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【探究TEACHER/正頭英和】コンピュータが苦手でもできる? ”マインクラフト”を活用した英語の授業

探究学習に挑戦したいけれど、一体どう授業を作ったらいいのか分からない。そんな悩みを抱える先生に向けて、今まさに探究学習を実践している先達に聞く「探究TEACHER」シリーズがスタートします。初回は、教育界のノーベル賞と言われる「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」のTOP10に唯一の日本人教員として選出された正頭英和先生。

正頭先生は京都にある立命館小学校で、ゲームの『マインクラフト』を活用したPBL(Problem Based Learning:問題解決型学習)を実践しています。そんな正頭先生に、これまでの実践から考える探究学習の“鍵”を伺いました。

正頭 英和(しょうとう・ひでかず)
立命館小学校 英語科 教諭 / ICT教育部長。1983年大阪府生まれ。関西外国語大学外国語学部卒業。関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市公立中学校、立命館中学校高等学校を経て現職。小学校教員は今年で10年目。全国で学級づくりや授業方法のワークショップなどを行っている。2019年、世界約150か国・約3万人の中から「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」トップ10に選出。

炭谷 俊樹(すみたに・としき)
神戸情報大学院大学学長、ラーンネットグローバルスクール代表。1960年神戸市生まれ。マッキンゼーにて10 年間日本企業及び北欧企業のコンサルティングに携わる。 新人コンサルタント採用・研修の責任者も担当。デンマークの社会や教育に感銘したことがきっかけとなり、阪神・ 淡路大震災後の1996年、神戸で子どもの個性を活かす 「ラーンネット・グローバルスクール」を開校。1997 年、大前研一氏とともに企業のビジネスリーダー育成事業を創業、2005年よりビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科教授(2010年より客員教授)。2010年に神戸情報大学院大学学長に就任。3歳の幼児から 企業のエグゼクティブまで幅広い年齢対象で、探究型の教育を実践している。東京大学大学院理学系研究科修士(物理学専攻)。著書に『第3の教育』(角川書店)『ゼロからはじめる社会起業』(日本能率協会マネジメントセンタ ー)などがある。学びを探究するメディア『Q』責任編集 。

”英語はスポーツ”だから実践を多くする

――「Global Teacher Prize 2019」TOP10選出おめでとうございます。素晴らしい実践をされているなと非常に感銘を受けました。まず、その実践に至る背景を教えていただけますか。

正頭:「立命館小学校でもICT教育を進めていこう」となったとき、中高には情報の先生がいますが小学校には専門の先生がおらず、若いからという理由で自分に白羽の矢が立ちました。パソコンは全く詳しくなかったのですが、ICT教育部長という任務をいただいて。

「何か挑戦しなくては」と、Microsoft社とご一緒していろいろなことに取り組んでいる中で、「Global Teacher Prize 2018」のTOP50に選ばれた滋賀県米原高校の梶尾美央先生に出会いました。「Global Teacher Prize 2019」への挑戦は彼女に背中を押されたことがきっかけでした。賞への選出は目指していたゴールではなく、偶然途中で立ち寄った感じです。

―― そうだったのですね。ITを使って、どういったことから始められたのでしょうか。

正頭:英語は家庭学習が大事なのですが、これまでは家庭でできることはプリントを使った文字の読み書きのトレーニングに限定されていたんです。私としては音声のトレーニングがしたかったので「ITでそれが実現できる!」と、パソコンに文章を録音してもらったり音源を渡してリスニング問題を解いてもらう宿題を出すところから始めました。

そうなってくると授業の大部分が家庭学習でまかなえるような気がしてきて、「学校で勉強する意味って何なんだろう?」という問いにぶつかりました。「勉強が好きな子も嫌いな子も一緒に勉強することが学校でしかできないことだ」と考えるようになり、そこからの授業は『マインクラフト』の活用をはじめ子どもたちで協働させる方向に変化していきましたね。それが「反転学習」と呼ばれていることはのちに知りました。

―― 先生の『マインクラフト』を活用したPBLでは子どもが主体になっているところが素晴らしいと思っているのですが、そうした発想は最初からお持ちだったんですか?

正頭:アクティブラーニングという言葉に踊らされたくはないですが、英語という教科はスポーツに近いと思っていて、「子どもたちにもっと英語を使わせたい」と考えていました。たとえば水泳を教える授業では5分指導して40分実践することが多いですが、英語の授業は40分の指導に5分の実践が一般的で、実践がとても少ない。私の授業では教えるべき最低限の情報を最初に与えたら、あとはとにかく実践の時間を確保して、一人ひとりにフィードバックを与えていきます。

入り口は0点でいいんですよ。でも何かはやってくれないと、フィードバックができませんから。日本の先生は「よく頑張ったね」と何でも褒めてしまいがちですけど、うまくなりたい子は何を直せばいいのかを教えてほしいものです。30人いればやる気がある子もない子もいて当然なので、子どものやる気を奪わないことに終始しすぎずに、どんどんフィードバックすべきだと考えています。

―― 30人ひとりひとりに対しての個別フィードバックは簡単なことではないと思うのですが、そこはどう実現されていますか?

正頭:システム化してしまえばそんなに難しくないですよ。私は子どもたちを円にして、その中をまわってそれぞれ1〜2秒でフィードバックしていく方法を採用しています。”th”や”r”の発音を曖昧にしていると英語力はいつまでも伸びないので、例えば歌を歌ってもらってそうした部分を中心にフィードバックします。自分の番を待ってる間、子どもたちは一生懸命テストする部分の音読をしています。

この取り組みを始めてから、子どもたちは休み時間も私のところにぶわーっと集まってきて「先生やらせて!」と自らフィードバックを求めるようになりました。また、指導のポイントはパワーポイントでまとめて共有して、口の動きも動画で共有して家で演習してもらって、学校では先生に試すという流れにするという工夫もできそうですね。

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伝えたいコンテンツがモチベーションになる

―― なるほど。では先生が「子どもが英語学習にモチベーションを感じている」と思われたのはどういったときですか?

正頭:伝えたいコンテンツがあるときですね。小学校の子どもたちって、「先生先生、聞いて聞いて」ってそれこそ矢継ぎ早に言ってくる。もしも私が英語しかわからない人間だったら、きっと彼らはしどろもどろの英語でも伝えようとすると思うんです。

―― 伝えたいコンテンツは、子どもたちに選ばせることが大事ですか?

正頭:こちらが与える”敷かれたレール”には子どもたちも乗らないですね。伝えたいコンテンツをみんなで一緒に作って、それを紹介することが一番いいのだと思っています。『マインクラフト』の授業で京都の世界遺産を作らせたんですけど、想像以上に子どもたちがのめりこんで本当に一生懸命英語でコミュニケーションを取ろうとするんですよ。

それまではスカイプで海外の人と文化を紹介する交流をやっていたんですが、明らかに子どもたちは退屈そうでした。「自国の文化を知らなかったら恥ずかしいよ」と伝えてはいたんですけど、私自身も詳しくはないし、よく考えたら恥ずかしくもないし違うよなあと思い直して。そのやり方はスパッと辞めて偶然出会った『マインクラフト』に取り組むことになったんですね。なんでもやってみるけど、スパッと辞めて方向転換できるのは、自分のいいところでもあると思っています。

実は『マインクラフト』の授業は、基本は子どもたちが発案して作ったんです。「あんなこともこんなこともできるんだ」と子どもたちが『マインクラフト』について話していて、「それなら授業でやろう」と私から提案したのです。「遊びなんか授業でできないよ」と言う子もいたのでみんなで話し合ったら、「こうしたら授業になる」と子どもたちがアイディアを出してくれて、まずはやってみるかとスタートしたんですね。

―― 実際につくってみて、遊びの中から学んでいくわけですね。

正頭:今やっているのは、グループごとにマインクラフトで京都の世界遺産を作り、その観光案内もプログラミングするんです。観光案内は、日本語でなく英語です。それを実際に外国人にマインクラフト上で体験してもらって、フィードバックをもらって直していく。

キーワードにしているのは「作ることで学ぶ(Learning by making)」「することで学ぶ(Learning by doing)」という方向ですね。何か教えるときに「どう教えるのか」ではなく、「何をさせるか」ということを大事にしていきたいと考えています。

「知識から体験へ」と私はよく言っているんですけど、教室での時間が子どもたちの生活の8〜9割を占めるので、どんなことを体験させてあげられるのかをデザインしていくことが私たち先生の役割だと考えています。また、教えた知識を子どもたちが行動力のブースターとして使えるようデザインしていくことですね。

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子ども同士の知識の伝達だって、あっていい

―― 『マインクラフト』と京都の世界遺産と英語、それぞれがそれなりにハードルがあるもののように感じます。

正頭:『マインクラフト』は教室の中の半分くらいの子が操作に慣れていて、半分くらいの子はできなかったんですね。そこは班のグループ分けを意図的にやって、できる子2人できない子2人の4人で組ませました。さらに細かく言うと、マインクラフトが得意、プログラミングが得意、英語が得意、デザインが得意という、1人1役でチームを設計しました。

授業って基本的に「知識の伝達」があることが絶対条件です。知識を持っている先生から知識を持っていない子どもへの伝達が授業だとするならば、その知識の落差は別に子ども同士でもいいんだと考えたんです。さすがは子どもたちで、そんな状況にはすぐ慣れてくれました。

―― 他の先生方と連携はされたのですか?

正頭:『マインクラフト』を活用したPBLは6年生のプロジェクトなんですが、6年生の社会の単元は歴史で、当時の社会の先生に協力を求めたら理解してくださって。立命館小学校は立地が良くて世界遺産に30分圏内でアクセスできるので、実際見てみようと思ったら割と簡単に行けるんです。

音楽は子どもたちが篠笛という京楽器を授業で吹いていて、それを音楽の先生に録音させてもらって、『マインクラフト』の中でも鳴るようにしました。あとお寺などの設計図は図工の先生に協力してもらいました。スムーズにいったのは、「ここのカリキュラム内に少しだけこのエッセンスを入れてください」という伝え方にして、他教科の先生たちのカリキュラムを邪魔しなかったのが大きかったのかなと思います。

私自身はそんなに大したことはしていなくて、”子どもの言いなり”といったら変ですけど、「海外の人に紹介したいから海外の学校を探してきて」と言われたらインターネットで探したり、子どもたちがほとんど作ってくれた授業でした。工夫したのは班のグループ分けのところくらい。だからこそ子どもたちものびのびしたのかもしれませんね。

―― 保護者の反応はどうでしたか?

正頭:保護者の方も少しずつ教育に関しての考え方が変わってきていて、自由に想像力を育てるということに興味を持たれる方が増えてきているので、クレームめいたことは一度も届いたことがありません。これまで勉強嫌いだった子の保護者の方には、「こんなに授業にのめり込んで嬉しい」と泣かれたことさえあります。

あと、勉強ができる子とできない子が普通の授業の中で立場逆転することは中々ないですけど、ゲームではいとも簡単に立場が逆転するんですよね。勉強は得意じゃないけど『マインクラフト』が得意という子もいる。なので「人に教えるときには相手にリスペクトを持たなきゃいけないんだよ」と伝えています。相手の立ち位置に立つであるとか、人間関係トレーニングとしても非常にいいなと思っています。

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体験をデザインしていくのが、次の教育

―― スムーズに実践されてこられたように聞こえますが、なかなかできないことだと思います。先生の発想の柔軟さは一体どこからきているのでしょう?

正頭:良くも悪くも僕はコンピューターができない先生なんですよ。『マインクラフト』も全くできない。そうした条件が揃って子どもから学ぶことができたのが大きかったかもしれません。あとは、「失敗しても死にはしないのでやってみてそこから考えよう」というのは私のモットーです。

―― 「自分が教えなくちゃ」「自分が1番知っていなくちゃ」と思われている先生も多いと思います。自らが教えず、リードを手放すことに恐れや不安はなかったですか?

正頭:リードという意識はないですね。私にとっての目標は「子どもの力を伸ばす」ということ。なので、そのための最短のルートであれば、自分が無理に教える必要は無いですよね。いろんな方の力添えがあればそれはありがたいことだと思っています。

―― この記事を読まれている読者の中には公立校の先生もいらっしゃいますが、先生のような挑戦は公立学校でもできるものでしょうか?

正頭:国が現在1人1台のタブレットという話を進めていますので、これから普及していくはずです。そういう意味では、公立の先生にもそのまま使っていただける授業案だと思います。現時点で公立私立の違いは台数(PC環境)があるかどうかだけだと思っていますので。

―― ここでやられている授業を、他の先生も使って大丈夫なのでしょうか。

正頭:もちろんです。何なら一緒に交流しましょう、というくらいの気持ちでいます。1人1台になって多くの先生方は戸惑うはずなので、僕たちの授業のコンテンツをすべて無料公開していけたらいいなと思っています。私立校の立場としては自分の首を絞めることになるんですが、そこは自分たちにしかできない新たな実践をまた生み出していかなきゃいけないなと思います。

―― これから正頭先生が挑戦していきたいことはありますか?

正頭:教えたい技術や伝えたいことを「どう教えるのか」という議論から、「何を体験させたらそれらは子どもに伝わるだろうか」という議論に移行していくべきだと思っています。何を作るか・何をさせるかということは先生たちでもっと知恵を出し合わなきゃいけない部分なので、そうしたことを様々な人たちとデザインしていくのが次の教育のベースになるのではと考えています。

また、次のステージは、オンライン上でただのトークをするのではなく「どうディスカッションして価値を高めていけるのか」というシステム作りにあると思っています。

「Global Teacher Prize 2019」で世界の先生方と出会って改めて思ったのは、日本の先生方は平均レベルがとても優秀であるということです。だからこそ先生たちの知恵を結集すれば私なんかよりも面白いアイデアをいっぱい出してくれるはず。私自身は新しいアイデアを出していくというよりも、先生方に自信を持ってもらえるような取り組みをやっていきたいと思っています。 

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(文:桐田理恵、写真:玉利康延、編集:田村真菜)



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