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やさしい催眠術

催眠ってなんなの?

催眠とは「相手に思い込みをさせる技術」です。

「思い込み」というのは、皆が思っているよりも大きな力を持っています、人間は思い込みの力だけで「やけどの症状を出す」ことだってあるんです。

ニューヨークのコロンビア大学医学部のハーバート・スピーゲルが実験したことだ。彼はイマジネーションを利用する実験で、米国陸軍のある伍長を被験者にした。彼は、この伍長に催眠術をかけて催眠状態にしたうえで、その額にアイロンで触れる、と宣言した。しかし、実際には、アイロンのかわりに鉛筆の先端で、この伍長の額に触れただけだった。

その瞬間、伍長は、「熱い!」と叫んだ。そして、その額には、みるみるうちに火ぶくれができ、かさぶたができた。数日後にそのかさぶたは取れ、やけどは治った。この実験は、その後四回くり返され、いつもまったく同じ結果が得られた。

「心の潜在力プラシーボ効果」(広瀬弘忠 著)

思い込みの力でここまで出来るのであれば、もう「手が固まる」とか「名前を忘れちゃう」なんて、朝飯前だと思いませんか?

何かできる気がしましたよね?
これが「催眠の原理」です。

思い込みが現実になる

例えば「ボウリングで大事な場面で、いつもガーターを出してしまう」という思い込みがあると、本当にガーターを出てしまう事はよくありますよね。

これは「自己成就予言(じこじょうじゅよげん)」といって、思い込みを信じて行動すると、自ら思い込み通りの結果になるように行動してしまうという現象です。

じゃあ、ポジティブな事ばっかり思い込んで信じていれば、全てが現実になるかというと、それは難しかったりします。
なぜなら、ポジティブな事案のほうが単純に失敗するよりも難易度が高いというのもありますが、単純に「思い込みを心の底から信じきれていない」からです。

思い込むには、それなりの根拠というものが必要なんです。

どうすれば思い込めるの?

たとえば「ボウリングで3回連続でストライクを取る」と、強く思い込んでください。あなたのボウリングのレベルにもよりますが、なかなか信じ切る事ができないですよね。

人が思い込みを信じる根拠としては、次の3つがあります。

・過去の経験
・現在の状況
・未来の予測

■過去の経験
過去の経験からストライクが出る確率と、それが3回連続で起こる確率を計算してみましょう。
現実的な確率でなければ思い込むことはできませんよね?
逆に確率が高ければ、強く思い込めることがでしょう。

■現在の状況
現在の身体や精神のコンディションなどを指します。
心身ともに充実しているならば、思い込める確率は上がるでしょう。

■未来の予測
成功へのプロセスをイメージできているか?
成功するという予感がしているか?
成功に必要な能力の認知を自己効力感といいます。

これらの3つの要素を無意識的に統合判断した結果、「成功するという実感」である「予期(expectancy)」が生まれます。
思い込みに大切なのは、この3つの要素から生まれる「予期」なんです。

予期を上げるには「過去の経験<未来の予測」にしてあげることが大事です。

【予期を上げる方法】
・過去の経験を勘違いで錯覚させる
・過去の経験は無意味であると説得する
・現在の状況を改善する
・成功へのプロセスを明確にする
・できそうな気にさせる(自己効力感を上げる)

みんな役割りを持っている

社会生活において、みんなが「役割り」を持っています。

サラリーマンならばサラリーマンの役割り、学生なら学生の役割り、父親ならば父親の役割り、人間は社会の中で様々な役割りを持ち、無意識的に役割りにふさわしい振る舞いをします。

では催眠術において役割りはなんでしょう?
「催眠術師の役割り」と、「催眠にかかる人の役割り」ですよね。

催眠術師の役割りは、主導権を握って相手を導く役割です。
催眠にかかる人の役割りは、催眠術師の指示に従って催眠に反応する役割りです。

つまり、催眠にかかる相手に「催眠にかかる役割り」にふさわしい態度や振る舞いをしてもらう必要があります。

それには、どのような前準備が必要でしょうか?

催眠の前準備

相手に「催眠にかかる人の役割」を自覚してもらうには前準備が必要です。

前準備でやるべき事は次の3つです。

・不安の除去
・態度の改善
・動機づけ

■不安の除去
催眠術に対して不安を持っていれば、催眠にかかりません。
催眠術は、あなたが思っているよりも危険ではないと説明します。

■態度の改善
もし相手が「催眠に抵抗する役割り」「催眠の秘密を暴く役割り」を持っているのであれば、催眠は絶対にかかりません。
たとえば「イメージ力が高い人ほど催眠にかかるんだよ」など、催眠にかかった方が素晴らしいという空気に持っていきます。

■動機づけ
「催眠にかかる動機」または「役割りを持つ動機」があれば、催眠にかかりやすくなります。
たとえば「〇〇さんは、音楽とかしてるから、きっと想像力が豊かだと思うんだ」とお願いしたら、役割を持ってくれるかもしれません。

僕らは枠組みにとらわれている

コミュニケーションで役割りを認識させるって難しいですよね。
命令的になったり、押し付け気味になったりしてしまいます。
でも、大きな「枠組み」を作り上げることで、役割りは強化されるんです。

僕たちの頭の中には、物事の、見方、捉え方、解釈の仕方、先入観など、考え方のベースとなる枠組み(フレーム)があります。
僕らは自分が思っているよりも、枠組みにとらわれて生きています。

たとえば、ハロウィンみたいな大きなお祭りで、軽トラックをひっくり返したりしちゃいますよね。
そういう人たちだって、日常的に「お、軽トラがある!ひっくり返そうぜ!」ってやっているわけではないと思うんです。
あの場の「ハロウィンというバカ騒ぎの枠組み」があったからこその行動だったと思います。

人は枠組みによって、普段やらないこともやってしまうのです。

催眠術師は「場を作る」という言葉をよく使います。
よくある術師の定石として「かかりやすい人から催眠をかける」という事をやります。
催眠にかかっている人を見ることによって、「催眠という不思議なことが起こるという枠組み」が出来上がっていくのです。
この枠組みの中にいると、自然と「催眠にかかる役割り」が強化されていきます。

このように「社会的な催眠のイメージ」が、催眠を引き起こすための枠組みとなっているのです。
催眠という「虚構」が現象を引き起こし、さらに「虚構」を強固なものにしていきます。

こう考えると、催眠ってすごく面白いと思いませんか?

実をいうと催眠の定義というのは、統一されたものがありません。
催眠術師それぞれが、自分の定義を持っています。

僕自身も枠組みの話はすごく気に入っていて、僕が催眠を定義するとしたら

「催眠という枠組みを提供した上でのコミュニケーション」

であると思っています。

かんたんな催眠術

それでは、かんたんな催眠術をしてみましょう。

1.相手に立ってもらう
リラックスした状態で、相手に立ってもらいます。

2.これから起こる事をほのめかす
相手の横に立って、これから起こる事をほのめかします。
直接的に明示するよりも、暗にほのめかした方が「何か起こりそう…」って感じがしますよね。

いまは普通に立つことができますよね?

これから不思議なことが起こるかもしれませんが、頑張ってくださいね。
(「頑張らなければいけないほどのことが起こる」とほのめかす)

倒れたら危ないので後ろに手を置きますね、安心してくださいね。
(倒れるようなことが起こるとほのめかす)

3.手をかざして前後に動かす
相手の顔のやや上あたりに手をかざします。
そのまま手を凝視させながら、前後に軽く手を動かします。

では、もう片方の手をじーっとみてください。

まるで、この手に動かされるように、だんだんと身体が揺れてきます。
(手を前後に動かす)

じーっと手をみて…
少しづつ手の動きと一緒に身体が揺れてきます。
(手の動きと身体が同調してくる、これを『観念運動』といいます)

フラフラしないで、頑張って立ってくださいね。
(頑張らなければいけないほど、フラフラすることをほのめかす)

どんどん揺れてきます…
そうです、そうです…
(相手の行動を肯定してあげる)

しばらくすると、相手の身体がフラフラとしはじめて、自然に後ろに倒れそうになります。
そのときは、ちゃんと支えてあげてくださいね。

何が起こっているの?

これにはちょっとしたトリックがあります。
相手がやや上を見上げる姿勢を取ると、自然と身体の重心が後ろに傾きますよね、そうするとバランスが不安定になります。

そこで「フラフラしないで」と言われると、反対に「フラフラする」ようなことで頭の中でいっぱいになります。
人間は「〇〇をするな」や「〇〇を考えるな」と禁止されると、逆のことをどうしてもやってしまうのです。

とても不思議なことですが、催眠術師の手の動きをじーっと見ていると、自然に相手の身体も同じように動いてきます。
これは「観念運動」といって、頭の中に思っているイメージが、実際に身体の動きとして表れてしまう現象です。

催眠術師は、身体のトリック、心理的なトリック、思い込みなどを利用して、いろんな事をさせてしまうのです。

まとめ

催眠術は決して難しい技術ではなく、誰にでもできるかんたんなものです。

もし、催眠に興味を持ってもらったら、拙著である「多聞式 催眠導入ルーティン」を読んでもらえると嬉しいです。
初心者でも「握った手が開かなくなる」という現象を起こすことを目的としたルーティンです。
催眠の理論などもまとめており、読み応えがあると思います。

さらに続編の「多聞式 トランス誘導ルーティン」もあります。
こちらは「トランス状態への誘導」を説明していて、トランス状態を引き起こすために必要なことが書いてあります。

当初は、前作の「多聞式 催眠導入ルーティン」に理論の部分を書いたから、今回は書くこと少ないんだろうなぁ~って書きはじめました。
でも途中から書くのが楽しくなってしまって、前作よりボリュームが増えてしまいました。

有料ノートの第三弾です。
僕が実際にやっているルーティンで、初めて催眠にかかる方に向けて成功率が高いカタレプシーの方法を書いています。


参考文献

「実験催眠学における方法論上の諸問題」成瀬悟策

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