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救われないこと

今週、日本経済新聞の夕刊で、漫画家(現在は、「イラストレーター・漫画家」が肩書のようです。)の江口寿史氏のコラムが連載されています。
高校の頃、江口氏の漫画をよく読んでいた記憶があるのですが、同氏が水俣市のご出身であったとは今週月曜日のコラムを読むまで恥ずかしながら知りませんでした。
昨年、国内でもジョニー・デップ主演のMINAMATAという映画が公開され、一部では話題となりましたが、やはり、水俣病に関しては風化してきているような気がします。

訴訟面で見ますと、先日、残念ながら、互助会・第二世代訴訟と呼ばれる水俣病訴訟が上告棄却となり、原告の請求が退けられることとなりました。

実は、私も今年の初めまで、水俣病訴訟の代理人を8年ほど務めていました。
受任した事件については、守秘義務もあり、これまで公表したことは一切ないのですが、この事件に関しては、依頼者のご意思もあり、依頼者の同意を得ていること、および事件の社会的意義に鑑みてここに記しておきます。

水俣病といいますと、熊本県の事件というイメージが強く、恥ずかしながら、私も、水俣病訴訟を受任するまでは、他県でも国にも認定されている被害者が存在していることを知りませんでした。
水俣市は八代海(不知火海と呼んでいたようですが、近時では、八代海が正式名称となっているようです。)に面した市町村としては、熊本県最南端に位置し、鹿児島県の出水市と接しています。そのため、鹿児島県の出水市でも多くの被害者が出ています。
私は、その出水市のご出身の方の水俣病訴訟の代理人として、今年の1月に上告棄却されるまで訴訟のお手伝いをしていました。
通常は、このような訴訟では、弁護団を結成して争われるのでしょうが、諸事情から、代理人は私一人ということになってしまいました。

私は、いわゆるノンポリで、また、特定の宗教とのかかわりもないことから、弁護士になるまでは、社会的な活動の経験はありませんでした。また、弁護士になってからも山が好きという理由から弁護士会の公害環境委員会に数年所属していたことがある程度で、お世辞にも弁護士会の活動に熱心とも言えません。
しかし、その公害環境委員会に所属していた時、委員会の関係する電話相談担当日に、その依頼者から偶然相談があり、成り行きで代理人を務めることとなったのです。
しかし、法学部の出身でもなく、弁護士になるまで法務関係のセクションに在籍したこともなく、更に大手の事務所に所属していたわけでもないことから、弁護士の知人も大して多くはありません。
このように弁護士の知人が少なく、弁護団と接触できなかったこともあり、弁護団に引き継ぐことも出来ず、ひとりで代理人を務めることとなりました。
しかし、途中から、裁判を熱心に傍聴に来ていただいていた互助会訴訟の後援者の方々、代理人を務められていた山口弁護士などから貴重なアドバイス、情報・資料のご提供をいただいたり、また、全く面識、紹介もなく、質問FAXを不躾にお送りした大学の先生方、病院の先生からも丁寧な情報ご提供を頂くことが出来、何とか最後まで代理人を務めることが出来ました。
この場をお借りして、皆様へ御礼申し上げます。

ただし、代理人としての職責を全うできたかという点に関しましては、4年強の審理を経た1審は請求棄却、その後の3年強の期間での控訴棄却、上告棄却という約8年の間で全敗という結果については、ただただ、信頼して私に代理人を任せて下さった依頼者に申し訳なく思っています。
せめてもと思い、これからも続くであろう水俣病被害者の方々への法的情報のご提供という意味で、公害訴訟に関する若干の考察を事務所のホームページに記載しております。
また、水俣病訴訟を提起中、あるいは、提訴を検討されている方々に対する可能な範囲での情報提供はしていこうと考えています。

私も水俣病訴訟の代理人を務めるまで知りませんでしたが、公害病は、原因物質ばく露後相当期間経過して発症し得るとの見解があります(国・熊本県・チッソはこの見解に反対しております。)。
しかし、相当期間経過した後に、病気の原因が原因物質であること(因果関係)を訴訟上立証するのは相当困難です。しかし、立証責任は原告にあり、立証できなければ請求は棄却されます。
立証が困難な理由のひとつは、時間が経てば経つほど、被害者はその他の有害物質にもばく露していくことにあります。
また、原因物質のばく露の事実を証明し得る証拠(水俣病の場合、原因物質であるメチル水銀化合物に汚染された魚介類を食したことを記載した文書などの記録)など、ばく露の時点では公害病を知らないわけですから、ばく露状態を記録しているわけがないですし(近時はSNSにアップするため、日々の食事の写真を残している人もいるでしょうが、最近のことです)、多少あったとしても、そのような記録をいつまでも残しておくわけがないことも理由としてあります。

SNSなどをみますと、公害病訴訟に関しては、立証できない以上提起すべきでない、弁護士が儲けているだけなどと書かれることがあります。

しかし、前者に関しては、上記のように、民事訴訟の立証の制度問題から来る不都合だと思います。決して、訴訟を提起した方を責められるものではありません。不都合が社会全体では合理的であるとして設計された制度(全体最適)とそれによっては救済されない少数の事件関係者(部分最適)の悲劇の問題に過ぎないのです。
この問題は、法ではなく、行政による救済でも問題となっています。行政での救済も必ずその制度では救済されない被害者が生じるのです。
水俣病に関しても救済措置は存在するのですが、偽陽性・偽陰性の問題、原資が税金であるということから、必ず救済されない人が少数は出てきます。
類型的な多数の被害者の救済は行政の仕事で、裁判所は、行政の救済からこぼれるそのような少数の人を救う機関とされています。行政の救済に漏れた人が、裁判所へ救済を求めることは、裁判所の機能からすれば当然のことで、それを責められるものではありません。

後者に関しましても、他の弁護士の事を全て知っているわけではありませんが、私の知っている範囲では、水俣病訴訟で儲けている弁護士はいません。
大幅な持ち出しとなっているはずです。
私自身も、この事件では請求が全部認容されても持ち出しになることは、当初、事件を受任する段階でもわかっておりましたし、実際に、外部への支出(交通費、謄写費用など)だけでも大幅な赤字で、資料収集・書面作成などに掛かった自家労働分を考えると、恐ろしいほどの持ち出しとなっています。
それでも、私は、東京の事件であったことから、比較的費用が掛からなかった方だと思われます。他の弁護士は、もっと持ち出しとなっていると思われます。

今、懸念しておりますのは、福島原発の被害者の方々です。
今はまだ良いのですが、時間が経ってからの発症に関しては、水俣病訴訟と同様な問題が生じ得るのではないかと懸念しております。
単なる杞憂であれば良いのですが・・・

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