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籠城

ある日仕事から家へ帰ると、
同棲している彼女の姿が無い。

真っ暗な部屋を見て、
あれ?今日は先に帰ってきているはずなのに?
まあとにかく着替えようと思い寝室に向かう。

玄関からトイレの前を通り過ぎようとした時、
鼻水をすする音がトイレから聞こえた。

あ、やばい。

彼女は何か悲しかったり、悔しい事があるとトイレに立て籠って涙を流す癖がある。

今回は恐らく帰ってきて電気の一つも付けずにトイレへ直行した模様だ。
これはかなりヘビーな問題を持って帰ってきたと思われる。

そして彼女は超一級のかまってちゃんである。
彼女は僕が帰宅したことを確実に把握しているし、把握した上でトイレから出ようとせず、これ見よがしに鼻を鳴らして存在感だけを主張している。

まずは心の態勢を整えようと、立て籠り現場から静かに離れようとした瞬間、
超ド級の警報音が脳内に鳴り響く。

この状況でスルーするのは非常に危険な賭けなのでは?

例えるなら、
めちゃくちゃ貧乏ゆすりしながら椅子に座ってタバコを吸っている不機嫌な小沢仁志の前を素通りするようなものだ。
恐らくその場では何も言われないだろう。
しかし、しばらく経った後、絶っっ対に、
『お前さっき無視したよな?』
と因縁をつけられるパターンである。
難を逃れたと安心した矢先に攻められるからよりタチが悪い。



彼女の今の状況は不機嫌な小沢仁志そのものだ。
ならばこの場で相手をした方が良いと考えを改めた。

コンコン‥‥おーい帰ったよー。と僕
…………。無視かよ
どうしたー?なんかあったー?
…………別に。
…なるほど。

べ・つ・に。

2代目エリカ嬢、爆誕の瞬間である。
別にじゃねーよ別にじゃ。
おれは中山のヒデちゃんじゃねーんだよ。
この状況で別に、な訳あるかい。
あとおれも…なるほど。じゃねーよ。
何も納得してねーのに…なるほど。じゃねーよ。

お腹すいてない?ご飯食べよー。
…………いらない。
えー明日休みだしピザでも頼んじゃおーよ。
…………ちっ、うっせえなぁ。

舌打ちこきやがったよ、この女。
国母和弘かよ、この女は。
おれは誰と付き合ってんだ。
おれは小沢仁志の後輩でもねーし、
沢尻の元夫 ハイパーメディアクリエイターでも、
国母を付け回すマスコミでもねー。
もちろん中山のヒデちゃんでもねー。

今夜は長丁場になることを察し、
寝室に着替えに向かう。
リビングでテレビを見ながら彼女が動き出すのを静かに待つことにした。

お昼を13時に食べて、現在21時半。
めちゃくちゃ腹が減った。
しかし、ここで一人で夕飯を済ませようものなら確実にこの篭城事件は明日にまで持ち越す羽目になる。それが平気で出来る彼女なのだ。
貴重な休日にそれだけは避けたい。

そういえば、なぜ彼女が立て籠っているのか今日は分かっていない。


たしか前回は、3週間前。
一緒にコンビニへ行く時に化粧をしていくという彼女に対して僕が、別にスッピンでいいよ、さっさと行こうよ。と投げやりな言葉を発して2時間立て籠られた。
コンビニでタバコと昼食を買いに行くだけの10分で終わる用事が、その一言で2時間10分も掛かる用事になるとは夢にも思わなかった。

仕事から帰ってトイレに直行したので、恐らく今回は仕事に原因があると推測出来るが、、、
そこまで考えたところで、
気持ち悪い、粘りつく汗が全身から流れ出る。

本当に原因は、仕事か……?
状況証拠としては仕事で間違いないはずだが、
本当にそれだけで断定していいのか?
俺は今、テレビなんか見てて良い状況なのか?
自分では気付いていない間に、どんどん悪い方向に事が進んでるんじゃないのか?

急いで今朝の彼女との会話を思い出しながら、
仕事中にしていたLINEのやり取りを見返す。

今朝は不穏な空気は出てなかったはずだ。
LINEもいつも通り、今休憩だよーもうすぐ帰るよーというたわいも無いやり取りしか無い。
大丈夫、大丈夫だよな、、
原因は、おれじゃないよな、、


自らを生殺し状態にしてしまった。
頼む、早く出てきてくれ。
いっそ早く殺してくれ。

家に帰ってきて1時間くらい経った頃、
ガチャっとトイレの扉が開く音がしたと同時に
みずぅーーーー!!!
という怒号が家中に響き渡る。

えっ??!みずぅ?水??

急いで水を用意し、トイレへ向かうとそこには便器にもたれる全裸の彼女がいた。

えぇっ?!!なんで全裸???

どうやら彼女は酒を飲んでいたらしい。

ちなみに彼女は下戸だ。
下戸なのに、ドラマのOL役の主人公が公園で一人酒を飲んでる黄昏るシーンに憧れてたまに酒を飲んで帰ってくる。

下戸なので酒の度数もよく分かってない彼女は、不運にも今日はストロング系を飲んだらしい。

結果家のトイレで吐き散らし、
暑いという理由で全裸になっていた。

正直そのドラマは古臭いし、
憧れ方も的が外れている。

こっちとしては良い迷惑でしかないのだが、
今はただ自分が原因で立て籠ったのではなかった安堵に身を任せたい。
本当は身を任せてる場合じゃないのは百も承知だが、腹も減ってるし、身を任せるのが一番だ。

その後、ピザを食べながら思った。

あ、僕の彼女は、草彅剛だったか。