アントレプレナーが新規事業で留意すべき3つの事項

ビジネススクールの課題で考えた表題の件について記載する。

はじめに

 アントレプレナーが新規事業で成功するためには、「ビジョン」、「自己・組織の効力感」、「持続可能な競争戦略」の3つの事項を留意すべきであると主張する(図1 参照)。また、取り上げた3事項のそれぞれに対して、「必要な理由」と「実現方法」を述べる

アントレ1

アントレ2

アントレ3

ビジョン

必要な理由

 企業が事業を行う上でビジョン・理念をたて明確にすることが重要である。企業活動を行う上で必要な要素は、事業戦略、営業力・開発力など多岐にわたるが、ビジョンはそれらの頂点に位置づけらるものである(図2 参照)。ビジョンを元にして、どのような戦略を練るべきか、どのような開発力をつけるべきかと、どのような人材が必要か、といったように各要素の項目を考えていく必要がある。
 アントレプレナーにとって、初期メンバとの強いつながりは企業の強さに直結する。では、メンバをつなげるものは何であろうか。その企業の提供するお金、待遇、環境など多様なものが考えられるが、新規ベンチャー企業では、何よりもビジョンがメンバのつながりを強める(図3 参照)。お金によるつながりだけでは、困難に直面したときに瓦解してしまう。新規事業では、数々の困難を乗り越えることが求められるため、ビジョンによって強くつながったメンバであることが重要である。
 アントレプレナーが新規事業を起こすためには、企業内のメンバだけでなく、ときには社外の助けも必要になる。特に現代では、事業の細分化やグローバル化が進んでおり、自社ですべてを行うことは難しい。企業パートナー、ベンチャーキャピタル、国・地方自治体など、外部との連携は事業の成功に不可欠である。自社が何をやろうとしていて、それが社会のどんな役に立つのか、高いビジョンを明確に立てることで、世の中を巻き込み、外部のパートナーやサポートを得られるようになる。

実現方法

 世の中を巻き込める高いビジョンを考案する方法を2つ述べる。1つは、社会課題の分析から事業を考え出す方法だ。取り組みたい社会課題が明確であれば、自ずとビジョンが導かれる。その中で、取り組みたい社会課題が根深く、大きな問題であればあるほど、ビジョンも高い目標になる。社会課題を考えるフレームワークとしては、PESTEL分析のフレームワークが存在する。Politics(政治的要因)、Economy(経済的要因)、Society(社会的要因)、Technology(技術的要因)、Enviromental(環境的要因)、Legal(法律的要因)の6つの観点から社会課題を洗い出し、そこから取り組みたい事業・ビジョンを考えることができる。闇雲に課題を考えるのではなく、PESTEL分析というフレームワークを用いることで、抜けもれなく検討できる。
 2つ目は、実体験を元にビジョンを考える方法だ。自分の取り組みたい課題が何であるのか、何を解決したいのかは、机上の分析や議論だけで思いつくものではない。自分で体験した課題や問題から、解決したいと思い至ったものは、強いビジョンになる。そのため、アントレプレナーは様々な活動を元に、多様な体験をしておくべきだ。もちろん、状況によっては新規事業をすぐに考える必要があり、悠長に課題を思いついた時で良いと、言っていられない時もある。そのような場合は、実際に取り組もうと考えている類似事業の分野に関して、店舗や工場を自分の足で回る、そこで働いている人や、それらを使用している顧客の声を聞く、関連する講演会に参加する、といったことを行うことで、効率的に必要な実体験を得られる。実体験を元にしたビジョンを考えることで、明確で力強いビジョンになる。
 理想としては、上記の2つの方法を組み合わせることだ。実体験からボトムアップ式に得られた課題と、PEST分析でトップダウン式に得られた社会課題を重ね合わせ、具体的にイメージもできて、スケールも大きいものにビジョンを策定するべきである。

自己・組織の効力感

必要な理由

 新規事業では必ず様々な困難・抵抗が立ちはだかる。もし、破壊的イノベーションを起こすような新規事業の場合は、既存分野からの抵抗がある。もちろん、破壊的イノベーションを伴わない場合でも、困難はある。新しい事業では、前例がないのは製品や技術だけでなく、バックオフィス関連やパートナー作りも会社として初めてやることになる。外部要因での課題が立ちふさがることもある。そのような中、試行錯誤を繰り返しながら前に勧めていく粘り強い力が必要である。原動力になるのは、どんな困難も乗り越えらるのだという信念、自己効力感である。アントレプレナーが折れない心を持たない限り、成功までたどり着くことはできない。
 企業は集団の集まりである。チームで新規事業に取り組み、チームで様々な困難を乗り越えていく。各個人の自己効力感も、もちろん重要であるが、組織としての効力感がより重要であると考える。個人の自己効力感とチームの組織効力感の概念について、図4に示す。このメンバならできる、このメンバなら乗り越えられるというマインドセットを共有し、皆がそう思える状態を作り出すことが大切だ。

アントレ4

アントレ表

実現方法

 自己効力感を高める項目は、表1に示す5つの方法があると言われている(参考文献1, 2)。その中でも、組織効力感を高めることができるのは、「達成経験」と「言語的説得」、「創造的体験」であると考える。まず、組織として「達成経験」を積む方法を述べる。最も確実なのは、過去に成功体験を一緒に得たことがあるチームメンバで、新規事業に取り組むことである。例えば、ある企業で事業を一緒にやっていたチームメンバとスピンアウトして新規事業を起こすような場合は、過去の成功体験を共有しているので、組織効力感が高くなる。しかし、常に旧来の仲間と事業を開始できるとは限らない。そのような場合は新しいメンバで成功体験を積み上げ、効力感を高めていく必要がある。例えば、ビジネスコンテストに参加したり、ベンチャーキャピタルに資金提供の説得を行ったりを、特定の役割の個人だけで行うのではなく、チームとして取り組むことで、組織効力感を高めることができる。初期の活動では、効率化を求め専門の分業をしすぎることは控え、チームとして取り組んでいる意識の醸成を図るべきである。
 次に、「言語的説得」と「創造的体験」から組織効力感を高める方法を述べる。大きな役割を担うのは、会社のCEO(創業者)だ。会社のCEOは、メンバを定期的に鼓舞し、成功をイメージさせるべきである。組織効力感を上手く高めている例として、スラムダンクという漫画の湘北高校のチームを取り上げる。湘北高校のバスケットボール部の彼らは、まだ実績(成功体験)が少ない中、「俺たちは強い!」と試合中に声がけを行うことで組織効力感を高めている。時には力強く、時には理論的に、CEOはチームメンバを鼓舞し、成功を想像させる役割を担うべきである。

持続可能な競争戦略

必要な理由

 ビジョンが明確で、仲間に恵まれていたとしても、新規事業が成功するとは限らない。最後に必要な重要ピースとして、事業の戦略がある。通常、良い事業・儲かる事業であれば、必ず他社も参入してくると考えるべきである。図6に、ベンチャー企業と大企業における環境の違いと戦略の関係を示す。参入してくるかもしれない大企業は「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」「信頼」のすべてにおいて有利なことが多い。大企業は、規模の経済・範囲の経済を武器に後発であっても参入してくる。アントレプレナーは、事業の差別化要因や強みを活かした戦略によって、その参入に対抗する必要がある。参入障壁となる差別化要因や強みとしては、例えば先行優位によって顧客との強いつながりを持ったり、技術的優位性をもつことなどがありある。
 また、強みや差別化を考えるだけでなく、競争しない戦略を立案できれば、最も事業として安定する。特に、昨今は技術の多様化や消費者ニーズの多様性を背景に、社会課題も複雑化している。これまでのように、特定の業界や商品、サービスを求めるのではなく、新たな価値市場を作りやすい環境でもある。ブルーオーシャン領域で、他社が参入したくてもできない、他社が模倣できない事業を創り上げることで、持続可能な事業になる。

アントレ5

アントレ6

実現方法

 アントレプレナーが新規事業を考える時には、課題を見つけ、ビジョン(What)を定める。その後に、戦略(How)はいくつも考えるべきである。多くのアントレプレナーは、ビジョンが定まると、目の前に見えているありがちな戦略を取ってしまいがちである。図6に、ビジョン・戦略とアントレプレナーの関係の概念図を示す。取り得る戦略は1つとは限らない。ビジョンから戦略に落とし込む時には、一息置き、ある程度時間をかけて、多くの戦略を洗い出してみるべきである。戦略フレームワークを活用することで、隠れている優れた戦略が見つかり、最適な戦略を選定できる可能性がある。
 戦略を考えるには、様々なフレームワークが存在する。5フォース分析、3C分析、VRIO分析、ビジネスモデルキャンバスなど有名なフレームワークだけでも複数存在する。その中でも、新規事業で競争しない戦略を立案するには、ブルーオーシャン戦略のフレームワークが有益である。ブルーオーシャン戦略のフレームワークでは、既存の常識や事業に対して「取り除くべき要素」「減らすべき要素」「増やすべき要素」「付け加えるべき要素」を分析し、その結果を元に事業を立案する。取り組みたい分野や社会課題に関連する既存事業の分析から立案が可能であり、ゼロから事業戦略を考えるよりも発想しやすい。

まとめ

 アントレプレナーが新規事業で成功するためには、「ビジョン」、「自己・組織の効力感」、「持続可能な競争戦略」の3事項が必要だと主張した。これらを満たすことで、確度高く新規事業で成功できると考える。

参考文献

1. Albert, Bandura (1977), 「Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change」, 『Psychological Review』, 191-215, American Psychological Association.
2. Maddux, J.E. (2009), 「Self-Efficacy: The Power of Believing You Can」, 『Oxford Handbook of Positive Psychology』, 335-343, Oxford University Press.

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