角田光代、読めるかな?

週末ごとに図書館へ行き、角田光代の小説を借りてきて、一週間かけてそれを読み、また図書館へ行って違う角田光代を借りてくる、というサイクルを続けている最近。
心と脳みそのコンディションがとても良い気がする。
読書は大切だなー。
てか、読書の何がいいって(こんなことを今さらオレごときが言うのもおこがましいけど、本当に実感してること)、本の内容もさることながら、好きな文体、心地よい文章、自分にフィットする言葉選び、それらを一身に浴びながら文字の海を泳ぐのが気持ちいいってこと。
脳みそのしわの一本一本までしっかりマッサージされてるような気持ちになる。
だから、本の内容は結構すぐ忘れてしまったりするんだが、まあそれでもいいかなと思っている。

とても好きなバンドがいて、彼らの演奏を無心で聴いているのが大好きなんだけど、歌詞の内容とかは全然入ってきていない。
そんな状態に似ているかも知れない。

でもそれはとても幸せな時間なのです。

で、角田光代。
「かくたみつよ」と読む。
僕はたまたま覚えちゃったからいいけど、なかなか覚えられないパターンもあるよね。
「つのだ」だっけ?「すみだ」だっけ?ってなるやつ。
荻萩問題とも近い。(過去のnoteを参照)

そんな状況に陥りやすい名前の作家で、「本谷由希子」という人がいる。
「もとやゆきこ」と読む。
「もとたに」?「ほんや」?覚えにくいよね。
おそらく彼女は自分の名前が覚えにくいということを自覚していたんだろう、
それを逆手にとって「ほんたにちゃん」というタイトルのエッセイを出していたのだ。
凄いなー!と感心した。
「ほんたに」の逆の読み方をすれば「もとや」にたどり着けるよというアナウンス。
実際、僕は「本谷由希子」という名前を思い浮かべる時、「ほんたに」を経由してからその逆だから「もとや」だな、というルートを辿っているのだ!

って、最後にビックリマークをつけることでもないんだが、
なにはともあれ角田光代な日々です。

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