mixiから救出した読書感想文#2

鍛冶屋の教え―横山祐弘職人ばなし
(和書)2014年03月30日 07:38
小学館 かくま つとむ

昭和40年代の生まれの自分にしたって、教科書に載っていた「村のかじ屋」のかじ屋って何?と思っていたくらいです。こうした伝統も、今や途絶える寸前なのでしょう。いや、この本自体が10年以上も前のものですから、今やこうしたルポを書くことも、さらに難しくなっている事は間違いありません。北関東に残る数少ない鍛冶屋さんのインタビューを文字に起こしたものと、それを補足するような説明の文が並ぶ、分かりやすい上に作者の主観をセーブした、良い文章だと思います。職人と言っても実際に使用する道具を作ることを前提にした方で、工芸品や美術品のようなものを作る人とは異なった、実用性に対するこだわりに大変関心しました。
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山の人生 - マタギの村から (中公文庫)
(和書)2014年03月30日 07:15
根深 誠 中央公論新社 2012年7月21日

今は途絶えてしまったという、マタギとしての風習を最も色濃く残した集落に密着したルポ。作者が妙に政治色の強い方で、冒頭がいきなし戦後に怒った階級闘争の顛末からスタートしていたり、他のマタギ集落をケチョンケチョンに書いていたり、ちょっとアレな部分もありますが、丁寧な取材の元に書かれた、極めて貴重な内容であることは間違いありません。マタギやサンカと言った民族に関する研究は、こうした極個人の努力によって続けられていますが、その伝統も薄れていく一方で、更新される研究を集積、体系化する機会もなかなか無いようです。すでに絶えた伝統でも、記憶が残るうちに、そういう事も出来たらと思うのですが。


ホームレス歌人のいた冬
(和書)2014年01月26日 08:26
三山 喬 東海教育研究所 2011年3月

ルポタージュというもの自体、そんなに読む方ではないのですが、この本を読んだ正直な感想としては、「こんなに筆者自身の事を主張してくるルポってあるんかな」。フリーライターとして生活が成り立たず廃業も考えていたときにこの企画が始まった……って知らんがな。愚痴をこぼすなよ読者に向けて。まあ意地悪な見方なんですが、文章から透けて見えるこの筆者さんのイメージというのが、とにかく「真面目なんだろうけど、線の細い人だなあ」というもの。元朝日の記者の方なのだそうですが、それにしては頼りない感じ。ただ、話を引っ張る構成の巧みさからすると、その辺も演出なのかも。途中、自ら記者としては反則と認めながら書いた「とある人物」の半生を読むと、本当にホームレスという立場が、明日は我が身という場所にあるのだなあと思い知ります。


蒼穹のファフナー
(和書)2014年01月19日 08:43
2005 メディアワークス 冲方 丁

最初に言って怒られておきますが、私、このキャラクターデザインの人、苦手です(苦笑)。おかげでSEEDが見れなくてもう。個人的ラノベ強化月間2冊目に選んだこの本、アニメシリーズのノベライズのようですが、本編見ていません。ただしどうやら内容が、アニメで語られなかった作品の導入部、主人公たちが戦うことになったきっかけの部分を中心に書かれているので、問題なく読めました。穏やかな孤島で暮らしていた素朴な少年たちが、人類の存亡をかけた戦いの最前線に立つ……、という話ですが、周囲から浮いている主人公の自意識が都会的で、舞台とそぐわない印象があります。まあ設定上も、田舎っても意図的に設計された舞台なので、話の上では不自然ではないのですし、都会的自意識に悩む地方在住の少年ってのは、現在ではむしろリアルなのかもなあ。でも、万能モテキャラの主人公には、やっぱり感情移入、しにくいよ! あまりにも格好良いキャラクターイラストが、とても素朴と感じさせないし(笑)。いやキャラデザへの文句はもう良い!
 それと、作者が病弱の美少女キャラが大好きなのが分かります。この子の台詞回しだけ、やたら凝ってる(笑)。


オブザデッド・マニアックス (ガガガ文庫)
(和書)2014年01月04日 08:18
大樹 連司 小学館 2011年6月17日

個人的ラノベ強化月間、ということで、以前、新聞の書評で書かれていて気になっていたこの本。古今東西のゾンビ映画へのオマージュ溢れる内容、ということで、あえて王道のストーリー展開を貫くことでゾンビ映画のオマージュ、そして文中にウンチクをたっぷりと詰め込む事ができるわけです。ただし、文章の本筋はそこではなく、「ゾンビに囲まれたショッピングモールより、クラスメートに囲まれた教室の中の方が恐ろしい」という、大人から見るとあまりに悲しい、しかし心当たりのある世界観からの解放の物語です。その意味でこの本は単なるパロディではなく、かなり真っ当な少年向け冒険小説になっています。あまりにご都合主義的最強オネーちゃんキャラの存在とか、あまりにもゾンビ映画の定番バットエンドとはほど遠いハーレムエンドがどうなっとるんだ、という部分を嘆くのではなく、青少年向けの小説で守るべきルールを厳守している姿勢がとても良いと思います。イラストは好き嫌い以前の問題として、もう世代が違うんだよなあ、というしかないです、オジさんには……。


怪奇大作戦 ミステリー・ファイル (角川文庫)
(和書)2014年01月04日 08:04
小林 弘利 角川書店 2013年9月25日

ドラマ版では、「ゴチになります!」に出てる人が主役を演じていて、あら似合うじゃない、と楽しんでみていました。特にドラマ版の「深淵を覗く者」は良かったなあ。小説版はテレビ版では予算的に難しい描写もふんだんに書かれていて、ノベライズに求められているものをよく理解している、という印象です。特にサイセンスまわりを中心とした設定部分、心理描写の書き込みには気合いが感じられます。メッセージ性の強さが売りのシリーズなので、共感できない部分があると急にアラが気になってしまうのですが(個人的に地を這う女王は、ちょっと)、こういうこだわりのある特撮ドラマは、やはり絶やしてはいけません。
 こういうの、予算をもう少しつけて、ジャニーズ主演で良いから、月9とかのメジャー枠でやれないかなあ。あ、でも「安堂ロイド」がコケたっていうし、やっぱり難しいのか……。


極限推理コロシアム (講談社文庫 や 62-1)
(和書)2014年01月04日 07:56
矢野 龍王 講談社 2008年10月15日

密閉状況での連続殺人パターンは、どれだけ緊迫感を煽るかで読者を引き込むかが決まります。その点でこの作品がこだわっているのは分かるのですが、如何せん、それを目指すあまり、描写がどぎつくなってしまって残念。とにかく嫌な性格のキャラが目につき過ぎます。文章の主人公の一人語りの部分も、妙にハードボイルドチックなのが気になるし。あまり平凡なサラリーマンって感じがしない。とにかく全体的に肩に力が入りすぎている印象の文です。一方でラストのネタばらしの部分が作品のボリュームに比してあっさりしている印象ですが、正直呆気ないな、と思いもしましたが、ここでさらにもったいぶる真似をするよりも良かったのでしょう。


こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)
(和書)2014年01月04日 07:49
山本 博文 新潮社 2011年9月28日

お子様を持ち、学校に通わせるようになれば、自分の子供の頃と今の時代を比べて、学校の、そして教科書の変化を実感するのでしょうが、独身アラフォーはこうした本でしかうかがい知るしかできません(泣)。いやそんな悲しい話でどうでも良い。この本の表紙に出ている4人が、全て現在では別人とされている! というのはやっぱりビックリしますね。教科書での描写が変更させるのは、「その後の研究で通説が間違っている可能性が高まった」場合と、「その出来事に関する評価が変わった」場合に大別されるのだなあ、というのが分かります。前者はともかく、後者はリアルタイムでの政治状況などが絡む余地がある部分になるわけですね。田沼意次の政治的評価が今では変化しているというのなら、アベノミクスは百年後、どのように評価されるのやら……いやこれは、10年と経たずに結果が出ることでしょうが。


冥王と獣のダンス
(和書)2013年09月29日 07:43
2000 メディアワークス 上遠野 浩平, 緒方 剛志

エヴァ前後でしょうか、「セカイ系」というのが時代を席巻した時期がありました。あれ、なんであそこまで盛り上がったのかなあ、という疑問があったのですが、まぎれも無くその系統であるこの作品を読んで分かりました。「要するにセカイ系の主人公って、究極のリア充ってことだよね?」特殊能力に目覚めるわ、敵味方階級入り乱れて女に持てまくるわ、力が認められて仲間が増えていくわ、嫌な上司をとっちめられるわ、挙げ句の果てに世界を救っちゃうわけですから……。逆に言うなら、セカイ系が衰退したのは、リア充というような言葉が生まれることで、セカイ系主人公のような存在は自分達と断絶した存在である、と見る側(ヲタク層)に定義されるようになったからかもしれません。いや嘘です。今でもハーレム展開は世に溢れているんだし。
 余談が過ぎました。文庫本一巻で納めるには物語の展開のスケールアップが甚だしいので、どうしても軽い印象になってしまいますが、文章も構成もしっかりしている面白い内容です。



シノダ! チビ竜と魔法の実 (新潮文庫)
(和書)2013年09月29日 07:30
富安 陽子 新潮社 2012年1月28日

ジャケ買い率がやたらと高そうなこの御本。純正ジブリのこの挿絵が選ばれた時には、作者も「え、もしかしたらジブリで映画化してもらえる?」とか淡い期待を描いたんではないでしょうか。余計なお世話ですが。ヒトとキツネのハーフの三人の子供の家に、小さな龍が住み着いて……、というファンタジー。幾らでも大冒険の展開に持っていけそうなワクワク感溢れる設定ですが、話のほとんどは自宅、それもアパートの一室で完結してます。いわゆる日常系というやつなんでしょうね。これだけ魅力あるシチュエーションだったら、もっとハラハラドキドキの展開を!と思ってしまうのですが、日常のスケール内に収まっているからこそ、のドキドキ感というのもあるので、これはこれで良いのかもしれません。シリーズ物の第一回ということで、自己紹介程度の登場人物も目立ちます。


そして名探偵は生まれた (祥伝社文庫 う 2-3)
(和書)2013年08月25日 23:52
歌野 晶午 祥伝社 2009年2月6日

様々な舞台で発表された中編を集めたオムニバスです。どの作品も手応えのシッカリした読み応えのある推理小説で、言い方は悪いですが、作者渾身の一作!というものでは無い筈なのにレベルは高いです。だからこそ、むしろ作者のレベルの高さが分かるって言う感じ。
 どの作品もお勧めできますが、「館という名の楽園で」が好きです。この手の「推理マニアが推理小説に有りがちな舞台設定のところで集まって楽しもうと思っていたら実際に殺人が……」的展開の作品って良く見かけますが、そういう作品を見るたびに、「無理にそうせずとも、こうしてくれれば良いのに……」とずっと思っていた展開を、見事にやってもらったという気がします。三枚目の探偵役が終始頑張っているのも良いですね。


ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)
(和書)2013年08月25日 23:44
三上 延 アスキー・メディアワークス 2011年10月25日

一巻と比べて物語のペースが大きく落ちていますが、本来はこれくらいで書きたかったのでしょう。殺人事件など書きようが無い物語なれど、サスペンスの妙味を引き立たせるじっくりとした書き方が堂に入っています。また、一話完結としての伏線以外にも、この一巻を通して繋がる伏線、そして次巻以降への期待をつなげる伏線の重ね方が上手くて、これは人気出るなあ、と思わずに入られません。正直、その辺りがちょっと狙い過ぎという印象もあるのですが、登場人物を丁寧に扱っているので、嫌みな作品という感じはしません。
 ちなみに、第二話に関してはタイトルの作品を知っている人は展開がある程度読めてしまう感じもしますが、どの程度有名なんですかね、これ?


空想歴史読本
(和書)2013年08月25日 23:34
2003 メディアファクトリー 円道 祥之

このシリーズ、本格派のマニアにはあまり評判が良くないと聞きます。いろいろなアニメ特撮マンガの設定の表面だけなぞって、挙げ足取りをしているだけだ、というのが大体の理由のようです。しかし、ここまで沢山の作品に目を通していれば、文句もなかなか言えないんなあ、と私なんぞは思ってしまいます。それだけ登場する作品数は圧巻。まあ確かに我田引水感は拭えませんし、サンダーバードまで広げちゃ駄目だろ、他の洋画は完全無視なのにとかいろいろ思う箇所はあるのですが、空想の舞台となった歴史の配置を知るだけで、ある意味日本の潜在的歴史の興味点が何処にあるのかが浮かび上がるのは面白いです。

全くの余談ですが、その昔、月刊OUTというアニメ紙で、サンライズアニメ限定で似たような企画あったのを覚えている方って、おりませんか? ダイターン3がコロニー落としを阻止しようとしたり、銀河万丈が実はガラットの生みの親だった、みたいな奴。


そして五人がいなくなる<名探偵夢水清志郎事件ノート>
(和書)2013年08月15日 07:32
2006 講談社 はやみね かおる

子供向けの推理小説に求められる物は何か?それを明確にした上で書かれた小説だと思います。トリックはむしろ種明かしとも言うべきレベルですが、それは非難するにあたりません。「子供でも自力で解ける楽しみを味あわせる」「子供にこんな仕掛けがあるなんてすごい!と喜ばせる」為にトリックは存在しているのです。そして文章はあくまで爽やかに、読んでいて不快になること無く、また子供でも通じることの出来る世の悲しさを、優しく運び去ってくれるストーリー。欠点のない児童文学だと思います。ただ、あくまで個人的感触ですが、推理小説を読みたがるようなちょっとマセた子には、ちょっと正攻法過ぎて物足りなく思うんじゃないか? という気がします。


ご当地バカ百景 [宝島社文庫] (宝島社文庫 E い 1-1)
(和書)2013年08月15日 07:22
一刀 宝島社 2008年6月3日

最近はこの手のご当地ネタというのが、テレビでも良く取り上げられるようになったし、また、この本の発刊当時はマイナーだった物が(とは言ってもわずか5年前ですが)、今ではメジャーになっていたり、こういうネタも時代の変遷に敏感なんだなあと思います。ネット募集で集まった話題を纏めた物なので、どこかゆるいとうか散漫な内容ですが、お気軽に手に取って、読み終えたらさっさと捨てちゃって下さい、というお手軽さが、ある意味、この手の本には必要なのでしょう。今ならきっと、コンビニブックになっているかも。


ファミ通と僕 2000-2002
(和書)2013年08月15日 07:14
伊集院光 エンターブレイン 2013年8月8日

 ゲームの世相もさながら、登場人物によって、芸能界、とくにお笑い芸人さんの時代の推移が浮かび上がってくるのが面白いところ。今をときめくくりいむしちゅーやアンタッチャブルの無名時代が書かれていたり。たった10年前、ザキヤマってここまで暇だったんだ!
 そんな仲間と一緒にゲーム大会をしている欄の文章は本当に楽しそうで、やっぱりゲームってみんなでワイワイやるのが一番いいんじゃないかなあ、と改めて思う。ネットもいいけどさ。


ファミ通と僕 1998-2000
(和書)2013年08月15日 07:05
伊集院光 エンターブレイン 2013年8月8日

ここで書かれているのって、10年以上も前のことなんだなあ、と思うと、なんか感慨深いものがあります。ゲームはほとんどしませんが、時期的には据え置き期全盛から徐々に斜陽期に向かうくらいになるのでしょうか。任天堂、ソニー、セガの三つどもえで、PS2が出るぞ!っていう時期。ゲーム雑誌に乗ってるとは言え、ゲームレビュー的な感じではなく、気に入ったゲームをやり込む余りに怒る悲喜劇を書き込んだ感じ。ぶっちゃけ、半分くらいはパワプロの話でない?
書籍化するにあたっての書き足しがそうとう手をかけているので、こりゃ続編が出るとしても相当先だなあと思わせます。実際この本自体、書籍化の話が出てからそうとう時間かかりましたし。


死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
(和書)2013年07月21日 07:43
門田 隆将 PHP研究所 2012年11月24日

 最後に作者自身が言っているように、この作品は「人間ドラマ」として書かれているのであって、狭義の意味での「ドキュメント」では無い、と心しておかないと、原発事件の意味を間違えるかもしれない。そういう覚悟は必要かな、と思う文章です。作者の熱心な取材と、対象者の誠実な対応、そして書かれている圧倒的な現実。冒頭、宝物のように美しい取材対象者の少年時代の記憶から続く内容は、文章としての力が強すぎます。
 文章内では、後に話題になる初期対応での誤操作についての記述もありませんし、4号機プールの水の対応に関してもほとんど書かれていません。あくまで「ドラマとして盛り上がる」場面をピックアップしている、という印象は拭えません。悪意を込めて言うなら、メインの取材対象者である東電現場担当者に心情的加担し過ぎて、バランスを崩している、という指摘も出来るかもしれません。

 しかし、この文章には原発事故を知る上では、必読の書と思います。あの原発事故の渦中の空気に迫ろうという作者の強い意志が貫かれた、貴重な証言の集積であり、吉田昌郎氏が亡くなられた今、彼という人物を知るには欠かせない文章にもなってしまいましたから。


スクランブル―イーグルは泣いている (徳間文庫 な 20-5)
(和書)2013年07月13日 22:42
夏見 正隆 徳間書店 2008年9月5日

 最初に結論から言いますが、文章として面白いかというと星は4つあげられます。が、読んだ後の印象からすると絶対に星は1つ。最近読んだ本の中ではダントツにワーストになります。
 とにかく、文章全体から立ちこめる強烈な被害者意識が、どうにも我慢できません。ハッキリと言うなら、この作品にはかなり強いプロパガンダが仕込まれていて、その内容自体は反対もしないし、自衛隊という組織を書く以上、避けては通れぬ問題を書いているので、むしろ大切なことなのです。が、それにしてもここまで露骨な「俺の考えこそが誰よりも正しいんだ」「それが分からない奴らはどいつもこいつも愚かで醜い馬鹿野郎なんだ」発想は一体なんなんでしょう。
 本当に国を考えているのは自衛隊の現場にいる者だけで、上層部も政治家も自衛隊に理解を示さない市民も卑しい愚か者、という余りに分かりやすい世界観。ぶっちゃけて言うなら、昭和のジャンプの世界なんですよね。「イーグルは泣いている」なんて微妙なサブタイとか、「亜細亜のあけぼの」とか名付けちゃう敵の組織名とか、何故かやたらと動物を使いたがる、醜い登場人物たちへの比喩表現とか。文章全体のセンスの古さも、その印象をより強調しています。
 そして、「我々に理解を示さない世間の人間」という自衛隊員の被害者立場を、「男社会で排斥される自立した女」に同調させることで、女性人気も取り込もうとしたのでしょう。リストラセクハラ雨あられのヒロインを中心に添えて、主人公と三角関係まで作っちゃって。サービス精神旺盛といえばその通りなのですが、そもそも、女から同情してもらおう、というその仕組みが露骨すぎて、これはもう下心と言うしか無いレベル。恋愛描写も、やたら大袈裟でコッテリ味の前時代的なものなので、これで喜ぶ女性読者も、そんなに多くない気もしますが……。

 うーん、少し感情的な文章になってしまいました。が、こういう視点で書かれた文章って、私、読みたくないんですよ。


大東京三十五区 冥都七事件
(和書)2013年07月13日 22:16
祥伝社 物集 高音

京極の一部のシリーズにも当てはまるんですが、ここまで文章に凝った作品って、内容が入ってこないんですよね。面白い面白くない以前に、「ご苦労様」という気持ちが先に出ちゃうというか。その時代の雰囲気を文章に与える意味で、当時の言葉を再現する、というのは有効な手段に思いますが、程度を過ぎると、かえって作り物めいてくるというか…。内容の荒唐無稽さは良いのですが、「少し不思議な部分を残した終わり方」と、「これは後に伏線として回収される描写」の区別がないんじゃないかなあ、という気がしました。


荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟 (集英社新書)
(和書)2013年06月23日 23:53
荒木 飛呂彦 集英社 2013年5月17日

えーん、作中にあるお気に入り映画のランキングに入った作品を見る限り、荒木さんと映画の趣味があまり合わないよお。って、そんなに映画を熱心にも真面目にも見ていないんだから、そもそも競って語れるレベルでもないですが。前作のホラーに続いて、今回はサスペンス映画を中心に語っております。おそらく編集サイドからのリクエストでしょうか、今回の文章の中には、映画の場面は内容を取り上げた後で「ジョジョのこういう場面に影響した~」とかいう言葉を挟んだり、ジョジョの中の名台詞を挟んだり、という読者サービス的な文書が混ざっている率が高まっている気がします。それがなんだか如何にも照れながら、っぽいのが、なんか可愛いな、と(笑)。


すじぼり (角川文庫)
(和書)2013年06月23日 23:47
福澤 徹三 角川書店(角川グループパブリッシング) 2009年7月25日

普段、「任侠もの」も「青春もの」も、ほとんど読まないのですが、珍しく読んでみたこの作品。こうして読むと、前述の2ジャンルがファンタジーそのものであるということが良く分かる、そんな偏見に満ちた確信を抱かせます。しかしながら大学時代くらいの年頃の、無計画で傍迷惑で短絡的な人生観を掘り返すような文章は、自分にも嫌っちゅうほど心当たりがあるので、読んでいて己への気恥ずかしさでいたたまれなくなってきます。多分、作者もよくよく若さ故の過ちを持っている人なのでしょう。物語の波乱の展開も後半になるにつれどんどんテンポが増し、最後の方は読者が展開を把握出来るギリギリのスピードでは? というレベルまで加速した上で、投げっぱなしのようにスパっと物語が終わります。その後を引く終わらせ方がある意味絶妙。「青春物に必須の親子の和解」とか、「任侠ものに相応しい仲間達の散華」とか、終わらせるべき物だけは締めておいて、「自分の為に我が身を犠牲にしたヒロインを救出に向かうべく、新たなる旅立つに向かう主人公!」という冒険ものに相応しい終わらせ方をしているわけですね。
 なお、数年前の作品でありながら、今日日に話題になっている色々な問題がチラチラでてきます。生活保護とか在日とか……、冒頭の、大学生三人の社会への不安とか、きっと今の学生も言っていますね。


孤島パズル
(和書)2013年06月16日 08:23
1996 東京創元社 有栖川 有栖

王道中の王道。ど真ん中直球145キロな絶海の孤島ミステリ。タイトルに「パズル」とはよく付けたもので、登場人物のそれぞれの行動をグラフ化して、孤島の形状的特徴から連想されるトリックに必ず組み込めれるであろう移動方法を重ね、そして直前に提示された瑣細ながら決定的なヒントを組み合わせれば、確実に犯人を特定出来る、まさに「読者への挑戦」が挿入された、知的パズルとして相応しい内容。こうなると、読者に果たしてそれを正々堂々受けて立つ気合いがあるかどうかが試されます。いやもちろん、私にはありませんでした(苦笑)。
 それと、この作品でとても良いのが、登場人物の「普通」感。推理小説の主要人物というのは、やたらエキセントリックだったりニヒリズムだったりミステリアスだったりと、一筋縄ではいかない人物ばかりになってしまったりしますが、この作品に関してはそれがなく、普通の感性を持った(と読者に思わせる)人たちばかり。かといって、二時間サスペンスのように強調された生活臭があるわけでもないので、作品全体が清潔で、上品な印象があります。
 あら探しを一つだけ言わせてもらうなら、ミスリードを狙った奴で、明らかに蛇足ってのがありますね。


時間島 (アルファポリス文庫)
(和書)2013年06月16日 08:11
椙本 孝思 アルファポリス 2010年7月

読む前に「THE QUIZ」の作者だと気づいていたら、絶対に買わなかっただろうなあ。というくらいに前回に読んだ作品の印象は悪いのですが、これに関しては、なかなか楽しめました。前回はどう読んでも破綻というか逃げというか、というオチになったのが致命的でした。今回はやや有りがち感は拭えないものの、伏線をしっかりと回収した軟着陸を果たしたことで、この作者さんの良い面がよく見えるようになりました。この作者さんはやはり、読書にそれほど馴染んでいない人向けの平易な文章で、キャラクターの書き分け、そしてその絡め方が巧みな人なのでしょう。「ひぐらし世代」の読者にぴったりマッチした芸風という気がします。
 しかし、この作品の個人的教訓は、一作品地雷を踏んだからといって、安易に作家を見捨てるのは良くないということでしょうか。ならば、大人気作家ながら、個人的には本に触れるのも嫌だ、というくらいに嫌っているあの作者の作品も、もう一度試してみるべきなのか……、いや、やっぱり嫌だなあ……。


浜村渚の計算ノ-ト (講談社文庫)
(和書)2013年06月16日 08:00
青柳 碧人 講談社 2011年6月15日

あとがきで思いっきり、現在のシリーズ放送中の某ミステリードラマの影響にある作品と書いていますが、この作品はフジの月9というより、テレ朝の日曜朝、あるいはEテレ辺り?「主人公を萌え娘にして、数学知識を武器に戦いを繰り広げる、昭和仮面ライダー」という印象です。小学生高学年から中学生あたりがターゲットでしょうか、荒唐無稽のポップな作品としてのお手本のような内容で、面白いです。さすがに数学知識をベースとしているだけあって、無茶苦茶な世界観でありながら、決めたルールはきっちり守っていて、ミステリーとしてちゃんと成立していますし、各短編の、クライマックスの場面の見栄の切り方が、とても上手い。というより、セリフが上手いのでしょうね。主人公の浜村渚の会話が、とても良いです。如何にも現代っ子(いまやこの言葉時代が古いですが)が普段話していそうな、自然な印象がします。無理にイマドキ感を出してなく、さりとて文章的にしすぎるでも無く、自然な印象にまとまっていて、そのバランスが良い。


小説ルパン三世 (双葉文庫)
(和書)2013年06月16日 07:47
大沢 在昌:新野 剛志:光原 百合:樋口 明雄:森 詠 双葉社 2011年6月16日

以前、似た企画で「こち亀」の奴があって、それはそれで面白かったのですが、原作と比較しての「違和感」が強く残った印象がありました。それと比較して、こちらの作品ではそれが少ない。このまま映像化出来るなあ、というものばかり。これはおそらく、こち亀が秋本さん一人の力が強いのに比較して、ルパンはモンキーパンチの原作より、むしろ多人数の手によって作られた、アニメ版がスタンダードになっているからでしょう。だから読んでいて、「この作品のルパンは赤ジャケっぽいな」とか「これは緑だね」「この場面は宮崎っぽい演出にしてほしいのかな?」とか、そういう読み方をしてしまいます(笑)弱点と言えば、全作品を通して五右衛門がほとんど活躍しない点になりますが、あの斬鉄剣でなんでも切っちゃう、というのは、確かに文章向けではないですね。


吾輩はシャーロック・ホームズである (角川文庫 や 39-3)
(和書)2013年06月16日 07:39
柳 広司 角川書店(角川グループパブリッシング) 2009年9月25日

夏目漱石とシャーロックホームズを共演させるネタ、というのは以前も読んだことがあります。それもかなりブッとんだ内容でしたが、これもまたなかなかのもの。しかし、内容は面白いです。時代背景をしっかり書き込んだ文章も、速いテンポで進行しつつも情感のこもった溜めの効いた場面も挟む展開もとても上手です。裏表紙の第一級のエンターテインメントの言葉に偽り無し。ややネタばれをしますと、この作品で一番の凄みは、クライマックス手前に挟まれた、メタ展開を見せる場所だと思います。ここが一番、作者が書きたかった場面じゃないのかなあ。本当の結末も良くできてますけど。


悪党たちは千里を走る
(和書)2013年06月02日 07:28
2005 光文社 貫井 徳郎

貫井さんと言えば、「慟哭」のインパクトが強くて、ヘビーな内容の作家さんという印象なのですが、こういうのも書くんですね。好きですこういうの! 黄金のタイムボカン的配置によるおマヌケ三悪党の奮闘ストーリー。物語としては無理とか御都合主義が垣間見えなくもないんですが、ドタバタのストーリー展開のテンポの良さと、なにより登場人物の(マヌケな)魅力で一気に読ませます。巻末解説によると、作者は煮詰まった時期に書いた作品なのだそうですが、そう言う時期にこうした作品を書くことで、自分のメンタル回復の効果もあるのでしょう。だからこそ作者自身、愛着のあるキャラクター達になった事と思いますし、そうした気持ちが文章から滲み出ることで、心から楽しめる作品になったんじゃないかな、と考えたりします。ただ、個人的に納得出来ないのは、最後の誘拐金の配分ですね。それで良いのかなあ。


大泉エッセイ ~僕が綴った16年
(和書)2013年06月02日 07:08
大泉 洋 メディアファクトリー 2013年4月19日

ゴーストライターの存在を疑わなくて良いタレント本というのは、それだけでも気持ちがいい(苦笑)。普段、会話が面白い人は、そのまま文章にすれば、それだって面白いのではないか?というと、決してそういうわけでもありません。たとえ普段のおしゃべりのような内容でも、文章にするのであれば、また違った技術を使わなくては、面白い内容にはならないものです。大泉洋が16年に渡って掲載誌を渡り歩きながら書いてきたこのコラムでは、その辺りを自覚した上で、どうすればより面白いコラムが書けるのか、と常々考えながら進めてきた苦心がにじみ出ています。その辺、真面目な人柄が良く出ていますよね。


最初に探偵が死んだ (実業之日本社文庫)
(和書)2013年06月01日 01:54
蒼井 上鷹 実業之日本社 2011年8月5日

タイトルが強すぎ。幽霊を文中でGと略するのも、なんかセンスないなあ、とか思いますけど。強烈な変化球的視点を一つ取り入れた以外は、正統派の雪道山荘の本格推理なのですが、文章がイマイチ熱中させてくれません。全体的にユーモアな印象の文体なのですが、登場人物がエキセントリックなことに加えて、展開や描写におどろおどろしい場面もあるので、全体的にバランスが悪い感じがします。視点や展開の飛躍が目立つ気も。



彼女と僕の伝奇的学問 (メディアワークス文庫)
(和書)2013年06月01日 01:43
水沢 あきと アスキーメディアワークス 2012年8月25日

 元の味が分からなくなるまで京極夏彦を薄くした上で、萌え要素という化学調味料をたっぷりと注ぎ込んだ……いや、違うなあ。純粋に作者が民俗学に興味があって、とある伝承の象徴的世界を仮構したかったのがメインの目的の文章なのでしょう。だから、民族学的知識はふんだんに盛り込まれている一方で、登場人物はおしなべて魅力に欠けます。登場人物紹介で、問答無用の今時アニメ絵でキャラクターが描かれていますが、これ、別にいらない。特に主人公以外の男性キャラ二人は、人数合わせ以外の何者でもなし。
 物語の展開としては可もなく不可もなく、「めでたしめでたし」にたどり着く40キロ制限道路を無難に走り通した、という印象。これはまあ、個人的趣味であると認めた上での意見として、ここに書かれているような風習を興味を持って読むようなタイプの人が、こういう展開を望んでいるかなあ、とは思います。でも、こういう方向のエンディングにしないと、ただのエロ小説になりかねないと言えば、確かにそうですが。


夜明けのブギーポップ
(和書)2013年06月01日 01:24
1999 メディアワークス 上遠野 浩平

小編を束ねる縄の緩さが絶妙ですし、文章の中に書き込む情報量の分量とか、いろんな意味で距離感がとても上手いと思います。やや品のない表現をするなら、絶妙な寸止め感ですよね。読者の想像力を喚起させる文章で、学生さんが読むのに相応しい文章だと思います。冷めているようでいて、内容は熱い正義の物語ですし。


評伝シャア・アズナブル《赤い彗星》の軌跡 (講談社文庫)
(和書)2013年06月01日 01:09
皆川 ゆか 講談社 2012年4月13日

 よくまあ纏め上げたものだと感心するしかないですし、こうして纏めてみると、シャアアズナブルというキャラクターは、見事なまでに終始一貫していたのだなあ、と富野サンのキャラクター造形力に感心せざるを得ません。そして、纏め上げられた上で俯瞰してみると、やっぱシャアって、ダメダメな奴だよね、と改めて思うしかないというか(苦笑)。ガンダムという作品に全く触れたことのない人に、是非、読ませてみたい文章です。おそらく、「なんでこんな奴が、カッコイイキャラクターと思われているの?」と疑問に思うこと請け合い(笑)。
 こうしてシャアという人物を中心にして、改めてガンダムという物語を見直すと、また違う視点が生まれる物で、この文章中、一番面白かったのって、Zの後半部分なんですよね。おそらくガンダム世界で最も政治的な駆け引きが繰り広げられた部分で、だからこそ文章にすると映えるのでしょうが、アニメで見ると、やっぱりつまらないんだなあ、あの辺。リメイクされた映画版では、そのあたりはバッサリと切り捨てていたし。
 表紙で安彦さん画の0093年当時のシャアのイラストが描かれていますが、これはかなり貴重なはず!良くリクエストしてくれた、皆川さん!


虹色ほたる―永遠の夏休み〈下〉 (アルファポリス文庫)
(和書)2013年06月01日 00:55
川口 雅幸 アルファポリス 2010年7月8日

 個人的偏見に過ぎますが、この作品、「子供(特に男の子)を主役にした一夏の冒険物語」の文章の、一番悪い典型だと思っています。一人称で書いて子供らしさを演じてる一方、肝心な所でやたらと凝った心理描写、状況描写。つまり水遊びや祭りなどの場面でやたらと大はしゃぎしているかと思えば、重い場面にさしかかると、普通の大人でも浮かばない単語を駆使した感情を煽るモノローグ。こういう文章を、「クサい」と表現するのでしょう。肉親の死に傷ついた少年が、失われた日本の原風景の中で癒されていく、という展開をまるで否定はしないのですが、作者が余りにノスタルジックに逃げ過ぎています。
 星を3つにしたのは、オマケ。女の子の正体で、少し感心する部分があったので。多分ああだろうな、と思っていたのに間違いではなかったのですが、それに一つ、上乗せがあって、そこにちょっと感心しました。


虹色ほたる―永遠の夏休み〈上〉 (アルファポリス文庫)
(和書)2013年06月01日 00:34
川口 雅幸 アルファポリス 2010年7月8日

タイムトラベルと言えばドラえもんを始めとして数多くの作品を見てきたわけですが、かつて、これほどゆるゆるのお気楽な展開を見たことはありません。帰れなくなるというサスペンスはなく、ガイド役のおじいさんはいるし、たどり着いた先には障害もなくあっという間に友達は出来るは妹のような女の子は出来るは……。これはもう、何も苦労もしない、ただそこでいるだけで幸せな時間を過ごせる現実逃避のノスタルジックどっぷり浸かって下さいね作品。個人的にはこういう作品は読む人に向けて甘いけど体に悪い合成甘味料みたいな作品だと思っています。以下の感想は下巻にて。


東大オタク学講座
(和書)2013年05月05日 08:34
1997 講談社 岡田 斗司夫

今じゃ出来ないんじゃないかなあ。いわゆるヲタクと称される方々、それも実は多種多様な人々の総体であるということを思わせる内容です。前半は作者が定義する「ヲタク」の説明で、自分のこれまでの仕事を振り返りつつ、ヲタクという存在が形成される経緯を説明しています。話の内容が富野トリトンから始まって金田、板野、大張と続くケレン作画の全盛期まであたりがメインだったりすると、そういう世代なんだなあ、と思います。「アオイホノオ」とやっぱりカブりますね。問題は後半の「闇のヲタク」と題された部分で……。芸風としてやっている唐沢俊一とかは良いんだけど、村崎百朗って人はダメだろ、これ……。受講していた東大生は引きまくっていたというけど、読んでいても引くよ、この人。


サッカー監督はつらいよ (幻冬舎文庫)
(和書)2013年05月05日 08:18
平野 史 幻冬舎 2010年6月

これはアレのことを言ってるんだなーという勘ぐりだけで読んだらダメですよ、マニアの方(苦笑)。そんなJリーグの監督業の裏側を書いた文章ですが、必要以上にスキャンダルめいたキツい書き方はしておらず、文章全体がユーモラスな感じです。イニシャルトークな文面で、主人公が不条理な場面に遭遇する展開が多いことから、なんだか妙に星新一チックな感じすらします(笑)。後半は歴代代表監督の寸評が書かれていますが、南アフリカ直前まで、というタイミングなので、岡田監督への不安と不振一杯、のが当時をしのばせますね……。


幻惑密室―神麻嗣子の超能力事件簿
(和書)2013年05月05日 08:10
2003 講談社 西澤 保彦

文章が「青臭い」、というのは欠点では無いのですが、読んでいる相手に不快感を与える場合は、やはり減点されて仕方ないものだろう、ということです。まあ表紙に描かれた巫女姿の女の子だけでも見当がつく通りのヲタ感強い内容で、カッコイイ単語を並べた章題、造語てんこもりの設定。それはまあ良いのですが、やたら主張を出してくるのが鼻について仕方ない。それも、散々に女性差別に対する憤懣を書いたかと思えば次にはいわゆるオバさん世代の無神経を避難する文章を続けてくるような、あまりに無神経な感じ。いわゆる「背伸び感」が文章全体から出ているので、そこは辛いものがありました。


幸せな挑戦 今日の一歩、明日の「世界」 (角川oneテーマ21)
(和書)2013年05月05日 07:58
中村 憲剛 角川書店(角川グループパブリッシング) 2013年3月9日

浦和レッズに関連していないJリーガーで、私が最も好きな選手の一人、中村憲剛の自伝です。長谷部の本が大ヒットして以降の、サッカー選手に語らせた学生向け自己啓発本の流れの一つだと思いますが、単行本でなく新書で、というのが憲剛らしいなあ、とか思ったり。各世代の代表、プロユース所属といった表舞台に立つことなく、大学でも無名で、プロで入ってから頭角を現す、叩き上げ努力の人だけに、才能ではなく努力が全て!という言葉に説得力もあるのでしょう。そういった趣旨にあわない部分を、ちょっと誤摩化しているかなあ、と思われる部分もないではないでのですが、それは穿った見方ですかね。南アフリカパラグアイ戦、あのシーンはやはり忘れられないですか。だったら是非!次の大会で雪辱して下さい!


しゃべくり探偵―ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険
(和書)2013年05月05日 07:40
1997 東京創元社 黒崎 緑

まるでコントの台本のように、地の文なしで語られる推理小説。推理小説を書くとして、トリックを思いついた場合、やっぱり読んでくれる人に凄い!頭良い!と思われたいのが人の常。ならば文章も、畏まって難しい言葉回しで知識たっぷりの、如何にも頭がいいんですアピールをした文章にしたくなるところ。そこをあえて真逆のベッタベタのお笑い漫才口調で語らせる、その心意気が何よりいいなあ、と思います。これが書かれたのが十年以上前で、それから世間のお笑いというのが大幅な変化(進歩……なのかも知れませんが)を見せており、この文章で書かれている「笑わせ」の仕方がどうにも古びてしまっているのが辛いとこではありますが。


マンガホニャララ (文春文庫)
(和書)2013年05月05日 07:27
ブルボン小林 文藝春秋 2013年4月10日

表紙だけで買っちゃうよ俺なんか(苦笑)。世代がほぼ一緒なんだよなあ。ドラえもんが入り口で、ジャンプ全盛期に過ごした世代。しかし、キン消しを集めオーバーヘッドキックの練習を重ね友達に北斗百烈拳を見舞いながらも、心からジャンプマンガに身を置くことができず、藤子作品から抜けきれなかったところまで一緒。もちろん、メインで語られているのが現代のマンガ事情なのですが、意図的にメジャーマンガは避けている部分があるので、マンガのガイド本とするなら、他の本も併用する必要がありそう。私も「モジャ公」は、修正前のエンディングの方が、らしくて好きだなあ……。


ビブリア古書堂の事件手帖3 ~栞子さんと消えない絆~ (メディアワークス文庫)
(和書)2013年03月10日 23:05
三上延 アスキー・メディアワークス 2012年6月21日

今、ドラマ真っ最中でまさに旬の小説をリアルタイムで読む、私としては珍しい(苦笑)。それもこれも、今が売れ時のはずなのに105円で売っていたブック○フのおかげですありがとう!
 いや文章の感想を。人気が出て続編が書けると知ってか、1巻にあったような慌ててまとめている感じがなくなり、エポソード辺りの文字数も増えて、のびのびと余裕を持ってキャラクターを書き込んでいるのが伺えます。以前登場して、その後が読者も気にしていたであろう人物も再登場したり、ファンサービスも抜かり無し。安心して楽しめる作品になってきているな、と感じました。個人的には、「春と修羅」に登場する無愛想な少年の描写が気に入りました。っす、を語尾につけるダサ系ながら、正直な感じが。


プラ・バロック (光文社文庫)
(和書)2013年03月10日 22:47
結城 充考 光文社 2011年3月10日

始終、雨が降りっぱなしな小説です。こういう統一感というのはムード作りには大切な部分なので、そこをきっちり揃えているのは良いですね。沈鬱なムードで語られる、あえてカテゴリ分けをするとしたら、女性刑事主役のハードボイルドなのですが、ナルシストな雰囲気が全体的に漂い、リアリティは全体的に希薄なので、刑事物、ハードボイルド物好きな人には受け付けない要素が多いかも。ただ、登場人物の扱いがとても丁寧で、こと、主人公と各キャラクターの別れの描写がことごとくキマッているのがとても良いです。(読者ですらどーでもいーよと思いかねないキャラですら、最後にはフォローが入っている)いかにもヨネクラリョウコとかクロキメイサ辺りでドラマ化しやすそうな内容なのですが、そうした話はまだ無いんですよね?


死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) (宝島社文庫 C な 5-1)
(和書)2013年03月10日 22:38
七尾 与史 宝島社 2010年7月6日

B級ならではの開き直り、というのがキマっている作品だな、と思います。説得力だのリアリティだのは後回しで、キャラクターのハジけっぷりと疾風怒濤のストーリー展開こそが見所! というような。登場人物の扱いの余りのぞんざいな殺されっぷりが気になるとかいう(お固いことを言うなら、知的障害者の描写が幾ら何でも……とも思いますし)のも、こういう作品ではマイナスにはなりません。ただし、この作品で致命的なのは、(以下ネタばれ注意)この作品の黒幕が、絶世の美女という展開でありながら、その人物の描写が、呆れるほど魅力的ではないという点。続編があるから、わざと最小限の描写に押さえたのか、そして「とある作品」のように、従者ツラしている方が諸悪の根源なのか……そうとでも考えないと納得しかねるほどにツマラナイ。だってラストで単に子分相手にヒス起こしているだけなんですから。ある意味ドロンジョ様みたいなもんなんでしょうか。しかし体型がトンズラーで中身がボヤッキーってキャラが有能ってのは嫌だなあ。


東京開化えれきのからくり (ハヤカワ文庫JA)
(和書)2013年03月10日 08:57
草上 仁 早川書房 1999年7月

 私は文章のカテゴリ区分が良く分からないし、それがどの程度重要なのかもよう知らんのですが、その上で言わせてもらうなら、この小説は、今まで読んだ中でファンタジー小説でも最上位の作品です。下手な時代劇より遥かに調べ上げた明治時代初期を作者に手で解体し、「あり得ないけど無理じゃない」絶妙な嘘をダイナミックに取り入れて再構成された東京を舞台にした大活劇。これぞ娯楽小説!登場人物も良いですね、なにしろ主人公は元岡っ引きの中年探偵というところから良い!周辺の人物もくせ者揃いで生き生きと駆け巡ります。
 また、この作品の新しい時代に向けた文明都市を支えるエネルギーの覇権闘争を軸に展開していくのですが、今のこの時期に読むと、いろいろと考えさせられるものがあります。明日が3月11日ですし。


ブギーポップは笑わない
(和書)2013年03月10日 08:43
1998 メディアワークス 上遠野 浩平

この小説を読んで凄いなあ、と思ったのは、ここまで設定の描写を書かないかね?!という点でした。内容を読む限り、作者はかなり念入りに世界観の設定を考えている筈なのですが、それはほとんど表に出ることなく、登場人物の心情と物語の展開のみに文章を集約しています。おそらく設定を書き込むことで沸き起こる、作者の自己満足臭を嫌ったのでしょう。かように全体的に「距離を起きたがる」クールな文章で、これはこれで若い人の求める文章だと思いますが、必要以上にヒネクレても厭世観もない(そうした負の部分は悪役に集約して、しかし悪役の描写も単純ではない)難しいバランスを見事に保っている内容に思います。挿絵に文句を言うつもりはないですが、「読者に好感を持たれる」非モテ系を混ぜるべきじゃないかなあ。自分としては、「エコーズ」と「紙木城」はイケメン美少女ではないなあ。いや誰も賛成してくれ無いのは分かっているのですが。


J2白書〈2012〉
(和書)2013年03月10日 08:26
J’s GOAL J2ライター班 東邦出版 2013年1月23日

なにせ視点がマイナーな書物なので、始めて発行した時は今年限りになるんじゃないのか、と不安に思っていたものですが、すっかり毎年恒例になりました。大した物です。今年はお気に入りのチームの大分が昇格したので記念に、創刊年以来に購入しました。創刊時に比べると、良かれ悪かれ慣れのようなものを全体に感じます。以前はかなり強く文章全体に漂っていた勢い、というかおらがチームをアピールしたいという熱意が弱まった感じもありますが、本として文章としては読みやすくなって、ガイド本として洗練されてきたのかなあ、という印象です。ただ、昨年の常軌を逸した昇格争い、貧乏地域チームの喜怒哀楽を書くには、これでは熱量が足りないぞ!と思ってしまう大きなお世話。しかし、本年度分には、これにG大阪が載るのか……。その実感が沸かないなあ……。


探偵はバーにいる
(和書)2013年03月10日 08:14
1995 早川書房 東 直己

土着的ハードボイルド、などという単語は確実に存在しないでしょうが、みっちりと書き込まれた札幌繁華街で孤独に暮らす探偵の、取るに足らないような依頼から広がる物語。とにかく魅力的なのは主人公で、クールというよりは気怠くオッサン臭く、それだけに滑稽で、しかし切れ者であり荒事もこなす、ミステリアスでありながら単純で熱血な部分も持ち合わせており、男が、それも中年が憧れる男性像そのものを見事に書ききっております。映画化に当たって大泉洋を選んだのはまさにピタリでしょう。(文中では中年太りが始まりかけ、という体型に書かれていますが…)RPG的な次々転がるストーリー展開で、先へ先へと読み進みたくなる展開も良いです。ところで、ここで書かれているススキノはだいぶ昔の話ですが、現状とどう違っているのか。映画では現代のススキノに置き換えられていると思われますが、やはり描写はだいぶ変わっているのでしょうかね。


11枚のとらんぷ
(和書)2013年03月10日 08:02
1993 東京創元社 泡坂 妻夫

手品師が手品師の世界を舞台に書いた推理小説です。この手のパターンは、下手すると身内感バリバリだったり知識振りかざしまくりだったりの、鼻持ちならない文章になることもあるのですが、とにかくサービス精神の旺盛な内容で、存分に楽しめました。ただ、個人的にこの作品で一番好きだったのは、アマチュアの手品師の個性的な面々が楽しそうにしている描写で、初舞台のドタバタっぷりも臨場感があって微笑ましく、それだけに、最終的に殺人という結果で、仲間が離れていくのが寂しい気持ちになりました。それだったら推理小説を読むな、という話ですが(苦笑)。


クビキリサイクル―青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫 に 32-1 西尾維新文庫)
(和書)2013年01月20日 00:44
西尾 維新 講談社 2008年4月15日

基本的に、探偵、という役柄が登場することが前提となっている推理小説に、「天才」は書かせない存在ではあります。ただ、この天才というのは使い道が難しいわけで、「そもそも天才ならさっさと問題を片付けられんじゃん、なんでそんなに事態が悪化するまで解けない訳?」というツッコミは、それこそホームズや金田一の時代から散々言われている訳です。で、この小説に出てくるのはほとんどが天才の方々。そうなるとやはり、その問題は隠しきれなくなる訳ですが、それを差し引いても、登場する面々の魅力は捨てがたい。なにしろ、最初の殺人が起きるまで、そうとうな文字数がかかっている上に、連続殺人っぽい舞台を用意しておきながら、殺された人数が結局2人だけという有様でありながら、ほとんど退屈すること無く読み進めることができました。ミステリーを登場人物の魅力を描写する為の演出として利用する、昨今のキャラクター小説の好典型と言えるかもしれません。そのミステリのプロットは、それなりにちゃんと筋が通っていますが、最後のどんでん返しはやや「そこはどうでもいいや」感がしなくもありません。


アルキメデスは手を汚さない
(和書)2013年01月20日 00:25
2006 講談社 小峰 元

とりあえず言っておきたいのは、この文章で、この今っぽい表紙はねえだろ、と(笑)。推理小説を読んでいると、時々実際の年数以上に「古くさい」文章に出会うことがあります。その場合は大抵、普遍性狙い(時代による劣化を避ける為に保守的な文章を選んだ結果)で、固い表現になってしまったが故、という場合が多いのですが、この作品はむしろ真逆で、その時代の流行を積極的に取り入れたが故の古さ。しかも、本来保守的な文章を書いていた人が頑張って流行を取り入れた感の強い文章になっているものだから何が何だかもう(苦笑)。女子高生が中年を避難する時に「全然、明治調ね」なんて言い出した日にゃあ、話の内容どうこう以前に笑うしかありません(しかも、それに対する社長のセリフが「何ですと?」ときたもんだ)。この作品が発表された時代生まれの私がそうなのだから、さらに若い世代がこれを読んだなら、まるっきり異世界のファンタジーになってしまいそうです。
 ただ、その文章にも予期せぬ利点があります。なにしろこの小説、登場人物が全員「嫌な奴」というパターン。その不愉快さが、文章のなんだかな感で見事に中和されています。作者にすれば不本意でしょうが。


海の底
(和書)2013年01月20日 00:00
有川 浩 角川グループパブリッシング 2009年4月25日

 巨大ザリガニが都市破壊をしようって大災害の最中に、話の中心になってくるのが子供ならではのご近所問題だという(苦笑)。怪獣物のダイナミクスはどこへ行ったと言いたくなるところですが、それもそのはず、潜水艦の艦内を離れ小島に見立てた少年漂流ものです。
 有川サンが娯楽作品の作家として正しいのは、「大人と子供がキチンと書ける」「特に、大人になろうとしている子供を圧倒的に正しく書ける」という点で、表面的な意味ではない道徳的側面を持ち合わせているということで、昨今では実は希少な人だと思います。「人の被害」に関しての丁寧な描写は何よりその証左で、部下と子供を守ろうと命を落とす艦長と、その事実により傷つく関係者の心理のみならず、生命を失ったのではなくとも、「足を失う」というだけでもどれだけ人生を狂わせることになるのか、そしてその周囲で傷つく人がいるのか。大災害を書くとついつい通り一遍に済まされがちな大切な部分を、実に丁寧に書いているのはとても良いと思います。
 勿論その一方で、娯楽作品として、怪獣災害のシュミレーションという側面でも見応えもあります。怪獣映画ではなかなか書けない米軍の描写などは、福井作品なら徹底的に糾弾したくなりそうなリアルな問題を救い上げつつ、それもあくまで物語の展開の重しに留めているバランス感覚もまたなかなかですし、それに絡めたミリタリーヲタクの活躍なんて部分も現代的で、ディテールの凝り方も相当なものだったりします。

 これは好みの問題ですが、ラストで「その後の物語」をここまで書くというのはどうなんでしょうね?おそらく、物語を読み進めた人にとってはかなり「こうあったらいいな」をなぞった展開で、ハッピーエンドになって欲しい物語がハッピーエンドになったのだから、文句を言うべきところではないのだけど、そこから先は、読者の想像力に任せても良いんじゃないかな、と思ったりもしました。

 個人的には、定食屋の息子が好きだなあ。文中に描写は無いけど、多分、デブキャラっぽい(笑)。


空の中
(和書)2013年01月19日 23:26
2004 メディアワークス 有川 浩

 今やトップクラスの売れっ子作家の有川さんですが、デビューしばらくはこんな感じだった!今からでも、また怪獣もの書いてよ!今のアンタが原作してくれれば怪獣映画また作ってもらえるよ!最悪、日テレの土曜9時枠でも良いから!

 と、いきなり感想とはまるで違う話から入ってしまいましたが、不幸な事故から始まった人類と異邦人との衝突の物語。それを二組の恋愛を絡めて書いています。とにかくマニアックには知りがちなこの手のストーリですが、あくまで登場人物の葛藤や成長こそをメインに据えてしっかりと書いていく、この姿勢こそが、この作者をメインストリームに連れて行ったのでしょう。ただ、この作品に関して言えば、まだ描写が甘いというか、主人公や敵役ヒロインなどの一部の登場人物の心理の触れ幅がやや極端な印象があります。特に主人公などは、年齢設定の割にはちょっと幼過ぎるんじゃないか、と思ってしまうのですが、実際の高一なんてこんなものかもなあ、と言う気もしなくはないです。大体、物語の出てくる少年少女って年より思考レベル高過ぎな場合多いし。


MM9―invasion―
(和書)2013年01月19日 23:08
山本 弘 東京創元社 2011年7月21日

前作と違って、短編形式でなく、この一冊で一つにストーリーになっていますね。しかもロコツに次回に続くし。もしも実際に現代に怪獣が現れたら、とか、怪獣という不条理な存在にいかに現実性を持たせるか、といったテーマは前作で書き尽くしたと言わんばかりに、今回はストーリーいっぺん押しで、特に東京を舞台にした都市破壊の描写にこだわりを見せています。気になるのが製作時期で、雑誌連載時と、単行本発売時の間に東日本大震災が発生しています。単行本化の際に、文章を付け足したのかどうなのか……。いろいろと暗示的と思わせる部分もありましたが、それは読んでいるこちらの、震災以降の心理変化なのかもしれません。ちょっとヲタク的な主人公と、活発でおせっかい幼なじみヒロイン、ドジっ子特性を身につけたヒーロー美少女のやりとりや、都市秋葉原やヲタク文化の描写はファンサービス色が強いですが、ちょっと無理してる感があるような……。はっきり言えば、オジサンが若者ぶってるような印象が強くて、ちょっと読んでいて照れます。


ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)
(和書)2012年12月23日 09:02
三上 延 アスキーメディアワークス 2011年3月25日

キャラクターの魅力と専門職の知識を全面に出したミステリー。最近流行りのパターンにまた一つ話題作が、という感じでしょうか。流行りモノだけに、頭ひとつ抜け出すには、何処か強いセールスポイントが必要となるところですが、この作品は平均的なレベルの高さでそこを超えている印象があります。舞台設定の巧みさ(鎌倉周辺の描写の魅力とか…)や人情ものとしての読み味の良さ、登場人物の的確な配置。適度な重さで収められた衒学。申し分なしの娯楽小説です。最後で話の収まりが良すぎる、という印象もありますが、続編が予定されていなかったのでしょうから、そこはあくまで最後には読者に納得して満足してもらえるように、という作者の誠意でしょう。それだけに、以降の作品でどのように展開していくのか、興味は持ちました。今後のシリーズを楽しみにできる魅力を持った作品だと思います。


扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫 い 17-1)
(和書)2012年12月23日 08:48
2008 祥伝社 石持 浅海

読み応えのあるアリバイ崩しパターンの推理小説。他人から「最近で面白かった推理小説って?」と聞かれた時に教えたくなるタイプでした。文章の内容すべてがストイックに推理に直結するもののみで構成されているようで、余計な知識衒学や社会的テーマのようなものはほぼ省かれています。(動機、という理由で表示されているものはありますが)この作品のエンディングに関しては、あとがきで書かれている通りの「おさまりの悪さ」を感じましたが、この程度のブラックさは、作品の味付と納得もできます。むしろ私がこの作品を読み終えたあとに気になったことは、「石丸くんと五月さんが幸せになってほしいな」ということだったりしたんですが…。だって人の良さそうなカップルだし、頭よくてどっか壊れてるメインキャラなんぞよりよっぽど応援したくなるってもんだ。


野比家の借金 人生に失敗しないお金の考え方 (光文社新書)
(和書)2012年12月23日 08:35
坂口 孝則 光文社 2012年10月17日

タイトルからすると、のび太のパパの年収は?とかママのヘソクリ額は?みたいな研究本のようですが、経済評論家によるドラえもんのエピソードをマクラにした家庭の経済学といった塩梅です。自分の考えを本にして商売する時に、勝手にドラえもんを巻き込んで利用しやがって!と思う部分もありながらも、文中、本当に作者がドラえもんを楽しんで読んでいたのが伺えるのでそこは許します(笑)。経済音痴なので、この人が語っている内容がどれだけ妥当なものかは分かりかねますが、経済的メリットを追求すると、なんか人生平凡が一番!みたいな結論になるのかなあ。というのが感想。その辺はたしかに野比家っぽいかも。しかし、30代の平均年収は425万か…。遙か遠い…。


禍家 (光文社文庫 み 25-1)
(和書)2012年12月23日 08:17
2007 光文社 三津田 信三

ミステリ作家の悪い癖というか…。とにかく文章が説明的になりがちとか話が回りくどいとか大げさになりがちとか、そういったものはまあ他の作家さんにだって見られる傾向ですしが、ことさらこの作家さんのそれが気になって仕方ないのは、単純に私の好みの問題なのか、それとも文章に問題があるのか…。セリフのテンポも、登場人物の思考もイマイチしっくりこないし、(だから登場人物に魅力を感じない)内容的にもプロットは組んであるけど、やや引き伸ばした感があります。個人的には星2つレベルですが、「つまらない理由」が個人的好みなのか平均的になのかハッキリしかねたので採点は真ん中の3つに。


風の歌、星の口笛 (角川文庫 む 10-1)
(和書)2012年12月09日 23:35
2007 角川書店 村崎 友

SFとミステリーの組み合わせというのは魅力満タンで、しかし書くとなるとやたら面倒くさい代物です。なにしろ両ジャンルとも制約がやたらめったら多いですから。それにあえて挑戦したその心意気やよし!と応援したくなってしまいます。構成も凝っていて、3つほどのストーリーが同時進行で、やがて重なっていく……という重層的な物。正直、肝心のトリック(密室)はほとんどバレバレで、しかも途中でほぼ答えを登場人物が言ってしまっている(笑)。ストーリーの納め方も、途中で大体の予想が出来てしまうのですが、それでも最後まで読まずにはいられないのは、こういう正々堂々と勝負してくれるSFミステリーの貴重性ゆえでありましょう。


屋上ミサイル~謎のメッセージ
(和書)2012年12月09日 23:24
山下 貴光 宝島社 2012年5月11日

あ、これ続編だったんだ。てっきり前作「屋上ミサイル」のつもりで読んでしまったので、ところどころにある前作の名残の文章が分からなかったですが、内容に深く関わるほどではありませんでした。登場人物の思考や話し方を見る限り、こんな高校生おるかいな、と思わずにはいられないのですが、しかしその自意識過剰丸出しの文章は、まさに恥ずかしい青春そのもの!という感じなので、その辺は妙なリアリティーがあります。ただ、ストーリーは無理だらけで、しかもおそらく出版側から条件を出されたのでしょう、明らかにページ数稼ぎの無駄に書き重ねた情景描写が目立ちます。ミステリーというより冒険小説なのですが、心理描写過多で全体的に少女マンガっぽく、アクションの書き方が苦手そうだったりと、ドキドキ感はやや薄め。ただ、それは意図的なのかも知れません。その辺の書き方を見る限り書いている人、もしかして女性なのかな?とか思ったのですが、名前を見る限り男ですよね……。



黒笑小説
(和書)2012年12月09日 23:10
東野 圭吾 集英社 2008年4月18日

最初の4編のストーリーが繋がっていたので、このまま最後まで行くのかな、と思ったら、いきなりド下ネタの「巨乳妄想症候群」が入ってきてずっこけた。なかなか配置があざとい。やっぱり東野さんは短編の方が好きだなあ。全体的に皮肉の効いた、まさに黒笑というテイストの作品が多い中、最後の作品だけ、ちょっと毛色の違う、人情ものっぽい内容。少し浮いているだけに目立つのか、この作品だけなんか出来が甘いというか、もうちょっと伏線とか上手く張れただろうとか思ってしまった。ただ、こういう話が一つ挟んでいるというのも、上手いバランスの取り方なのかも知れませんね。やっぱり誰もが好きですから、こういうほっとする話。


ガリレオの苦悩 (文春文庫)
(和書)2012年12月09日 23:01
東野 圭吾 文藝春秋 2011年10月8日

私の記憶が確かならば(フジテレビ繋がり)、ドラマ化された後、もしくはほぼ同時に発表された短編集だったと思いますが違いましたでしょうか。ドラマに合わせるように女刑事の出番が増えたり、主人公の性格がよりドラマに近づいたりと、そんなにおもねってどうする! とか言い出す人もいるかと思いますが、この場合は良いのではないかな、と。娯楽作品である以上、より多くの読者(ドラマから入ってきた人たち)の期待に応える使命はありますし、それにそうしたディテールの変更は、この作品の要点では無いとも思いますし。謎解きミステリーとしても魅力は最初から意図していないガッチリ物理トリックの内容はあい変わらずで(容疑者Xは例外ですね)、あくまで主人公ほか登場人物の魅力がこの作品のキモです。そこが楽しめれば良いじゃないですか。


ブラックペアン1988
(和書)2012年11月25日 23:08
2007 講談社 海堂 尊

バチスタシリーズがプロバガンタに傾斜していくのがちょっとキツく感じていたので、久しぶりに娯楽に徹した内容にほっとしました。ケレンとハッタリたっぷりの描写の照れの無さが相変わらずの魅力ですが、それも物語としての構成、盛り上げ方、展開の流れの良さがあるからこそ。これぞ娯楽作品の王道ですね。1988年という時代の描写も的確ですが、もう少し欲しかったかなあ。


毒殺魔の教室 (下) (宝島社文庫 C と 1-2)
(和書)2012年11月25日 22:57
塔山 郁 宝島社 2010年4月6日

「完全なネタばれですので、ご注意下さい」こっちの勝手な思い込みじゃねえか、と言われるとその通りなのですが、毒殺魔の教室、というタイトルである以上、作品の大枠は、教室内、クラス内で完結していて欲しいものですが、この作品、後半の展開はクラス内はほとんど関係なく、家庭内、もしくは放課後の学校外での関係が中心になっていきます。クラスメートの大半はモブ、つうかほとんど作品に登場すらしません。なんか肩すかし。そして、何より読んでいて嫌だなあ、と思ってしまうのが、作品全体を強烈に貫く「小学生高学年女子特有の上から視線」。皆さんも経験がおありと思いますが、この年頃の女子の同学年の男子に対する軽侮、それが丸出しになっています。女性同士の関係では生涯抜けきれない(らしい)軋轢、その萌芽たる思春期の入り口の、生々しい描写……、なのでありましょうが、正直、単純な男の子のなれの果てである私にはただただウンザリ。この作者が、そういった思考のままでいるようにしか思えないんだもん。


毒殺魔の教室 (上) (宝島社文庫 C と 1-1)
(和書)2012年11月25日 22:46
塔山 郁 宝島社 2010年4月6日

すっかりお馴染みになった「このミス大賞」の上下分冊。文庫本で実質1000円かよ。しかし、分冊になってないやつもあるし、その違いは何処なんだろ……と思っていたのだが、この作品なぞは、実に上手いタイミングで下巻に続くになっている。もしかして大賞が欲しい場合、分冊にするポイントがある作品の方が受賞しやすいのかも?とか邪推したくなる見事さ。で、作品内容の感想は下巻にて。


プリズン・トリック (講談社文庫)
(和書)2012年11月25日 22:35
遠藤 武文 講談社 2012年1月17日

かなり気合いの入った、ずっしりとした文章です。「これで俺は賞を取ってのし上がってやるんだ、だからトコトン調べ上げた資料を、惜しげも無くつぎ込んでやるぜ!」という作者のコッテリした意思が込められたとしか思えない濃密な描写。とにかく作者の強烈な意思が込められていて、読後感の悪さも厭わない、という展開もそれゆえなのでしょう。それ故に正直、密室トリックの部分はちっとも頭に入ってきませんでした、というのは言い逃れになりますでしょうか。単行本と文庫の間に、かなり大きな変更点があったようですが、その差を知ると、いやー単行本で読まなくて良かったなー、と心から胸を撫で下ろしました。


王様ゲーム (双葉文庫)
(和書)2012年11月25日 09:14
金沢 伸明 双葉社 2011年10月13日

単純な疑問として、この内容を書き終えて、作者は満足感って持てるのだろうか?最初はまだ、文章のスピーディーさを重視した、と好意的に捉えることもできたけど、途中からは、もう、ね……。登場人物も地の文章もどんどんヒステリックになっていくのは、例えばゲームの「ひぐらしのなくころに」とかもそうでしたが、アレはまだ、展開や演出の妙と、それなりに調べた資料や凝った設定とかで抑えが利かせてありましたが、これはもう一直線の内容でただただ喚き散らしているだけ、しかも謎は放りっぱなし、という……。まあ、言いたい放題言いましたが、どこぞのネット小説で大人気だった文章の単行本化なわけですから、こういうただ深く考えずドンドン盛り上がれば良い、それもグロだとなおさらグッド、みたいな需要はそれなりにあるのでしょう。自分の趣向とは違うフェチのエロ本を掴まされた、と思えば良いのかなあ。


配達あかずきん―成風堂書店事件メモ (創元推理文庫)
(和書)2012年11月25日 08:57
大崎 梢 東京創元社 2009年3月20日

最初のエピソードがダメだったなあ。いや、謎解きが強引とか、そういう部分ではなく(それも相当なものでしたが)、これだけ、話にちょびっと陰惨なテイストが混じり過ぎているというか……。ここに納められているエピソードの中で、最も大袈裟な話なので、掴みとして最初に持ってきたのは分かるのですが、私個人に対しては逆効果でした。全体としてミステリとして楽しむにはすべからく強引なので、人情話として、そして本屋の裏事情を楽しむ、という視点で読むべき内容です。しかし後者にしては「暴れん坊本屋さん」重なる部分も多いなあ、と思っていたら、巻末の解説で「暴れん坊~」の作者によるコミカライズが発刊、との一文が。ギャフン!


ピュアフル・アンソロジー 夏休み。
(和書)2012年11月25日 08:46
2006 ジャイブ あさの あつこ, 石井 睦美, 石崎 洋司, 川島 誠, 梨屋 アリエ, 前川 麻子, 岩清水 さやか

アンソロジーです。一つ一つの作品に触れるより、文章の並びが面白かった、というとさすがに失礼ですが、「一人称単数」の扱いには苦労したろうなあ、と(苦笑)。確かに「夏休み」なんてお題を出されると、ついつい子供の一人称視点で綴られる純文学調の文章を書いてしまいますよね。実際、ここに掲載されている作品の大半がそうだし。それを若干、揶揄するような文章をここで持ち出されても(笑)。空気読めよ。この作品を区切りとして活用することで、最後に「幻想夏」を持っていったのは、多分に苦肉の策的印象があります。この作品だけゴリゴリのファンタジーで、明らかに他の作品より、浮いてる。やはり一人称文章だけど(笑)。


夏のロケット
(和書)2012年11月25日 08:30
2002 文芸春秋 川端 裕人

妄想ではありますが、ほぼ確信としては、これは相当、藤子不二雄が好きな人が書いたんじゃないかなあ、という印象。登場人物がほぼドラえもんの、いやオバQの(ハカセがいるからね)登場人物に置換できて、オバQをドロンパに入れ替えた感じ。こと藤子Fの理系的部分に強く共感したのか、作品全般を宇宙に、ロケットにかけた夢に満ちていて、大人になってもそれを捨て去らず……。そう言った意味では、アンチ「劇画オバQ」か?とか思ってしまうがさすがにそれは私だけでしょう。全体的に文章にメリハリが欠けている、特にセリフまわしがちょっと……という印象もありますが、理系知識をたっぷり詰め込んだ文章としては平易で読みやすく、一気に楽しめる作品です。


THE QUIZ
(和書)2012年10月28日 21:58
2007 アルファポリス 椙本 孝思

何故、そのオチを使った?そのオチを使うことで読者からどんな反応がくるか、想像していなかった訳じゃあるまい?途中までの印象はそこまで悪くなかったんですけど…。単なるクイズからお互いの心理戦に移行するのも、登場人物を掘り下げていくやり方として悪くないと思ったし…。まあ「そして誰もいなくなった」の変形パターンですから、読者がみんな吃驚して納得するオチなんか今更そうそうあるわけないんで、「これはB級狙って書いた作品ですから。途中を楽しめたんだからそれで充分でしょう?ラストはトンデモ系で笑って下さいよ」と言わればその通りなのですが。ただこれで作者が「現代のネット&メディアビジネスへの批判を込めたラスト」とか言い出したりしたら許さねえ。


ウエンカムイの爪
(和書)2012年10月28日 08:10
2000 集英社 熊谷 達也

作品全体がまるで「中学生の弁論大会」(苦笑)。今時(といっても10年以上前の作品ですが)これほど露骨に「物質文明で汚れた都会」と「清浄で侵すべからずの神秘の自然」を対立させた書き方をした作品もないでしょう。登場人物がまさにそのもので、物欲と享楽主義の都会モンの描写の分かりやすい悪人っぷりたら、昨今のジャンプですらあまり見かけないレベルです。作者は相当真面目な方で、本当にヒグマを頂点とする北海道の自然の荒廃に頭を悩ませているのでしょう。それは良く分かるのですが、ここまで直球だと、ちと恥ずかしい。真面目で説明的過ぎる文章がまた一段と……。


密室の鍵貸します
(和書)2012年10月28日 08:00
2006 光文社 東川 篤哉

「謎解きはディナーの後で」の作者さんのデビュー作だそうです。この作品がデビュー作だったら、ヒットして儲けるのも許せるかな!とか思いました。何様だ俺。推理小説としては実に真っ当な出来で、しかも堅苦しさもなく、無駄な装飾もない正々堂々とした作品です。殺人状況の成立に偶然が絡み過ぎているという向きもありましょうが、その偶然はちゃんと説明されていて、むしろその偶然が状況を解き明かすヒントになっている場合、それは問題にはならないと思います。どちらかと言えば気になったのはこの作品の最大の売りであるユーモアを込めた文章の方で、ところどころでしたり顔というか、高い視点からの自虐による嫌みが感じられます。この韜晦を執事というキャラクター一点に封じ込めたのが、あの作品のヒットの理由の一つなのでしょうか。


図書館戦争
(和書)2012年10月28日 07:12
2006 メディアワークス 有川 浩

作者本人は月9の世界観を目指したのだそうですが、どちらかというと昔の大映ドラマっぽい、とか思ってしまうのは年のせいでしょうか。鬼教官と新米ドジ生徒の物語という定番ネタに、現代的ツンデレ成分をたっぷり詰め込んだ印象です。文句無しに面白いですし、作品世界の設定もバッチリ。報道出版の自由への侵略という現代的テーマも含み、そして、大人とはこういう考えを持ちこのような行動をとるべきだ、という作者のしっかりとした主張が含まれていることに好感が持てます。こういう本こそ中高生に読んでもらいたいし、中高生自身も進んで読みたくなる本ではないでしょうか。若干、ストーリーの展開がぶつ切り気味なのと、漫才的登場人物同時のやりとりが多く長目なのが気になったと言えば気になったのですが、この辺は好みの問題ですね。


いとみち 二の糸
(和書)2012年10月21日 23:39
越谷 オサム 新潮社 2012年9月21日

ひらがな4文字のタイトルに書き込んだ実在の地を描いた背景に立つメイド姿の主人公。こ、これが噂の萌え系ラノベと言う奴か! その協力な自己主張に、普段なら手を伸ばすことはまず無いのですが、その描かれた土地が、好きで何度も旅した青森であることに気づき、また主人公が津軽三味線を持っているところにも惹かれて勇気を出して購入。読んでみると青春小説としてオジサンでも楽しめる内容でありました。進級時のクラス替えで友達と一緒でいられるかとか、ふとした言葉で友達とすれ違いになって毎日が灰色の日々と化す、とか、心当たりのある描写がキチンと書いてあって、そういう場面を読んで思わず面映くなるのが青春小説の醍醐味だと思います。学生のほぼ一年を書いた割りには学校生活の描写が物足りないとか、(ちゃんと主人公、クラスに友達できたのかな……?)物語の締めになる結婚式兼送別会の描写が長過ぎるとか、引っかかるところはあるのですが、主人公と否イケメン後輩との、ほのぼの過ぎる恋愛を素直に応援したくなります。しかし謎なのは、作者、東京出身なんですね……。


殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)
(和書)2012年10月21日 23:21
真梨幸子 徳間書店 2011年5月7日

これを読んでいる最中に、何だって尼崎であんな事件が起こるかな(苦笑)。現実は小説より奇なりたあよく言った物だ。文章の感想としては、前半はまるで純文学小説のパロディかと思わせるようなねっとりとした一人称の心理描写が延々続き、悲惨な幼少期が綴られているかと思えば、途中から妙にペースが早くなり、主人公の人生の浮沈を大胆な省略を駆使して、ほとんどコミカルとさえ思わせるテンポで展開させます。かなり大胆な文章のバランスですが、前半のペースのままだとうんざりしますし、後半のペースで最初から進めると、感情移入が出来なかったであろうから、理には適っていると思います。文頭と文末の構成にもこだわりがありますし、文章のトータルコーディネートに凝るのが好きなのでしょう。尼崎の事件の犯人も、こんな感じの人生だったんですかね……。


夜は短し歩けよ乙女
(和書)2012年10月21日 23:10
森見 登美彦 角川グループパブリッシング 2008年12月25日

ハチャメチャで荒唐無稽で馬鹿で滑稽で、そして何より愛おしい。物語の展開の怒涛っぷりも馬鹿馬鹿しさに洗練を重ねたその文章も素敵なこの作品。ナンセンス極まりない中にも伏線があり練られた展開があり、愚かなれども一生懸命な人の確かな手触りのある良い文章だと思います。ほぼ大半の人が、巻末の羽海野チカのイラストを見て、「アンタの手でコミカライズしてくれよ!」と思ったことはまず確実でしょう。え?他の人がやったの? それで評判は?……そうですか……。


太陽の塔
(和書)2012年10月21日 00:53
2003 新潮社 森見 登美彦

なんだかアニメ版うる星やつらのメガネあたりを彷彿とさせる時代遅れの文学青年の如き文体で、延々と満たされぬ恋愛願望を書き連ねる森見さんのデビュー作。デビュー作だけに、若干、その文体を書き貫くことに酔ってしまっている印象があります。只只バカで非生産的な大学時代を送った私のような人間にとって共感できる内容かというとやや微妙で、身につまされるようなみっともない感情の皮膚感覚とファンタジーとしての話の飛躍のバランスがまだしっかりとれていない印象と言えば良いんでしょうか。ただ、後の作品でポップな文章が上達していくにつれて隠れていった、作者の生な感情が、一番露出している作品はきっとこれなのでしょう。


プリンセス・トヨトミ (文春文庫)
(和書)2012年10月21日 00:12
万城目 学 文藝春秋 2011年4月8日

日本版、いや大阪版「ダ・ヴィンチ・コード」か?トヨトミの末裔が中学生になったじゃりん子チエみたいな下町元気娘、というのは如何にも大阪!という感じで面白いです。今時、健全な庶民による体制への反抗などを大真面目に語るのは難しいですが、大阪という土地ではそれもいまだ可能、それもユーモアを大いに武器にして、という気概溢れた文章です。やはりそれでも一番楽しく読んだのは、大輔と茶子の幼なじみの青春物語、という側面なのですが、大輔くんというのは読んでいる限り芯の強い、性格的にはとても男の子らしい男の子という印象です。こういう子には女性願望はあまり芽吹かないんじゃないかなあ、という気もするのですが、こういう印象は偏見でしょうか。


天使が開けた密室
(和書)2012年10月20日 23:46
東京創元社 谷原 秋桜子

表紙がパステルチックの女の子と黒猫というからには、メルヘンバリバリでラブラブどんとこいなフリル満開な世界観の小説かとビクビクしておりましたが、読んでみるとなかなかどうして、現実で四苦八苦する女の子を書いた、なかなか地に足の着いた内容でした。まっすぐな性格の貧乏少女が不幸な境遇で次々とわき起こる障害の中奮闘する、という古典的展開がベースなのですが、その辺は上手く現代性を取り入れていまして、時代遅れ感はありません。元気な体育会系姉御肌とおっとり資産家少女の友人、最悪印象の出会いから犬猿の仲だけどちょっと気になる美形年上……と、現代受けするキャラ配置もバッチリです。ミステリとしてのプロットもしっかりしているし、謎解きとがそのままハートウオーミングなメッセージに展開されるのは、読後感が良くていいですね。


黒い森 (祥伝社文庫)
(和書)2012年10月20日 23:34
折原 一 祥伝社 2010年8月31日

小説というより、文章パズル、というか……。両面表表紙という本のつくりからも分かるように、実にトリッキーな構成になっている文章で、その変化球をとにかく成立させる為に尽力をつくした内容で、もはや文章としての面白さは問わない、みたいな強引さすら感じます。舞台設定が無茶で不自然だ、というのは仕方ないとしても、とにかく登場人物の心理も行動も不自然で物語展開にあわせた強引さ、感情移入などできたものではありません。読書後の感想としては、まあよく頑張って辻褄合わせたね、というくらいしか浮かばないなあ。


「クロック城」殺人事件 (講談社文庫 き 53-1)
(和書)2012年10月20日 23:25
2007 講談社 北山 猛邦

うわー苦手だこの世界観。好みの問題ではありますがなんでしょうこの退廃的でちょっと耽美っぽい世界。ミステリーで時々見かける世界観ですが、この手の文章の推理小説というのは、えてしてメイントリックが荒っぽい傾向が(笑)。実際これも、一番のみどころの種明かしは、『なにもそんな勿体ぶった言い方をせんでも」と言いたくなる荒技で、まあ確かにこれを大真面目に語らせるには、世界観を現実から切り離さないと厳しいかな、という気はします。全体を通すと、その異様な世界観にもプロット上の必然性が込められているので、推理小説としては正統派だと思いますが、こういう雰囲気を好む読者層って、そんなに多いのですかね……?


謎解きはディナーのあとで
(和書)2012年10月20日 23:15
東川 篤哉 小学館 2010年9月2日

これだけ話題になった本となると、褒めちぎると軽い、と思われそうで、しかしケチョンケチョンに貶すと、それはそれでいかにもネットクレーマー野郎っぽくて嫌だし、どうしたものかとちょっと迷いますよね。実際、内容も際立って面白いかと言えば決してそうではなく、しかし(エピソードによって出来の差は多少あれど)推理小説としての体裁はそれなりにきっちりとしていますし、一番の見所であろう個性豊かな(つっても昨今のキャラクターとしてはほとんどベタな)登場人物の漫談的やりとりは楽しめます。気楽な読み物としては申し分ないですが、定価1500円はちょっと……という気がしますので、今でしたら文庫版か、さもなくばブッ○オフで是非……。私も105円コーナーで……。


マスターグレード ガンプラのイズム
(和書)2012年10月20日 23:06
石井 誠 太田出版 2012年7月21日

現在のガンプラのメインストリームたるマスターグレードシリーズの開発と発展を解説した本、ということで、ガンプラの歴史の一端を知るには必須とも言える一冊と言えます。が、内容は基本、バンダイの関係者の視点中心で、作者独自の視点のようなものはほとんどなく、読み物としての魅力はあまり感じません。バンダイのパンフレットみたいな文章が延々続く……と言う感じ。これだけバンダイをPRしているのだから、巻末のMG商品カタログの写真くらい、もっとちゃんとすれば良いのに。引き延ばし過ぎてモアレ目立ちまくりの写真とか堂々と乗せなさんな。値段だってそれなりにする本なんだから。


『ドラゴンズドグマ』で暮らす本-大塚角満 無限紀行- (ファミ通BOOKS)
(和書)2012年10月20日 22:59
大塚角満 エンターブレイン 2012年9月6日

興味はあるんだけど定価で買うには高いなー早くプラチナシリーズ値段にならないかなーと思っているゲームのプレイ体験記でした。筆者のゲームに対する感情移入度が凄くて、それほど面白いゲームなのか! と興味を持たせるには申し分ない内容なのですが、おおよそ理解しがたいタイミングで文章が終わっています。この手の本はゲームが発売されてあまり間が空くと商品価値も薄まるでしょうし、2巻が出るとも思えないですが……。そもそもブログの文章を本にしたもののようなので、あとはブログを見てね、ということなのか。でも、モンハンの本はシリーズ化されているようなので、要はドラゴンズドグマの人気がどれだけ持続するかで決まるのか。プラチナシリーズ化記念!で続刊が出たら買ってもいいな。


松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン
(和書)2012年10月20日 22:49
宇都宮徹壱 カンゼン 2012年6月8日

震災、松田直樹の急死、そして悲願のJ2昇格と、波乱の一年だった2011年の松本山雅を追ったルポ。JFLという上から数えて3番目というカテゴリーのチームではありながら、日本サッカーの歴史上記しておくべきシーズンを戦い抜いた松本山雅の一年を、こうして文章に残すことができる人がいたのは幸運だったと思います。ただし、映画「クラシコ」とセットでみるべき本かな、とも思いますが。少し気になったのは、東日本大震災の翌日、長野県でも栄村周辺で甚大な被害を出した地震が発生していたのですが、それに関して一切の記述がないのは何故でしょうか。松本山雅として、何らかのアクションはきっと起こしていたと思うのですが……。


寄り添い支える―公立志津川病院若き内科医の3・11 (河北選書)
(和書)2012年10月20日 22:30
菅野 武 河北新報社 2011年12月

タイム誌の世界の百人に選ばれた、志津川病院で被災された医師の手記です。幾らでもドラマチックに書ける出来事なのに、あくまで冷静に被災当時の状況は綴られ、むしろ脱出後の人々の援護や奮闘に文章量をより多く割いている、とても誠実な文章で、書かれた方の真摯な人間性が伺えます。一方で、タイム誌主催のレセプションの裏側などには、ユーモアも含まれたりしているあたり、人としての幅の広さでしょうか。あの状況下で自分が関わった多くの人への感謝、そして未来への提言。とても貴重な内容の文章だと思います。


乱れからくり
(和書)2012年10月20日 22:24
1996 角川書店 泡坂 妻夫

だいぶ昔に読んだので内容を覚えておりません…。図書館で借りたので見直しも出来ない……。あくまで読書記録としての書き込みです。申し訳ありませんが、他の方の感想をご覧になって下さい……。


首挽村の殺人
(和書)2012年09月30日 19:11
2007 角川グループパブリッシング 大村 友貴美

横溝世界を現代に再現しようとするとどうすれば良いか、というのを一生懸命考えた挙げ句、正直に言えば失敗しているというのが感想です。横溝世界には立ちこめている、因習の村の重厚な雰囲気がまるでなく、ただひたすらしょぼくれてケチ臭い現代の過疎村を描写しただけ、というのは本人が望んだ結果ではない筈です。最近話題になった「ピース」と同様、知識だけで現在の村社会を書いた印象で、ストーリー的にはそれほど重要でもない(多少のミスリード程度)マタギ社会、熊撃ちの描写がやたら凝っていて説明的なのがその象徴に思います。登場人物の描写もどこか焦点があってない感じ。


篠婆 骨の街の殺人 (講談社ノベルス)
(和書)2012年09月30日 19:01
山田 正紀 講談社 2001年10月

昔、大友克洋が、お目目キラキラ髪の毛ふわふわの少女マンガ風の作品を書いているのを見たことがありますが、それをちょっと思い出しました。本当に上手い人が、あえて下手でも人気のあるレベルに落として書いてみる、みたいな。ミステリマニアからは相手にされていないようなトラベルミステリを、あえてやってみたのは、やはり本人が好きだからなのでしょう。どこか文章全体から楽しそうな雰囲気が伝わってきます。主人公や殺され役の人物など、どこか抜けている登場人物がちりばめられているのも、そう思わせる一因なのかもしれません。小説の出来としてはちょっとどうかな、という感じで、トラベルミステリとしてのプロットも不満はあるし、とくに後半にえらく大袈裟な伏線が飛び出してきて、それを一切回収しないという有様。連作にするつもりだったようですが……10年以上経った今でも、出てないですよね?


サイコトパス
(和書)2012年09月30日 18:52
2003 光文社 山田 正紀

「羊たちの沈黙」以降、乱造されたサイコ系物語を数多く見ているだけに(そして現実でも目を覆うような事件がいくつもあっただけに)、冒頭、その程度のサイコな事件で、現場の警官のリアクションとか、ちょっと大袈裟すぎね?とか思ったのが悪いのか(麻痺しているなあ)作品にイマイチ入っていけませんでした。話を重たくしたいのか一般受けしたいのかがはっきりせず、刑事と援交している女子高生という、イカニモ物語にしやすい主人公を据えている割には、作品全体は精神世界的な感じで、客を狭めている感じがしました。多少、知識(作者に対するものも含む)が必要な小説なのかも知れません。


超・殺人事件―推理作家の苦悩
(和書)2012年07月29日 12:49
2004 新潮社 東野 圭吾

推理小説そのものではなく、推理小説界を舞台にしたショートショートとでもいうべき、皮肉の効いた短編集。肩がこらず楽しめる、器用な東野さんの作品群の中でも一番好きなタイプです。最近、自分が読んだ読書の中で、これだけ早く読み終えた小説はありません、これは別に悪口ではなく、文章が読みやすく、しかも面白いから止めるタイミングが無かったからこそそうなったわけです。ただし当然、「超理系殺人事件」は半分、読み飛ばしましたが…。そして、文庫の最後を飾る「超読書殺人事件」。そのラストの1頁半にわたる文章、それにあなたは反論できますか?


憧れの少年探偵団 (創元推理文庫)
(和書)2012年07月28日 19:33
秋梨 惟喬 東京創元社 2011年11月11日

タイトル通り、ホントに少年探偵団ものに憧れて書いてみました、という感じ。少年探偵団モノをというのはあまりに古典的な上、リアリティがほぼ望めないネタなので、ノスタルジックに大人向けにするか、イマドキのセンスを加えた子供向けにするのか、そうしたところを明確にしておかないと、中途半端な内容になってしまうものだと思っているのですが、その辺が甘い感じ。本来は冒頭の一編のみだったのがシリーズ化されたという事情もあるらしく、短篇ごとに内容の出来不出来の差も多くて、特に、本の最後になっている短篇はちょっとどうなの、と。巻末解説によると、次回以降の続編に向けた布石の意味もあるらしいですが、それは言い訳というもの。ただ、シリーズを重ねていくうちに、物語の駒と人数合わせでしかなかった登場人物に、作者がだんだん感情を込めていくのが分かる、いかにも楽しんでいる気配のある文章は読んでていい雰囲気がします。推理小説というよりキャラ小説になっていますが、「不愉快な誘拐」などはちょっとオススメ。


子守り首
(和書)2012年07月28日 19:03
幻冬舎 福谷 修

書いた人は、脚本家兼映画監督の方だそうです。そう聞けば、ああ成程ね、と思ってしまう内容。いかにもギョーカイ事情に詳しい人が書いたな、と分かってしまうのは、なんか「身内ネタ」っぽくなって、あまり良い事だと思いません。ホラーが好きな人が書いた文章だというのは分かるのですが、ホラーの特にここが好き!というのがイマイチ伝わってこない気がします。モンスターの設定とかストーリーの展開とか、いろいろ考えているのはわかるのですが、そこをあまり楽しめないのは、単に私の好みと合わないからなのか。以下、ネタバレになりますが、この作品でアレレ?と思ったのは、明らかに主人公である人物が、終盤に死ぬのですが、なんとその場面を直接書いていない。そんな呆気ない、と思っていたら、物語を締めるべきヒロインもラストで死んでしまうという重ねっぷり。この辺も作者なりの工夫なのでしょうが、効果をあげているかというと、どうにも…。


模倣の殺意
(和書)2012年07月28日 18:33
2004 東京創元社 中町 信

全体的に地味だなあ、という印象だったのですが、実はかなり昔に発表された作品に改稿を加えたものだったようです。トリックも、ちょっとスレた推理要説好きならまず見抜けるもの。ただし巻末の解説にあるように、本邦の推理小説でこの系統のトリックを使ったのは、この作品が最初なのだそうで、この本を読む価値は、そうした推理小説の系統や歴史を学ぼうという考えのある人優先になるかと思います。いわゆる古典推理小説というほど古い作品ではなく一番文章が古くさく感じるタイミングなのか、元が新人賞のような受賞作品なので文章も特別上手いわけでもないので、正直、今というのは、この作品を読むには一番悪いタイミングなのかも知れません。ただ、昨今の推理小説のような過剰感がない文章は、こういうのが本来なのかも、とちょっと思わせる魅力があります。


インシテミル
(和書)2012年05月13日 22:51
米澤 穂信 文藝春秋 2010年6月10日

「そして誰もいなくなった」パターンを成立させるにはどうしたら良いかを、とことん考えた上での作品で、そのマニアな努力がたまりません。この物語の舞台装置を柿重ねている部分では、本人も苦労しながらも楽しんでいる気配を感じますし、読んでいる側も、「うんうんなるほど、そこはそうなっているし、この矛盾点はこうしてフォローしている訳ね」と存分に楽しむことが出来ます。一方でストーリー展開は、矛盾や無理をさせない真摯さが仇になって、本来この手の小説では、こうなってからこうなることでどんどんと盛り上がっていくんだ、という展開を使い切ることが出来ず、登場人物に語らせているように、やや消化不良な部分もあるのですが、それを差し引いても文句無しの面白さです。伏線の張り方や最後の謎解き、主人公の魅力もありますし。続編を思わせるラストなのですが、これで果たして書けるのかなあ。
 なお、映画とは大幅に内容が異なっています。率直に言って映画は原作の魅力を伝えきれた作品ではないと思いますが、原作の展開はそのまま映画にしても面白くするのは難しいタイプの内容なので、多少、仕方ない部分もあるのかなあ……(だったらそもそも映画化するな、という意見もありましょうが……)


妖怪アパートの幽雅な日常 1 (1) (講談社文庫 こ 73-1)
(和書)2012年05月13日 22:36
香月 日輪 講談社 2008年10月15日

どうやら人気作家さんらしく、この後の続刊もあらかじめ決定していたのでしょう。そうでなければこんな構成の本は成立しません。なにしろ内容の半分(下手すればそれ以上)が、やたらと多い登場人物の紹介と、作品舞台の案内で占められています。登場人物がいかにもマンガ受けしそうな面々であることも加わって、文章全体からかなり強めの同人誌臭がしてきます。ストーリーも妖怪犬の親子物語と、主人公の学生生活での葛藤とあるのですが、展開が早い上に盛り上がりも無く、(文中にもあるように「バトル」をするわけでもなく)、主人公の内心描写が長々と描かれて、なにやら本人が納得すると話が展開するという、やおい的というかセカイ的というか。そういうのが好きな人は、これは面白そうだ!と思い、続刊も続けて買ってしまう要素をふんだんに巻いておいた序文、という内容なのでしょう。そうで無い人はこの先を買わなければ良い、ということですね。


生存者 3.11 大槌町、津波てんでんこ
(和書)2012年05月13日 22:22
根岸 康雄 双葉社 2012年3月7日

まるで再現ドラマのよう、というのが端的な感想。押し寄せる津波から生還した人たちの体験談をストーリー調に構成した作品です。その手法の是非は問おうとは思いませんが、構成に凝り過ぎているのが鼻につきます。特に最後の章の文章は、ちょっとしたミステリー調の文章になっていたりして、悲惨な体験話を「面白おかしく」しようとしているような意思を感じて、やや不快な印象を持ちました。津波から逃げ延びる、という内容が続くので、文章全体が平坦になるのを避けるため、最後に少し変化をつけようとでも思ったのでしょうが、文章全体に勿体ぶった表現が多く、そういう小賢しいやり方は、証言者に対して失礼に思います。


テレビは原発事故をどう伝えたのか (平凡社新書)
(和書)2012年05月13日 22:12
伊藤 守 平凡社 2012年3月17日

原発事故当時、テレビをメインに情報を集めていた私と、ネットを中心にしていた友人で、温度差が大きくあったことを思い出します。東電/政府自体が情報を正確に把握していない、かつ避難指示で現場に取材に行くことが出来ないという事情があったにせよ、自社の記者に対しては、地元住民より遠くまで避難させていた、政府報道に対しての検証、批判をほとんどしないまま情報を流していたという事実は、やはりテレビ局に重大な問題があったということなのでしょう。もっとも、ネット中心の友人もあらかさまなデマや風評も一緒くたに信じていたので、どっちもどっちだな、という印象もあるのですが。それにしても、この文章を読む限り、報道の前面にいる人には、伝えられないなりの葛藤のようなものが多少なりとも伺えるのですが、当時、テレビに出ていた解説者、評論家の類のほとんどにそうしたものすら感じません。これは、この文章の著者にそうした偏見があるからではないな、と思ってしまい、惨憺たる気分になります。


生き残ってました。~主婦まんが家のオタオタ震災体験記 (祥伝社黄金文庫)
(和書)2012年05月13日 21:51
ひが 栞 祥伝社 2012年3月14日

マンガ家さんの本ですが文章メインで、数ページごとの見出しに4コマが描かれている体裁です。読んでいるだけで息苦しくなるような過酷な被災後の体験が描かれているのですが、それでも作者はこの作品を描くにあたって、自分が発表できる立場にあるほどの被害を受けていない、本当に苦しい思いをしている人に対しおこがましいのではないか、と葛藤したと言います。この内容を持って「被災地の普通」という状況に、改めて恐怖を覚えます。報道しにくい被災地の顔、被災地内での犯罪、被災者同士の軋轢、被災否経験者との断絶なども顔をのぞかせていますが、声高にではなく、あくまで生活描写の中で納められていました。


オシム 勝つ日本 (文春文庫)
(和書)2012年04月15日 23:38
田村 修一 文藝春秋 2012年4月10日

南アフリカワールドカップ前夜からのオシムのインタビューを文書化した内容です。あの年齢で脳の病気で倒れて、よくここまで回復してくれたと、それだけで嬉しくなってしまいます。相当、インタビュー発言をそのまま文章にしようと意識したようで、文書としてはまとまりが無く、似たような言葉内容が繰り返される印象があります。また、オシムさん自身が日本から離れ、日本国内の情報が減ってしまった分、具体的な内容が減ってしまった印象も仕方ないとは言え寂しい気もします。しかし、オシムさんのサッカーと日本に対する愛情には何の揺るぎも無く、その言葉の深さも相変わらずで、口うるさいが大切なおじいさんのお小言として、胸にとっておきたい内容ですね。


硝子のハンマー (角川文庫 き 28-2)
(和書)2012年04月15日 23:15
2007 角川書店 貴志 祐介

文章が巧いし、登場人物は魅力的だし、文章構成は巧みで大胆で、面白い推理小説には違いないんですが……、読み終えての率直な感想は、「こんなに徹底的に調べ上げないと書いちゃいけないのか、推理小説ってのは!」というものでした。とにかく防犯のセキュリティ関連から何から、まあ調べた調べたこと。例えば京極の小説も調べごとの羅列ではありますが、あれは自分が好きで調べてんだからまあいい(苦笑)と思わせるのですが、この小説は「こういう内容にするからには、ここまで調べないと!」という義務感で調べました!的な脅迫概念のようなものを感じてしまい、変なところで肩が凝ります。(巻末の対談を読むと、そういうわけでもなく、やはり個人的興味で調べたようですが……)面白かった以前に「ご苦労様でした」と言いたくなる小説です。「ち、ちょっと、トリックが弱いんじゃないかな?」なんて、たとえ思ったとしても、とても口には出来ません。


イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫) (宝島社文庫 C か 1-8)
(和書)2012年04月15日 23:07
海堂 尊 宝島社 2010年1月8日

ドタバタ感の強いドラマ的でセリフ重視の平易な文章と、ロコツに前面に押し出したプロパガンタ。それがこのシリーズの魅力であり、それはこの作品でも変わることは無いのですが、今回の作品はプロパガンタ色がやたらと強く、ミステリーの要素が欠け落ちた内容となっています。むしろ「美味しんぼ」とか「ゴーマニズム宣言」とか、そちらの方に近づいているというか、ストーリーは添え物で、作者の主義主張を読め!という押しの強さ。これも、固定客を掴んだ人気シリーズだからこそ可能な力技でしょう。シリーズ最初の「バチスタ」はかなり念入りな構成がされていましたが、この作品は短編として発表されていたのも混ぜ込んで一本の作品と仕上げた部分もあるようで、物語の体裁もちょっと端正さを欠いている印象もありますが、とにもかくにも、こういう作品になってしまうと、出来の善し悪しではなく、作者の主張を認めるか認めないかの方が強くなって、なんとも批評しにくい感じがします。


(和書)2012年04月15日 22:57
海堂 尊 宝島社 2010年1月8日

具体的な感想は下巻の方で書くとして、こちらでは一言。「これ、ミステリーではないです」


暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出
(和書)2012年04月15日 22:54

彩瀬 まる 新潮社 2012年2月24日

旅行中に被災、津波で大破した電車に偶然に乗り合わせていた作者の、震災直後から、復興支援、被災時に交流を交わした人たちとの再会の物語です。おそらく当時はメモを取っている余裕など無かったはずなのに、まるで映像を見ているような詳細な描写は、作者が体験したことの圧倒的な印象故でしょう。静かで丁寧な筆致で書かれた、地震から津波、原発事故と続いた数日間の恐怖や心細さと、そのような絶望的な状況下での、周囲の人からの善意。自分の文章力のすべてを使い切ってまで、伝えたいことがある人の書いた文章、という気がします。
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メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故
(和書)2012年04月15日 22:42
大鹿 靖明 講談社 2012年1月28日

大震災以降、津波災害関連の書籍は執拗に読んできましたが、原発関連の方が意識して見ないようにしていました。あまりにも政治的要素が強すぎる事象なので、さまざまな思想バイアスがかかっている書籍が反乱して、迂闊に読んでしまうと、極端な思想が根付いてしまうことを恐れてのことです。現実は予想を遥かに超えて、書籍どころが新聞テレビネットという身近な情報さえ迂闊に信じられなくなったという、世も末というしかない状況が続いている次第ですが、その中で幾つか選んだ書籍の一つがこれでした。作者自身の多くの取材と、これまでの膨大な各メディア報道から選択要約を重ねて、原発事故に関する一つの視点を作り出した労作だと思います。インタビューをした相手の発言に依存がち(インタビューをとれなかった側の主張が出てこない)、抜粋情報に関しての信憑性がとれない等の欠点はやむを得ない部分ですが、この一年間、情報の深追いをせず、事象報道だけを見ようと努めてきた自分から見ても納得できる部分の多い内容だったと感じています。


バイバイ、エンジェル―ラルース家殺人事件
(和書)2012年03月12日 22:50
1995 東京創元社 笠井 潔

文体がパロディというかパスティーシュいうか、本格古典ものそのものみたいな文章ですが、これほど巧い人が書くと借物感、偽物感というものはなく、重厚な作品の雰囲気を醸し出しています。登場人物がやたら多く、関係も入り乱れているので、生半可な読者である私は真っ先に推理を放棄して読んでいたのですが、推理に破綻は(多分)無く、物語もしっかりしています。ただ、読んだ後の印象は、個人的にはあまり良いものではなかったです。物語の中に据えられた、ある特定の世代の主張のようなものがあまりに露骨で、しかもあまり健全なものに思えなかったからです。ニヒリズムっぽい態度を取っておきながら、そのくせ未練たっぷりな……、という不愉快さが鼻について、思いっきり俗な表現で言うなら「ウザい」。


ブレイクスルー・トライアル (宝島社文庫)
(和書)2012年03月04日 17:28
伊園 旬 宝島社 2009年3月5日

偏見になりますが、サスペンスとかミステリーとかを書く人の割には、文章を丁寧に書きたがる傾向の人、という感じでした。だから読みやすい一方で迫力に欠ける感じで、こと前半は重い過去を持った主人公達のハードボイルドな部分にちっとも重みがない印象。その妙にあっさり淡白な感じは意図的なのかどうなのか。後半はアクションの要素が中心になりますが、いかにも映像的な展開が次々と続くのに、一つ一つの説明がやや不足している感じがして、やはり危機一髪感があまり感じられない。サスペンスやアクションに必要不可欠たるハラハラドキドキ切羽詰まった感じが無いですが一方で読後感は良いので、これは作者の味として評価すべき部分なのかも知れません。乱暴なたとえになりますが、「CITY HUNTER」みたい、というのが全体の感想です。


官邸から見た原発事故の真実 これから始まる真の危機 (光文社新書)
(和書)2012年03月04日 17:17
田坂広志 光文社 2012年1月17日

どれが本当でどれが嘘でどれが大袈裟でどれが誤摩化しなのかまるで分からない混乱の極みといった有様の原発関連報道で、とりあえず一つの基準としていいかな、と思わせる内容でした。筆者は正に事故の渦中、内閣官房参与として事態の収束に向けて行動した立場の人です。雑な印象にはなりますが、「普通の感覚」で判断、行動が出来る方、という気がしました。この普通の感覚、というのを持っていない人が、事故当時(いや今もですが)、肝心な場所にどれだけ多くいたことか。この内容に賛成反対するはどうかはともかく、原発事故を理解するにあたって一読する価値はあると思います。
 気になったのは、文章がインタビュー形式で構成されているのですが、インタビュアーの質問があまりにも「的確過ぎて」文章全体に嘘っぽさみたいなものが漂ってしまっている点です。出版するにあたって編集した結果、そのようなことになったのは理解できるのですが、完全な一人称文章に構成する時間を惜しんで出版を急いだことが正しかったのかどうなのか、すこし疑問に思います。


廃線探訪
(和書)2012年01月15日 08:22
鹿取 茂雄 彩図社 2011年11月25日

こうした廃墟関係のルポというのは、多少の差こそあれ、どうしても法に触れてしまう、それが大げさだとしたら、人に迷惑をかけてしまう行動をとってしまう場面が生じます。基本、私有地に侵入する訳ですから。そのことを作者がどのように思っているのか、その良識の部分で文章の印象が決まるという気がします。この本の作者さんは、さすがにその辺の葛藤は持っていますが、時々、それを踏み越えていやしないか?という場面も散見したりして、かなりギリギリな感じ。しかし、この本の印象がそれほど悪くないのは、旅の多くに同行人がいる点と、旅先で、積極的に地元の人に取材をしている点です。その社交性の高さが、作者のバランス感覚を養っているのでしょう。同行人も個性的な人が多く、それが文章の面白さを高めている点も良いです。しかし、岐阜の路面電車の廃線の裏事情にはウンザリさせられます……。


河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙
(和書)2012年01月15日 07:59
河北新報社 文藝春秋 2011年10月27日

書店で見た本のオビに、「ドラマ化決定!」と書かれていました。被害者や遺族の発生している大規模な事件事故をフィクション化するタイミングというのは難しいものですが、これだけの被害が出て、今も困難な状況が続いている災害に対して、一年というタイミングはどうなのか判断の難しいところだと思います。もっとも、テレビ局がこの本をドラマの種にした理由は分かります。地元地域が被災した新聞局の内部の描写が中心で、被災地に関しての描写は少ないのでドラマにしやすいという判断でしょう。これは被災地の状況に関しては新聞本誌で報道しているのだから当然の話で、悲惨な被災地における報道のあり方、ジャーナリズムの本質まで突き詰められた葛藤こそが、この本を作る契機となったのは間違いないでしょう。また、戦地に等しい状況に置かれた一企業が、如何に対応していったか、という点でも見るべきものはあります。「おにぎり班」の奮闘を相当な行数を用いて描写しているように、兵站の貴重さを強調しているのが、説得力を感じます。


L change the WorLd
(和書)2011年12月13日 00:15
2007 集英社 M

少数派なのは重々承知ですが、意外と好きでした、劇場版の「L~change the world」。劇場版もこの小説も、ポイントとして、「Lを少年マンガのヒーローとして捉えることが出来るか」という点があると思います。「努力と正義感と周囲の協力で困難を乗り越える主人公の成長物語」とすれば、両作品とも筋はしっかり通っているし、数々の矛盾や陳腐な展開というのは問題ではあるものの致命的なものではなくなります。そもそも原作だって無理矛盾が山盛りの作品なんですから。「予算の都合上、多少無理は生じているが盛り上げる為の大胆な場面構成」をやってのけた劇場版も、「味もへったくれもなく落ち着きの無い文章にはなるが、目まぐるしくひねりを連発させる興味を逃さない展開」を徹底したこの小説版も、明確な意図を持って作られている作品であり、「L」という松山ケンイチによって演じられる希代のキャラクターの花道を飾ろうという誠意はあった作品だと思います。
 でもまあ、「南原の演技力はあまりにもあまりにも過ぎる(劇場版)」とか、「じゃりん子チエじゃないんだからなんなの今時こんな関西&関西人の描写は(小説版)」とか、黙って見過ごすにはちょっと……というのが目立つのは事実なのですが。


レゲエ入門
(和書)2011年12月12日 23:57
2005 音楽之友社 牧野 直也

多少、音楽に対しての知識があったほうがより有効なレゲエの解説書。ジャマイカの近代史、という側面も強く、教科書チックな印象もありますが、そもそもルーツレゲエとダンスホールレゲエの区別だった知らなかった自分にはありがたい本です。レゲエが完全にワールドワイドのポップスの一形態となって以降はほとんど書かれておらず、あくまでジャマイカ国内での発展史がメインになっているのはまさにマニア向け。それだけに有名でありながら紹介されていないアーティストも多く(特に現役の人はほとんど)現在のレゲエを俯瞰するにはさらに勉強が必要となりそうです。中で紹介されているディスクもマニアック過ぎるほどのものも多いですが、さっそく幾つか見繕って買ってみました。


遺体―震災、津波の果てに
(和書)2011年12月12日 23:42
石井 光太 新潮社 2011年10月

今までの震災関連本の大半がドキュメント、取材記録的な文章であったのに対して、この作品はノンフィクションものとして、ストーリータッチに文章が構成されています。その分、文章全体に「作り物めいた」感じがあるのですが、(文中の会話文が全て台詞めいた標準語に置換されているので尚更)この内容ではそれが正解でしょう。そう思うほどモロに、生々しく被災地の中にある遺体、その現場の光景が描かれています。かなりの時間を要して、多くの人とインタビューを重ねて書き上げた密度の濃い作品で、震災の現場をより知りたいと思う人は読むべき本ですが、それなりの覚悟が必要、とすら思います。


記者は何を見たのか - 3.11東日本大震災
(和書)2011年12月12日 23:24
読売新聞社 中央公論新社 2011年11月9日

 読売新聞の記者さんたちによる、震災の現場での取材記録。紙面ではあまり書かれることの無い、自分自身の心情を中心に据えた文章が続き、それぞれの個性のようなものが浮かんでいます。取材地に対するアプローチや密着度で、それぞれのスタンスが違うわけで、中には失礼ながら「いかにもお見舞い的な文章」もないわけではないですが、大半はやはり、この大災害の中で取材を続ける葛藤が吹き出しています。
 興味深かったのは、諸事情で掲載されなかったエピソードをここで載せた、という記事が目立つのですが、それらもとても貴重で興味深いエピソードだったりすること。新聞という媒体に向いている記事と向いてない記事があるのだなあ、と思いました。


儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫 よ 33-2)
(和書)2011年11月06日 11:04
米澤 穂信 新潮社 2011年6月26日

 少し前に、「メリーさんの執事」だとか言ったドラマをやっていた記憶がありますが、この作品はそれぞれ執事、というか使用人が中心となった連作です。「羊」と「執事」を掛けたのかどうなのか……。多分違うな。
 全体を通して耽美的というかゴシック的というか、そういった終始一貫、貫かれていて、文章の雰囲気を盛り上げています。書かれている内容の暗黒ぶりと相まって、お好きな人には堪らない内容ではないでしょうか。ミステリーの知識が必要な単語も頻出するのですが、それを説明するのは野暮ですわと言わんばかりに全く無視で、文末の解説に押し付けるあたりも実に暗黒(笑)。


なんだ!?このマンガは!?
(和書)2011年11月06日 10:42
J君 彩図社 2010年10月23日

 企画としてはありがちな、荒唐無稽マンガへの突っ込み紹介企画ですが、この本に関して巧いなあ、と感心した点は、「80年代前半の少年マンガがやたらと充実している」点でしょう。ハッキリ言うならこの本、第二次ベビーブーム世代向けの本です。その時代のコロコロ関係の充実ぶりは目を見張るものがあります。一方で許可が貰えなかったようでボンボン系は皆無だったりするのが残念ですが。ともあれアラフォー世代なら読んで懐かしさを覚えること間違い無し。それにしても「とどろけ!一番」って、後の「ハゲ丸くん」の影響もあってか、頭身少なめの印象だったのですが、連載当初は割と普通のスタイルだったんだ……。このへん、表情を強調する為に頭身が少ないコロコロ登場人物の、定番スタイル形成の歴史を感じます。


東京下町殺人暮色
(和書)2011年11月06日 09:29
1994 光文社 宮部 みゆき

 個人的に、という部分を強調しておく必要がありますが、今まで読んだ宮部作品では間違いなくトップ3、もしかしたらベスト作品。
 どうやら賞受賞の次に出された作品なのだそうで、娯楽に徹した、当てに行ったような無難な内容です。その一方で物語の展開に無理や強引さ、登場人物の類型的な部分といった欠点は目立つので、小説の出来としてはイマイチ、とも思うですが、これは単純に内容が私の好み。むしろ宮部みゆきさんの、こと大作になればなるほど濃密になっていく主張、作家色が苦手なので、個人的にはむしろこれくらいがちょうど良いのかも。
 全体的に児童向け推理小説の趣があって、殺人の内容がけっこう怪奇色が強いあたりも江戸川乱歩なんかを連想してしまいました。少年と老人の交流が書かれているあたりも児童向け小説の定番ですしね。累計的では会っても登場人物はいずれも魅力的で、大衆小説作家としての宮部さんの実力を思い知ります。
 この小説ではワトソンに当たる主人公の友人もまた、これでこそ、と言わずにはいられないお人好しのおデブくんですが、ベタであるがゆえの安定感が魅力です。それだけに、ラストにまるで絡めなかったのが残念。


クローズド・ノート
(和書)2011年11月06日 09:07
雫井 脩介 角川グループパブリッシング 2008年6月25日

 作者が「犯人に告ぐ」の人だったし、あらすじが「平凡な主人公が、引っ越してきたアパートの押し入れに残されていたノートを見つける」云々というものだったので、てっきりサスペンスだと思っていたら、まさかまさかのガッチガチの少女漫画(苦笑)
 物語はベタとかそういうものを通り越して、もはや王道と言うべきもので、意外性が必要なサスペンスというジャンルとはまさに真逆、正々堂々、真っ向勝負をしています。いやー、守備範囲が広いな雫井さん。
 ただし、話の展開で読者を引き込むことが出来ない以上、文章力勝負となるわけですが、そこがやはり上手です。これは是非、女性の方に読んで頂きたいのですが、男性視点から見ると、男性作家でこれだけ女性になりきった文章というのは滅多にお目にかかりません。思わず作者名を確認してしまったほどです。それに、出だしの万年筆に関する蘊蓄も、マニア根性丸出しで読者置いてけぼりにするでもなく、適度に分かりやすい文章でその辺りも文章のバランスの良さが出ていると思います。つまり読者に、「ちょっと私も万年筆を買ってみようかな」とつい思わせてしまうような文章ですね。に、しても高いものですねえ、万年筆って。


ピース (中公文庫)
(和書)2011年10月03日 01:35
樋口 有介 中央公論新社 2009年2月

 作品の内容云々でなく、最近の本屋での広告っぷりで言うなら絶対に星は1つ。推理小説として読むのであればかなり問題のある作品です。というか、単純に物語の構成として飛躍と唐突の連続で問題大アリ。ろくな伏線も関連も作らないまま物語の終盤に事実をむりやり押し出せば、そりゃ当然「衝撃のラスト」とやらになるよ! という内容で、それをピーアールしては絶対いけません。
 この作品の読みどころはそこではなく、ねっとりと書き込まれた地方都市の倦怠感。実際の秩父がそうなのかどうかは知りませんが、ホントに住民はそう思って暮らしているんだろうな、と思わせるほどに緻密な書き込みは読み応えあります。少なくとも「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」よりかは実際の秩父に近いのはこちら、という気がする。観光にはむしろマイナスな内容だけど(笑)。

 ただ、描写がことごとくネガティブな文章というのはやはり気分のいいものではありません。そもそも本当に「田舎者」の人が田舎を書くのであれば、田舎であることの陰陽、どちらも消化した上で書くのであろうから、ここまで力を入れた文章を書かないと思うんです。
 この文章は「田舎の人が書いた田舎」ではなく「田舎マニアの人が書いた田舎」なのではないでしょうか。田舎で暮らす人が多く抱えているであろう鬱屈した感情と、個人的な鬱屈した感情が混ざっていて、田舎を盾に自分の世間への不満を普遍的にしようとしているような、嫌な気配を感じます。だから精一杯、美味しそうに見せようと力を込めて書かれている食べ物の描写(特に取れ立ての野菜の魅力)にも、あまり心が動きませんでした。



東京島 (新潮文庫)
(和書)2011年10月03日 01:16
桐野 夏生 新潮社 2010年4月24日

 さっぱりと物語にリアリティを付加する行為を切り捨てている分、余計な説明がないので文章が読みやすい一方、物語全てが作者のブレーキ無しの妄想丸出しになってしまって、ついていくのが大変な内容になってしまっている印象です。普通の人間が異常環境下に置かれて狂気に取り付かれていく、という漂流ものの定番は守っちゃいるのですが、狂気に走るの早過ぎ。っつか出だしでいきなり狂ってるし。登場人物の感情のブレが激しい上に、文章の筆致も物語の展開も突然に変わるのが、いよいよ分裂症の妄想っぽくて、それが狙いなのかどうなのか。
 好みの問題かも知れないのですが、ワタナベというという登場人物の最後の書かれ方が意外というか、「わざわざなんでそんなことを書くの?」と思いました。そう書くことで、読者がワタナベに感情移入するのを塞いで、なおかつ「島」の存在の卑小さを強調したかったのかなあ、と推測はするのですが、なんかちょっと。


東日本大震災 心をつなぐニュース
(和書)2011年09月19日 22:32
池上 彰・文藝春秋編 文藝春秋 2011年6月28日

震災に関連した地方新聞の記事から抜粋したもので、本当に記事の文章そのままなので、(中には記事をコピーしただけのものも)カタログ的というか、池上彰さんのスクラップブックみたいな感じです。もっとも、一般の人では各地方紙(東北だけでなく信越、関東まで含まれている)全てに目を通すなんてことは不可能ですから、価値は十分にあると思います。そもそも、各紙の記事を集めて一冊の本とするなんてことがよく出来たなあとも思いますし。巻末の文章によると、被災地の地方紙が設備に被害を被って新聞製作が困難になったとき、周辺の地方紙が協力して発行をすることが出来たのだそう。この辺の事情をもっと細かく書いてくれたら、それだけの濃いルポになったのではないかとちょっと残念に思いますが。


世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン (宝島社新書)
(和書)2011年09月19日 22:23
宝島社 2011年6月10日

 このような「自分の国が世界からはどう見られているか」という内容の本って、日本以外でも多く書かれているんですかね? 周りからどう見られているかを常に気にする「恥の国、日本」だからこそ、こういう切り口の本が、震災という異常事態においてすら発行されてしまうのでしょう。
 震災のさなかでも冷静で団結している日本、というポジティブ面が強調され過ぎという気もしますが、良いとこばかりを選びたがる著者の意向か、災難のときにも悪口を書いては申し訳ない、という各国の気配りが働いたのか。
 震災報道の欧州各国の差異、というのが興味深かったです。そら確かに、オランダは津波は怖かろうなあ、とか、フランスは何が何でもヲタクネタを絡めてくるか! とか。「shikata ga nai」をポジティヴな意味で言う感覚は、確かに外国人には分かりにくいのかもね、とも思いました。
 欧州のパートを書かれた筆者が、フランス人の友人からの質問に対して答えた日本人の気質が凄く的を得ているように思えて感心しました。こういうことを問われたときにきっちりと返せる人って羨ましい。


救命―東日本大震災、医師たちの奮闘
(和書)2011年09月19日 22:19
新潮社 2011年8月

 東日本大震災で被災した、あるいは被災地に救援に駆けつけた医療関係者にインタビューした内容。正直、内容に関しては迂闊な感想を言えるものじゃないのですが、インタビューした人の個性がかなりハッキリと出ています。文章におこす時に、構成でちょっとやりすぎたのでは?と思うほど、キャラが強い人もいます。
 文末に監修をした海堂さんの文章が書かれているのですが、言いたいことは分かるけど、そんなに文書を捻ることないのに、と思う部分があります。その無駄な努力こそが作家魂なのだ、と言えばそうなのかなあ、とも思うのですが、僕はちょっと違う気がします。
 読んでいて直接自分に関係ないのにすごく恥ずかしく感じたのが、救援に向かうにあたっての関東と関西の医療関係者の対応の差異について書かれた部分。阪神大震災を経験している差があるとはいえ、関東の人たちがそこまで無神経な態度を取っていたと思うと、なんともお恥ずかしい限り。
 わずか7行でしか書かれていないのですが、県立高田病院で屋上に避難しながらも亡くなった、ある入院患者のエピソードが胸に沁みました。


ふたたび、ここから
(和書)2011年09月18日 23:45
池上正樹 ポプラ社 2011年6月7日

 内容に関しては不満は無いです。被災地、特に宮城から岩手に向かう地域はリアス式海岸の複雑な地形で、細かい地域名が連続していて、ニュース等で見ていてもなかなか把握できないのですが、この本では石巻から北上していく形で文章が進んでいて、地図も多く、書かれている土地の位置関係が把握しやすかったです。
 ただ、この本の作りはどうなのでしょう。私はハードカバーで厚い本なのに、余白が大きく文字も大きくて行間の広い本って、薄い内容を水増しして高い金をとっている、という印象を持ってしまうのですが、こうした体裁の本を望む人って多いのでしょうか。この内容なら新書でいいんじゃないかなあ、という気がします。せめて本の何処かに、「売り上げの一部を被災者への募金といたします」といった一文でもあれば、我慢もできるんだけどなあ……。


密室入門 (メディアファクトリー新書)
(和書)2011年09月18日 23:16
有栖川有栖, 安井俊夫 メディアファクトリー 2011年8月29日

 タイトル通り、推理小説に登場する密室の種類、区別を紹介する内容ではあるのですが、それよりも推理小説家と推理小説好きの建築家さんの対談といった側面が強いです。密室殺人のトリック分析、研究という点では、他にもっと特化して具体的に書かれている本があるようなので(この文中にも幾つか出ています)、そちらの方がお勧め、という気もします。
 でも、この本の対談は面白い。というか、ホントに楽しんで対談しているのが伝わってきて気持ちがいいです。推理小説好き同士が時間も忘れて会話を楽しんでいるような雰囲気。堅苦しい研究本より、この本を読んだ方が、「次に密室ものの推理小説を読んでみよっかな」という気持ちにさせてくれるのではないでしょうか。


文庫版 妖怪の理 妖怪の檻 (角川文庫)
(和書)2011年09月18日 23:08
京極 夏彦 角川書店(角川グループパブリッシング) 2011年7月23日

 京極の小説は一応は一般の方にもお勧めできますが、(まあ基本、あの分厚さで逃げられますが)これはさすがにマニア向け。現代、一般に流布している妖怪がどのような経緯を辿って形成されたのかを、精彩に調査している内容で、調査論文として必要な文章の堅さがあるため、普段にも増して回りくどい文章になっているのは仕方の無いところ。
 読んでみてつくづく思ったことは、現代の妖怪というのは江戸時代やそれより昔ではなく、昭和に(しかも高度経済成長期に)成立したのだな、ということ。漫画ブームや怪獣ブーム、テレビアニメの発達の中で、「(子供に対しても)失われていく古いもの」に商品価値があると真っ先に気づいたのが妖怪だったのかな、という印象です。現代が妖怪ブームだというのは、現代、社会を構成しているのが昭和世代だからなのかもしれません。
 だとすれば、今後、平成世代が中心となり、高度成長の反作用としての妖怪に求心力が失われていくとしたら(平成は停滞と斜陽の時代ですからね)、妖怪的ノスタルジックは、現実と遮断された逃避的ファンタジーとして、商業システムとしてのみ生き延びていくのか。それともさらなる変質を遂げて、なお現実の映し鏡として人の背中に立ち続けるのか、そういうことも考えます。


荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)
(和書)2011年08月11日 13:12
荒木 飛呂彦 集英社 2011年6月17日

 ジョジョの作者によるホラー映画の入門書であれば、さぞ文章もぶっ飛んでいるのだろうなぁぁぁぁぁぁ?!!!と思いきや、とても丁寧で物腰柔らかい文章。やや拍子抜けでありますが、所々で挟まれた挿絵は確かに荒木飛呂彦。
 さすがに見ているホラー映画の数は相当なもののようですが、あまりマニア向けにしたくなかったのか、カルト作品よりも有名どころの紹介が多い印象です。そのあたり物足りない人もいるかもしれませんが、「これが評価されている!」とか「えー、これなんでそんな評価高いの?」とか思いながら読んでいくのが一番なのではないでしょうか。


サムライブルーの料理人 ─ サッカー日本代表専属シェフの戦い
(和書)2011年08月11日 13:04
西 芳照 白水社 2011年5月6日

最近出版ラッシュのサッカー選手本、長谷部や長友や阿部や松井の本を読んで感動している特に学生の皆さん、そしたら次はこの本も読みなさい!これがプロの仕事人ってもんです。少しでも日本代表の力になる、最善の方法を考え抜いた、表舞台に立つことのない人の精一杯の努力が書かれています。人間、表舞台の主役になれない人生の方が多い訳だし、主役になれない場所でも、誇りを持って働くことが出来る。そのことを知る意味でも、先取本よりもこちらの方が、学生さんには大切な本だと思いますよ!余計なお世話ですが。
 むろん、読み物としてもとても面白く、各国でのハプニングや異国の料理人との交流の場面などは楽しめる場面も多いです。

 しかし、この本の文章を書き終え、発刊するまでの間に東日本震災が起こったことの皮肉、残酷さに胸が詰まります。


6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録 角川SSC新書 (角川SSC新書 130)
(和書)2011年08月11日 12:53
角川マガジンズ(角川グループパブリッシング) 2011年7月9日

この本で最も評価したいのは、巻末の「おわりに」の欄、ある意味で最も読者が注視するであろう部分で、筆者である社長が、世界から絶賛された壁新聞の発行を、自分達の危機対応が万全では無かった故のことだと自責している部分です。別に東電に限らず、自分の過失を認めるのはなかなか難しいことだと思うので。
 社長と6名の記者の、震災から5日間の行動が本人の文章で綴られています。この出来事を如何に伝えるか、そのことをよほど考え抜いた上で書かれた文章ばかりで、例えば秋山記者という方の書かれた、津波から間一髪逃げ切る場面の文章などは、これ以上は足すことも引くことも出来ない、というほどに練った文に思いました。さすがに皆さん記者だけあって、感傷は可能な限り抑制して事実を伝えたい、という使命感を感じる文章ばかりでした。
 残念なのは、冒頭で石巻の地図が載っているのですが略図で、文中にで出てくる地名が若干分かりにくい点です。


撮らずにはいられない鉄道写真 (学研ビジュアル新書)
(和書)2011年08月11日 12:39
中井 精也 学研パブリッシング 2010年5月

写真を趣味にしている人間、こと撮り鉄の要素の含まれる人であれば、口絵2~3ページの写真一枚だけで満足できるのではないでしょうか。実力と根気と偶然が偶々重なったときにしか撮れない珠玉の一枚の数々。特にこの本に取り上げている写真の良いところは、相当に苦労しないと撮れない写真も多々ある中、写真がどこかゆるい、穏やかな雰囲気を帯びているところですね。書かれている文章もテクニックや苦労話も含まれていますが、基本、写真を撮るということ、その為に旅に出ること、風景を眺めること、その楽しみ喜びを綴っています。旅行に行く前に是非! の一冊です。



宇宙のみなしご (角川文庫 も)
(和書)2011年06月05日 07:29
森 絵都 角川書店(角川グループパブリッシング) 2010年6月25日

よく言えば「みずみずしい」、悪く言えば「地に足がついていない」文章というのを、時々みかけます。そうした印象の作品は、ともすれば「何かを書いた気になっているだけ」というか、「雰囲気に酔っている」自己満足の作品になりがち。この作品も、主人公達が始めた「他人の家の屋根に無断で上る」という行為の「動機」をえらく曖昧に書いているあたり、ひじょうに不安になったのですが、読み終えると良い作品でした。
 上手いなあ、と思ったのが主人公の弟の造形で、現実感に乏しい世界観の中、彼を「大食いキャラ」のしたのは確信犯でしょう。「モノを食べる」描写というのは、作品に生活感を出すのに有効で、作品に現実との接点を設ける重石として機能しています。しかし大食いから連想されるデブキャラにしてしまっては、少女漫画的世界観を台無しにしてしまうので、わざわざ「痩せている」「かわいい顔」というのを強調して、しかもデブから一番遠い陸上部の長距離選手としてしまう(しかもそれを恋愛のネタにしてしまう一挙両得)あたり、物語から逆算して必要とされるキャラクターを作っているのがわかります。
 クライマックスのあたりでは、やや文章に感情が入りすぎて、いわゆる「クサい」文章になってしまっている印象もありますが、それくらいの方が、個人的には好きです。


もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ (宝島社文庫)
(和書)2011年06月05日 07:15
高橋 由太 宝島社 2010年5月11日

感想を一言で言うなら、「推敲不足」。文章としてはシンプルの度が過ぎて、なんか逆ギレしてんのか?と思うほどに放りっぱなしの短文の羅列なのですが、同じような内容の説明、同じような表現がとにかく多く、非常にイライラします。それでも文庫化に当って加筆しているというのだから驚き。内容に関しても、そもそもミステリーと言えるのか……。登場人物の登場の順番や事件発生の展開に工夫が感じられず、物語の展開が散漫で、「自分がお気に入りのキャラをただ順番に登場させてなんとなく思いついたストーリーを書き進めただけ」という印象です。物語の中心に大きな謎を据えて、読者に興味を持ち続けてもらうための文章の密度というものを、感じ取ることが出来ません。正直、星一つにすべきか迷いましたが、主人公と相棒の台詞まわしが良かったので2つにしました。


カルト―39〈3〉
(和書)2011年05月29日 23:36
2003 角川書店 永井 泰宇

小説の体を成している、と言っていいのか。そもそもそこを疑問に感じる作品。この作品を途中まで読んで読者に向けられた注目点は、主に「果たして犯人は、逮捕された人物なのか?」と「他のカルト集団(実在する団体)より圧倒的に効率の良い洗脳は、どういう手段で行われたのか?」という二つが中心となるのですが、前者の答えはラストでまさに説明文そのもののとしか言いようが無いあっさりとした文書で済まされてしまいます。じゃあどこに力と入れているんだ、と言えばそれは後者の点になるわけですが、それも全く拍子抜け。というか、「その程度のカリキュラムの洗脳なんぞ、どこでもやってんじゃねんえの?」というレベルの内容を、やたらめったらページ数使って力入れて書いています。これはもしかしたら、私自身が洗脳についての文献を多少、読んでいるからそう感じるのかもしれませんが、(巻末に参照とされている書も読んでいるのありました)それにしたって、ここで書かれているのは、ちょっと厳しめの自己啓発セミナーや新人研修ってレベルな感じがします。洗脳の知識の無い人に恐ろしさを知ってもらうという意義はあるのかなあ、とは思いますが、実在する宗教団体を彷彿させる内容の割には、いろんな意味で「甘い」作品という気がします。


マイマイ新子 (新潮文庫)
(和書)2011年05月29日 23:15
高樹 のぶ子 新潮社 2009年3月28日

 号泣必死の感動の名作、というのではないのですが、子供を主人公とした物語として欠点の見当たらない作品です。細かい章で区切ってあるのですが、そのバランスがきちんと整っているのが良いです。大人の目から見ると取るに足らない出来事も、ハラハラするような重大事件も、同じ比重(区別がつかない子供の視線で)貫かれているのがリアルで、大人が子供を書く嘘くささを表出させていません。そして各章は連続性を持っていて(おじいさんの様態などが顕著な例ですね)、一本の作品としての起伏はしっかりと持っていますが、それはあくまで底辺を流れているので、わざとらしい盛り上がりを感じさせません。
 描写に五感をふんだんに織り込まれているのがまた良くて、視覚はもちろん、嗅覚や触覚まで駆使したそれはまさに子供の世界認識で、かつての田舎の陰影を強く浮かび上がらせてくれます。こうした描写で書かれた物語は、実はアニメには向いていない種類のものだと思うのですが、実際はどうだったのでしょう。いずれ見たいと思います。


本格推理委員会
(和書)2011年05月22日 23:28
角川書店 日向 まさみち

 この本を買う時の注意事項です。まず、本の後半に書かれている、「あとがき」を読んでください。そんで、作者のメッセージに共感できるようでしたら買いましょう。ちなみに、私はこれを読んでいたら、早々にその場を立ち去っていたでしょう。

 ともかく、「これはラノベなんだから! 萌えキャラを動かしてナンボなんだから!」という小説です。「そうだよね! それに興味がないんだったら、そもそも買わなきゃいいじゃん!」と答えるしかありません。タイトル通りに推理の部分もありますし、最後にメインにもってきた「謎」は確かに盲点で、「あっ」と思ってしまい悔しかったのです。いわゆる「殺人事件」が起こらず、主人公他の「トラウマ癒し」がメインの物語ですが、そこに至る助言等々が中年が読むとちょっとねえ……、な感じ。
 技巧云々ではなく青臭いからこそ価値がある文章というのはあると思います。だから勢いやリビドー任せの小説があっても良いのですが、それにしても言わせて欲しいのが、「十年後に自分で読んで、恥ずかしくなる文章は書かない方が良いよ」、ということです。


この世でいちばん大事な「カネ」の話(新装版)
(和書)2011年05月22日 23:15
西原理恵子 ユーメイド 2011年5月13日

 本の表紙によく、「帯」ってついてますよね。よく宣伝文や推薦文の書いてあるやつ。この本はその本来オマケである「帯」に、とても重要なことが書かれているという特殊極まりない本です。なので帯が無くなっていがちな中古本でなく、新刊を買いましょう。印税は義援金になるそうですし。

 内容は以前発売された内容と一緒のようです。主に子供、小学高学年から中学くらいまでに向けた、作者にしては珍しいほど「照れ」を封じた文調で、大人になること、社会に出ること、そして金を稼ぐ、ということがどういうことかを訴えています。
 その波瀾万丈な人生を乗り越えてきた人だけに、説得力は文句なしですが、今の子供にとって、書かれている西原さんの人生に、果たしてリアルを感じ取れるのか、という気持ちはあります。私たち高度経済成長後の世代が父や祖父から聞かされた「戦争の話」のように、遠い世界の話としかとらえられないのじゃないだろうか、と。なにしろ、それほど大きく年齢が違う訳でもない私ですら、作者の子供の頃の情景に、親近感を感じることはできないですから。
 ただ、夫を失った慟哭や、子供を思う気持ちなどは、世代も何も関係なく、読んだ人全てに伝わるものに違いないのでしょう。


心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
(和書)2011年05月15日 08:52
長谷部誠 幻冬舎 2011年3月17日

 浦和レッズ出身の日本の至宝、長谷部マコさまのお書きになった書です。個人的にはスポーツ選手を題材にしたビジネス書とか啓発本とか(例えば「野村監督のマネジメント術、みたいな奴ですね)大嫌いなのですが、他ならならぬマコ様のものですし、東日本震災に印税全額負担ということなので買いました。
 内容は自己啓発本というか、「誰からも好かれて、学校中の憧れである、あのサッカー部の主将のアドバイス」みたいな感じ。対象としては中高生、新社会人あたりが読むと、大変、参考になるのではないでしょうか。「もしドラ」もそうですが、今は学生くらいの年齢の子が自己啓発本に興味を示す傾向があるのかもしれません。
 内容はマジメそのもので、部分によってオヤジっぽい意見もあるので、長谷部誠が語ったのでなければ、おそらくは若者が頷かない意見もあるでしょう。「睡眠前のリラックス方法」とか「僕の好きなミスチル曲15」とか、「なんか恥ずかしい」文章も混ざっていますが、そのへんも親しみやすさというものです。
 レッズファンとして気になったのは、今までで印象に残る試合として04年ボーダフォンカップのボカ戦と、07年シリーズ最終戦を挙げていたこと。私もどちらも印象に残っています。っていうか07年は観戦してたし。それと、「夜遊びばかりして、筋肉系の怪我が多かった」レッズの選手って、誰?


デカルトの密室 (新潮文庫 せ 9-6)
(和書)2011年05月15日 08:34
瀬名 秀明 新潮社 2008年5月28日

 印象をざっくりと言ってしまうと、「攻殻機動隊」と「全てがFになる」を足して、「鉄腕アトム」でまとめあげた上に、インテリ度数というスパイスをたっぷりと振りかけた感じ(なんじゃそら……)。まあとにかく難しい小説です。「この内容に俺、完全について行けたぜ!」という人とは、あまり仲良く出来ない気がします。ただ、内容がせいぜい半分しか理解できなくとも、充分楽しい小説です。というか、難しい部分を読み込むことも出来るし、難しい部分を雰囲気をもり立てる為の装飾と割り切って楽しむことも出来る、二枚腰のある作品だと思います。


のはなしに~カニの巻~ (宝島社文庫)
(和書)2011年04月24日 07:58
伊集院 光 宝島社 2011年4月7日

前回の「のはなし」を文庫化の際に二分割にしたのを散々、文句を言ったのを伊集院さんが読んだのでしょうか、今回は1冊になりました。やった!と思ったら文庫版独自の「謎の写真コレクション」がページの都合で少なめに。そういう弊害があったとは。
 内容に関してはやっぱり文句なしに面白い。伊集院さんは年齢が近いし、私もかわいげの無い子供だったので、「タルタルソース」「天才」「懐かしい遊び」の話などはホントに共感できます。ただ、「テレビゲームを懐かしい遊びという範疇に含むのに抵抗を感じる」というのは、僕ら世代までなのでしょうね。
 「新聞」「ひどい世の中」「ランチ」の話のように、「神経質な正論」を、柔らかい文章で書けるのが羨ましいです。普通、こういうのって、どうしても刺々しくなってしまうので。
 しかし「いち」と「に」の発売期間がこんなに短いとは驚いた。「さん」は単行本が出てまだそんなに経っていないので、いったいどうなるのだろう。


山形スクリーム (小学館文庫)
(和書)2011年04月24日 07:33
丹沢 まなぶ 小学館 2009年6月5日

 職人的技巧の良さ、みたいなものを感じます。映画のノベライズ、というのはそれなりに制約も多いでしょうし、うかつに作家性のようなものを出して映画と印象を変えてしまうわけにもいかず、迷うところも多いかと思いますが、その辺は見事に割り切って、映画を見たいと思わせる面白い小説に仕上がっているなあと感じました。
 文章の切り替えが良くて、ドタバタの部分はツッコミ台詞満載のお笑い文章で乗り切る一方、しっとりとしたい場面は丁寧に文章を重ねていて、それでいながら文章を読み進める上でのテンポは乱さない程度に表現は揃えているように思います。ライトノベルとしてこれだけでも充分楽しめますし、これが映像化されているのなら興味がある、と思わせる出来です。惜しむらくは、表紙のセンスが、その意思を弱らせることですが……。
 に、しても、平家の落ち武者ネタで、選んだ舞台が山形ってのは、なんか理由があるんでしょうか?


アンデッド (角川ホラー文庫 (Hふ1-1))
(和書)2011年04月24日 07:14
福澤 徹三 角川グループパブリッシング 2008年8月23日

一番、感想を書くのに困るタイプの作品。表紙の絵柄で予想される内容で、予想通りの文章で、予想通りの展開の内容です。マンガのような登場人物が、台詞のようにに読みやすい文章で描写される一方、過去実在の拷問方法や猟奇殺人者に関しての引用がやたらふんだんに織り込まれているのが、いかにもヲタク的というか。確実に需要のある内容で、それに忠実に答えた作品と言えると思いますが、この文章で描写される主人公が、ケータイ小説を否定するのはさすがにナシでは無いかな。


小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団
(和書)2011年04月10日 22:09
瀬名 秀明 小学館 2011年2月25日

 ものを書く人にとって、昔から憧れていた作品、こと子供の頃から好きだった作品のノベライズなどを頼まれたときに、いかに冷静でいられるか。これは極めて難しいタスクであり、理論派で冷静な文章を書くことで知られる瀬名さんですら、それを十分にこなすのは無理であったか、と思ってしまう出来だと思います。でも、情熱があふれる余りに多少、内容が破綻してしまうくらいの勢いがある作品の方が面白いに決まってますし!
 物語の前半は原作をなぞっているだけの印象が強く、ただザンダクロスの脳のホラーチックな描写がさすがだな、と思う程度だったのですが、中盤以降はかなり作者の独自色が出て来ます。原作の矛盾点は、直せる範囲内で(そもそもそこを指摘しちゃうとストーリーが成り立たない、という部分が、ドラにはこと多いので……)で手を加え、原作では見せ場の少ないスネ夫、ジャイアン、物語後半のザンタクロスにもたっぷりと追加したりとして、作品全体のバランスの取り直しをちゃんとしている一方で、並みの人なら必要以上に手を加えたくなってしまう場面(リルルと総司令官が対峙する場面や、しずちゃんと神様の対話シーンなど)は比較的抑えめで、原作の台詞を尊重して抑制もしているあたり、さすがにプロだと感心しました。凡百の同人誌ではこうはいかない。
 しかし、小説独自のゲストキャラの選択では、やはり我慢が出来なかったのでしょう(苦笑)。一人はともかく、もう一人はかなりのマニアでないと分からない(笑)。っつか、そもそもドラえもんのゲストキャラじゃないし。さらに一度だけの出演だった人だし。
 そして、あえて私もマニアックな指摘をさせてもらうなら、物語終盤でスネ夫が「バンダムやイエオンみたいに地球を守りたかった……」といった台詞をつぶやくシーンがあるのですが、その二つはあんまり地球を守るって気がしない(笑)。むしろイエオンは地球を真っ二つにしそう。

 次の機会があるなら、是非、瀬名さんにオリジナルストーリーでやってもらいたいですね。福井さんのユニコーンとか朱川さんのメビウスみたいに。


本所深川ふしぎ草紙
(和書)2011年04月10日 08:53
1995 新潮社 宮部 みゆき

 こと長編で強く滲み出がちな、宮部さんという個人の思想というべきものが、イマイチ共感できない私にとって、本質的にファンタジーであり、文章に生々しさが表に出にくい時代劇というジャンルは、非常に読みやすく、単純の宮部さんの優れた文章と物語を楽しめました。短編の中心は茂七という岡っ引きながら全ての物語で完全に脇役に徹し、様々な市井の人々の物語を深川七不思議に絡めて書くという、テクニックが問われる構成の内容で、そうなるとやっぱり上手い。現代劇ではくどさが先に立つ生活感を浮き立たせる描写も、時代劇ではちょうどいい案配に感じます。


町長選挙 (文春文庫 お 38-3)
(和書)2011年04月10日 08:36
奥田 英朗 文藝春秋 2009年3月10日

シリーズの3作目ともなれば、悪ふざけもエスカレートするんでしょうか。と思わせる有名人パロディの連続。小説というより、往年のプロ野球パロディマンガを連想しました。いしいひさいちよりキャラクター的になり過ぎず、やくみつるほど悪意が無い、というレベルで3人の有名人が伊良部の犠牲になっています。最近、これドラマになっていたようですが、是非、当人に演じてもらいたかった。一人は絶対無理にせよ、後の二人は頼み込めば引き受けてくれたんじゃないかなあ……無理か。
 なお、ラストの一本だけは人物でなく地方行政の現状を皮肉っています。これだけパロディというよりファンタジーの色彩が濃い感じ。


銅像めぐり旅―ニッポン薀蓄紀行
(和書)2011年04月10日 08:22
2006 祥伝社 清水 義範

旅先の観光地でよく見かける偉人像。なぜその人物の銅像がその場所に建っているのか、それを調べることで、その街の全体像が見えてくる、と言った視点での観光記。龍馬や西郷といった有名どころから、ヘボン(横浜)やティムール(ウズベキスタン)まで豊富なレパートリーがさすがです。武田信玄や太田道灌の人物像の解釈が、いかにも清水さんらしい。旅行記としても楽しくて、織田信長を尋ねた安土に漂うゆるい雰囲気の描写とか、様々な旅のハプニングも楽しいです。なにしろ、こういう本は、読者に自分も旅に行こうかなと思わせれば勝ちですから。


番狂わせ 警視庁警備部特殊車輌二課
(和書)2011年03月06日 09:37
押井守 角川春樹事務所 2011年1月31日

 パトレイバ-が好きで、サッカーが好きで、何より押井守が好きな私にとっては、まさに夢の企画。しかし、パトレイバーが好きで、サッカーが好きで、何より押井守が好きな人だからこそ「これは絶対認めない!」という人もいそうな話で、何より、パトレイバーもサッカーも押井守にも興味が無い人にとってはいよいよどうなんだろう、という作品です。

 劇場版パト2の数年後の物語という体裁で、パトレイバーという作品の総括をしている印象があります。身もふたもないレイバー(ヒーローロボット的な存在)の否定と、かつての登場人物の対する悪意あるパロディに思える面々に嫌悪感を感じる人もいるかもしれません。が、これはこれで、かつての作品に押井さんなりに真摯に向き合った結果であり、レイバー否定はバビロンプロジェクト同様、かつてのバブル経済の隠喩のように見えて、妙な説得力を感じます。今回の登場人物も血肉の通った良いキャラクターとして独立していると思えたので、私は楽しめました。しかし押井さん、野明とひろみにはホントに興味なかったんですね。

 サッカーの蘊蓄に関しては、海外サッカーあんま知らないんで何とも言えませんが、マニアの人からは不満はあるのでしょう。見方が一方的過ぎるとか。ただ、文中で中田より名波の方が出てくるのが個人的には嬉しかったです。ザッケローニさんの過去もちょっと分かりました。

 最後はファンサービスのパトレイバー大暴れもあり、娯楽作品としても充分、楽しめると思います。なにしろ、押井さんの書いた本とは思えないくらい、本屋でこの本、見かけました。これが売れなかったら、また一つ、押井さんの表現場所が狭まるような気がします。期待に応える売り上げがあればいいんだけど。

 あ、これは追記になりますが、誤植が多いです。途中、その場にいないはずのキャラクターの台詞があったりして驚きました。押井さんも悪いし角川も悪い。


恐れるな! なぜ日本はベスト16で終わったのか? (角川oneテーマ21 A 126)
(和書)2011年02月22日 05:53
イビチャ・オシム 角川書店(角川グループパブリッシング) 2010年10月9日

この本の存在を、たまたま本屋で見かけるまで気づかなかった。前作とタイトルと表紙が似ているからだな。新書なんだから表紙は仕方が無いとは言え、そのせいでけっこう売り上げを損しているんじゃなかろうか。中身に関しては、オシムさん視点での南アフリカW杯の総まとめ、といった内容で、日本代表に関して、なぜベスト16で終わってしまったのか、もっと上までいけたのにという悔しさが伝わってきて、つくづくその気持ちがありがたいです。この人が南アフリカまで代表監督をしていれば、という想像は消えることは無いのですが、いまだなお、シュンスケを見捨てていなかったり、文章内で最も評価している印象のトゥーリオ、中沢、阿部が、今は一人も代表にいなかったりと、わずか半年ばかりの経過で、現状との大きなズレがあることに驚きを感じます。内容では他に、印象強いチームとして、私と同様にスロベニアを上げていたのが嬉しかったです。チリとかは他の人も言っていたけど、スロベニアはほとんどいなかったので。一方で、ワーストチームとして上げたチームが意外というか盲点というか。私も含め世間一般はほぼフランスとしていたでしょうが、さすがに細部まで見ているというか。ワーストの選考理由もさすがです。


悪夢の観覧車 (幻冬舎文庫 き 21-2)
(和書)2011年02月06日 08:45
木下 半太 幻冬舎 2008年5月

 密室の観覧車という舞台で、いかに身代金を奪取するか!というトリックに関しては、みなさんご想像通り、ちょっと無理がある……という感じですが、この作品の魅力はそこではなく、中で書かれている人々です。
 シリアスとコメディの振り幅のとても広い作品で、登場する善人はとても綿密に書くのに対して、悪人はほとんど最低限の描写しか書いていません。描写を限定することで、正体不明の不気味さを煽るという効果を狙って、というより、悪人を描写する自信が無いんじゃないのかな、という気がします。善人を描写する(特にお父さん)ところが、いかにも書いていて楽しそうなので。この辺は、作者の技能というより、人柄なのでしょう。それだけに、ラストの悲しみがなおさらに増しているように重います。


世界の終わり、あるいは始まり
(和書)2011年02月03日 06:14
角川書店 歌野 晶午

ぶっちゃけ内容を一言で言えば、「夢オチを利用したマルチエンディング方式」。「息子が連続殺人の犯人ではないかと疑う父親」というお題で考えられるプロットを全て答えよ、という設問の答の例題集。
 残念というか、なんで?と思うのが、タイトルと言い、裏表紙のあらすじや巻末の解説も含め、全てが大げさ過ぎ。確かにシチュエーション的には深刻な話だし、現代的な描写もあることはあるのですが、文章全体が律儀過ぎるというか、一生懸命過ぎるというのか……。はっきり言うと、重みが無くて、何となくコントのような印象があります。
 主人公の独白の締めの文章で、「富樫家の平和は見せかけでしかなかった。屋台骨は骨粗鬆症に冒され、内部崩壊を起こしていたのである」って書かれていたら、何となく笑ってしまいません? 「なんでわざわざ骨粗鬆症って表現選ぶねん!」みたいな。

 馬鹿トリックのB級ミステリーとしては充分面白いのに、「崩壊と再生を描く衝撃の問題作」なんて書き方されると、なんか無理矢理に持ち上げている気がします。そもそも作者自身、本気で重厚な作品として書いたのか、それともパロディ的な意味合いで書いたのか、それを是非、尋ねてみたい。

更新は不定期ですので、気長に待っていただけると幸いです。Jリーグのサポーターの方はどこのチームでも大歓迎。煽り合いではなくゆるいノリで楽しめたらいいなと思っています。