感受性の完成について

・Instagramが流行る
・音楽が純粋化する。
・週刊誌、ニュースが人の「難しい人間の欲」の部分を取り沙汰する。
・仮想通貨が話題になる。

■感受性とは

外界の刺激・印象を受けいれる能力。物を感じとる能力。

僕個人が書いている時点で個人の主観から、個人の感受性で書いていることにはなります。
それに反応するのも人の感受性。
最初に挙げた事柄たちと感受性(~についてはこう思う。こう感じた。等)の議論は「大人」がいる居酒屋などの場では良くされていますが
その大人達が得た価値観、感受性はどの期間に得たものなのかな?という疑問を持ちました。

感受性がずっと育っていくならその時々に思ったことを、その時々の精神性で話すことになります。

はたまた「感受性豊かな時期」とは言ったもので、主に20歳くらいまでに培った能力、性格、感受性がその先の大人になってからのきっかけになりやすいとも聞きます。


なので例えば、「不倫は最悪だ」という道徳に対して「そんなのその人達次第だよ」と考える人もいるのは事実。
国が違えばという話も出てきて、
そう考えるのは感受性豊かな時期にそう考えられる環境にいて、そう考えられる感受性を培ったから
とするか、
日々で育った価値観、感受性がその時に起こった問題に対してその時々に毎回「昨日まではこう思ってたけどやっぱり違う。」となれるか。
毎回柔軟に考えられるという人はいるとは思いますがものすごく少ないように感じます。
僕の少ない友人知人の中には中々いないでしょう。

となると多数決だけで話すなら前者の若い時期、感受性豊かな時期に培ったものがその後に作用するとなりますね。
もちろん、全員がではありませんしこれが正解なわけでもないと思っています。

そう、この正解も性格も目には見えない中で
ここまで書いてきた中で何が言いたいかというと
若者たちが感受性を育てる上では(価値観や感受性にだけフォーカスした場合ですが)

■「その感受性豊かな若者たちに制限をかけるのは正解なのか」という話。

お酒やタバコ、難しいところでは選挙権がないことも引っ掛かりますね。
まぁ、選挙権を与えてしまうと別の使い方をされる怖さもありますね。

感受性という部分だけで言えばそういった制限は無い方が良いとは僕は思います。

多分ですが僕らミュージシャンは人の感受性との付き合いや繋がりがかなり強いはずですが
この課題とどう付き合っていくか。
どんな風に若者たちに伝えていくか。
政治家じゃなくても僕らミュージシャンでさえ考えていかなければならないのかなと思い始めました。

■新しい試みも始めていこうと思っています。
これからの記事も楽しみにしていてください。
この「感受性の完成について」という記事も多分続けていくか、追記もしていくと思いますのでよろしくです。
それではまた!

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