心音
ちいさいころ、夜中に目がさめると、自分の心臓の鼓動がよく聞こえた。
ドッドッドッドとリズミカルにうごきつづけていた。
ずっと聞いていると、おおきくなったりちいさくなったりしている気がした。
単に姿勢が変わって、聞こえかたが変化しただけだったのかもしれない。
でも、なんだか遠ざかったり近づいてきたりしているように聞こえたのだ。
どんどん遠ざかって、どんどん遠ざかって、そして聞こえなくなる。自分の胸をさわって、そこに心臓があることをたしかめてしまう。
逆に、どんどん近づいてくる。なぜか緊張する。怖くなる。すると心臓の鼓動が早くなる。音がますます大きくなる。走るように、こちらに近づいてくる。
耳元でその足音が聞こえる。頭のすぐよこを歩き回っている。
必死に目をつむって耐えていると、そいつはまた遠ざかっていった。
意識せずに止めていた息をいっきに吐きだした。
布団から体を起こして、暗い部屋を見渡す。もちろん、誰もいない。
胸に手を当てて、心臓の鼓動のテンポがだんだんと収まっていくのを確かめる。
そしてもう一度寝ようとしてぎくりとする。
枕の、頭のへこみの横に、なにか獣のような足跡が付いていた。
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