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創る楽しさを若者に。事業創造のためのプロジェクトスペース「FANTASIA(ファンタジア)」

学校でも塾でもない、無償から低額でアクセスできる地域の学び場を紹介する「まちの探究サードプレイス」。

今回ご紹介するのは、福岡市平尾にある事業創造のためのプロジェクトスペース「FANTASIA(ファンタジア)」。2020年にオープンしたファンタジアは、事業家をはじめとする大人たちと、事業やクリエイティブの分野に関心がある若者たちが集う居場所になっています。

高校生の頃からファンタジアに通っていたという野元玲花さんと、ファンタジアを立ち上げた毛利慶吾さんに、お話を聞きました。

まちの時間を豊かにする実験を、19歳が始めた

—— 玲花さんは、どうしてファンタジアに通い始めたんですか?

玲花:初めてここに来たのは、高3の春頃です。「今どんなことが流行っているか、高校生の話を聞きたい」と言われて、ファンタジアに行ったのが最初で。帰り際に「また来てね」と言ってもらって、1ヶ月後くらいにまた遊びに行ったんですよね。

その日は学校の宿題で、将来の夢について作文を書いていたんです。そのとき「何しているの?」と声をかけてもらって、公園づくりに興味があることや、「スタバがあるようなおしゃれな公園にしたい」と話しました。

そしたら、「お金がないと過ごせない公園だね」「ホームレスの人たちはどうなるんだろうね」「公園の、公共って何だろうね」と問いかけられて。それで、「まちづくりの本がいっぱいあるんだよ」といろんな本を見せてくれたんです。

いまの私のバイブルになっている田中元子さんの『マイパブリックとグランドレベルー今日からははじめるまちづくり』もそのときに貸してもらったんです。公園をつくりたい思いはあったものの、そんな職業は聞いたことがないし何を参考にしたらいいかわからなかったので、すごくびっくりました。

「また来てほしいから、読んだらまた来てね。次の本を貸してあげるから」と一冊ずつ本を貸してくれて、すごくワクワクしました。一冊読み終えたら新しい本を借りに行く。そんな生活が始まって、気がついたらファンタジアに通っていました。

—— 公園をつくりたいと思ったきっかけは?

玲花:中学の修学旅行で、シンガポールのチャイムスという教会に行ったのがきっかけです。中央広場みたいなところに芝生があって、そこで地元の人や観光客が思い思いに過ごしていたんですよね。寝転がったり本を読んだりおしゃべりをしたり...。

この光景を見たとき「こんなに豊かな時間が流れる場所、日本になくない?」と思いました。こんな場所があれば日常をもっと楽しく過ごせるんじゃないかなって。こんなふうに自分の時間をつくれたら、もっと自分を大切にできると思ったんですよね。

日本にはベンチもあんまりないんですよ。おじいちゃんやおばあちゃんは街中で休憩できないから外出が難しくなっています。私も歳を取ったとき座れる場所がないまちや、お金を払わないと入れない場所ばかりのまちに暮らすのは嫌だなって。

日本は消費する場所は多いですよね。天神に行くとブランドのバッグやコスメがたくさんあるし、買い物するのもその瞬間は楽しいけれど、全然記憶に残らなくって。思い出にはならないっていうのかな。もっと意味のある経験をできる場所が、まちに増えたらいいなと思っています。

—— 高校を卒業後も、ファンタジアに通っているんですよね。

玲花:22年の春に卒業して、その後もファンタジアに来ています。名刺もあって、肩書きは「勉強家」。お金をもらって何かの仕事をしているというわけではないけど、この場所が面白いので、関わり続けているという感じです。

2022年10月からは、ファンタジアの軒先で無料のコーヒーを振る舞う「REIKA'S FREE COFFEE」というプロジェクトを始めました。「やっちゃおう!」と背中を押してもらって始まったプロジェクトですね。高校に通ってるだけでは出会わなかったような、いろんな人がまちに住んでいることを実感するきっかけになりました。

—— ここは玲花さんにとってどんな場所ですか?

玲花:考えが発展する場所ですね。ファンタジアにはいろんな分野の知識を持っている人がいるし、「どんなことに興味があるの?」「どうしてそう思うの?」「じゃあこんなのもあるよ」といろんな問いかけや提案をしてくれる。

質問されるだけじゃなくて、自分でも、気になったことをいろいろ聞いています。事業家の人たちがたくさん来るので、「何の事業をやっているの?」「何のためにやっているの?」って。

そういう会話をしたからこそ、まちについてどんどん考えるようになったし、少しずつ自分も前に進んでいるように思います。実はもうすぐファンタジアに通う生活を終えて、マレーシアの大学に進学予定なんです。マレーシアは多民族国家で、様々な背景を持った人がいる。いろんな文化を学んで、公園づくりに活かしたいなと。留学生活がすごく楽しみですね。

クリエイティブに関心ある人が、勇気が出る場所

—— 玲花さんをはじめ、新しい風をまとった若い人がこの場所に集まっていることを感じます。毛利さんはこれまで編集や広告代理店の仕事をされていたそうですが、どうしてファンタジアを立ち上げることに?

毛利:僕はものをつくる仕事にずっと憧れていたんです。でも、周囲に望まれなかったこともあって、その道には進まなかった。美術系の大学に進みたい気持ちがありながら、東京大学の教育学部に進学したんです。でも、「あのとき踏み出せたらよかった」という宿題は、今でもずっと抱えていて。20〜30代のうちはコンプレックスでもあったと思います。

それで、当時の僕のような人が出会えたら勇気が出る場所をつくりたいと思ったんです。ここがあったから望む道に進もうと思えた、みたいな場所。僕みたいに自分でブレーキをかけちゃう若い子ってたくさんいるし、まちには子どもや若者が何でも自由にできる場所が少ない。でも、そんな場がまちにあってもいいなと思ったんです。

—— 「レールを逸れてしまったら潰しがきかない」と言われる親御さんや先生は多いですよね。子どもや若者たちも、身近にはそういう人との出会いがなかったり。この場所での出会いに、励まされる若い人たちもいそうです。

毛利:広告代理店を辞めて会社を立ち上げて独立して、最初の1年は自宅で仕事をしていましたが、2年目に今の場所を借りることになりました。ビルの1階で場を開いたのは、通りからも中の様子がちょっと見えて、「あれ、ここはなんだろう」と若者の中に刺激が生まれるといいなと思ったから。まちに場が開かれていることが、大事なんじゃないかと僕は思っているんです。

そもそもこの場所をつくった理由は「事業家が悪戦苦闘する様子をまちの景色にしたい」という気持ちからでした。僕はいま事業ブランディングの仕事をしているので、ファンタジアには事業家がやって来ることが多いんです。

事業家にとっても、若者たちの様子は刺激になるんですよね。玲花ちゃんが熱心に質問したり、いろんなことを学んでいく姿に感銘を受けたという人もいました。

—— 一般的には教育系の団体が子どもや若者のサードプレイスを運営する形が多いと思いますが、教育とは別の本業を持っている企業が、その特性を活かしながら地域に場をひらくのも、とても面白いですね。

毛利:ファンタジアは夫婦で運営しているので、僕の思いだけでやっているわけではないんです。パートナーのマユコは福岡で生まれ育っていて、この近くの高校に通っていました。社会に出ていろんな大人に出会ったものの、学校では「エリート」の大人像だけが教えられる。そのことに違和感があったようなんです。

なんの羅針盤もなく自分の生き方をつくっている大人、とくに事業家や芸術家などと交われる環境がまちにほしいな、という思いは夫婦ともに共通していて、この場ができていったんだと思います。

名前はブルーノ・ムナーリの『ファンタジア』から付けました。創造性に関する本で、すごく大切にしている一冊です。人間が創造性を発揮しているときに考えていることが紹介されていて、創ることの根幹がわかる本ですね。

面白いことが生まれそうな匂いに、若者が集まる

—— ファンタジアにやって来る方たちは、どんな時間の過ごし方をしているのですか?

毛利:例えば、最近は建築をやっている20代の子が、ファンタジアをアトリエとして使っています。いずれは自分のアトリエを持つかもしれませんが、自立するまでのプロセスを支えてあげたいですし、「お客さんと仕事をする際に、こういうことを大事にしているよ」と話したこともあります。本当に自分のアトリエのように使ってくれていて、彼が友人たちを誘って、お酒を飲みながら夜通し映画を見ていることもありますね。

ファンタジアに来る人の中で多いのは、20代前半の若者たち。とくにクリエイティブな仕事に関わりたい学生が多い印象です。あとは、事業家の方々。年齢は20代から70代まで様々ですが、新規事業に注力している方が多いと思います。それから、主婦の方や子どももよく来ています。

面白い若者を寄せつける場所って、クリエイティブなことがすでに生まれた場所じゃなくて、クリエイティブなことが生まれそうな予感が永遠に続いている場所だと聞いたことがあります。創造が生まれそうな匂いが、ファンタジアにもっと必要だよなと思っていますね。

—— ここは万人向けのサードプレイスではないかもしれませんが、クリエイティブやデザイン分野に興味がある若い人にとっては、すごく居心地のいい空間だろうなと思いました。本屋さんでは見かけないような本が、たくさん揃っているのも印象的です。

毛利:ソムリエのように「この本読んでみる?」といろんな本を薦めています。人を焚きつけるために使っていますね。ファンタジアに置いてある本はビジネス書は少なくて、いろんな人が一歩踏み出す際やプロジェクトを立ち上げる際に刺激になるような内容のものが多いです。

来る人の関心にあわせて少しずつ本が増えてもいて、玲花ちゃんが来るようになってからは、場づくりや建築系の本を置くようになりました。

「突出した人はどう生まれるのか」という問いが僕の中にはあって、どんな環境や教育を用意すると人が伸びていくかをリサーチしながら、この場を運営しています。松下村塾とかトキワ荘にもずっと興味があるんですよね。ファンタジアも、人が伸びる場として再現性がつくれているかなと思いながら、空間なども少しずつ変えています。

お金が発生しないからこその、相互作用

—— 市街地の1階でこうした場をひらくのは、コストもかかっていますよね。行政の委託や助成金ではなく、完全な持ち出しでやられていて、すごいなと感じます。

毛利:収支の面での難しさは確かにありますし、ここに来てみんなとずっと喋っていると自分たちの仕事の時間がとれなくなって夜遅くに家で働く羽目になってしまったり、時間的な難しさもありますね。笑

とはいえここに来る人からスペースの利用料を取ろうとは思いません。ファンタジアに置いてある飲み物の缶なども、全くお金を取っていないんです。

お金が介在しないことで、何かの貸し借りのような曖昧な関係性がここにはあるのかもしれません。恩恵を受けたから、自分も何かしら貢献しようというインタラクティブな関係性が生まれる。玲花ちゃんのフリーコーヒーのプロジェクトも、そうした中で生まれてきたのかもしれないなと思います。

僕たちは、事業ブランディングの仕事をして企業からお金をもらって、そのお金でここの家賃を払ったりみんなの飲み物を買ったりしています。最近、お金をもらう活動と使う活動だと、お金を使う活動が自分の人格になっているなって思うんですよ。

世の中では、お金をもらう活動、何の仕事をしているかが語られがちです。でも本当は、キャンプが好きな家族とか、アート作品をよく買う老婦人とか、お金の使い道のほうがイメージや自己認識に近いんじゃないかな。どう使うか、何に使うかとか、お金を使う活動の方が人生にとって大事だよなと思い始めて、そんなことを少しずつ実験しているような感じがします。

僕はファンタジアに来てくれる人とは、なにかのサービスを提供してお金をもらいたいとかじゃなくて、個人的な人間関係をつくりたい。だから、「ここでこんなこと起こったよ」とSNSにアップすることさえも、なんだか罪悪感があって。ファンタジアに来ている人同士の対話や経験を、うちのメリットのために消費することに抵抗もあります。

アウトプットのために、人と関係をつくったり、この場所があったりするんじゃないなって。世の中にアウトプットされない、その場だけにある時間や関係性が貴重だったりするよなと思います。

—— 毛利さんがおひとりおひとりとの関係を大切にされていることが伝わってきます。

毛利:最近「うちで働いてくれる人、いないかな?」と思って、インスタグラムに投稿してみたんです。そのとき「働くこと関係なく、仕事や人生で悩んでいる人はいますか?」と書いたら、40人くらいの人が集まってくれたんですよね。それで、それぞれと4時間くらい話して、これからどうするか一緒に考えたこともあります。

比較して選ぶのではなく、自分で人生を創る

—— たくさんの若者がやってきていますが、毛利さんが若い世代に対して思うことはありますか?

毛利:若者は素晴らしいですよね。すごく透き通った目で社会を見ているから、世の中への違和感も強く持っている。そういう意味で、ハッとしたり、教えられることも多いですね。中には、その繊細な感度故に社会が嫌になっている子もいます。想像以上にみんな悩んでいるのかなと。

生まれてからずっと景気が良くならない時代を生きている世代って、そんなに希望を持っていない感じがして。「仕事も最低限でいいんだ」みたいに話す人も少なくないんです。何かすごい野心とか夢を持っているわけじゃない。そんな暗黙の空気を共有している感じが、若い世代にあるように見えるんです。

でも、一人ひとりの声を聞いていくと、奥底に必ず何かがある。それは夢とか綺麗なものだけじゃなくて、抱えてしまったコンプレックスをどうにかしてポジティブに転化したいみたいな気持ちとか。そういうことを深く聞いていくと、みんな全然いまに納得していない。

他の人からしたら取るに足らないような経験も、本人にとっては重大です。それをずっと抱えてしまって、そのせいで踏み出せない人もいる。そういうことは自分も昔あった気がするし、いまだに解消されていないようにも思うんですよね。

多分どんなに幸せそうな人にも渇きがあるんです。自分にも渇きがあるし、みんなそれぞれ渇きを何とかしたいってジタバタしながら生きているんじゃないかなって。

—— 若者にとってファンタジアがどんな場であってほしいですか?

毛利:そうですねえ・・ファンタジアが数年後も続いているかどうかもわからないし、僕もまた会社員になったりしているかもしれないですけど。

与えられた選択肢から、「これがいちばんマシかな」「いちばん安心できそう」と自分の道を選んでも、渇きは癒されないような気がしています。

よく「選択肢が多い方がいいよね」と言われますが、僕はそのことに違和感があるんです。就職するか進学するか。地元に残るか都会に出るか。こうやって僕らは自然と選択することの中で生きている。

でも、与えられたものから選ぶんじゃなくて、自分で創れそうみたいな感覚を若い世代が持てたらいいなって思うんです。自分で人生を創っていく歩み方もあることを、伝えていけたらいいなと。ここファンタジアが、創ることの楽しさを感じてもらえる場であれば嬉しいです。

—— 「過去の話をしたい人ではなく、未来の話をしたい人がここに合っているかな」と玲花さんも言っていましたね。公的なサードプレイスだけでなく、自分の関心をまちにも少しひらくような個性的なサードプレイスが増えて欲しいなとも感じます。ありがとうございました!

(文:田中美奈 写真:田村真菜、ファンタジア提供)



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