スタートアップとジェラシー。

最近話題のメディアsignifiant styleにアップされた『スタートアップは東大生の夢を見るか?』というコラムを読んでハッとしまして。以下、鼎談の中での朝倉さんのコメントです。

資本政策だって本当は自分たちの会社の規模感やステージ、事業内容によって適切な資金量って全然違うわけじゃないですか。けれども、内輪でなんとなくまわりの起業家の調達額やバリュエーションと比べてしまう。本当は数千万円で事足りるはずなのに、周りの起業家を見ていると「あそこは3億円調達しているんやから、自分たちも、もっといかなきゃ」と感じてしまう側面がどうしてもあるんかなと、起業家と話していて感じることがままあります。みんな負けず嫌いですしね。

資金調達額にしてもメディア露出にしても、負けず嫌いだとつい盛りにいってしまうところがあります。僕はそうでした。資金調達は我慢したので、今があるともいえるのですけれども。

次を考えていく中でもいちばん意識するところです。いま想定している調達額は、理屈として正しい値なのか、個人としての希望なのか。着想は後者でも、理屈として合えばいいと思うんですけどね。必要以上に調達して時価総額を上げたり、小さな買収オファーをカッコつけだけで蹴ったりして大変そうな事例は少なからず存在します。ジェラシーも賛否両論。

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一生懸命頑張る人ほど幸せになれるべき、という思いでこのマガジンは書いているのですが、そういうタイプの人は仕事でも、恋愛でも、趣味でも、評価されるためには一生懸命頑張る人たちなんですよね。ライバルに勝つ、同世代よりも少しでも上に行く、めっちゃ頑張ってたはずなのに先を越される。それぞれのタイミングで、激しくアドレナリンが出て、さらに頑張れる。

頑張る人が心折れずに頑張り続けて成果を出して幸せになれる、というのを仕組み化するならば、嫉妬心からのアドレナリン生成を仕組みに組み込む必要がありそうです。


思ったこと、感じたこと、ぜひメッセージで教えてください。続けていくための励みになります。