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あの若き日の過ち「アンインストール」を、取り返すことはできるだろうか


ふとした瞬間、若いころの過ちを懺悔したくなることはありませんか?


気のおけない友人たちと楽しく飲んだ夜の帰り道。

恋人と手をつないで散歩をし、ふと曲がり道に行き当たったとき。

美しさに言葉をのむ、ある日の夕焼け空を見て。


私はこうしたとき、あの日のできごとを懺悔したい衝動に駆られます。


14歳の私が犯したあの日の罪。

冷静さを失い、逃げ出してしまった自分の弱さ、脆さ。

降りしきる雨の中、どんなに後悔しても取り返すことはできないんだと、地面を叩いて泣き叫んだ過去。


当時から20年を経てもなお、私が折に触れて思い出し、懺悔したいと望んでいるのは中学生のときの友人のお兄さんです。


私の友人のことを、仮にS君としておきましょう。

S君には3つ歳上のお兄さんがいました。

S君のお兄さんは、それはもう大層いかがわしく、驚くほどの量のいかがわしい雑誌を持っていたのです。


私は当時中学3年生でした。

中学3年生男子といえば、寝ても覚めても授業中でも食事していても歩いてもふと立ち止まって空を見上げているときでさえもいかがわしい妄想で頭がいっぱいの年齢です。

私は当時、S君の家に遊びに行くのが楽しみで楽しみでしかたありませんでした。

しかし、その私の期待と反比例するように、S君のお兄さんはいかがわしい雑誌を見られることを好みませんでした。

いま、当時のお兄さんの年齢を考えれば、それは当たり前すぎるといってもいいほど当たり前なことです。

誰が好きこのんで弟の友人に、自分のいかがわしいコレクションを、その性癖とともにオープンにせねばならないでしょうか。


しかし当時の私は、罰当たりにもこう考えていました。


「いかがわしい雑誌ぐらい好きに見せてくれよぉ!!」

「減るもんじゃないんだしさぁ、分け合えばいいじゃん! 分け合えばみんなハッピーじゃん!!」

「あーあ、おれ、いますぐ大量のいかがわしい雑誌が読みてぇ」

と。


しかし私は思春期のころから一貫して「むっつりすけべ日本代表」の地位を窺っているような人間でしたので、当然表立ってこんなうすぎたない欲望を口に出すことはできません。

ちょくちょくS君の家に遊びに行き、獲物を狙う虎のごときがまん強さでもって機を待つことしかできませんでした。


「機を待つ」、というのはどういうことか。


実はこのS君、この兄にしてこの弟あり、彼もなかなかのいかがわしさを誇っていたのです。

S君は、兄の帰りが遅いと察するやいなや、兄の部屋に私を招き入れ、「いまのうちなら見られるぞ」と秘蔵の雑誌置き場を教えてくれるのです。

むっつりすけべの私は「いいよそんなの、今日はゲームしようよ」と遠慮しつつ、S君が聞き入れず雑誌を手に取ることを確認してから、「ったく。しかたないな」と肩をすくめたのちに自分も雑誌に手をのばす、というルーティンを怠ることはありませんでした。


まさしくむっつりすけべ界のアスリート。


批判をおそれずに言うのならば、むっつりすけべ界のイチローと呼ぶにふさわしいほどの徹底したルーティン。


そんな「Top of いかがわしい」へ至るための修行を積んでいた私とS君でしたが、ある日、S君が興奮した様子で私に話しかけてきました。


S君「おい、聞けよ、すごい情報を手に入れたぞ」

私「おいおい、どうしたんだいそんなにあわてて。少しおちつけよ」

S君「これが落ち着いていられるかよ。よく聞け。うちの兄貴のパソコンに、どうやらエロいゲームが入ってるらしい」


どうやらエロいゲームが入ってるらしい。


これほど中学3年生男子をたかぶらせるキーワードがありましょうか。

インターネットがこれほど身近になった現代の男子であれば、「そりゃあるでしょ」ぐらいの気持ちかもしれませんが、当時はWindows98がようやく世間一般に広まりはじめたころで、いかがわしいゲームなどは夢のまた夢でした。

実は私の母は、一時期パソコン関係の仕事をしていたため、たしかWindows95以降、それなりに最新型のパソコンが常に家にある環境でした。

しかし当時私がやっていたことといえソリティアやマインスイーパぐらいで、トランプを並べ替えたり地雷を掘り当てて爆発したりするのがせいぜいでした。


しかし、それが、いかがわしいゲームに変ずるやもしれぬ…?


となれば、

ソリティア <<<<(超えられない壁)<<<< いかがわしいゲーム

となるのは、中学3年生の男子としては無理からぬことでありましょう。


私の胸は高まり、われわれは千載一遇の好機を待つ身となりました。

いま思えば、このときの私はノリノリの反応をしていたことしか思い出せず、これはむっつりすけべ失格の烙印を押され、額を「オープンスケベ」と熱く焼かれたとしても抵抗できぬほどの不名誉です。

しかしある意味では、「それほどに未知のいかがわしさへの期待が高まっていたのだ」と、当時の私の興奮が一端でも伝わりはせぬものかと期待します。

それはまるで、未知なる宇宙のダークマター、そのなかにきらめくひとすじの流星を、手を固く握りしめ、空を仰いでいまかいまかと待ちわびる少年のような心持ちであったのです。


そしてそのときはやってきました。


S君のお兄さんが、数日間部活の合宿に行くこととなったのです。

われわれが秘密を嗅ぎつけていたことを知ってか知らずか、お兄さんはわれわれを呼び出してこう言いました。


「絶対に、勝手にパソコンにはさわるなよ」

と。


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それからお兄さんは、ゆっくりとした口調で、

「万が一壊れたら困るからな」

と、付け足しました。


私は「何を言っているのだ。本当におそれているのは、パソコンが壊れることではなく、われわれにいかがわしいゲームを見られることなのだろう」と心で唾棄しながら、こう答えました。


「はい!!!!」

と。


その年一番の大きな声で。


その年一番の情熱(おもい)を込めて。


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そうしてお兄さんが出かけたあと、われわれは舌の根も乾かぬうちに、というか、舌の根を乾かす気も一切ないままに一目散にパソコンに駆け寄りました。

その姿は獲物を追うライオンのごとし。

少し表現がかっこよすぎるのであれば、公園の隅に落ちてるいかがわしい雑誌を見つけて群がる小学生男子のごとしでありました。


われわれはパソコンの電源をつけ、呼吸を整えると、二人で顔を見合わせてうなずきました。

なんということでしょう。

お互いの信頼、そして期待が完璧にシンクロしたかのように、S君の顔がこれまでになく頼もしく、晴れ晴れしく、一体感をともなって私の目に飛び込んできました。

きっと、彼の目から見た私も、同じ表情をしていたはずです。


われわれは、まず、パソコン内のゲームの場所を探すことにしました。

これはすぐに見つけることができました。ぼかすために仮に書くと、


「IKAGAWASHII」


みたいなあからさまなフォルダがデスクトップにあったからです。


「不用心だなあもう!」

そんなことをウキウキでつぶやきつつ、われわれの期待はいよいよ高まります。


アイコンを見つけ、S君が震える手でマウスを動かします。

震える手っていうか物理的にマウスポインタが震えています。


マウスポインタというのはこんなやつです。


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S君はこれを、小刻みに震わせながら運命のダブルクリックをします。


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すると噂のいかがわしいゲームは立ち上がり、きれいなナイスバディのお姉さんが画面に現れました。

われわれはハイタッチを交わすことさえ忘れ、食い入るように画面を見つめます。


えっ、えっ、いかがわしいゲームって、このきれいなお姉さんがどうにかなっちゃうの!?

いついつ? いついかがわしいことになっちゃうの? いま? いまもうなっちゃうの??

一体どれほどのいかがわしい展開が起こっちゃうの????


などという激しい期待感で息切れ動悸めまいを覚えつつ、われわれは一度呼吸を整えました。


そして改めて立ち上がった画面を見ると、そこにはこのようなメニューが並んでいました。


・はじめから

・つづきから

・設定


これらは、スーパーファミコンのようなゲーム機でもあるメニューですから、中学生のわれわれには容易すぎるほど容易に理解ができます。


問題は、そのつぎに並んでいた、そう、あいつです。


・アンインストール


われわれは見覚えのない単語に、思わず顔を見合わせました。


S君は、私にこう言います。


S君「谷口、家にパソコンあるんだろ。これ、どういう意味なの?」


私は当時、英語が苦手だったものの、勉強自体はそこそこ(あくまでそこそこ)できるほうでした。

そして虚栄心の強かった私は、大したことのない記憶力のよさを、自分ができる数少ない自慢のひとつのように思っていたフシがあります。

私は画面を見つめたまま、こう答えました。


私「おれも詳しくは知らないけど、母親が『ソフトを使えるようにするにはインストールをしなきゃいけないんだよ』って言ってたことを、この頭脳に記憶している。つまり、何かソフトを使うときには」

「インストールが必要なんだ」


なぜか途中一拍の間を置き、もったいぶってそう宣言しました。


S君「なんか『アン』って書いてるけど、これは?」

私「それはわからないけど、『インストール』っていう言葉がついてるんだから、まずこの『アンインストール』っていうのをするべきなんじゃないかな」

「いや、するべきだ。ぼくたちには、アンインストールが必要なんだ」


いちいちもったいぶった話し方をする知ったかくそ野郎だった私は、S君へ、自分のほうが知識があることにしておくために、こう言いきりました。

いまはスマホのアプリにも「インストール」「アンインストール」という言葉があるぐらいなので、みなさんは「アンインストール」の意味をよくご存じですね。

S君はまた震えるマウスポインタで、震えたまま「アンインストール」のボタンをクリックしました。


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すると、パソコンが不可思議なガガピピといった音を発し、ウインドウが現れては消え、現れては消え、画面にいたはずのきれいなお姉さんが消滅しました。


お姉さん・・・ッ!?


私は地震かと思うほど、流れるようなスムーズさで大きいほうを漏らすんじゃないかと思うほどに震えましたが、内心平静を装う必要がありました。


S君「おいっ!? 画面消えちゃったけど!? 大丈夫なの!? 壊してない!?」


S君が動転した様子で私を追い詰めはじめたためです。


私「いや、パソコンには、再起動とかいうやつが、必要らしいよ。どうもそうらしいよ。きっとそういうことだよ」


先ほどの自信が消滅した(画面のお姉さんのようにね!)態度で、私はS君にそう答えました。


単純なS君は、

S君「なんだよ、そうか、びっくりした。もし壊したらおれ兄貴に殺されちゃうよ」

と物騒なことを言って笑います。


私はニコリと笑みで応えて心でこうつぶやきました。


えっ、壊したら殺されちゃうの・・・!!?

えっ、そんなの聞いてないんだけど、言っといてよ!!

壊したら殺されちゃうんなら、事前にそう言っといてよ・・・ッ!!!


私の悲痛な心の叫びもむなしく、S君はもう一度フォルダを開きますが、再起動しようが何しようがそこにはほとんど何も残っていません。

そりゃそうですアンインストールしたんだから。

削除しちゃったんだから。


「えっ、あっ」

うめくS君

「えっ?」


私は、

「ごめん、おれ習い事あるの思い出した! おじゃましました!」

と全速力でその場を逃げ出しました。


・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そのあと、私はS君と気まずくなり、話ができないまま卒業を迎えてしまいました。

S君は、いまごろどうしているのでしょうか?

お兄さんに怒られてしまったのか、怒られずに済んだのか、すべては神のみぞ知る、いいえ、もしかしたら、あの消滅したお姉さんだけが知っているのかもしれませんね。


お兄さん、あの日のことを、ここに懺悔します。

あの日いかがわしいソフトをアンインストールしたのは私です。

そして、あの日の事件をきっかけに、私は肌で「アンインストール」という言葉の意味を覚えることができました。


アンインストールの「アン」は、アンガールズの「アン」。

アンガールズは男性の二人組。ガールズでは「ない」。

そして、アンインストールもまた、インストールでは「ない」。


頭に「アン」がつくと、否定の意味になるのですね。

全国の青少年よ、どんなにいかがわしいゲームがやりたいときでも、冷静さを失ってはいけない。

はやる手はおさえて、たぎる下半身はまあしかたないものとして、クールな頭で臨むんだ。

賢明なる諸君に、どうか、私のこの教訓が伝わらんことを。

そんな切なる祈りを込めて、私はこの筆をおくことにします。





追伸:

勢いで「その後S君と話していない」と書いてしまいましたが、実際は普通に話してましたし、普通に激怒されましたし、後日見たらいかがわしいゲームは普通に再インストールされていました。そんで普通にプレイしました。



サポートはいただかなくて大丈夫です。「スキ」を押してくださったのであれば、お気持ちはぐんぐんに私の胸、あるいはメガネにまで到達しております。