見出し画像

とある東京のコピーライターの日常 #006

とある企業から「新卒採用のコンセプトとコピーを2週間でつくってほしい」とのご依頼が届き、結果としてお断りさせていただいた実話をフィクションかつシンプルに組みかえて、今後のために書いておく。

毎年、いろいろな外部のコピーライターに頼んでは採用コピーを変えてきたのだけれど、どれもしっくりこなくて困っている。どうせなら、ずっと長く使えるようなコピーがほしい。

そんなお話だったので、まず最初に「採用で解決したい課題はなにか」と聞いてみる。すると、「国公立大学クラスの優秀な学生がもっと欲しい」との答えが返ってきた。

この内容に対する賛否はさておき、それは「課題」ではなく「お題」である。「課題」と「お題」は文字通り、ちょっとちがう。いや、かなり。「課題」は解決すべきものであり、「お題」は課題を解決したことで達成されるものだと思う。

この課題設定の段階から道に迷っているお客さんは意外に多い。だからこそ、わたしみたいなタイプのコピーライターが生きていけるわけで、とてもありがたいことではあるのだけれど、この部分をすっ飛ばせるとしたらそれはそれでお互いにとって良いことだと思うので、ひきつづき書く。

さて、今回ご依頼いただいたコンセプトは、まさに「課題」を解決する方向性を言語化するものなので、「お題」を「課題」と取りちがえてしまえば、プロジェクトが最初から最後まで見当ちがいに進み、しっくりこないコピーが生まれることになってしまう。

たとえば、ここで唐突に『北風と太陽』の話。「旅人の上着を脱がせることができるか」は「お題」である。それを解決すべき「課題」と勘違いしてしまえば、北風よろしく力にまかせて上着を吹き飛ばそうとして失敗することになる。

こんなときは「お題」に対して「そもそも、どうして」と問いかけてみるのがいい。「そもそも、どうして旅人は上着を脱がないのか」といったように。すると、「寒いから上着を脱がない」という単純な答えが返ってくる。ただ、この「寒い」こそが「課題」なのである。つまり、解決するには「暑く」すればいい。太陽は燦燦と照りつけて成功することになる。

うまくたとえられたかはわからないけれど、ひとまず「めでたしめでたし」と先ほどの話に戻り、「優秀な学生がもっと欲しい」とのお題に対して「そもそも、どうして優秀な学生が集まらないのか」と問いかけてみる。すると、今回のケースでは「会社の魅力がちゃんと伝わっていない」という単純な答えが返ってきた。

ただ、これでは、まだまだ具体的に解決すべきものが見えてこない。そんなときは「そもそも、どうして会社の魅力がちゃんと伝わっていないのか」とさらに問いかけてみればいい。

そうして、浮きぼりになってきたのが「企業自体のコンセプト(いわゆる企業理念)が創業当時に掲げたままのもので、会社の現状の価値観に即していない」という課題だ。そこで「企業理念からつくりなおそう。企業の価値観までを鋭く見つめる学生たちに会社の魅力を伝え、"会社の考えかたに深く共鳴してくれるという意味での優秀な学生たち" と出会うために」という解決策が見えてきた。

となれば、経営陣に対するヒアリングからはじめることになるわけで、さすがに2週間では難しく、残念ながらお断りさせていただくことにした。「なんとか採用コピーだけを書いてくれないだろうか」とおっしゃってくれたのだけれど、「きっと、そのスタンスを思いきって変えない限り、またしっくりこないコピーが生まれ、来年もコピーを変えることになってしまうだろうから」と率直にお伝えし、ご理解いただいた。

それにしても「採用」ってなんなのだろうか。人材を「採」りあげて「用」いる。そんな上から目線の字面からして違和感がある。むしろ、企業コンセプトをともに実現したいと共鳴してくれる人に「見つけていただく」ことではないだろうか。いろいろな考えかたがあるとは思うのだけれど。

つまり、会社としてどのような課題を解決していくか。その価値観を真摯に伝えていくことが大切になるはずだ。だとすれば、その価値観を言語化した企業コンセプトがなければ始まらない。いや、言いすぎた。始まりはするのだろうけれど、それこそ優秀な学生たちからの共感は得にくいと思う。だからこそ、採用をするならば、そのベースとなる企業コンセプトから見つめなおすことも、ひとつの方法として考えていただけたら嬉しい。

「またの機会にぜひ」とご一緒できないことを詫びながらの去り際に「そういえば、そもそも、どうして採用するんですか」と聞いてみたとき。採用担当者の方が答えに詰まってしまった姿を思いうかべては、そんなことを生意気にも考えている。

<追記:2019年5月13日 >
念のために書いておくと、企業理念が会社の現状の価値観に即していない場合で、企業理念自体を変えることや経営陣へのヒアリングが現実的に難しいときに、採用コピーだけを書かせていただくケースもあります。むしろ、企業の最前線に立つ「採用コピー」や「サービスコピー」発信で、企業の言葉まわりを変えていくこともできると思うからです。

ただし、その際にも企業としての現状の課題感や考えかたまで立ちかえりながら言葉をつくるようにしています。そのため、今回のような「とりあえず採用コピーだけを書いてくれたらいいから」とのスタンスでのご依頼はお断りさせていただくこともある次第です。


▼ ご質問などはこちらまでお気軽にどうぞ。

Mail: tanabe101@tadanobou.com
Twitter: @tanabe101
Facebook: tanabe101
Chatwork: bou-tanabe101
Web: http://tadanobou.com/

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

53

田辺ひゃくいち

コピーライター。言葉で課題を解決する「一(ぼう)」代表。慶應大学環境情報学部卒業後、アダルト会社や某中国法人支社長など10年で10職以上を流転したのち、第52回宣伝会議賞グランプリを受賞。もうすこし生きてみることに。現在は企業の「言葉顧問」も務める。足立区生まれ足立区育ち。偽名。

とある東京のコピーライターの日常

とある東京のコピーライターのなんでもない日常です。
1つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。