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旅する土鍋2019 「途立つ誕生日のスケルツォ」(後編)

(前編よりつづき)

後半目次

3.  ドレスと口紅

時速100〜 120キロくらいで飛ばせば、リグーリアからミラノまで2時間ほどで到着する。そんな道中も、おかしな話は継続的に、まじめに語られた。

ミラノに着いて一度解散。わたしは、居候している師匠宅のギャラリーの窓を開け風を通したり、洗濯物をゴソゴソやっていた。数時間後、驚くことにイーゥインちゃんは背中が大きくあいたドレスを身に着け、真っ赤な口紅をひいて師匠の家に再登場したのだから、どこまで信じていいのか。師匠もシャワー浴びて、お気に入りのズボンに履き替えてるじゃないの。「アイロンがけしていないズボンで市長の家に行かないでしょ?」と、困惑しながら師匠に冗談風に投げかけると、「ペッペ(市長ね)は自然派だからこれくらいがいい」という。

一方のわたしは、海帰りのすっぴんで、近所の買い物くらいの気持ちでペラッペラの格好をしていた。イーゥインちゃんが「この色なら似合いそう」と、口紅を差し出すので、滅多に塗らない濃いめの紅をひいてみた。すっぴんに強いコントラストをもたらす紅は、歳を重ねたわたしに、ふさわしかった。

頭は混乱しているが、冷静にも冷蔵庫で冷やしているリグーリアの白を持って3人はクルマに乗り込む。

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4. 夢とぶどう酒

クルマに乗ったが行き先は不明。
着いた先は、ピザ屋でも、ケーキ屋でもなかった。

「あれ、ここは友人が住んでいるアパートよ!」というと、ええ〜そうなんだ!サラ市長と同じアパートだなんてすごい!と言う。ええ?

困惑しながらも「友人に一言あいさつしたい」と提案すると、もちろんそれがいい!と言う。友人は「どうぞ入って!」と言うので「少しだけね、実はサラ市長がね…」と説明するやいなや、大勢が「タンテ アウグーリ〜♪(おめでとうの歌)」を大合唱。

夏の冗談からつづくすてきなワンシーン。
でもね、これは夢をみているのだろうと判断したので、あふれそうな涙は喉元でグッと止まった。どうせ、夢だから。

テーブルには家主お手製の料理や、友人でありプロの料理人たちの料理がどっさり並んでいる。これも夢。

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ごちそうを口に運んだとたん、乾いた涙がノドの奥のほうで、ごちそうに混じった。おいしい。これは現実なのだ。

人生は、夏の夜の夢に似ている。


あとがき

プロジェクト「旅する土鍋」は恩返しの旅でもあり。それなのに100倍の勢いでまた返すべく恩が増えた。一生かかっても返せるかわからないので、もう一回生まれ変わっても「わたし」であろうと決めた。ありがとうみんな。

イタリア人は日常からしょっちゅう冗談か本気がわからない会話をしている。そうか、冗談は夢をみさせてくれるもの。冗談みたいな人生でいい。あなたたちは生まれながらのスケルツォ名人(冗談名人)。

そして、冗談と本気が通じる日本の家族にも、遠くからありがとう。


イタリア語「スケルツォ」は「冗談」という意味かつ、音楽の世界では快活で急速な三拍子の楽曲を示す。おどけた感じが「冗談」という言葉と重なる。ショパンの「スケルツォ第2番 変ロ短調」などがそのひとつ。


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