三毛猫ミーのクリスマス 最終第25話 今年のクリスマスも疲れたぜ!帰るぞ!終わりじゃ!


https://note.com/tanaka4040/n/nae937523d5b3から続く

「あの世《よ》から来たということは、もう既《すで》に、亡《な》くなっているということですか?」
 いつの間にか、もの知《ものし》り猫のリューがいる。
「そう。死んだあと、天《てん》に召され、天国《てんごく》で暮らしているんだ」
「天、すなわち、神様《かみさま》に召され、天国、すなわち、神の国で暮らしているということですか?」
「ああ。そこに、虹《にじ》の橋《はし》という、七色《なないろ》の橋がある。私たち猫は、その橋にいるんだ」

「虹の橋で、どういう風に暮らしているのですか?」
「神々《かみがみ》のお手伝いをしながら暮らしている。忙しいけど、楽しいよ」
「忙しい?」
「ああ。世界中で、毎日、何《なに》かしらの祭《まつり》り事《ごと》、祝《いわ》い事、願《ねが》い事があるからね」
「なるほど。そうですね。日本だけでも、全国各地かくちそれぞれの神を祭《まつ》る祭事《さいじ》がありますからね」
 もの知り猫リューは得意げに続けた。

「全国共通きょうつうなのは、織姫《おりひめ》と彦星《ひこぼし》が会《あ》う七夕《たなばた》の星祭《ほしまつり》」
 さらには唄うように、
「夏祭《なつまつ》りの灯《とう》ろう流《なが》し。お正月の初詣《はつもうで》は神社仏閣《じんじゃぶっかく》へ詣《もうで》ますから、神事《しんじ》ですね」
 しまいには自分の知識に酔いつつ、
「インドやネパールのホーリー祭《さい》や、キリスト教の復活祭《ふっかつさい》も神事ですね。フランスでは、酒神《しゅしん》バッカスに捧《ささ》げるブドウの収穫祭《しゅうかくさい》。スペインの三大祭《さんだいまつ》りといえば、バレンシアの火《ひ》祭り、セビリアの春《はる》祭り、パンプローナの牛追《うしお》い祭。それに、ブニョールのトマト投《なげ》げ祭り。タイの旧正月《きゅうしょうがつ》を祝《いわ》う水《みず》かけ祭り。ハロウィーンも元々は民族行事《みんぞくぎょうじ》ですからね。他には……」
 ショーが「もういいから」と苦笑《にがわら》いしながら肉球《にくきゅう》で制《せい》し、
「そうした中、クリスマスの日は、サンタクロースを手伝うんだけど、サンタは、イヴとクリスマスの二日間で、世界各国かっこく二十億人の子供たちにプレゼントを渡さなければならないんだ」

「一日あたり十億人ということは、もし仮に、二万人のサンタがいたとすると、一人当たり、一日で十万人もの子供たちへ配《くば》ばらなければ、とてものこと、配り終えませんね」
「そういう計算になるね」
「でも、一時間に四千人ちょっとの子供たちへ配るなんて、不可能ですよ」
「普通に考えれば、そうだね」
「仮に、一億人のサンタがいれば、可能かも知れませんが、移動時間まで含めると、まずもって不可能です」
「大丈夫。サンタには実体《じったい》が無いから」
「実体が無いいいい?」
「だから、世界各国の子供たちに一斉にプレゼントを渡せる」
「二日で二十億人の前に現れることができる……」
「一日で十億人でもいいんだろうけど、イブって前夜祭があるから」
「あんさん、そらぁ」
と、いつの間にか、ぼやき猫のモンクーがいた。

「幽霊《ゆうれい》っちゅう意味かいな?」
「そう。心霊《しんれい》とも亡霊《ぼうれい》とも言われる。お化《ば》け、化け物、ゴースト、物の怪《け》、化《ば》け猫とも言われる」
「ひえー」
「だから、私たちの姿は、人間に見えないんだよ」
 道理で、あたしの姿が、人間には見えないわけだ。
 そういえば、おととい、この島へ降《お》り立った時も、あたしを見た女子たちが、
「もしかして、お化け?」

とか、
「出たあ!」
と騒《さわ》いでいたっけ。あれは、あたしのことだったのか。
 もの知り猫のリューが、人差し指を立てて説明した。
「千七百年前に実在《じつざい》した聖《セント》ニコラウスという司教《しきょう》が、サンタクロースのモデルと伝えられています」
「その、聖ニコラウスが亡くなって、サンタクロースになったんだよ」
とショーが補足《ほそく》した。
「ほなら、サンタクロースは、聖ニコラウスの幽霊《ゆうれい》ちゅうわけやな」
「そうだよ。そのサンタクロースが、人間の子供たちへ、プレゼントを配るのに手一杯だから、猫には猫のサンタクロースを遣《つか》わしたという訳《わけ》なんだ」

「三毛猫ミーはんも、それで一緒に来たんやな?」
「一緒じゃないよ。三毛猫ミーが先」
「なんでや?なんで一緒やないねん?」
「サンタクロースが言ってた。おてんばな三毛猫ミーは、何か事件を見つけては首を突っ込み、プレゼントを配る使命なんか忘れるだろうから、お前がサポートしてやれって」
 お見通《みとお》しだったってワケね。それにしても、どうしてサンタクロースは、ショーを選んだのだろう?お目付《めつ》け役《やく》なら、他にも猫がいるのに。
 そのショーが、
「もうすぐ十二時になる。サンタクロースが迎えに来る時間だ。さあ、草原でサンタを待とう」
と言って歩き出した。あたしも続いて歩く。そのあとを、黒猫クーも、もの知りリューも、ぼやき猫モンクーも付いてくる。

 いつしか小雨《こさめ》は、雪《ゆき》になっていた。暖《あたた》かい猫ヶ島《ねこがしま》に雪が降《ふ》るのは、とても珍しい。戦いが終わって、静寂《せいじゃく》を取り戻した草原に、雪が降《ふ》り積《つ》もる。

 草原が、薄《うっす》ら白くなり始めた頃、二十四時を告《つ》げる鐘《かね》が鳴り始めた。もうすぐサンタがやってくる。あたしが、
「みんな、元気でね」
と、別《わか》れを告げると、ぼやき猫のモンクーが、
「また来てや」
と、寂《さび》しそうに、消え入りそうな声で言った。
「ミーはんから貰《もろ》うた“足《た》る心”な。大事にするさかい」
「うん」
 鐘の音が五回、六回、鳴った。
 もの知りリューも、別れを惜《お》しむように目を潤《うる》ませ、
「天国《てんごく》にある、虹《にじ》の橋で暮らしているんでしたよね?」

「そうだよ。あたしたちは、いつも、虹の橋にいる」
「いつか僕も、虹の橋に行くでしょう」
「間違《まちが》いなく、ね」
「そこで会《あ》えますよね?」
「もちろんさ。待ってる」
 鐘の音が七つ、八つと鳴った。

 黒猫クーが、鼻声で、
「また会えるよね?」
と言った。黒毛の上に雪が落ちた。深緑《ふかみどり》色の瞳《ひとみ》が、涙で滲《にじ》んだように見えた。

「大丈夫。きっと会える」
「きっと?きっとだよ?」
「約束する。あたし、約束は守るよ」
 鐘の音が九つ、十と鳴った。
「さあ、もう行こう」
とショーが促《うなが》すと、ひときわ大きく鐘の音が十一、十二と鳴った。
「零時だ」
 しかし、サンタクロースは現れない。日付は二十六日になった。
「あれ?」
 ショーは、不思議そうに、夜空を見つめて首をかしげた。
「どうしたんだろう?」

「もしかして、このまま猫ヶ島に?」
 黒猫クーが言った。
「それもいいんじゃない?」
「帰れないってこと?」
「もう二十六日だよ?」
「サンタさん、どうしちゃったんだろう」
と、猫たちが口々に騒いでいると、夜の空一面《そらいちめん》が、金色《こんじき》に染《そ》まった。
 金色に彩《いろど》られた夜空《よぞら》から、赤鼻《あかはな》のトナカイがソリを引いて現れた。ソリを引くトナカイのルドルフも、千七百年前に亡くなったトナカイらしい。
 赤いソリは、上空《じょうくう》を大きく旋回《せんかい》しつつ、ゆっくりと下降《かこう》し、やおら羽毛《うもう》のような静《しず》けさでフワリと着地《ちゃくち》した。

 ソリに乗っているサンタクロースが、
「いやあ、悪い、悪い。遅刻《ちこく》しちゃったよ」
とソリから降りてきた。
 早くも一杯ひっかけたように顔が赤い。それを見咎《みとが》めたショーが、
「もしかして、もう飲んでる?」
「あれ?バレちゃった?」
「もう、クリスマスは終わったよ?」
「バーカ。だから飲むんじゃよ。今年の仕事は、昨日で終わりじゃ」

とサンタは機嫌《きげん》よさそうに、
「ほれ、帰るぞ」
とソリへ乗り込んだ。
「今年のクリスマスも疲《つか》れたぜ。とっとと帰って、飲み直しじゃ」
と、出身地《しゅっしんち》のトルコ酒《しゅ》・ラクを取り出して、グビグビ飲み始めた。自動操縦《じどうそうじゅう》よろしく、トナカイのルドルフがソリを引くので、飲んでも宜《よろ》しいという解釈《かいしゃく》らしい。

「ほれほれ。ミーとショーも、さっさと、乗った乗った。うぃ」
 釈然《しゃくぜん》としない気分で、あたしたちがソリへ乗り込むと、ソリはフワリと浮《う》かび上がった。あたしは急《いそ》いでソリの中から、
「みんなー、さよーならー」
と手を振《ふ》ると、みんなも、
「さよーならー」
と手を振っている。
「また来てねーっ!」
「また会おうねーっ!」
 みんなと過ごした昨日と今日が、幻となって消え入りそうな寂しさに襲《おそ》われ、涙があふれた。

 ソリの中で独《ひと》り泣いているあたしへ、ショーが優《やさ》しく語《かた》りかけた。
「独りじゃないんだ。もう泣かないで」
 あたしが泣きべそ顔を上げると、ショーは、
「私のことに、まだ気づかないのかな?」
と微笑《ほほえ》みながら訊《たず》ねた。あたしが首を振ると、ショーは高らかに笑って、
「ずいぶんと冷たいねえ」
と、わざと怒った顔つきで、
「私は、君の夫だったアメリカンショートヘアのショーだよ」

「え!」
「サンタは、それを知っていたから、私を遣わしたんだ」
「それが本当なら、初対面の時、どうして、名前を訊いたの?知っていたはずなのに」
「教えていないのに、知っていたら、おかしいと思うだろう?だから、知っていても、知らんふりして、敢《あ》えて訊《き》いたんだ」
「どうして、虹《にじ》の橋で会えなかったの?」
「虹の橋といっても、広いからね。それに、君が虹の橋に来たのは、つい先日《せんじつ》だろ?」
「つい先日って?」
「今日のクリスマスから遡《さかのぼ》ること二十日前。十二月六日。午後四時」

「知っていたの?」
「サンタから訊いた。虹の橋に、君《きみ》が来たって」
「本当?本当に、ショーなのね?」
「また会えたね」
「こんなところで逢《あ》えるなんて」
「だから“あたしの心”を受け取る必要がないって言ったじゃないか。もう持《も》っているからね」
「そういうことだったの」
「それにしても、私とは気づかず、他のアメショーに“あたしの心”を差し出すなんて」
「姿かたちから名前まで一緒だもの、同一人物だと思った」
と、あたしはショーに抱《だ》きついて誤魔化《ごまか》した。
「これからは、虹の橋で、ずっと一緒だね」
「うん。そうだね」
「あ、忘れてた」
「なに?」
「一日ぎちゃったけど、メリークリスマス」
 天空《てんくう》から見下《みお》ろせば、猫たちの心の中へ入った数千《すうせん》のパワー・キャンドルが七色に美しく光り輝き、猫ヶ島《ねこがしま》を覆《おお》いつくしていた。

「了」

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