そして仕事は終わる

 両手で抱えるのも辛いほどの大きな鎚を与えられる。眼前に置かれたのは重そうな球。打ちなさい、と命じられる。その欠片が数えられないぐらい細かく砕け散るまで打ち続けなさい。それがあなたに与えられた仕事です。

 よろよろと揺れながら、どうにかこうにか最初のひと打ちを振り下ろす。球の上に落ちた大鎚は、がーん、と重々しい音を放ち、その振動が腕にまで響いたが、球は砕け散るどころか、へこみひとつできない。

 不安にかられて見上げると、命じられる。続けなさい。安心してふた打ち目の動作にとりかかる。

 汗を流し、息を荒げ、鎚を振り続ける。球には傷ひとつつかない。困って見上げると、何度打ちましたか、と尋ねられる。たぶん 100。続けなさい。その倍続けなさい。

 手にマメをつくり、腕に痛みを覚えながら、鎚を振り続ける。球には傷ひとつつかない。困って見上げると、何度打ちましたか、と尋ねられる。たぶん 200。続けなさい。その 10 倍続けなさい。

 シャツを破き、草履を履きつぶし、鎚を振り続ける。球は依然として変わらない。疲れきって見上げると、何度打ちましたか、と尋ねられる。たぶん 2000。続けなさい。もっともっと続けなさい。

 もっとって、どれぐらいですか。

 途中までは印をつけながら数えた。たぶん 10 万。たぶん 100 万? けれどもそのうちわからなくなって、どうでもよくなって、ただただ惰性で鎚を振り続ける。

 夏が過ぎ、冬が過ぎる。身に余る大きさだったはずの鎚が、いつの間にか片手で持てるようになっていた。頭を空っぽにして振り続ける。その欠片が数えられないぐらい細かく砕け散るまで目の前の球を打ち続けなければならない。それが与えられた唯一の仕事である。淡々とただ鎚を振り続ける。

 春が過ぎ、秋が過ぎる。盛りを過ぎた身体は徐々に老いていき、体力がひいていく。一時は軽々と片手で操っていた鎚が、また両手でないと持てなくなった。よろよろと揺れながら振り下ろす。球には傷ひとつつかない。

 最後のひと振りが球にかすったかどうかは知らない。精も根も尽き果てて伏した私の下に、ぴき、とひびが走った。人ひとりを呑み込むことすらできぬ、小さすぎる地割れ。球より先に地面が割れたか、と思う間もなく、その隙間から小さな手がにゅっと這い出し、私の心の臓を掴み、きゅっ、と握りつぶした。

――了――

※「【SFファン交流会】メールファンジン 115 号」初出


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超短編集 2

自作の超短編を集めてみました、その 2。500 字以内におさまらない長さのものも入っています。

コメント2件

引き続き、初出号がわからなくなっているシリーズです。
初出が判明したので、号数を追記しました。探し出してくださったみいめさんには、ありがとうございました!
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