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わたしが知らなかった世界〜世田谷区役所編〜

保育園の転園を考えているため、資料をもらいに区役所に寄った。

出産前後に何度も足を運んだ2階カウンターに向かうと、女性がすっと近づき、どうなさいましたかと笑顔で声をかけてくれる。「保育園の申し込み用紙をいただきたくて」と答えると、空いているブースに案内された。

案内の方とは別に、担当の方が出てくる。「認可保育園の申し込みですね」と、その声を聞いて、あっと思った。

このひと、昨年もここで説明してくれた方だ。

優しい口調も、「こなされている」と感じさせない落ち着いた物腰も、母親を慮ってくれている態度も、記憶のままでうれしくなる。お久しぶりです、と声をかけたくなったがぐっとこらえた。

もちろん相手はわたしのことなど覚えていない。なんといっても、佐賀県より人口の多い世田谷区である(しかも似たような年齢の「お母さん」ばかり相手にしているわけだし)。ただ、心のない流れ作業を覚悟していたわたしをいい意味で裏切ってくれた彼女のことは強く印象に残っていたのだ。

ひととおり説明を終え、「絶対に入れるとは言えなくて、そこは申し訳ないのですが」と眉を下げる彼女に、いえいえがんばりますと答えて区役所を後にする。そして、「公の機関」ってすごいなあとあらためてしみじみした。

子どもが生まれるまで、こんなにも行政のお世話になったことはなかった。いや、もちろんお世話にはなってはいたのだけど、それを実感することがなくて。だいたい区役所には引越しの手続きで足を運ぶ程度で、どちらかというと「めんどくさ」という気持ちが圧倒的に強かった。なにがマイナンバーだ、お役所仕事め、と。

でも、妊娠しましたと区役所に告げ、母子手帳をもらった瞬間から、わたしと行政をつなぐパイプがはっきりと見えるようになった。産前産後のサポートは手厚く、優しく、手際がいい。そのぬかりなさに驚かされること数知れず。

たとえば近所のクリニックで受けた10ヶ月検診で要観察の項目があったときは、しばらくして区から電話がきた。いかがですか、ほかに心配ごとはないですか、なんでもお話ししてください。……病院と連携してフォローしてくれるんだ!

そういった細かい「ここまでしてくれるんだ!」といった驚きがたくさんあって(とくに我が娘は発達のサポートも受けているので)、しかもそれはほとんど無料で。

みなさんていねいだし、親切だし、こちらが要領の得ないことを言ってもイラついたりしないし、ホッとさせられる。とくに「子育て」に関することだからか、寄り添い方がハンパない。

——ああ、税金、よろこんで払います、払ってくれている区民の方々もありがとうございます、と心から思えるのだ。ふるさと納税してごめんなさい、とも。

これは子どもを生んで、お世話になっていることがさまざまなかたちで可視化されたから感じられたことだ。何の変わりもなく元気に過ごしていたときには、まったく意識できなかった。子育てだけじゃなく、医療や介護でもそういう気づきがあることだろう。

でも、よく考えてみれば「ふつう」に生活すること自体、たとえば道路を安全に歩くことひとつとっても、行政に静かにしっかり支えられているということなんだよなあ。「意識しないで生活できること」自体が、すごいんだと思う。

対応してくれたその女性は「毎年、保育園申し込みの時期になるとものすごく混雑します。何時間待ちになることもあるので、早めに来てくださいね」と言っていた。彼女もまた、一日中同じことを説明し、申し込み用紙をチェックし続ける数ヶ月を過ごすのだろう。頭が下がるとしか言いようがないよ。

魔女に魔法をかけられたら、たくさんのコビトたちが世の中の歯車を回しているのが見えるようになった……そんな絵本のようなイメージで伝わるだろうか。見えないところで、彼らは働き続けている。当たり前を維持するために。

娘はいつも、わたしに知らない世界を見せてくれる。

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