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人工林の科学/あとがき

日本の人工林地は救えるのか?

1ha当たり5000~6000本植えという、本州の一般的な植林密度の2倍近く密植している紀伊半島の人工林。なのに間伐は遅れ、巻き枯らしもされず、それでも風雪害に遭わず超線香林状態で立っている。そうして世界に冠たる「褐色森林土壌」の表土が、大雨の度に流されている。もちろん木は太れなくてヒョロヒョロ。やがて次々に土砂崩壊が起きている。これはもう、世界最悪の森林施業の失敗例といっていいのではなかろうか?

限界成立本数を超え、普通なら枯死木が多数出るはずだが枯れないのは、雨が多く、黒潮が運ぶ湿気の多い土地柄ゆえなのだろう。かといって内陸部なので台風の強風も届かず豪雪もないので折れることが少ない。つまり、自然のオノによる間伐も入らない。

京都の北山や奈良の吉野など、密植施業してきた林地はもともと風雪害を受けにくい地域で、それゆえあのような施業を可能にしてきたこともあるのだが、それを林業の優等生として真似た新興林業地は、風雪害の被害を受け痛い目に遭ってきた。だが、折れてくれればまだいいのだ。他の下草や灌木が生えて環境が回復するからである。

南紀の山が密植されたのは吉野の影響もあるだろうが、夏の地獄のような労働である下刈りの仕事が、密植のほうが軽減されるという理由もあったのではないだろうか。なにしろ林道もないような深山に飯場を建て、泊まり込みで作業をしたきた土地柄である。

収穫間伐のゆくへは?

現在、伐り捨て間伐は国の補助金が付かず、運び出しを前提としているので、各地で作業道を付けて収穫間伐が行なわれているわけだが、ここ紀伊半島にかぎらず収穫間伐しようにもいい木が少なく採算が取れない。だから皆伐したほうが早い。ところがどこでも住宅建材に使える良材は少ないだろう(細い、曲がり、虫食い、シカの皮はぎによるシミ、死に節などのために)。さらに現在のスギの人工乾燥材は強度が劣る。

バイオマスに利用しようにも燃料として使うには「乾燥」という壁が待っているのであり、バイオマス発電で成功している事例を調べてみると実は国産材ではなく外材の乾燥材の製材・プレカットで出た端材を燃料にしていたりする。発電材料の木材をあらかじめ石油を使って人工乾燥させるようでは本末転倒ではないか。

では林業としての収穫は諦め、強度間伐で広葉樹林化、つまり環境林にシフトすることを目指すとしよう。しかし、ここにも新たな問題が出てきているのだ。それは、

1)雨が多い間伐遅れの山では、表土が流れて地力が極端に落ち、広葉樹の種子が少ない。

2)奥山の尾根まで大面積に植林した場所が多いので、広葉樹やマツ類の母樹がない。風が運ぶ種子、鳥類や動物が運ぶ種子も見込めない。

3)ニホンジカが増えているので皆伐跡地では食害により裸地化する危険がある。

三重の尾鷲などで皆伐放棄地が広葉樹による回復を見ず、一面シダに覆われているのをよく見かけるが、ここ南紀でもちらほら見られるようなってきた。またシカもかなり増えているようで、シダの中にシカの嫌いな樹木(シキミ、アセビなど)の組み合わせという異様な斜面を全国で見かけるようにもなってきた。

つまりマツ枯れ跡地のように、後続の広葉樹が準備している場合は回復が早いが、密植で線香林化した林地でそれが長年続いた場合は、シカの食害の後追いもあり、広葉樹林化が難しくなっている。紀伊半島の、いや日本の山林は前代未聞の新しいステージに入っているのだ。

いま皆伐跡地がたくさんでき始めているが、その推移を注意深く見守っていく必要がある。

対策を国民運動に!

拡大造林の植林から50年以上経過し、木が成熟したにも関わらず、人工林の根は浅く、直根がほとんどない。しかし木が大きいので重量はかかっている。まずは強度間伐してできるだけ下草や広葉樹を生やすことと、巻き枯らしを併用して木の重量を減らす(乾燥するので斜面にかかる負荷を減らすことができる)ことが重要だ。

滝尻の崩壊地上では強度間伐が為されていたが、それでも間伐が弱すぎるのであり、あの状態からさらに大きめの木を選んで巻き枯らしをするような組み合わせが必要で、これくらいの対処療法をしないと効果がない。

尾根や沢に実生の広葉樹・針葉樹を残すのはとても重要で、尾根は種子と腐葉土の供給源となり、沢は根による土留め効果と水の浄化機能を持つ。

人工林の中に広葉樹がいくらかでも混成している場合は、広葉樹の周りの人工林樹木を伐り(受光伐)根系を発達させる。

シカ対策として、強度間伐の際、伐り高を高くし、切り捨て木は枝払い・玉伐りせず、長いままランダムに放置し、さらに高い切り株間に番線で伐倒木をゆわえたりロープを巡らせてシカの浸入を防ぐ。

融雪剤の塩化カルシウムをシカが嘗め、それがシカにとってサプリメントになっており、爆発的に増加した一因になっている。塩カルを不用意に使うのは止めたい。

場合によっては伐採跡地にEM菌やEMBCなどの「環境浄化微生物資材」や炭粉などを撒布し、マツや広葉樹を植林する必要があるかもしれない。

果樹に使う農薬、特にネオニコチノイド系の撒布を中止し、昆虫類を増やす(紀伊半島でも昆虫類が極端に少ないのを感じた)。広葉樹林の回復には受粉昆虫がセットでなければならない。

ここ数年は広葉樹の森にも異変が起きており、シカの食害に加えて種子の発芽が悪くなっている。地中の空気循環が悪くなって嫌気的な微生物が増え、腐葉土がどんどん流されている。その腐葉土は沢や砂防堰堤に溜まり続けてヘドロ化し、そこから発生する有機ガスが植生をさらに傷めている。

かつて日本人は水源の掃除をとても大切にしていた。米を作る民族であり、沢の状態が作物や飲み水の枯渇に直結するからだ。ところが、コンクリート土木による基盤整備と上水道が普及し、エネルギー革命や化学肥料のおかげで皆が山に沢にまったく入らなくなってしまった。

加えて全国の源流域のありとあらゆる場所にダムと砂防堰堤が作られ、水系の生き物の流れと気・水脈のつながりをズタズタに分断してしまった。本来なら腐葉土からできる泥アクは、酸素にもまれて嫌気性・好気性の微生物が変換するときすばらしい養分となり、海洋の生き物たちを育ててもいたのだ。

今後は林業とくに間伐にまつわる新しい作業と、源流から海まで流域をつなぐ有機的な土木工事が、それこそ国民運動的に行われるべきである。それが食料の自給につながりひいては健康をもたらし国の財政を立て直すことにもなる。

玉置山、大峰奥駈道のブナ

「林業は芸術であり科学である」

神宮伊勢宮域林で長く営林部長を勤められた木村政生先生の講義録に次のような一文がある。

元々林学を確立したドイツにおいて、150年前のドイツ林学創始者であるコッタは「林業というのは半ば芸術であり半ば科学である」といっています。又、ゲーテも「自然は常に正しい、もし誤るとすれば、それは人間が間違えたからである」といっています。人間が自然を改良することは出来ないのですから、自然に応じた自然の方法で少し成長促進に手を貸すとか、人問の利用できるものを作ることを、考えるべきなのです。

(神宮崇敬会講演録3『神宮宮域林について』2003.3)

コッタの「林業というのは半ば芸術であり半ば科学である」・・・惹かれる言葉であり、妙なる言葉である。ゲーテの「自然は常に正しい、もし誤るとすれば、それは人間が間違えたからである」は、鋸谷茂氏が間伐講議(2001.6)の中で語った言葉とまったく同じである。

18世紀の大科学者ファラデーが、クリスマス講義として聴衆の少年少女に語りかけ、ロウソクの燃焼実験から始まって科学の深遠さを引き出して行く名著『ロウソクの科学』を、私は子供の頃に古い洋館の図書室で読んだ思い出がある。

子供の頃「将来は何になりたいの?」と聞かれたとき、決まって私は「漫画家か科学者」と答えていたものだ。やがて絵の道を志すわけだが、

「絵が売れたとしても、地球が終わったらおしまいじゃないか・・・」

という思いが常にあって、そのメッセージは20代のデビュー作「クラフト紙シリーズ」に既に込めてある。

芸術すなわち「美」の道はなかなかに厳しい。森林ボランティア時代に『むささびタマリンの森林づくり入門』というイラストブックを苦労して作ったのに、鋸谷さんに出会ってあやふやだった疑問点の謎が解けたと同時に、いくたの間違った記述に気付き、この本をそっくり棄ててしまった。

森林ボランティアをきっかけに林業の書籍を描くことになったものの、なぜ門外漢の私がこんな仕事をやらねばならないのか? の答えはそんな基調低音があるからだが、一方でこの膨大なスギ・ヒノキ人工林の危機に関して、誰も明確で解りやすい対策を発信をしてくれなかったからでもある。

『鋸谷式 新・間伐マニュアル』(2002)
『これならできる山づくり』(2003)
『山を育てる道づくり』(2008)
『「植えない」森づくり』(2011)

と林業関係の技術書(イラストブック)に4冊も関わったというのに、いまだnoteにこんなことを書いている。だが、揺らぐ私を決定的に変えたのは、スギとヒノキをふんだんに使った自邸づくりの体験である。それは『「囲炉裏暖炉」のある家づくり』(2016)に著したけれども、住み続けてとくにスギ材のすばらしさにますます感嘆しているのである。だから、あきらめることができないでいる。

まずは「人工林の科学」を皆が周知することが必要なのではなかろうか。

田辺湾に浮かぶ神島。かつて原始の森として南方熊楠が最後に残した島

(人工林の科学/了)


参考令和4年度 紀伊山系砂防事務所 事業概要/国土交通省 近畿地方整備局 紀伊山系砂防事務所(2022.4)

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