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そらそうよ®と言えなくなるのか

(2022/1/15加筆 3351文字)

「そらそうよ」商標登録出願

 阪神球団さんが岡田監督の名言「そらそうよ」を商標登録出願したことが報じられました。
「商標権」はロゴや商品名などを登録し、独占的に使用出来る権利です。
 同じく知的財産権である「著作権」は創作と同時に自動的に発生しますが、商標権は登録して初めて発生する権利です。
少し前に話題になった「ゆっくり茶番劇」をご存じでしょうか。
ニコニコやYouTubeなどの動画のジャンルで「ゆっくり」という動画があります。

 合成音声で生首がしゃべるという人気ジャンルなのですが、実況や解説に次ぐ人気ジャンル「ゆっくり茶番劇」が無関係の第三者によって商標登録され、大炎上したという事件です。
関係者に無断で商標登録した「柚葉」氏は大バッシングに遭いましたが、彼はルール上問題のある行為をした訳ではありません。
またモラルとしても特に大きな問題はないと思われます。
 商標は「先願主義」をとられてオリ、「先に出願」した者が権利を得ます。
出願より以前からその商標(屋号・ブランド名)を使っていた人は「先使用権」を有しますが、実務上は非常に限定的です。
よほどメジャーな「誰でも知っている」ブランドでなければ、商標登録した人に商標を奪われてしまうのです。
奪われるというのは正確ではありませんね。
「商標」には「正当な持ち主」はなく、最初に登録した人が持ち主となります。
この「誰でも知っている(周知性)」のハードルは高く、例を挙げると「ラーメン二郎」ですら認められていません。
宅配ラーメン専門店「宅二郎」商標に対してラーメン二郎が弁護士3人をたてて異議申立てをしましたが、特許庁はラーメン二郎の周知性を否定し却下しています。
 こういうのが報道されると、ゆっくり茶番劇の時もそうですが「無関係の第三者が商標取得出来るのはおかしい。法律を改正すべきだ」「ネット社会に法律が追いついていない」という批判が出るのですが、現行の商標法は時代遅れではないし、先願主義は合理的だと思います。
先使用主義(商標に本来の持ち主がいる)をとると、商標ゴロ(パテントトロール)の活動の範囲を拡げてしまう可能性が高いです。

何故「先願主義」を採るのか

 感覚的には、本来の使用者以外の第三者が無断で商標を登録して自分の者にしてしまう(奪う)ことが出来るのはおかしく感じると思います。
これを「本来の持ち主がいて、第三者が勝手に登録出来ない」という考え方にすると、今度は「本来の持ち主」が登録しようとした時に「それは私のものだ」と異議を唱えられた時に非常に難しくなるのです。
パテントトロール・商標ゴロと呼ばれる知的財産権を悪用したビジネスが横行していますが、商標の場合は先願主義なので自分が先に商標を登録(出願)していないと横やりを入れることが出来ません。
だから「ブレイクしそうなブランド」などを狙って先に出願しておく、という数撃ちゃ当たる戦法をとります。
もちろん出願には相応の費用がかかるので、乱射であっても厳選して出願することになります。
ところが先使用権を広く認めると、本来の持ち主が出願した後に先使用権を主張する、ということが可能にあります。
近年はネット実績も評価されるようになっているので、サイトを履歴含めて捏造された場合、本来の持ち主の方が後から使用したように偽装することも出来ます。
話し合いで解決出来なければ審理・裁判ということになりますが、お金も時間もかかります。商標ゴロ側は和解金目当てなので、ダラダラ引き延ばすだけで利益を得られる可能性が高くなります。
 だから商標は「とられたくなければ出願しておけ」がビジネスの常識なのです。
それを「防衛出願」といい阪神球団もそのように説明しています。

阪神優勝商標問題

 さて、野球ファンならこの話で思い当たる「商標」がありますよね。
そう、「阪神優勝」です。
2003年星野監督率いる阪神タイガースが優勝した時に、「阪神優勝」のフレーズが千葉県のT氏なる男性によって2002年に取得されていることが判明し大炎上しました。
商標は有効範囲が45種類(商品名・サービス名)の区分に分かれています。
取得した区分以外に商標権は及びません。
もちろん複数(多数)取得することも出来ますが、費用がかかるので選択して取得することが一般的です。
阪神優勝商標は25類(被服・履物など)と28類(おもちゃ、運動用具など)の2区分が取得されてオリ、ノベルティグッズなどを想定したものと思われます。

セージ弁理士事務所さんのホームページより引用

 ①がT氏出願・登録の商標、②はT氏が追加で出願(24類)した商標(特許庁により拒絶)、③は阪神球団が出願した商標(同じく特許庁により拒絶)です。
こう見ると「横縞だんだら」まで組み合わせてしまうとアウトっぽい感じもしますね笑
 阪神球団は2002年開幕7連勝のロケットスタートから5月終了まで首位の勢いを見て6月に「阪神優勝」の商標を出願します。
ところが既にT氏によって同商標が登録されており、それを理由に拒絶(却下)されました。
2003年、2年目の星野阪神は開幕からぶっちぎりの首位街道を走り抜けます。
7月になってマスコミが阪神優勝商標のトラブルに気付き、大きく報道されました。
8月になって阪神球団も動きます。
商標の無効を訴える「無効審判請求」を行い、翌年1月には無効審決が確定してT氏のもつ商標が無効となりました。
これが「阪神優勝商標騒動」の顛末です。

「そらそうよ」と言えなくなる?

 その「苦い経験」を踏まえ「そらそうよ」商標出願となった、というのがアウトラインだと思います。

 で、ここで大切なことですが現在は「出願」した段階です。商標として認められる(登録される)かどうかは分かりません。分かりやすく言えば「東大受験」と「東大合格」くらいの違いがあります。商標として認められるかどうかはざっくり言って「類似の登録商標が無いか」「識別力があるか」が重要な要素となります。
「識別力(識別性)」とは、「誰の商品・サービスであるか識別出来る目印となる力」のことです。よく使われる例えで「アップル」は「(果物としての)リンゴ」の商標としては識別力がありません。ですが電子機器のブランドとしては十分に識別力があります。
 そう考えると、「そらそうよ」という一般的な言葉(関西弁ですが)に識別力があるのか?と疑問に思う方もおられると思います。
弁理士の方にお聞きしたところ、阪神球団が出願した24類(織物・布団など)、25類(被服・履物など)、35類(広告業・小売業など)、41類(書籍の製作・イベント企画など)においては登録される可能性があるとのことでした。
ただし阪神球団は早期審査(ファストレーン)を選択してオリませんので、登録までには1年程度かかる場合があります。つまり今季中には間に合わないということですね。

 これはうがった見方ですが、阪神球団の目的は「広報広告」ではないかと思います。
岡田監督のよいキャラを活かし、知ってもらうために出願したのではないでしょうか。
十数万円の費用で、既にかなりのメディアで紹介されました。
コスパのよい広報だと思います。
登録出来るかどうかよりも、「出願そのもの(の話題性)」に意味があったのでは無いか?と邪推かもしれませんが考えてます。
 ちなみに商標登録されても「そらそうよ」という言葉が使えなくなる訳ではありません。
ルイヴィトンは商標登録されてますが、テレビでタレントがルイヴィトン買った!と言うのが問題ないのと同じです。

 ちなみに商標「Buffaloes」は45区分中25類と幅広く登録されてオリ、バファローズを銘打った商品を販売することは大変難しくなってオリます。
細かいことですが呼称(呼び方)は「バファローズ」「バッファローズ」の両方が参考情報として登録されてオリますね。

 今後の「そらそうよ」商標について注視したいところです。
知財権の登録情報は特許庁の検索サイト特許情報プラットフォーム|J-PlatPat [JPP]でステータスを見ることが出来ますが、現役弁理士の方にお聞きしたところ「全くアテにならない」そうです笑


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