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税理士・本郷尚先生の”相続する人・させる人”~関わるすべての人が幸せになる方法~ ケース3

資産税の専門家である税理士の本郷先生が、相続にまつわるさまざまなケースを取り上げ、「相続をする人も、相続をさせ人も、関わるすべての人がしあわせになるための方法」についてご紹介する本企画。ケース3は、「お母さまが所有する実家で暮らす良輔さん」のケースです。良輔さんのお母さまは89歳で、5年前に有料老人ホームに入居。しかしこのところの物価高で入居費用が高騰し、お金が底を尽きてしまいました。窮地に陥った良輔さんは、どのような決断を下したのでしょうか。早速、本郷先生にお聞きしましょう。

<プロフィール>
本郷 尚氏
税理士法人タクトコンサルティング 顧問/税理士
1947年生まれ、神奈川県出身。大学在学中に、税理士試験合格。1973年、税理士登録。1975年、横浜に本郷会計事務所開業。その後、東京に進出。2002年、税理士法人タクトコンサルティングとして新たに組織を発足。資産税に特化したコンサルティングに強みをもつ。『相続の6つの物語』『資産税コンサル、一生道半ば』を始め、著書多数。


母は老人ホーム、息子は海外。妻と2人の穏やかな暮らしを突如、引き裂いた“ある出来事”

今回の相談者である良輔さんは、世田谷区にある戸建住宅に奥さまとお2人で住んでいます。良輔さんのお母さまは5年前に有料老人ホームに入居しており、商社勤務の息子さんは1年前からアフリカに駐在しています。

良輔さん自身は、それまで勤めていた会社を今年、定年退職したばかり。再雇用の声がかかりましたが、老後をのんびり過ごしたいと考え、今は貯蓄を取り崩しながら生活を送っています。

年金をもらえる年になるまで、あと2年。ぜいたくをせず、質素な暮らしを送れば、貯蓄を取り崩しても家計が破綻することはないだろうと考えていました。

ある日、良輔さんはお母さまの銀行口座を確認して、青ざめます。

「残高がほとんどないじゃないか」

毎月、有料老人ホームの入居費用をお母さまの口座から引き落としていましたが、十分にあると思っていたはずのお金が、底を尽きかけていました。

引き落としの履歴をくまなくチェックした良輔さんは、やがて気づきました。このところの物価高で入居費用が高騰。そのため、想像していた以上に早いスピードで残高が減っていったのです。

「このままじゃ、入居費用を払えなくなってしまうぞ」

穏やかな暮らしに慣れきっていた良輔さんは、すっかり慌ててしまいました。

「こりゃ大変だ。姉ちゃんに相談しよう!」

こうして、良輔さんはすぐ近くのマンションに済むお姉さまの星美さんに連絡をしたのでした。

実家を売れば、入居費用を払い続けることができる――良輔さんのアイデアに、司法書士が待ったをかけた!

星美さんに会った良輔さんは、詳しく事情を説明しました。

「入居費用を払いたいがおふくろの貯金は底を尽きかけているし、俺たち夫婦の貯金は年金をもらうまでの生活費にあてたいから、使うわけにはいかない」

「困ったわね。念のため、聞かれる前に答えるけど、私もお金はないわよ」

「わかっているよ。だから考えたんだ。思い切って実家を売ったらどうだろう」

良輔さんの住まいは、お母さま名義の戸建住宅。敷地面積が広く、世田谷区の一等地に建っていることもあって、評価額は2億円を超えています。

「ママの名義の家だから、勝手に売るわけにはいかないでしょう?」と、星美さん。

「もちろんこれは、おふくろが了承してくれたらの話だよ。よいアイデアだと思うんだ。だって実家を売ったお金があれば、入居費用を払い続けることができるし、おつりで小さなマンションくらい買えるだろう。おれたち夫婦はそのマンションに住めばいいんだよ」

「なるほど。なら私の知り合いに司法書士の先生がいるから、相談してみましょう」

こうして、良輔さんと星美さんは司法書士事務所を訪れます。しかし、2人から詳しく話を聞いた司法書士は、「その方法は難しいかもしれません」と難しい顔をしました。

なぜなら、お母さまに認知症の症状が出始めていることがわかったからです。

「今はまだ意思能力が若干残っているとのことですが、それだと、不動産の売買契約書を第三者と交わすのは難しいでしょう」

「ではどうすればいいのですか。実家を売れなかったら、八方塞がりじゃないですか」

お母さまから実家を生前贈与して、良輔さんと星美さんが売却。ゆとりある介護を実現!

思わず叫びそうになる良輔さんに司法書士はにっこり笑って、こう言いました。

「生前贈与をすればいいのです」

「どういうことですか? 認知症の症状が出ている母が第三者と契約するのは難しいとおっしゃったじゃないですか」

「確かにそのように申し上げました」

お母さまは、お名前を言うことはできても、日付や数字を認識する能力が落ちていました。そのため、第三者である不動産会社は「これでは契約は無理ですね」と判断し、契約自体が成立しないというのです。

「ご家族同士であれば、現在のお母さまの意思能力でも契約が可能です」

お母さま名義の実家は、いずれはお子さんである良輔さんと星美さんが相続することになる財産です。その財産を生前に贈与し、意志がはっきりしている良輔さんと星美さんが実家を売却すればいいのだと、司法書士は説明しました。

「相続時精算課税制度を使えば、2,500万円までは税金がかかりません。ご実家を売却するときも、良輔さんは居住財産になるので税率が低く、税金の負担を軽減できますよ」

こうして、良輔さんと星美さんはお母さまが暮らす有料老人ホームを訪問。司法書士立ち会いのもと、お母さまと「生前贈与」の契約を交わしました。

その後、実家を売却。最初に考えたとおり、良輔さんは小さなマンションを購入し、そこで奥さまとの生活をはじめました。

「あともう少し意思能力が落ちていたら、ご家族同士の契約も難しかったかもしれません」――司法書士からこの言葉を聞いた良輔さんと星美さんは、「ギリギリのタイミングで、生前贈与ができた。私たちは本当に運がよかった」とつくづく思ったそうです。そして、「ゆとりをもって母の介護ができている」ことに、心から感謝したのでした。

【田宮のヒトコト】相続と介護の問題を、いずれ必ず訪れる「自分ごと」として捉えることが大切。

第1回・第2回でご紹介してきたケースと同じように、今回も「不動産はあるが、現金がない」ケースです。実はこのようなケースは大変多いと、本郷先生はおっしゃいます。

特に今回のように、ご両親の介護費用が捻出できず、ご相談に来る方が非常に多いといいます。「親の介護なんて、まだまだ先だよ」という方もいらっしゃると思いますが、相続と介護の問題をやがてくる「自分ごと」と捉えることが大切なのかもしれません。

そして、不動産はとても高額な資産です。だからこそ、相続時にはその道の専門家に相談し、適切な対策を講じることが必要です。タミヤホームでは、相続にかかわるさまざまなプロフェッショナルの先生方と常に情報共有をしています。相続にともなうギモンやお困りごとがありましたら、お気軽にご相談ください。


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