われら非実在の恋人たち

 家人がかつて祖母に交際相手の人となりを説明するよう求められたとき、非実在文学青年シミズくんが生まれた。この交際相手とは私のことだ。シミズくんは、私について性別を伏せて語ったところの産物である。我々はふたりとも、女体持ちとして生きている。
 同性同士でパートナーシップを築いている友人知人に尋ねると、似たような経験をしている人は少なくないようである。非実在の恋人たちはそのあたりにたくさんいる。彼ら彼女らは生まれたはいいものの生きているわけではなく、従って死にもせず、一生その姿を眼差されないままただふわふわと漂い続けている。

 たとえば職場のような、内面をさらけ出したくはないが最低限の付き合いはしなくてはいけない場所にて非実在の恋人の存在を立ち上らせるたび、自分自身こそ不確かで本当は世界のどこにもいないもののように思えてくる。今ふと、そうやって自分のつま先が蜃気楼みたいに揺らいだように錯覚するときというのは、女体持ちである私が、男体持ちの私と男体持ちの家人が恋人同士の世界へと非実在の恋人として出張している瞬間なのかもしれない、と思いついた。シミズくんは同僚のどうしようもない雑談に気のない相槌を打ちながら、自宅でトーンくずとインクにまみれて締切に追われるヤマウチくんに持って帰るコンビニスイーツのことを考えている。私が呼び出している非実在の恋人も、別の世界では誰かの実在の恋人というわけだ。私からみると無色透明な幽霊未満の存在にも、人生や感情や愛があるのかもしれない。

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楽しい人生

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