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美醜のポステリオリ

皮のごつい手袋をはめて、窯から出たてのがつんと熱い土鍋の蓋をあける。土鍋のなかにぽたりぽたり落ちた汗が、しゅうっと一瞬で消えてゆく。時間、そしてわたしの分身までうばってゆくのか。

釉薬の化学変化が散々な結果であり、窯出しするも8割失敗だった。



泣いたって解決しないから、くちびる噛むけど、うっぷす、みえない亡霊ボクサーにお腹を殴られたような強い腹圧を感じる。胃が内臓ごと突き上げられて、くらくらしてきた。むむう、むくむく、めらめら、これ変身するときの不思議な軋み音。(変身したことないくせに)

創造は人間に備わっている認識能力「アプリオリ」的なものだけれど、化学反応を利用する焼成は経験。「ならば」の仮定を証明する「ポステリオリ」なのだよなあ。

今年最後のトマトを収穫した。なんだか切ない。
ぜんぶ、秋のせい。
去るものは去る。そしてきっとまた来る。




あとがきコッチョリーノ

▶︎何十年やっても、試練はやってくるわけで。30年やっても試練がなくならないこの「孤独のなかにある希望」がわたしの仕事なのでしょう。▶︎長年、上司や責任者や家族の言葉に助けられてきました。すぐに窯の失敗をキュレーターに報告すると深夜にもかかわらず「気を大きくもって」と、木の棒を鋼に変える魔法をくれました。顔色の変化に気づいた家族からは「失敗も誰かのためになる」と、皮肉をこめた倍増の法則呪文をもらいました。▶︎思い出すのは、新卒で働いた青山のうつわ会社の上司が「ほんの歴史年表の1ミリにも満たない失敗」と言ったこと。その失敗がなんだったかも忘れてしまいました。速記ライターをしていた時の社長には「失敗してもあなたには夢がある」と、今に至るバトンをもらいました。▶︎今日は、たまたま聴いた対談の中で、安藤忠雄が「この地球は大きい、けれどもひとつなんだ」と言ったとき、初めて涙が出ました。▶︎一度シャワーを浴びて気持ちをリセットし、午前中までに窯のスイッチを入れる曇天の朝に。


『Tadao Ando. The Challenge』

安藤忠雄が手がけた
「アルマーニ」
「テアトロアルマーニ」
「シーロス」
建築内覧と展覧会にて
(2019年ミラノ)

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