淡中 圏

小説や評論を書きます。数学やプログラミングをしたりもしています。文学の同人誌や数学の同…

淡中 圏

小説や評論を書きます。数学やプログラミングをしたりもしています。文学の同人誌や数学の同人誌を出したりもします。

マガジン

  • 幼い日の思い出

    幼い日の思い出を捏造していきます

最近の記事

カリカリカリ 壁の中から音がしていた。 母はネズミだと言った。 引っ越ししても、やはりその音はした。 母は、どんな家でも壁の中にはネズミがいるものだ、と言っていた。 だが、友だちの家でそういう音が聞いたことはなかった。 祖父母の家にしばらくあずけられていたときも、その音はしなかった。 母が退院して、しばらく祖父母の家に一緒に住むことになったとき、またその音がしはじめた。 カリカリカリ 祖母はその音にじっと耳をかたむけていた。 もしかして、以前にもそのように

    • 髪の毛

      口のなかに髪の毛がはいっていた。 とろうとしてもなかなかとれない。 つばで舌に張りついてしまっている。 口のなかに指をいれて、なんとかとる。 それを捨てたかとおもうと、また口のなかに違和感。 今度は舌の根元のほう。 飲みこんでしまうのもいやだとおもった。 口の奥に指をいれる。 指が喉の内側にさわってしまった。我慢をしようとするひまもなく、胃から酸っぱい液体が逆流してきて、床に吐きだしてしまう。 自分が吐いたものを見て、びっくりして、もう体の中は空っぽなのに、

      • 心音

        ちいさいころ、夜中に目がさめると、自分の心臓の鼓動がよく聞こえた。 ドッドッドッドとリズミカルにうごきつづけていた。 ずっと聞いていると、おおきくなったりちいさくなったりしている気がした。 単に姿勢が変わって、聞こえかたが変化しただけだったのかもしれない。 でも、なんだか遠ざかったり近づいてきたりしているように聞こえたのだ。 どんどん遠ざかって、どんどん遠ざかって、そして聞こえなくなる。自分の胸をさわって、そこに心臓があることをたしかめてしまう。 逆に、どんどん近

        • 階段

          団地には地下室はなかった。 団地の階段の一番下は、一階でおわりの日もあれば、さらに地下にのびている日もあった。 下にいける日におりてみたが、くらくてジメジメしていたので、すぐにもどってしまった。 母に、階段が地下につづいている日といない日があるのはどうしてか聞いてみたが、変な顔をされただけだった。

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        • 幼い日の思い出
          15本

        記事

          風呂の鏡の湯気のむこうにうつっているのが自分だとはおもえないことがあった。 ぼやけてみえないその顔が、いびつにゆがんで笑っている気がしてならなかった。 おそるおそる手をのばして、指で湯気をぬぐう。 しかし、そういうときにはそいつは出てこない。 鏡にうつっているのは、ただの自分の顔だ。 そいつはこちらが油断したときをねらってくるのだ。 なにげなく右手をのばして湯気をぬぐおうとする。 こちらの手のひらと、あちらの手のひらがあわさる。 そして、そいつが口のはしが耳ま

          ムクドリ

          まだ小学校にあがっていなかったとおもう。 そのころ住んでいた団地のちかくにムクドリが落ちていた。 羽はひどくみだれ、息もたえだえだった。 死ぬんだな。かわいそうだな。 たすけることはできないけれども、できることはしてあげたいな。 そうおもった。 スコップをもってきて土をほり、うめてあげた。 春になったらうめたムクドリから芽がでて、みきがのび、そしていつかおおきなムクドリの木になるように。 たくさんのムクドリが枝に生るように。 かえってから母にそう話したら、ひ

          ムクドリ

          かくれんぼ

          小学校にあがったばかりのころだ。 友だちといっしょに団地のまえの公園でかくれんぼをしていた。 かんぺきに隠れられたとおもった。うらをかいて、オニのスタート地点のすぐちかくに見つかりにくい場所を見つけたのだ。 考えていたとおり、オニはその場所を素通りして、とおくにさがしにいってしまった。しめしめだ。 オニは隠れていた友だちをどんどん見つけていく。みんななさけないな。 そうおもっていた。 みんなの声が聞こえた。 つぎはおまえの番だ、と。 いちばんはじめに見つけられ

          かくれんぼ

          乳歯

          抜けた歯を投げ上げる屋根なんてなかったし、下に落とせば誰かの上に落ちるかもしれなくて危なかった。 あの頃は「歯の妖精」なんて西洋の概念も知らなかった。 そしてなにより、抜けた歯をなくしてしまうのがひどくもったいない気がしていた。だからすべて大切に瓶の中にしまっていた。 寝ている間に抜けてしまうと呑んでしまうかもしれないから、血まみれになりながらむりやり抜いた。 おかしな子どもだ。 先日、そのことを思い出して引き出しの中を探してみた。ずっと忘れていたにも関わらず、あの

          なべ

          母はめったに料理なんかしなかった。あまりうまくなかったから、そちらの方がたすかった。 ある夕暮れどき、コンロになべがかかっていた。グツグツとなにかが中で煮たっていて、コトコトふたを押しあげて音をたてていた。 いいにおいがした気がした。 ふたをあけてみた。 鼻と目にツーンとくる刺激臭。 泡だつなべの中一面にひらがる黒い毛のすじ。 なべの中で、なにかが一回転した。 目玉がなくて空っぽの暗闇しかない眼窩がこちらを見た。 鼻も口もとっくに溶けていた。 自分と同じ年頃

          テレビ

          母は、いつも子どもにつきっきりでいられるタイプではなかったので、よくテレビに子守をさせていた。 一日中、テレビを見ていたといっても言いすぎではない。 意味もわからず見ていた。なにがおもしろいのかもわからずおもしろがっていた、 ただ目の前でなにかがおこることがたのしかったのかもしれない。 そのころ見ていた番組は、記憶が断片的すぎて、今さらなんだったのか調べようもないものばかりだ。 テレビを見ていた子どもが、テレビの中にはいってしまい、子守をテレビにまかしていた母親が、

          風呂

          母と風呂にはいっていたときのことだ。ほとんど立方体のせまい湯船。 母が髪をあらうのを見ていた。 底に足が余裕をもってつくようになっていた。 油断していたのかもしれない。湯船の底で足がすべった。 声を出すひまはなかった。スッ、と体がお湯の底にしずんだ。水音もたてなかったと思う。 頭の上にゆらゆらと水面がゆれていた。 きれいだった。あのうつくしさは一生わすれない。 少しこもってはいたが、水をとおして音がよく聞こえた。自分の口からもれる泡の音。自分の体が湯船にぶつかる

          抜け道

          母の里帰りについていくと、祖父母の家の近所の子どもたちは私を快く仲間に入れてくれて、一緒に「警察と泥棒」で遊んでくれた。 ケイドロ、ドロケイ、ドロジュン。一体どんな名で呼ばれていたか、よく思い出せない。 盆踊りの太鼓の音が耳に残っている。 車道から外れた場所に小さなお薬師さんが古い家に囲まれていて、そこを大抵警察署にした。そして捕まった泥棒たちをそこに留置した。 車道に囲まれたブロックの四方に、お薬師さんから小道が伸びていた。そして小道の左右にさらに小さな抜け道の入り

          電話

          まだ携帯電話は普及していなかった。 家の電話が世界への窓だった。 子どもだったので、自分で世界を見にいくことはできなかった。母にかかってくる電話だけが、母の世界をかいま見せてくれた。 男の声、女の声。向こう側を本当の場所として想像したことはなかった。ただなにもないまっくらな空間に、声だけが泡のように浮かんでいる世界。 それが母の世界だった。 いつもなぜか母がすこし家をはなれているすきにかかってくる電話があった。 年老いた女の声。 お母さんはいるかい。 いまはい

          家族

          託児所で母を待っていたときだった。 母はなかなかむかえにこなかった。いつものことだから気にしなかった。 一人で積み木くずしをしていたとき、職員に呼ばれた。言ってみると知らない男の人がいた。 いつもはママがむかえに来るから、少しびっくりしてるんですよ。 その男は職員にそう言った。 その男の車がたどりついた家は、小さいけど全部の部屋を自分たちで使うことができて、一つの建物に一つの家族しか住んでいなかった。 そして子どももいた。初めて会ったはずの彼女は、自分のことをお姉

          排水口

          洗面台に水をためる。そして栓をあけて、水をぬく。 すると水が渦を巻いて、ゴゴゴと音とたてながら吸いこまれる。そして最後にガゴゴとげっぷをする。 母が仕事で家におらず、ベビーシッターがテレビを見ているあいだ、そうやって遊んでいた。 排水口はおぼれる人のような声をだした。 ガ……ダ……ガゴ……ダゲ…… それがおもしろくて、その喉に何度も水を流しこんだ。 ズゲ……ダズゲデ……ゲンヂャ…… 聞いたことなんかないはずなのに、それがおぼれた母の声だということはすぐにわかった

          トンネル

          母が運転する車の助手席でまどろんでいた。 本人としては起きているつもりだったが、気がつけば瞼を支えるのがつらくなっていた。しかし、なぜか自分が寝てしまうことを認めたがっていない部分もあった。 車がトンネルにはいった。 まわりが暗くなり、同じリズムで通り過ぎるオレンジ色のライトがますます瞼を重くする。耳だけは妙に冴えているように感じていた。トンネルの中では車の動く音が少し変わる。そう思いながら、目をつぶった。 しばらくして、まだトンネルの中にいることに気づいた。 その

          トンネル