東京のような人になる

最近、仕事で東京駅エリア(駅で言えば京橋、大手町あたり)に行くことが多い。鹿児島から上京して13年、いい加減慣れてもいいころだけど、ここらへんに来るといまだに高揚する。

というのもわたし、大学は新宿区に、新卒で入社したダイヤモンド社は原宿に、そしていま所属しているバトンズは渋谷にあるので、「東側」への耐性がない。東京駅エリアに行けば「わ、丸の内OLっぽい、アイロンかかってる感じ」と気後れしたり、永田町界隈に行けば「日本を動かしてる人たちなんだな、重厚感ある」と思ってしまう(どんな田舎者だ)。

なんでそんなふうに思ってしまうのか。
街の持つイメージ、個性のせいじゃないか、と思う。

渋谷・原宿、東京、九段下、六本木、品川、西新宿、新橋——東京にはいろんな街があり、それぞれ違う個性がある。これはわたしの思い込みじゃなく、確かに存在する、と思う。

実際、どの街にオフィスがあるかで、無意識にその会社のキャラクターが印象づけられたりする。
たとえばサイバーエージェントが九段下に、Googleが新橋にあったら「?」だし、東京海上が青山にあったらこれもまた「?」だ。名刺交換のとき、「ダイヤモンド社がなんで原宿にあるの?」と聞かれたことは数知れないけれど、バトンズだとそうは言われない。

……と考えると、東京ってやっぱりすごいと思う、こんなにいろいろな個性がぎゅうぎゅうに詰まっているんだから。いわゆる東海岸&西海岸的なカルチャーはじめ、多種多様だ、ほんとうに。

だから思うのは——少し飛躍するのだけど——ごちゃまぜの街らしくみんなもっと寛容になれないもんかなあ、ということだ。フリーランスか会社員かとか、年功序列は悪だとか、おじさんは老害だとか、0か100かの論争はしなくていいのになあ、と。

いろいろな会社に取材に行くと実感するけれど、それぞれの街で、それぞれの会社が、それぞれ育んできた個性や文化がある。
背広でもジーパンでも、
転職者が多くてもプロパーばかりでも、
客観的にイケていてもイケていなくても、
希望を持ってたのしく働いているところはたくさんある。
東京全体で見ればごちゃまぜなんだから、同じように、お互いの「それぞれ」を大事にすればいいのに。自分と違う文化を駆逐しようとしなくていいのに。

昨日おじゃました会社は、いわゆるSNSで盛り上がるような「いまどき」なカルチャーと真逆で、昭和の日本企業らしさ残る個性を持っていたけど(大企業なのに社員がほとんどプロパーとか)、
ずーっと成長してるし、上場してるし、なによりめちゃめちゃ働いているひとたちが楽しそうで魅力的でした。

時代の最先端とか、イケてるように見えるとかで、ひとつの「べき」におさまる必要はないよね。東京のように、「それぞれ」を受け入れられる人になりたい。し、そういう人に囲まれていたい。排他的なカルチャーだと、疲れちゃうから。

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田中裕子

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