見出し画像

硝子の欠片の記憶たち(2)

◇平成26年7月29日(火)

 この時期になると町のいたるところで、お囃子が聞こえる。阿波踊りの練習。艶っぽい女踊り。豪快な男踊り。笛に三味線、締太鼓、大太鼓。あらゆる連の音や熱気が、踊る。例にもれず、わたしも参加する予定です。本当は踊らせてもらえるのがいちばんうれしいのだけど、去年は笛、今年は鉦。笛は主旋律なのに、去年あまりにも下手で申し訳なかった。リズム感ならあるつもりで、今は鉦を鳴らしているのだけど、時々手が言うことを聞かない。それでも音の中に埋もれるのは好きだ、と思う。音にも温度があって、できれば熱い音に飲み込まれたい。去年の春に、本場の踊りを見たことがないというひとと一緒に見に行ったのはステージ上の踊りだったけど、その時の音も熱かった、と思う。わたしもあんな風に踊るのかと訊かれて、うなづいた。そういえばあのとき、一度、さようならって言った。あのとき、来てくれて、ありがとう。あれから何度も、さよならに手を浸して、

海風の街に娶られないことを知って微熱の音が聞こえる  田丸まひる


○平成26年8月4日(月)

 午前4時12分。暗い。夜明けがすこしずつ遅くなってきた。夜でもない朝でもない、この沼の底にいるような時間帯が好きだ。36分、一番起きのひぐらしのソロ。トゥッティまでの数分に耳をすませる。
 あちこちの百日紅が濃いのも薄いのもたくさん咲いてきてうれしい。この花は触れるとかさかさとあかるい音がして、花の形のままふと散ってしまう。道にたくさん散らばると夏が終わるしるし。そうなると急に、お気に入りの波の色のワンピースや小さい巻貝の連なったネックレスが仕舞われたクローゼットを思い出す。ハイビスカス柄の帽子や、京都で買った水色の糊粉ネイルもまだ新品のまま。早くどこかに行かなければ。こんな山の中で、誰にも会えないでいるうちに、39回目の夏が終わってしまう。なのに約束はとおくとおくでまたたく星よりも幽かだ。

こんど海に行こうって言うもう夏が終わるのにって言えないでいる
                                                        嶋田さくらこ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?