水辺の生活

 海にほど近い川沿いに住んでいる。正確に説明すれば、湾からのびている水路に面したマンションに居を構えている。水辺に暮らすのは楽しい。澄んだ海というわけではないので華やかさには欠けるが、のびのびと泳ぐエイ、死にかけのエイをそれぞれ別の日に見かけると生命の営みに思いを馳せることができるし、漂うクラゲと漂うビニール袋の鑑別という人生にあんまり必要ないスキルの精度が徐々に上がっていくのもまた乙である。家人とふたり、夜中に湾のまわりをぐるっと散歩するのが好きだ。暗がりでじっと水面を眺めていると、無数の鱗たちが人工の光を跳ね返して魚の大群がその在りかを主張する。金子みすずの有名な詩が脳裏に浮かぶが、家人によるとここにいるのはイワシではなくボラらしい。魚の大群がぐわぐわと蠢いて大きなうねりを構成しているらしいのが伺えるが、陸から眺めているだけではそのうねりの全貌は把握し得ない。子供のときに読んだきりの黒い小魚が主人公の絵本について考えながら帰路に着く。
 水辺に暮らすにあたって困るところについても書く。湿気ている。とにかく家のなかが湿気ている。籐で編まれた籠は全てカビた。全滅だ。なんだこの黒いの、と思うとカビだしなんだこのフワフワは、と思うとカビだ。カビ、そんなに色んな表情を見せてくれなくてもいいよ。
 洗濯物も乾きにくい気がする。わが家は洗濯機の乾燥機能のみでなく、扇風機が年中無休で稼働している。室内にぶら下がる洗濯物たちに風を送るのだ。乾いたと思った洗濯物から異臭がすると、生きていける気がしなくなるのでできることは全部する。屋外に干せばよいと思うだろう。私もそう思う。しかし家人が嫌がるのだ。洗濯物のひだの隙間に虫が潜んでいる光景を想像すると居ても立っても居られなくなるらしい。私とて虫に遭遇すればまったく動じないわけではないが、虫に相対したときは大体家人が先に取り乱すので、いつも動揺しそびれてしまう。
 水は楽しくてちょっと困って、そしてしばしばこわい。私はそとに勤めに出て、家人は家で漫画を描く仕事をしているので、平日の日中はどこかでずっとうっすらと、いま地震が起きて家人が水に呑まれたらどうしようと考えている。うまいこと波にのって助けにいけるといいんだけど、私はひどいカナヅチで水に浮く方法もよくわからない。こわい水、というと6年くらい前に家人と眺めた沖縄は恩納村の真っ黒な夜の海を思い出す。墨を流したように真っ黒で、空と水の境界は鈍く溶けていた。たいへんなものを見た気がして家人と震えながら手を繋いでホテルに帰ったが、あの光景をたびたび思い返してはほんの少し安心に似た気持ちを抱いている自分に気がつく。コントロールできないものがあることに必ずしも絶望しなくても良いのだ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

4

楽しい人生

楽しい人生
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。