『ハランクルク・帝国の盾 帝国の盾と辺境領の姫』後編

※2015年6月25日:本文のあとに読者参加企画掲載。
【まえがき・作者からおしらせ】

 田中桂でございます。作者です。
 『ハランクルク・帝国の盾 帝国の盾と辺境領の姫』後編です。このエピソードはこの後編で完結となります。
 もちろん物語はこれで終わりではありませんので、さらにこの先へと続く予定です。
 さて、今回は前編と違って、本文冒頭のみ無料公開とさせていただいて、全文購読には課金をお願いしています。もし「続きが読みたい!」というひとはちゃりんをよろしくお願いします。


【幕間】
 ハランクルクという機械は人間の力を、早さを、また欲望をも拡大させた。
 ハランクルクのちからを借りて、人間は仲間を増やし、豊かな生活を得、そして争い合って得たものを失うのだった。
 ハランクルクこそ人間の文明の根幹であり、象徴なのだ。


【01 盗賊たちの不運な出会い】
 クセドの街から東に10ダーリほど。
 葉を茂らせた低木を身にまとうように生やしている丘の斜面に、3機のハランクルクが機体を横たえている。スゥサであるテグが2機、同じく一回り大きいコワーが1機。いちばん丘の頂部に近いテグが右腕をぐっと前に突きだしている。丘の反対側からは、かろうじて4本指の右腕の先が見えるかもしれない。だが、よほど気をつけていなければそれとは気づかないだろう。
 ようするにこの3機、丘の斜面に身を横たえて隠れているのである。
 その突き出した手のひらの上にはあぐらをかいた男が双眼鏡を構えていた。盗賊マッズイだ。
「おうおうおう。獲物がやってきてくれたぜえ。1機だけとは襲ってくれと言わんばかりじゃねえか」
「そう言って前回は逃げられたよねえ」
 と、弟分のムムットが指摘する。
「だから本当の事を言うと、ひとは怒るんだって教えたろ」
 彼をいさめたのは、もうひとりの盗賊ミトケー。いさめる、といっても、それは本当の目的ではなくて、いつも調子に乗りやすいマッズイをからかっているだけなのだが、それに気づいているのかいないのか、ムムットは真面目な顔でうなずきかえした。
「そうだった! マッズイの兄貴、怒らないでくださいね」
 ふたりはマッズイの背後で同じように双眼鏡を覗いていたのである。
「うるせえっ! いいから仕事始めるぞ! 串団子岩のところで仕掛けるからなっ」
 マッズイに追い散らされて、ミトケーとムムットはそれぞれ自分のハランクルクに乗り込んでいった。
 あらためてマッズイは双眼鏡を覗きこむ。
 その視界。のんびりした速度で数ダーリ先の谷間を歩いて行くスゥサは、エイグだ。
「足は速いっていうが、このあいだの奴ほどじゃないだろうさ。取り囲んじまえばこっちのもん……お? おおっ」
 双眼鏡の倍率をあげていったマッズイは、エイグの操縦席のあたりを拡大した。
 開け放たれた操縦席の天蓋から身を乗り出している操縦者は、一見して女と分かる。乗衣越しにもわかるめりはりのきいた身体の曲線、そして遠目にもわかるほどの整った横顔。
 美女。掛け値なしの美女だ。
 マッズイはぶるぶると身体を震わせた。
「くうううっ、燃えるじゃねえか! 女! 待ってろ! 俺のお嫁さんにしてやるぜ!」
 こんなところに、あれほど目を引く美女がなぜひとりで? とは考えないマッズイだ。
 4分の3カイはあるテグの腕を、マッズイは間1歩で操縦席に飛び込み、機体を立ち上がらせた。
 そして1クリク後には、ミトケー、ムムットと3人で決めた場所へと到着する。ここからなら、ちょうど谷の狭まった場所を通る獲物が、ムムットのコワーからの砲撃に怯えて逃げ込んできたところを挟み撃ちするために飛び出して行きやすいのだ。
 先に来ていたミトケーは、勢いこむマッズイに首を傾げた。
「なんだよ。いやにやる気じゃねえか。この前の復讐戦とでもいうつもりか?」
「へっへへ、なんとでも言え。今日の俺は燃えてるんだよ! 男の魂がな!」
「男の魂ねえ……おっと、獲物がきたぞ」
 谷の間を縫うようにしてやってきた「美女」の乗るスゥサは、彼らに送れること半クリクほどで問題の谷間へとやってきた。その様子は、マッズイたちより後方に控えているムムットにも見えているはずだ。
「うまくやれよ、ムムット……」
 ぐっと操縦桿を握りこむ。
 と。どんっと腹に響くような砲声。
 続いて頭上を裂くような音が通り過ぎる。それを聞き終えないうちに、谷の間に閃光が走り、噴き上がった土砂と爆煙がみるみると高く立ちのぼっていく。
 マッズイは片手で双眼鏡を構えて、爆発の手前を見た。
「へへ、ムムットめ。だんだん上手くなるな。ちゃんと半ダーリ先にどんぴしゃり、だ。さあ、逃げ出せ逃げ出せ。きれいなおねえちゃん!」
 双眼鏡の狭い視界の中で、爆煙を目の前にしたスゥサは怯えているのか、しばらくその場で立ち止まっていた。が、やがて機体をいま来た方向に向けると慌てた様子で走り出す。
「よしよし、逃げてくれた。おっといまさら天蓋閉めたって遅いんだよ。お前がきれいなおねえちゃんだってのはばれてんだ! さあ、追い込むぞ、ミトケー!」
 2機のテグが丘を駆け下りていく。
 爆煙から逃げてきたスゥサは、逃げてきたというには妙にのんびりとしてみえた。
「いきなり地面が爆発すりゃあ、ああもなるか? まあいいさ!」
 マッズイは機体を向かってくるエイグの前に立ちはだからせる。そして機関銃を構えて操縦席から身を乗り出した。
「止まれ、止まれぇ!」
 相手が止まらなければ、手にした機関銃を撃ってみせようかと思っていたのだが、マッズイがそうする前に、相手のスゥサはその場で停止した。すぐにミトケーのテグがその背後に回りこむ。
「いい子だ。この銃が見えるだろ。操縦席の中にいたって、スゥサの外板なんかぶち抜くからな。俺もきれいなおねえちゃんを傷つけたくないんだ。おとなしく言うこと聞きな」
 銃口を操縦席に向けるマッズイの前で、エイグの操縦席が開く。さっき双眼鏡で見た女がゆっくりした動作で立ち上がった。
「きれいなおねえちゃんって私のこと?」
「あ、ああそうさ。なんでこんなところでひとりでいたのかわからねえが、ここで会ったのも運の尽きってやつだ。俺のお嫁さんになってくれよ」
「ほめてくれてありがとう。でも……あなたのお嫁さんにはなれないわね。それに、ひとりでもないの」
「あ?」
 女がにっこり微笑んだ直後に、激しい音とともに、マッズイの機体が揺さぶられた。
「なんだ……っ?」
 何事が起こったかマッズイが理解するより前に、彼のテグの右腕が肘のすぐ先で折れ曲がり、煙をまといながらちぎれ落ちた。
「動くなぁ!」
 叫ぶ声。声の方を見やると、そこには3機のスゥサがいた。女が乗っているのと同じエイグだ。そしてそのうちの1機の操縦席のすぐ脇の外板から白い煙がたなびいている。機体内蔵式の搭載機銃。むろんマッズイが手にしている機関銃とは比べ物にならない威力があることは、いま彼のテグの腕が撃ち折られたことでも一目瞭然だ。
「仲間がいたのかよ! それに、お前ら何者なんだ! それ、ただのスゥサじゃないだろ!」
 もともと民間機であるスゥサは軍用のカイラーナと違って武装を内蔵していない。手に持たせたり、腕や荷台に据え付けたりすることはマッズイたちのような盗賊が跋扈する昨今、珍しくはないのだが、わざわざ機体の内部に表からそれとわからないように内蔵するというのはあまり聞いたことがない。武装はわざと見えるようにすることで、盗賊たちを寄せ付けないようにする効果もあるからだ。だが、このスゥサはそれをわざわざ隠している。それも、威力の大きな機銃をだ。
「まさか……帝国軍か?」
 正体を隠して、盗賊狩りをやっているのかと想像したのだ。だが、女の答えは違っていた。
「帝国軍? 違うわよ。あなたたち、このへんで盗賊をしているのでしょ? ちょっと聞きたいことがあるだけ。なりゆきで乱暴なことになったけど、本当はもっと穏便に話を進めたかったのよ。こちらも帝国軍に知られては困るしね」
「な、なんだお前たちもご同業か? 聞きたいことってなんだよ」
「あなたたちのような盗賊風情といっしょにされたくはないわね」
「じゃあなんだって……」
「あなたは私の質問に答えればいいの。大事な商売道具のハランクルクを、体ごとばらばらにされたくはないでしょ?」
 女は腕を組んで、マッズイを狙うハランクルクの方にあごをしゃくってみせた。確かにあの機銃を喰らえば、カイラーナと違って装甲していない彼のスゥサはひとたまりもないだろう。
「だが、そいつは当たれば、の話だ……」
 マッズイは小さくつぶやいた。
「さあ、答えてくれるの? くれないの?」
「こ、答える答える。命あっての物種だ、なんでも聞いてくれ……よっ!」
 喋りながら慎重に腰を落としていたマッズイは、すばやく操縦席に滑りこんで、ハランクルクを突進させた。目の前の女のハランクルクに自分のハランクルクをぶつけてやろうというのだ。組み打ちになれば、こちらを狙っている機銃も撃てないだろうと踏んだのだ。
 残った左腕を突きのように伸ばして、あわよくば女の身体をつかもうとする。
 だが、ほんの一瞬前までいたはずの女の姿はそこにはなかった。いや、それどころかスゥサの姿さえマッズイの視界から消え失せていた。
 そして驚きを声に出す暇さえないままに、身体が下にぐうっと押しつけられる感覚。機体がすごい勢いで持ち上げられているのだ。
 そこまできて、マッズイは突き出したハランクルクの左腕が、別のハランクルクの手につかまれていることに気づいた。
「わっ。わああああっ?」
 女のエイグだ。ほかにいるわけがない。
 女はマッズイが操縦席に座って、機体を突進させるわずかな間に、自分も操縦席に戻って機体をしゃがみこませて、彼の突きをかわすのと同時にその腕をつかまえていたのだった。
 女のハランクルクは、見事にマッズイの突き出した左腕の肘関節とその根本を左右の腕で下からつかみ、突進してくる相手の勢いを利用して弧を描くように持ち上げて……いや投げ飛ばしてみせたのである。
 マッズイのスゥサは裏返しになって、女のハランクルクの後ろで棒立ちになっていたミトケーのハランクルクに叩きつけられていた。
 2000ムグルクはあるハランクルク同士の衝突である。2機のスゥサの機体は雑に丸めた紙のようにひしゃげてもんどり打って転がった。
「まったく、手間をかけさせてくれて」
 女――ヨウディは小さくため息をついた。

【02 盗賊たちの災難、あるいは幸運の始まり】
「スーベク、どこに行く?」
「風呂だ」
 ケナンバムの問いにスーベクと呼ばれた女は、その刈り込んだ短い髪同様の素っ気なさで答えた。
「ホギもか? 尋問は始まってるんだぞ」
「オタギが行っている。あたしたちは必要なかろう」
 吐き捨てるように言って、もうひとりの短躯の女はたてがみのような髪を揺らしながら部屋を出て行ってしまった。短髪の女の方も続いて出て行ってしまう。ケナンバムは肩をすくめた。
「まったく、いまさら身綺麗にしたって女扱いしてもらえるたまかよ。……よほどあの女が気に入らないってことか」
 スーベクとホギは、いま盗賊どもの尋問をしているはずのヨウディとオタギと同席したくないのだ。だから柄にもなく急に風呂に入るなどと言い出したのだろう、とケナンバムは見当をつけた。普段なら、一週間でも顔さえ洗うことなく野戦を戦い抜く彼女たちなのだ。彼自身と同様、ベイ司教直々にケイミレライ追撃を命じられるだけの実績のあるさむらいなのである。
 が、そう言うケナンバムの言葉にも「あの女」ヨウディに対する反感がにじんでいる。上級信徒であるガンの傍若無人ぶりも気に入らないが、そのガンの命じるまま愛人然と振る舞っているヨウディにも、命を的にここまで戦い抜いてきた彼らハランクルク乗りの誇りを汚されたような気がするのだ。野営の折、天幕の奥から聞こえるふたりの艶めかしい声に苦々しい思いをさせられたことは一度ではないのである。
「とはいえ、あのスゥサを投げ飛ばした腕といい、カイラーナの膝を一発で打ち抜いたことといい、舐めるわけにはいかん。自分より美人だからって、あいつら目が曇っていなけりゃいいんだがな」
 マッズイたちを捕らえて、いったん根拠地にしている農家に戻ってきたガンの配下のハランクルク乗りたちは、捕らえた盗賊たちの尋問にとりかかっていた。農家は数日前の夜に襲撃して占拠したものだ。ヨウディを含め、6人の配下が農家にいたが、ガン自身はクセドの宿に待機している。地味な捜索活動など自分の仕事ではないというわけだ。

「女なんかしらねえよ!」
 その農家の一室に引き据えられたマッズイは、せいいっぱい強がってそう答えた。ミトケー、ムムットも彼と同じように後ろ手に縛られ、床に座らされている。彼らを見下ろすのはヨウディともうひとりの男だ。男の方は、ケイミレライの無人のハランクルクの前でガンに蹴り飛ばされた男なのだが、むろんマッズイたちは知らないことだ。ヨウディは言った。
「隠していてもいいことはないわよ。その娘がこのあたりに来ているのは間違いないんだから。私にしようとしたみたいに、無理矢理お嫁さんにしようとしたんじゃないの?」
「人聞きの悪いことを言うなっ。俺は女には優しいんだよ」
「女の方から優しくされたことはないですけどね」
 ため息混じりにムムットが言う。
「だからムムット、本当のことを言われたら人間は腹を立てるもんだってあれほど……」
 またしてもムムットをたしなめるミトケー。マッズイ同様強がっているのか、それとも状況を飲み込めていないのか。特にムムットはこんな状況でありながら、あまり怖がっていないようには見える。
「あ。すいません。ミトケーの兄貴」
「緊張感のない奴らだな。少し立場をわからせた方がいいんじゃないのか?」
 ヨウディの一歩後ろでやりとりを聞いていた男は、左腕を肩からぐるんと回した。右腕とはアンバランスに大きな左腕を見て、彼女は肩をすくめた。
「あなたの得意分野よね。どうぞ、まかせるわ」
 のっそり前に踏み出す男――オタギに、それでもマッズイは虚勢を張ってみせた。
「殴られたくらいで、お、俺が言うことをきくと思ってるんじゃないだろうな……っ」
「きかなければ死ぬだけだ」
 オタギがなにげない、と見える動作で軽く左腕を振る。だが、その左のこぶしを頬のあたりに受けたマッズイは、撃ち出された弾丸のようにその場から弾き飛ばされて、部屋の端の戸棚につっこんでいた。
「あがっ、がぁっ! うがあああっ!」
 苦痛にのたうつマッズイに、オタギはすたすたと近寄って、容赦なく左腕を打ち下ろした。
「うげえっ!」
「マッズイ!」
「兄貴ぃ!」
「彼の左腕、普通よりだいぶ力持ちなの。まだ喋れるうちに、素直になった方がいいと思うわ」
 そうヨウディが気のない説明をしている間にも、オタギの左腕はマッズイを打ち据えている。
「ぐえっ、ぎゃっ、ひぎいっ!」
「やめろっ、やめてくれ! なんでも言う! 言うことをきくから! やめてくれ、マッズイが死んじまう!」
 ミトケーが叫んだ。オタギの腕が止まる。
「東の方から女がクセドに向かったはずなのだ。このへんを荒らし回っているおまえたちなら、なにか知っているだろう?」
「い、いや、ほんとうに知らないんだ。あんたたちが久々の獲物なんだよ。そんな女は見ていないんだって!
「ハランクルクなしで、ひとりで街に入ってきた女よ? けっこう目立つと思うんだけど。……知らないのなら仕方ないわね」
 ヨウディはオタギに目配せした。それを受けてオタギは立ち上がる。が、彼が続く行動に移る前にヨウディは今度は手をあげてオタギに待つように合図した。彼女の言葉を聞いて、ミトケーの表情が変わったのに気づいたからだ。
「なあに? 思い出したことでもあるの?」
 ヨウディの言葉にミトケーがうなずく。
「そういえば〈銀鯰〉に変な女が来たって……だけど、あんたたちが見せてくれた写真とはだいぶ違うぞ。薄汚れた犬っころみたいな女だって聞いた」
「そんな薄汚いやつなわけがないだろう。俺たちが追ってるのは……」
「いいえ。それかもしれないわ。〈銀鯰〉といえば、ハランクルク乗りの集まる酒場でしょう?」
 オタギの言葉を遮ってヨウディはさらに聞いた。ミトケーはうなずく。
「ああ。そいつは帝国軍の兵士を捜しにきたとかなんとか……見つからなかったって聞いたが」
 ヨウディとオタギは顔を見合わせた。
「あたって見る必要があるわね。ガン様にご報告もしなければ」
「もうこいつらに聞くことはないのか?」
 再びオタギが動きだそうとする。が、今度もヨウディはそれを止めた。
「いえ、待って。それもガン様にお伺いを立ててからよ」

【03 ナミカゼの悪夢】
 最強。最強だ。向かうところに敵はない。
 どんな相手が来ても、それがハランクルクであっても、巨大な重砲であっても、俺たちの前進を止めることは不可能だ。
 左隣には寝食を共にした仲間がいる。その隣にもだ。
 ゼキス坊や。ボトス。ザサット。マウラナ。ブルラン。カヒッサお嬢。ノキモット……。
 俺たちはひるむことなく前進し、帝国の敵を打ち砕く。蹂躙する。
 〈帝国の盾〉に敵はないのだ!
 前進し、砲撃し、それでも向かってくる敵は直接叩き潰す。
 ハランクルクはナミカゼのもうひとつの身体だった。
 思うがままに動かして、敵を粉砕する。
 戦って、戦って、戦って……。
 高揚感にあおられるままに戦い続けて、だが気がつくと隣にいるはずの僚機が見えなくなっていた。
「ゼキス? ボトス! ザサット! マウラナ! どこへいった! おい、ブルラン、お嬢! ノキモット! ああ……そうだ、ノキモットは死んだんだ……死んだ……」
 ナミカゼのハランクルクは、ただ1機、炎がうずまく廃墟の中をさまよう。
 煙と炎で視界が利かない。熱気が分厚い装甲をさえ通して伝わってくる。乗衣の内側が汗で気持ち悪い。
 その彼に向かって、あらゆる方位から銃撃が浴びせかけられてきた。カイラーナの装甲を貫くには威力の足りない機銃弾。しかしアタリどころが悪ければ機銃弾といえどもカイラーナを行動不能に陥れることは不可能ではない。ナミカゼは断続的に右手に構えた砲を撃ちながら、巨大な盾で銃撃を防ぎ続けた。
 仲間がいればこんな銃撃はなんでもない。一枚の盾では防ぎきれない攻撃も、仲間の盾が守ってくれるからだ。ナミカゼはただ自分の仕事に集中していられる。
 こんなところを狙われたら。
 ナミカゼは砲撃を繰り返した。それで間に合わない敵は盾とハランクルクの手足を使って薙ぎ払った。
 すべて生身の人間だった。
 カイラーナはもちろん、スゥサでさえない、生身の人間。
 人間たちが手に手に小火器を手に向かってくるのだ。まるで虫の死骸にたかる蟻のように。無数に。
 いや、実際にはこんなに大勢じゃなかった。
 俺はこんなに殺していない。実際にはこんな……
 実際?
 俺はなにをしているんだ?
 奇妙にハランクルクの動作が重くなっていることにナミカゼは苛立った。
 ペダルを踏み込み、速度をあげようとする。だが絶大な出力を誇るはずのハランクルクの脚は、軋みながらゆっくりとしか動いてくれない。
 しびれを切らしたナミカゼは、銃撃が止まらない中を、操縦席の蓋板を開けて、乗機の足元を見た。
「うわああああああああああああああああああっ!」
 ナミカゼは絶叫していた。
 ハランクルクの足元は真っ赤な沼地と化していた。
 血だ。
 血の沼地だ。
 ずぶずぶと機体の脚が呑まれていく。
 ナミカゼは悲鳴をあげながら必死に機体を操った。操ろうとした。
 これは現実じゃない。
 こんなことは実際には起こらなかった。
 そんな声は、しかしナミカゼを押し流す恐慌の前にはなんの役にも立たなかった。
 ナミカゼは無益にペダルを踏み込み、操縦桿を動かしながら、絶叫し続けていた。

「ナミカゼさん。ナミカゼさん? ちょっと、起きてよ」
「…………っ、な、どうして」
 頭上から聞こえるシモネッタの声に、ナミカゼは呻きながら目覚めた。
 すぐには開いてくれない目をこすりながら無理に開けると、そこは見慣れた自分の部屋。どうやら長椅子の上で眠ってしまったらしかった。
「外から声かけても返事がないから。入ってきちゃった。鍵、かかってなかったわよ?」
「そうだったか……? 俺は……なにか言ってたか?」
 勝手に入り込んだことを咎められるかと思っていたシモネッタは怪訝な顔をしながら首を振った。
「なんか怖い顔してたけど……それはいつものことか」
 うなされていた、というわけではないらしいとわかってほっとしつつ、ナミカゼはうつむいたままシモネッタに問いかけた。
「それで、なにか用なのか。男の一人暮らしの家に女の子がひとりでくるなんてよくない……」
 ふん、とシモネッタは鼻を鳴らした。
「まあこの部屋じゃ、女の子を入れたくないってのもわかるけど。少しは片付ければいいのに」
 数日前に「自分なりに片付けた」ばかりだとは言い返せなかった。整理整頓の才能がないことには昔から自覚がある。
(ノキモットにもよく言われた……)
 一瞬物思いに沈み込みかけたナミカゼは慌てて意識を現実に向け直す。
「俺の部屋のことはいい。用があったんだろう?」
「そうそう。そうよ。用があったのよ。いいの? ほんとうに行かせちゃって」
「なにが」
 言い返しながらも、ナミカゼは彼女がなにを言おうとしているのかもう見当がついていた。
「あの娘のことよ! ケイミレライさん、姫様? あのお姫様、ひとりで行くって出て行っちゃったわよ。いいの? 行かせちゃって」
「行くと言ったって、ハランクルクなしじゃどこへもいけないだろう。キャラバンにでも便乗しなけりゃ20ダーリだって無理だ」
 そしてキャラバンといっしょなら、最低限の安全は保てるはずだ。
 そんなナミカゼの考えを、シモネッタはあっさりひっくり返してしまう。
「乗って行ったわよ。ハランクルク。一人乗りの小さいの、えっとカビス、だっけ。シシミさんとこで買っていったもの」
 シモネッタはハランクルク中古屋の名をあげた。
「あんなものでか? 一番近くの街までだって200ダーリはあるんだぞ!」
「あたしに言われたって! 途中でキャラバン見つけるって言ってたけど……ねえ、ナミカゼさん。追いかけなくていいの?」
 ナミカゼは呻きながら片手で顔を覆った。しばらく黙ってから、口を開く。
「仕事があるんだ」
「仕事って……じゃあ放っておくっていうこと!?」
「キャラバンを見つけるって言っていたんだろう? 見つからなければあきらめて戻ってくるさ」
 カビスのようなごく小型のハランクルクで、そんなに遠くまでいけるはずはない。力素管だってすぐに切れる。それが分かればすぐに戻ってくるはずだ。あの少女は頭の悪い方には見えなかった。
「出て行ってくれ。着替えるんだ。こんな年寄りの裸が見たいわけじゃないだろ」
「ば……っ、ばかっ! いきなり脱ぎ出すなっ。この薄情者っ! 痛ぁっ」
 左手で顔を覆い、鉤爪の右手をぶんぶん振りながら、シモネッタは部屋を出ていった。最後の「痛ぁっ」は、脱いだきり放り出されていたナミカゼの肌着に足を取られて転んだときの声だ。
 そんな彼女の方を見もせずに、ナミカゼは黙々と服を着替える。仕事があるというのは嘘ではない。修理屋のセセドからの依頼だ。注文のあったハランクルクの部品を運ぶ仕事を請け負っているのだ。
 着替えを終えたナミカゼが開きっぱなしの玄関に出たときには、もうシモネッタはいなかった。

【04 信心深き提案】
「君がマッズイ君だね」
 ガンは満面の笑顔でマッズイたちに声をかけた。
 普段の彼を知っている者がこの顔を見たら、噴き出すか、嫌悪に唾でも吐きたくなるところだろうが、あいにくくここにはヨウディしかいなかった。内心でどう思っているとしても、彼女はそれを表に出さずにいることができる女なのだ。
 とはいえ、その笑顔のうさんくささだけはマッズイにも伝わったようで、腫れ上がって変形した顔で上目遣いにガンの顔を見ているばかりだ。
「いやあ部下がひどいことをしたようで、お詫びをするよ。信心篤い彼らは、信仰のこととなるとつい度が過ぎてしまってね。知っているだろう? リガ教の名前くらいは」
 饒舌なガンの言葉に、マッズイは慎重にうなずく。ガンは続ける。
「我々は教団からの命を受けて、さる悪人を探しているところなのだよ」
「悪人って、あの写真の女の子がか? とてもそうは見えないけどな」
 喋ると痛むのだろう、つっかえながらマッズイは疑問を呈した。
「外見では人間はわからないものだよマッズイ君。私も、だいぶそれで損をしている方でね」
 これまで笑うのを我慢してきた者がいたとしても、きっとここで噴き出したはずだ。だが、ヨウディはやはり笑わなかったし、マッズイは全身の痛みでそれどころではなかった。
「詳しくは聞かせるわけにはいかないが、彼女を自由にさせておくことは大きな災いを呼ぶことにつながってしまうのだ。だから一刻も早くその身柄を確保したい。もちろん、殺すとかそういうことではなく、生きたまま、怪我ひとつさせずに、ね。我々は信仰に従う者であって、無法者ではないからねえ」
「で。その信仰に従う者が、俺みたいな盗賊になんの用があるっていうんだよ」
「そうそうそこだよ。我々はずいぶん遠くからあの娘を追って、ここまでやってきたが、いかんせん土地に不案内でもあるし、彼女に素性を知られている。もしクセドの街で彼女を捕らえようとすれば、惨事を引き起こしてしまうかもしれない。なにしろ使命のためには、抑制が利かなくなってしまうものだから。私の部下は」
 ガンが暗にマッズイが受けた仕打ちのことを言っているのは彼にもわかった。スゥサの振りをして、カイラーナの使うような機銃を隠し持っている連中なのだ。街中で暴れ出したらどんなことになるか……。
「そこで、この土地に詳しい君たちの力を貸してほしいのですよ。たとえ大逆の悪人を捕らえるためとはいえ、我々もできるだけ穏便にことを進めたいのでね」
 クセドの街の住人にそれほどの義理があるわけでもなかったが、もし断れば、信仰とやらに篤いこの連中が自分たちをどうするか、あまり考えたくはなかった。縄をほどかれここに連れてこられたマッズイと違って、まだミトケーもムムットも縛られたままでほかの強面の連中といっしょにいるのだ。
 ガンはさらに続けた。
「もちろん、見返りなしに、とは言わないよ。もし首尾よくこの娘を無傷で捕らえてくれれば、我が教団の上位信徒として迎え入れよう。この使命はそれだけ重大なことなのだ」
「そんなもん。うれしいのは、あんたのお仲間だけだろう。俺たちは別に、あんたの神様なんかに用はないんだ」
 それまで無表情にガンのそばに立っていたヨウディが、いきなり気色ばんで前に踏み出す。
「この……異教徒め……っ」
「待て、ヨウディ」
 ガンの制止がなければ、飛びかかられていたかもしれない。マッズイは後退りして自分をにらむ美女の視線を受け止めた。
「すまないねえ、マッズイ君。我々はどうも、信仰のこととなると我を忘れてしまいがちなのだ。だが、我々にとって信仰がとてもとても重大であることもわかってもらえたと思う」
 ここでガンは一拍おいた。そして、
「それほど信仰は重大であり、また同時に上位信徒の言葉は、下位の信徒にとって同じように重大なのだ。ヨウディ、服を脱げ」
「あ?」
 あまりにも意外すぎるガンの言葉に、声をあげたのはマッズイだった。しかし、驚くマッズイの目の前で、彼をハランクルクごと投げ飛ばした美女は、ほとんどためらうことなく、乗衣の前を開いていく。
「お、おい、ちょっと、あんた……っ」
 身体にぴったり密着していた乗衣の前が広げられると、びっくりするほど大きな乳房が弾むように飛び出してきた。乗衣の上からでもひどく目立つ大きさだったのに、その拘束が解けたふたつの膨らみは、実用一辺倒らしい野暮ったい下着の上からでさえマッズイの度肝を抜くのに十分だった。
 そしてヨウディの手はそれで止まらず、躊躇なく下半身も脱いでいく。長靴も脱ぎ捨てられ、ヨウディはあれよという間に下着だけの姿になってしまった。そこで初めて彼女はちらりとガンの方を振り返ったが、なんの合図も返ってこないことを確認すると、残った下着もあっさりと脱ぎ捨ててしまった。
「うお、うお、うお……っ」
「こんなふうに」
 言葉が出てこないマッズイの前で、ガンは座っていた椅子から立ち上がってヨウディの身体を背後から抱く。そしてむき出しの乳房を鷲掴みにして、指を食い込ませた。
「…………ぅっ」
 小さなうめき。その頬がかすかに紅潮している。まるで自動操縦のハランクルクのように服を脱いだヨウディも、なにも感じていないわけではないのだ。
「上位信徒の言葉に、下位信徒は疑いを差し挟むことを許されない。もちろん逆らうことなどもってのほかだ。服を脱げと言われればそうするし、それ以外のことだって君が与える命令に喜んで従うだろう。そうだな、ヨウディ」
 ガンはマッズイに見せつけるようにヨウディの乳房を揉みしだく。
「はい。ガン様」
 深々と食い込むガンの指が痛むのか、美女はわずかに身体をよじりながらうなずいた。その白い肌がさっきよりもほの赤く染まっている。
 マッズイは痛みも忘れて、何度も生唾を飲み込みながらなまめかしいヨウディの裸身に見入った。
「我々リガ教団は、信仰に殉じる者に報いること、決してけちではないのだ。どうかね、力を貸してくれるかね?」
 マッズイはまるで怪しいまじないにかけられたように、考えるよりも早く何度もうなずいていた。
「やる。やってやる! 娘を捕まえてくればいいんだな!」

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