、日常生活でもよく使われる言葉ですが、心理学の世界ではより広い意味をもつ用語として使われます。『最新 心理学事典』を見ると、「学習の定義はさまざまであるが、最も広くとらえると経験による行動の永続的可塑性である」と記載されています(渡辺, 2013)。

ここで重要なのは、「経験による」というフレーズです。人間の赤ちゃんは成長するとハイハイから2本足での歩行へと行動が変化しますが、これは経験によるものというよりは、成長・発達による行動の変化です。そのため、先の定義ではこの行動変化は学習には含まれないことになります。

また、「行動の永続的可塑性」というのは、行動に長期的な変化が起こるという意味です。テストの点が悪くて叱られた次の日だけ勉強して、その次の日にはすっかり遊んでばかりいるようなケースは一過性の行動変化であり、長期的なものではないため、先の定義で言う学習には含まれないことになります。

この定義を踏まえると、英会話教室に通ったこと(経験)で海外で流暢な英語を話せるようになる(行動変化)ことや、毎日素振りをしたこと(経験)でバッティングのフォームが改善される(行動変化)といった、日常生活で使われる学習の方法は学習の定義に含まれることになります。それだけでなく、生ガキを食べたらお腹を壊したこと(経験)で生ガキを食べなくなった(行動変化)といった、より広範な行動を含むものになっています。

こうした学習の定義を置いて、どのような経験がどのような行動変化を引き起こすかを明らかにしていくことで、ある欲求や動機づけによって起こした行動の結果(経験)を受けて、次の行動がどのように変わるかといった、連続的な人間の行動の変化を考えることができるようになります。冒頭で述べたように、単発の行動を考えるだけではなく、行動の継続や中止を考慮することが、人間の行動、さらには才能を研究する上では重要になってきます。そのために役立つ道具のひとつが学習という概念であり、そのメカニズムを整理した学習理論なのです。次は、この理論について代表的な「オペラント条件づけ」を見てみましょう。

シンプルかつ強力な「オペラント条件づけ」理論

私たちの行動は、それまでに起こした行動の結果に大きく左右されます。たとえば、生ガキを食べるという行動によって、お腹を壊すという苦しい結果が得られたとしたら、その人が生ガキを食べる頻度は少なくなるでしょう。このように、行動とその結果によって後続の行動が変化するという、一見当たり前に思える学習の仕組みには、「オペラント条件づけ」という名前がついています (佐々木, 2015 など)。

オペラント条件づけの中心となる要素に、「強化」と「弱化」というものがあります。駅前の宝くじ屋でくじを買うという行動によって、当たりが出たという結果が得られた場合、他の宝くじ屋よりも駅前のお店でくじを買う頻度が高くなると考えられます。このように、その後の行動の回数が増えることを「強化」といいます。反対に、生ガキを食べて当たったことで生ガキを食べる頻度が少なくなるように、その後の行動の回数が減少することを「弱化」といいます。

強化と弱化は、結果の種類によってそれぞれ2つに分けられます。強化が起こるのは、行動の結果によって何か「いいこと」が起こったときなのですが、この「いいこと」が2パターンに分類されています。ひとつは、ポジティブなことが現れるパターンです。くじが当たってお金がゲットできるのは、ポジティブなできごとが現れたと言ってよいでしょう。もうひとつは、ネガティブなことが取り除かれるパターンです。薬を飲んだら頭痛がなくなったといった例がわかりやすいと思うのですが、ある行動の結果、痛みのようなネガティブなものが消失すると、その行動(薬を飲む)が維持・増強されるでしょう。前者はポジティブなものがプラスされるということで「正の強化」、後者はネガティブなものがマイナスされているということで「負の強化」と呼ばれています。

弱化についても同様のパターン分けがされています。ヤブを突いたらヘビが出てきた場合のように、ネガティブなことがプラスされた結果、行動が減少する(ヤブを突こうとしなくなる)ことは、「正の弱化」と呼ばれています。これに対して、無断欠勤を繰り返していたら減給された場合のように、ポジティブなもの(給料)がマイナスされた結果、行動が減少する(無断欠勤しなくなる)ことは、「負の弱化」と呼ばれています。

強化 / 弱化・正 / 負と、似たような言葉が対になって混乱しがちなので、以下に2×2のマトリクスにして整理します。


表1. 正 / 負の強化 / 弱化の整理

表にするとシンプルに見える考え方ですが、シンプルでありながら人間の行動を幅広くカバーする強力な理論になっています。シンプルで強いのが理論としては最強です。

才能研究は行動の研究

人間は、行動によって世界に働きかけて、その結果を受けて行動を修正するというサイクルを無数に繰り返しながら生きています。オペラント条件づけの基本的な考え方はシンプルですが、この理論をきっかけに、人間の行動の連続性をより精緻に理解する基礎研究や、その理解を行動変容に応用しようとする研究が生み出され続けています。

株式会社TALENTのTRC (Talent Research Center) では、才能を「動機づけられた、自分が価値があると認めている行動や思考」と定義して研究を進めています。この定義からも、才能の研究は行動の研究と捉えることができます。行動の研究を進めるにあたり、「学習」の概念や理論は、前回まで紹介してきた「動機づけ」と並んで強力なツールとなります。「巨人の肩の上に立つ」と学術研究の世界ではよく言われますが、先人が構築し、上げてきた知識の蓄積をフルに活用して「才能」の理解と応用を目指していきたいと思います。

文献

  • 渡辺 茂(2013).学習 藤永 保 (監修).最新 心理学事典 平凡社 

  • 佐々木 淳(2015).第9章 学習理論パラダイム/行動療法 丹野 義彦・石垣 琢麿・毛利 伊吹・佐々木 淳・杉山 明子 臨床心理学(pp.237-254) 有斐閣

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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