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初音ミク、超歌舞伎、そしてwowakaさんに寄せて

〈はじめに〉

 以下は、中村獅童&初音ミク主演の超歌舞伎2019「今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)」後に行われた初音ミクと歌舞伎ファンの方々による合同交流オフ会参加者の方々にお送りした文章の再録です。

 がんの病床から復帰した中村獅童さんと、その闘病を支えたファンのみなさんの言葉の贈り物をめぐり、昨年、記事を書きました。今年は記事ではなく個人的回顧として、超歌舞伎を振り返り、同時に、急逝されたwowakaさんへの弔意をこめました。

 「あまたの人の言の葉」──それは超歌舞伎の鍵のせりふであり、さかのぼれば2007年の初音ミク誕生以来、常に深い意味を持つ言葉でもありました。そうした「あまたの人」に寄せた、これは文章でもあります。(冒頭の写真は、ファンの方々が闘病中の中村獅童さんに贈られた桜の木のメッセージカードです)


歌舞伎×初音ミクファン合同交流オフ会参加の皆さまへ

 朝Pこと丹治吉順でございます。今年も参加のお誘いをいただきながら、先約があり、お断りせざるを得ませんでした。

 今年の超歌舞伎の大団円、高く噴き上げられた花びらが客席に舞い降りていくさまを見ながら、ここにお集まりの人々をはじめとする多くの皆さまがかつて獅童さんに贈られた言葉を思い起こしていました。

「数多(あまた)の人の言の葉と桜の色の灯火を。その二つに我らが思いを重ねて、千本桜に再び花を」

 獅童さん演じる忠信は幕切れ間近、そのように声を張り上げました。このせりふの前半はそのまま、皆さまが獅童さんに贈られたあの手づくりの桜の木に、また、生放送の画面を彩るコメントと桜の絵文字の弾幕に重なります。

 会場に降りそそぐあの花びらたちを、そして舞台の上にふたたび咲いた千本桜を目にしたとき、獅童さんたちが「数多の人の言の葉」というせりふに、そして「今昔饗宴千本桜」という演目にこめた思いは、自分の想像を超えていたのかもしれないと私は感じました。

 昨年、獅童さんの闘病とその復帰を、皆さまの多大なご協力のもと、記事にすることができました。かなめになったのはもちろん「数多の人の言の葉」であり、このせりふについて私は「一人の名優と無数のファンを結ぶ絆の象徴になった」と書きました。

 この言葉と皆さまの物語は、記事に描いた昨年のあのせりふでひと区切りついたと、私は勝手に考えていました。けれど今年、あの花びらたちを見て、それは間違いだったらしいと気づきました。物語は続いている、いや続ける--獅童さんと超歌舞伎の作り手の方々の意志はそこにある。だから原点である「今昔饗宴千本桜」と、かなめであるあのせりふを今年、生まれ変わらせたのだろうと。当初は手探りだったこの舞台を、作り手と受け手という数多の人が共に紡ぎ続ける物語の再度の始まりとするために。

「千本桜に再び花を」咲かせた大きな力のひとつは、皆さまが獅童さんと手をたずさえた復活という現実の一幕にあったと私は思います。


 話は少し飛び、千穐楽の開幕直前に移ります。超会議本会場のDJエリアでは、ご存じkzさんのステージが最高潮に達していました。

「Packaged」「Tell Your World」「Hand in Hand」などの自作に、Bump of Chickenやナユタン星人といった方々(それから月ノ美兎さん…かな?)の作品を織り交ぜた幕切れ近く、「オレがこの曲かけていいのかわからないんだけど」と彼は言い、そして続けました。「みんな、最後はダンスホールで踊って帰ればいいと思うんですよ」

 そうして響く「ワールズエンド・ダンスホール」。wowakaさんの切り拓いた高速ボカロックの流れが、「千本桜」の満開につながっていることを、ボーカロイドファンの多くは忘れていないと思います。

 kzさんの直前に出演したピノキオピーは、自らの「ニッポンの夜明け」を演じ、歌いました。

「今日もいろんな音楽が たくさん生まれて死んでいく。死んだと思った音楽が あなたに聴かれて蘇る」

 獅童さんのせりふとこの歌詞は、とてもよく似て聞こえます。

 作品の命には二つの側面があります。作り手が生み出す最初の命、そして、生まれたその作品をファンが聴いて、見て、あるいは読んでつないでいく長い命。wowakaさんの作品の命は、聴き続け、語り継ぐ人々がいる限り、必ず続きます。

 超歌舞伎の命もまた、皆さまが舞台に足を運び、語り継ぐ限り続きます。命をつなぐ人の力は、ふたたび命を生み出すことにもつながります。

「数多の人の言の葉と桜の色の花びらを。その二つに我らが思いを重ね、千本桜に再び花を」のせりふそのままに。

 そんな皆さまへの応援の気持ちをお伝えしたく、主催のキヨさんにこのメッセージを託します。初音ミクとボーカロイドの文化を咲かせ、そして支え続けるあまたの人々を心から敬愛する者として。

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※文中に触れた記事は以下の2本です。1本目は有料会員限定ですが、2本目は全文を無料でお読みいただけます。

歌舞伎とミク、ファン咲かせた桜 獅童さんの闘病支える(2018年4月26日付、有料会員限定記事)

獅童さん「帰ってきたぞ!」 超歌舞伎でファンに恩返し(2018年5月1日付、全文公開)

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