楽しい人生

楽しい人生

水辺の生活

海にほど近い川沿いに住んでいる。正確に説明すれば、湾からのびている水路に面したマンションに居を構えている。水辺に暮らすのは楽しい。澄んだ海というわけではないので華やかさには欠けるが、のびのびと泳ぐエイ、死にかけのエイをそれぞれ別の日に見かけると生命の営みに思いを馳せることができるし、漂うクラゲと漂うビニール袋の鑑別という人生にあんまり必要ないスキルの精度が徐々に上がっていくのもまた乙である。家人と

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生活の話

平日の朝は起きるのも命がけなのに、休日の起床は呆然とするくらいスムーズだ。床から這いずり出て、えずきながら身支度をして、浮かんでくる涙を目のふちの力だけで押し込めながら出勤する、日頃その一連の流れのためにいたずらに消耗されるエネルギーが休日朝にはありあまり、部屋のそこかしこで見えない渦を描いている。怠惰への愛を証明しようと、その渦を見て見ぬふりはするのだけれど、渦は次第に質量と大きさを増して寝入ろ

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“不思議の国の少女たち”によせて(あるいはもう帰りようのないあの場所へのラブレター)

むかし繰り返し同じ場所の夢をみた。そこは“百貨店”と呼ばれていた。赤茶色をした煉瓦造りの、せいぜい四階だて程度の小ぶりな建物だ。建物のなかには、形も大きさも色もばらばらのドアをいくつも従えながら、自在にうねる背骨のように螺旋階段が一本走っていた。螺旋階段に添うようにして、縦に細長い、色とりどりのステンドグラスが連なっており、晴れていればきっと虹の海のなかを泳ぐようだったろうと思うが、残念なことに、

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賢くやさしい子だといい

昔の交際相手が妊娠したという報を得た。本人から知らされたのではない。望むと望まざるとに関わらず、風の噂というのは届いてしまう。風はなんの感情もなく私の表面を撫でていく。
  「もしSがちゃんとした結婚をして、子どもを持つことになってもウチは祝福したいと思ってる」という押しつけがましい吐露をされたときは唖然としたものだ。「どうしてもおとんとおかんのこと考えてしまう」と同じ口で言ってから連絡を絶ったの

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家人が金髪

家人の金髪がごっそりなくなってしまった。美容師さんの軽快な鋏さばきのあとには、小型犬が一匹編めそうなくらいの物言わぬ毛の山が足元にこんもりと生成された。私と家人はいつも隣り合わせで髪を切ってもらう。家人が変貌していくさまをすぐそばで目の当たりにできるのはいつだって愉快だが、今回はまた格別だった。

 昨夏、家人は頭髪の一本一本をその先端まで金色の光で満たした。それは、それまで時折行っていた、世間的

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物欲日記 11

2019/2/21

 ひと目見たときからそのメルヘンと不吉を愛さずにいられなかった。星は飛び交いながら堕ち月は死んだ太陽よりなおぎらぎらと輝きペガサスが高笑いをしている。強すぎる星も月の異変も神秘的な獣も古来より凶兆だ。「そうそう私はこういうこの世の終わりを見たかったんだよね」とにこにこしてしまう。何の話かって、SRETSISの優雅で豊かなチュールスカートの話です。
 たっぷりした深い紺色のチュ

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