「旅する土鍋 リトアニア④」屋台料理を食べながら

前回は独立国家の成り立ちについてかいつまんだが、同時にナチスによる悲劇も忘れてはならない。そんな歴史があるのに、人々はおだやかな歩みで未来を見ている。


リトアニアの首都ビリニュスの街中いっぱいに華やかな工芸品がならぶマーケット(カジューカスのお祭り)を歩きながら、さまざまな歴史が人間性をつくるのかとふと思う。静かで穏やかな人々。そして日本人以上にシャイである印象を受けた。アジア人であるわたしの顔を珍しそうにのぞきこむが、いやいや見てないよというふうに目をそらす。

地元の人へのお祭りであることは当然で、マーケットもそれに準じているのだろうが、市長か誰かがリトアニア語であやゆる国名をならべ感謝を述べている。マイクを通した演説っぽい語調にどことなく共産主義の香りを感じたり(あくまでも語調だけ)。

マーケットの作品や商品、ポスターや地図に英語表記はほとんどない。だからといって海外からの観光客をこばむわけではない。むしろウェルカムな表情で迎えてくれるが、商売根性は薄く、各ブースどこも静かに、シャイな眼ををして作品や商品の前に立っている。哀しみからの強さなのか、信仰心の穏やかさなのか、自尊心の調整ができているような。

動画にうつしたとなりの男の子は、しじゅうこちらを見ている。写っているのはリトアニア料理「Cepelinai(ツェペリナイ)」で、ジャガイモと小麦粉でつくるそれは巨大ニョッキの肉詰め。

工芸品のほか、リトアニア料理をはじめ隣国の伝統料理が食べられるブースがあって、イスとテーブルが簡易的に用意されていて満席。東欧、中央アジアどこの国のかたがたかわたしには区別がつかないが、そんな中に入れてもらって屋台の料理を食す。みんなの視線を感じるのでほほえみ返すと目をそらす。けれどもそこに愛を感じる。お祭りだけれど、とても静か。静かなのに、笑顔が飛び交うわけではないのに、とても穏やかで楽しんでいると確信できる。言葉にできない風。不思議。東京の喧騒でもない。どうしても滞在が長いイタリアの喧騒が頭に浮かぶが、何十倍のデシベル音とチャオ!と大きく口を引っ張ったような笑みやウィンクがよみがえり、ああそれはもう両極端にあると、スープをすすりながらニマニマ笑ってしまった。

1日目は雪が舞うとても寒い日だった。リトアニア料理、コーカサスやウクライナ料理も並んでいた。

ソ連邦を構成していた「ウクライナ」「ウズベキスタン」、そして同じ時代に独立国家となった「バルト三国」や「コーカサス三国」の料理は、どことなく類似していて、食文化を共有したことがわかる。もちろんそこにロシア料理も入る。加えて隣接しているポーランド料理も然り。リトアニア料理をはじめ東欧、中欧、中央アジアまで隣国の料理が並ぶお祭り。

写真「Mastawa(マスタワ)」(参照リンク)というウズベキスタン料理らしい。英語で質問してもNOを意味する「ネ」とか「ヌ」とかしか返ってこない。ミニチュア土鍋に入れて現地で撮ったヘッダー写真の中身はこのスープ。羊肉や野菜の出汁がきいたスープにお米が入っていて腹持ちもよい。とってもおいしかった。

2日目は空は真っ青な晴天だったが気温は雪降りより厳しい極寒。温かい汁物をのまずにはいられない。ウズベキスタン料理「Palov(プロフ)」(ピラフ)もすごくおいしかったけれど、とにかく量が多くて完食はできず。土鍋を持ち歩いていたもあれでは小さすぎ。密封容器を持って行くことをオススメする。

世界地図と歴史の年表をあたまに描きながら食べる伝統料理のおいしさは、舌だけでなく、心の中にあたたかいものが残る。お守りのようなミニチュア土鍋はいつも一緒。ここに各国の香りと記憶が残ってゆけば。

#旅する土鍋

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お礼に風の音を!
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tamamiazuma

書く陶芸家。7年のイタリア修行を経て帰国後アトリエCocciorino設立。2013年ライターわらじ職ぬいで陶芸一本、土鍋を持ちあるきイタリア周遊「旅する土鍋」プロジェクト同時期よりスタート。WEB: tamamiazuma.com

旅 中東欧

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