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さりげなく酔えるロマンチック横浜、港町酒場探検記 (サントリーシスターズクォータリー 1989)

 ヨコハマって、港、公園、しゃれたレストランと、アベックの好きなものがあり、デートに最適っていうイメージ。

 しかし、自分自身について考えてみると、ヨコハマでデートしたことは何度もあるが、ちゃんとロマンチックな経験って、全然ないなあ−−−。

 まだ明るいうちに、港の見える丘公園、山下公園などを、ハイキング気分で、せっせと散歩。中華街でお粥を食べて、そこいらの喫茶店でお茶を飲んで、東京へ帰宅。そんなパターンが多かった。中華街の雰囲気、わたしは好きだけど、決して、しんみりアベック向きじゃないね。

 あと、わたしがヨコハマで訪ねるところは、山下公園近くにある県庁と、大桟橋。

 県庁の屋上からは、横浜港のすみずみまで見下ろせ、海と反対には、太陽が沈むのも見える。県庁の中には、お手頃値段の食堂、喫茶室がある。

 大桟橋には、外国航路の船が停泊する。ここで、六年ぐらい前、現在の夫のデイルクと初めて会った。

 わたしは、ソ連のナホトカ行きの船に乗るところだった。ナホトカからシベリア鉄道でヨーロッパまで行った旅の出発点がヨコハマ。ドイツ人のデイルクは、友だちと二人で東南アジアを旅し、やはりシベリア鉄道でドイツにもどるところだった。

 身長一八九センチ、ブロンドの彼は、目立った。しかし、彼は、船に乗る前にわたしを見た記憶は、まったくないそうだ。だから、大桟橋は二人の出会いの場というより、わたしが彼を初めて見た場であるが、二人で横浜に行くと、やはり、必ず散歩コースに入る。ふだんの大桟橋は、船の姿も人影もなく、ガランとしている。

 そこで、今回のヨコハマ探訪は、今までわたしが素通りしてきたような、港町ヨコハマらしい、落ち着いた雰囲気の店を訪ねることにした。

 まず、最初に行ったのは、「ザ・ホテル ヨコハマ」の十三階のバー、『赤い靴』。午後四時。開店前の準備で忙しい『赤い靴』に、「サントリーの取材であるぞ」と、押しかけた。

 カウンターでは、バーテンさんが、理科の実験用のメスシリンダーの親分のようなガラスの容器で、何やら液体を調合している。このバーのオリジナルカクテル「赤い靴」には、ラム、グレナデンシロップ、レモンジュースなど、八種類のお酒やジュースが入っている。注文のたびにいちいち混ぜていたら、時間がかかるので、準備をしておくのだそうだ。

 それでは「赤い靴」をわたしも味見。小さなブーツ形のグラスに入っていて、見た目はかわいらしい。味はどうかな……。うん、ちょっと甘くて、フルーティー。でも、けっこうアルコールはきつそう。五杯も飲んだら、目がまわりそう。

 しかし、やはり、「赤い靴」をガバガバと、五杯も飲む人はいないそうだ。みんな、ゆっくりと、ムードを楽しみながらせいぜい一杯か二杯ぐらいのもの。

 このバーは窓が小さく、落ち着いた雰囲気。小さな窓の向こうには、霧にかすんだ港の景色。霧笛は聞こえないが、何だか聞こえるような気分になってくる。

 そうか、わたしが中華街でお粥を食べている間に、ほかの人たちはこんなところでデートをしていたのか。ホテルの最上階のバー。下心があっても、さりげなく酔える。うーん、私は二年前、三一歳で結婚したが、ちょっと早まったかな。こういうところで、もっと楽しんでからにすればよかった。

 仕方がない。今度ダンナと来ましょう。でも、ドイツ人のあいつは、お酒ならうちで飲めばいい、バーなんかに入ったらもったいないとか、いうんじゃないかな。


(後半へづづく)


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