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2019年の読書記録 January - March

1. すべての、白いものたちの(ハン・ガン)

詩集のようでいてゆるやかに連続する物語の連なり。
「白」を手がかりに、記憶の流れのようにゆっくりと進む。日常の切り取り方に、生きることと死ぬことへのまなざしが如実にあらわれる。

2. ソロモンの指環(コンラート・ローランツ)

「刷り込み」理論を提唱し、ノーベル賞を受賞したローレンツ博士の動物観察記。
動物は圧倒的に遺伝的法則に則って生きている。スケジュールの概念も、つぎに起こすアクションの明確な目的すら彼らの頭にはないが、与えられた時間を余すところなく生きている。
動物たちに注がれる、博士の興味と愛情の熱量がすごい。小さい頃に読んだ、ファーブル昆虫記とシートン動物記を思い出した。(この2冊、よく読んでたな…)

3. 単純な脳、複雑な「私」(池谷裕二)

脳科学者と高校生の、脳と私に関する講義録。
私たちは脳を未知で不可侵の何かと考えている。実際には進化の過程で、より単純に、そしてある意味適当に動くことでそのスペックを上げてきた。有限と無限の概念がヒトを大きく変えたという話が面白かった。何より高校生たちとの対話が良かった。チャンスは待ち構えている人にのみ訪れる。

4. ピアニストの脳を科学する(古屋晋一)

ピアニストの技術を、脳の仕組みから解き明かす科学書。
身体を動かすときに、いかに脳が精緻な計算を行っているのかということに驚く。音楽と言語の関連に関する部分が面白かった。

5. 82年生まれ、キム・ジヨン(チョ・ナムジュ)

韓国で社会現象を起こしたとも言われる、「女性の生きづらさ」を克明に描いた小説。
これ、たぶん読んだ女性の多くに心当たりがある感覚かと思うのですが、書かれているお話は日本のいわゆる「ふつうの」女性が感じている日常そのものなのではないだろうか。書かれている時代の韓国ほどではないかもしれないけど、2018年のデータでも、女性にとっての「ガラスの天井指数」が韓国の次に低いのは、日本である。この本に書かれているとおり、性の格差は法律が生み出した結果ではなくて、社会通年が先回りして押し付けているものなのかもしれない。いろいろ考えてすこし落ち込んだ。でも落ち込んでばかりではいられないので、登場する若い女性陣のように声をあげていかなければならない。

6. 木を植える男 ポール・コールマン(菊池木乃実)

Earth Walkerという名をもつ、イギリス出身の活動家の伝記。
30代半ばで啓示を受けて、環境保護と地球平和をミッションに徒歩での旅と植樹を20年近く続けた方。この方、今はパタゴニアで著者の菊池さんと一緒に暮らしているそう。運命…
「あっ、この本前から読みたかったやつだ!」と思って図書館で借りたけど、よく考えたら別の本だった(『木を植えた男を読む』っていう本だった。ちなみに元となっているのはジャン・ジオノの絵本『木を植えた男』)。

7. 無常という名の病(山折哲雄)

実体はないはずなのに古来より日本人が共有してきた「無常」の観って、一体なんだろうという問いを考える。
大学の時に文化人類学のゼミに入っていたため、宗教学者の山折さんの著作は何冊か読んでいる。この時期だから余計に感じるが、いまを生きる日本人の感覚は、東日本大震災でものすごい転換を迫られたんだと思う(この本がまとめられたのは、阪神淡路大震災とオウム真理教の一連の事件がまだ人々の頭の大きな割合を占めていた時期だ)。天災に対するある種の諦念は大昔からあったものだけど、原発事故という半永久的に人類の足かせとなるような事件に対して、絶望と希望がないまぜになった状態は有史以来のことではないのだろうか。
魂は死後に肉体から離れ、あの世へ行くという考え方がどうして生まれたのかについてはもう少し学びを深めたい。最後の方、死にゆく人やどうしようもない不安を抱えている人に対して何ができるのかという話は印象的だった。

8. 文章心得帖(鶴見俊輔)

それっぽい文章、それっぽい意見。社会に出るということは、「それっぽい」言葉をひたすらつむいでいく作業のように思えてならない。
この本は、そういう姿勢を切り捨てる。誰にでもわかる平易な言葉遣いこそ、最大量の情報・イメージを人へ伝える手段である。
図書館で借りた本だけど、一回じっくり読んで2週間後に返すのは惜しい本だと思う。手元に置いて、何の気無しに時々読み返すことが、摂取方法として一番いい気がする。

9. 善の研究(西田幾多郎)

主客同一、純粋経験、など普段触れない言葉が一行ごとに溢れ出してくる。でも通奏低音というか、筆者の基本的な考えがある一定のトーンでずっと流れている気がする。一回読み通しただけでそれを文字に再現できるはずもないが、哲学というものが思ったより手の届くところにあると実感した一冊。
個人的には第4編に収められている宗教に関する記述が最も飲み込みやすかった。

我々は自己の安心のために宗教を求めるのではない、安心は宗教より来る結果にすぎない。宗教的要求は我々の已まんと欲して已む能わざる大なる生命の要求である、厳粛なる意志の要求である。宗教は人間の目的其者であって、決して他の手段とすべき者ではないのである。

10. 木を植えた男を読む(高畑勲)

フランス人作家ジャン・ジオノの『木を植えた男 L'homme qui plantait des arbres』をアニメ映画監督の高畑さんが訳し、その背景を考えた本。
森林再生というテーマ、壮大な上に都会に住む人間にはどうしても遠くなってしまう。と言い訳する人間を尻目に、森は消えていくし、打てる手は減っていく。環境破壊に警鐘を鳴らすというより、それを知ってあなたは何をしますか、という問いを投げかけているのだと思った。

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