金森さん_

『誰もが生まれてきて良かった!と死ぬことのできる社会を創りたい』大阪大学 特任講師“金森サヤ子”さん

大阪大学の特任講師であり、公衆衛生と国際保健学を融合したグローバルヘルスの研究・実践をされている金森サヤ子さんにお話しを伺いました。当日は、娘さん(4ヶ月)も一緒のインタビューとなりました。

プロフィール
出身地 

東京都
活動地域
関西を中心に日本各地、世界各国で活動中
現在の職業及び活動経歴
2017年より大阪大学 COデザインセンター/国際共創大学院学位プログラム推進機構 特任講師。筑波大学第二学群生物学類卒業後、ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院にて医学寄生虫学修士号取得。ビジネスコンサルタントを経て、東京大学医学系研究科国際地域保健学教室にて保健学博士号を取得。その後、外務省 国際協力局、一般社団法人ジェイ・アイ・ジー・エイチ(JIGH)を経て現職。専門はグローバルヘルス、保健政策学、保健外交、ヘルス・プロモーション、ヘルスケアビジネスなど。

学生たちの多様なキャリアをサポートする

記者:現在どのような活動をしていますか?
金森サヤ子さん(以下、金森 敬称略)
:今は、大阪大学のCOデザインセンターに所属しています。そこで、次世代型のイノベーション人材を育成するための教育プログラムの開発や研究をしています。実際にやっているのは、『超域イノベーション博士課程プログラム』の企画、実施、運営です。

私たちが今、生きている社会にあるさまざまな課題は、これまでの大学院教育のように、一つの専門分野を究めれば解決できるものではなくなってきています。このプログラムは、文部科学省の「博士課程教育リーディングプログラム」の一貫として、博士課程の学生が、将来、専門分野を超えて社会に貢献できるよう支援しています。大阪大学では、あらゆる専攻の大学院生を一学年最大20人選抜して、プログラムを提供しています。

記者:『超域イノベーション博士課程プログラム』で、金森さんはどのような取り組みをしているのですか?
金森:
私は2017年度から主に3つのコースに関わっています。1つ目は、学生たちと2週間ほど海外で体験学習をする、海外フィールドスタディーです。今の時代、一人でも気軽に海外に行けるようになりましたが、工学、哲学、文学、保健学など、異なる専攻の人たちと同じ体験をする中で、何を課題とするのか、またそれに自分の専門分野からどうアプローチできるのかを考えるなど、チームで共にグローバルな課題に取り組む体験をしてもらっています。

2つ目は、学生が将来のキャリアをデザインしていくためのコースで、学生たちが組織訪問やインターンシップなどを行うサポートです。3つ目は、課題解決ケーススタディーです。これは、自分の専門分野を土台にしながら、意見や利益が対立する中で、社会課題を自分だったらどう解決していくのかをワークショップ形式で考え、最終的に全員で提言をスライド一枚にまとめてもらいます。テーマは毎年変えていますが、学生がよりリアリティをもって取り組めるように、時事問題を取り上げるようにしています。

博士課程に進学を希望する学生の多くは、難しいことを難しく説明することは得意です。ただ、自分の専門分野以外の人に対して、難しいことを分かりやすく説明できるようになれたら、もっと課題解決もできるし、もっと何かを生み出せる人材になれるはずです。今、自分自身も学ばせてもらいながら、今の時代に必要な人材を創るお手伝いをしています。

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専門の“グルーバルヘルス”とは?

記者:金森さんのご専門は、“グローバルヘルス”ですね。グルーバルヘルスとは、どういった学問なのでしょうか?
金森:グルーバルヘルスは、国内の保健医療課題解決を対象とする公衆衛生学と、主に開発途上国の保健医療課題解決を対象とする国際保健学が融合してできてきました。2000年の初めごろにできた、比較的新しい学問分野ですね。

記者:今のご活動は、お子さんが育つ環境づくりにも繋がっているのでしょうか?
金森:
ポリオの根絶活動とか、直接的に子どもが育つ環境に繋がることもあると思います。ただ、それ以上に好きなことをして生きているという姿勢が、子どもにとっては良いことなのかもしれません。それで言うと、私の家族はみな好きなことをして生きていると思います。父や母、夫もそうです。好きなことをしながら食べていけるのは、ありがたいことだと改めて思います。

記者:グローバルヘルスに興味をもった“きっかけ”は、何ですか?
金森:
高校生の時に、インフルエンザにかかりました。40℃近い熱が出て、死ぬな・・と思ったんですね。インフルエンザウイルスは、顕微鏡とかで見ないと、見えないサイズじゃないですか。そんな小さなウイルスが、人間を死なせようとするなんて、凄い!と思ったんです。

ゴキブリが恐竜の時代から生きているのと同じように、どれだけ科学技術が進歩しても、インフルエンザってなくならないじゃないですか。そこから生物学を勉強しようと大学に進学したことが、そもそもの始まりですね。

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“誰もが生まれてきて良かった”と死ぬことのできる社会を創りたい!

記者:どのような夢・ビジョンをお持ちですか?
金森:今の時代に、誰もがこの国で生まれてきて良かったなと想いながら死ぬことのできる社会を創りたいですね。グローバルヘルスってとても面白いんですけど、その根底には、生まれた国や人種、宗教などが違っても、命に対する感情は同じってことがあると思うんです。新しい命の誕生は嬉しいし、病気などで若くして死んでしまうのは悲しい。そういう気持ちは、万国共通なんですよね。だから、色んな国の人たちと共に、取り組んでいきやすい。そういう、人の命に対してグローバルに携わっていけるのは、意味のあることだと思っています。

記者:「生まれてきて良かったと思って死ねる社会をつくりたい」という夢・ビジョンをもった“きっかけ”は何ですか?
金森:
大学生のとき、世界では下痢で15秒に一人死んでいるという記事を目にしたんです。東京で生まれ育った私にとって、下痢で死ぬなんていうことが衝撃的で。また、それがきっかけでロンドンの大学院に行ったんですけど、バングラデシュで下痢の研究をしていたんですね。スラム街に住み込みながら。当時、私は20代前半だったんですけど、それくらいの小娘に対して、バングラデシュの医師や大学の先生たちが「俺はこの国から出たいんだ!日本で何か仕事はないのか?」って言ってくるんですよ。最初は冗談かなと思ってたんですけど、本気なんですよね。

そういう話を聞くと、私は海外で学んだり、働いたりはしても、日本人でなくなりたいとか、海外で死んでもいいとは思わない。そのとき、そう思えること自体、恵まれてるなと思って。逆に、誰もがその時代に、自分に生まれてきて良かったって死ぬときに思えるのであれば、それが幸せなんじゃないかな、って。バングラデシュでの経験が、きっかけとして大きいですね。

記者:夢・ビジョンを具現化するために、どのような目標や計画を立てていますか?
金森:
大学での活動に留まらず、色んな人たちと、幅広く色んなことに挑戦していきたいと思っています。具体的には、今年はエクアドルで、日本の医学シミュレーション教育の普及を通じて、医療の地域格差の解消に貢献できるような取り組みを企業と一緒にやっていく予定です。新しいことが始まることに、ワクワクしています。

また、まだ妄想段階ですが、視覚障がい者の働き方についても、何かできたらいいなと思っています。マレーシアで何度か視覚障がい者のマッサージ店に入ったことがあるんですけど、質の割に、お店の雰囲気が暗いというか、入りづらい感じで。視覚障がい者の脳では、聴覚や触覚など、他の感覚の認知機能を高めるネットワークが新たに作り出されているという科学的エビデンスはあるわけだから、もっとトレーニングなどを通じて、かっこいい働き方ができたり、正当な報酬がもらえるようになったりしないのかな、と、思っているんです。

記者:最後に読者の方にメッセージをお願いします。
金森:
日本では、まだまだ好きなことをして生きるというよりは、社会的地位や他人からの評価を気にして生きることが、少なくない印象を受けています。皆が自信をもって、好きなことをして生きていけるような社会にしていきたいですし、そんな生き方、働き方ができるようにお手伝いをしていきたいですね。

記者:金森さん、今日は本当にありがとうございました。

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編集後記
今回インタビューの記者を担当した田中、瀬戸です。たいへん気さくに交流してくださるお人柄が印象的で、すっかりファンになりました!感性と論理のバランス感覚も魅力的でした!今の生き方、働き方に問題意識をもっているところにとても共感したので、共に何かしたいとワクワクするようなインタビューでした。好きなことをしている姿も素敵で、その在り方は、今からの時代の生き方モデルのようにも感じました。これからも、金森さんのご活動を応援しています。ありがとうございました。

この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。