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無題 テーマ:旅行達人のノウハウ (ザ・ホテル 1987.3)

 わたしとドイツ人の相棒が一週間滞在したラザの宿では、シャワーが使えるのは夕方四時から七時までだった。うす暗い小屋で、霧雨のように少ししか出ないぬるま湯のシャワーを、鳥肌を立てながら浴びたあと、テラスで日光浴をした。

 中国のチベットの中心である、ラマ教の聖地として古くから栄えた街、ラサは、標高三千六百mのところにある。高い分だけ太陽に近いからだろうか、空気は冷たいのに、九月中旬の陽ざしは、夕方になっても、まぶしく、あつい。シャワーのあと、髪を乾かし、冷えた体を温めるのに、日光浴は、もってこいだった。

 ラサには、近代的設備のラサホテルが街はずれにあるほか、貧乏旅行の外国人向けの安宿が三軒、街なかにあった。わたしたちが泊まったのは、もちろん、後者のうちのひとつで、窓の上のひさしに花模様が描かれたチベット様式の、白塗りの三階まである建物だった。標高が高く空気が薄いので、三階にある、木のベッドが二つに小さな机でいっぱいになる狭い部屋まで、急な階段を登っていっただけで、頭がクラクラした。一、二階より部屋数が少ない三階には、洗濯物の干し場でもある広いテラスがあり、何人かの泊まり客が、いつも寝そべって本を読んでいた。テラスからは、うっすらと雪をかぶった、五千m級の山々が、すぐ間近に見えた。

 ラサが外国人観光客に開放されてから、まだ六年しかたっていない。でも、すでに高級ホテルだけでなく、バンコクにあるような、英語で書かれたinfoが貼りめぐらされた、外国人向けの安宿ができていたことは、驚きだった。二年前にチベットとネパールの国境が開かれたこともあって、世界中からラサに押し寄せるバックパッカーたちの数は、増える一方だそうだ。

 中国をフリーで旅したら、宿探しに苦労するだろうと心配していた。外国人は、大部分の都市には一軒しかない、外国人専用のホテルに泊まらなくてはならず、部屋がいっぱいで、ロビーのソファに寝ることも珍しくないと、聞いていた。

 ところが、去年の九月に、香港から広州に汽車で入り、桂林、成都、ラサ、敦煌、北京、上海と、四十五日かけてまわったあいだ、宿探しに苦労したのは、北京だけだった。フリーの旅行者が増えたここ数年で、中国のホテル事情は、ずいぶんと良くなったようだ。

 ラサで泊まった宿は、一人一泊、十元。日本円で約四百円。日本は、四百円で泊めてくれるところはどこにもない。しかし、市内バスにちょっと乗ったら二円という、中国の金銭感覚で旅行していたわたしたちには、まあまあの金額だった。ラサホテルは、もちろんもっと高く、いちばん安い三人部屋が一人三十元するが、いくらでもお湯が出るバスルームがついていると聞いて、相棒に、そっちに移ろうよといったことがあった。ところが、彼は、そんな気はないと、つれない返事。

 わたしがブスッとしていると、彼はいった。ホテルより、この安宿にいるほうが、ずっと楽しい。ホテルにいるのは団体客ばかりだが、ここでは、いろいろなところを旅してきた人たちと出会える。家に帰れば快適なベッドがあるのだから、旅先で部屋代に余計なお金を使う必要はない。それより、少しでも安く、長く旅行して、たくさんの場所を見たほうがいい。様々な景色は、旅先でしか見られないのだから。

 確かに彼のいうとおりではあるが、住宅事情が良く、長い休暇がとれるドイツ人は、いうことが違うなあと思った。でも、新婚旅行は絶対に高級ホテルだよと、わたしはいっている。二人で、さんざん、アフリカ、ギリシア、中国などを旅しておきながら、こんなことをいうのは、ちょっとずうずうしいかしら。



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