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幸運、幸を届けず

きゃぴきゃぴと若さの輝きを放つ高校生が横を過ぎていった。

寂れてしまって何もなかったこの町にも若者にウケる店がいくつもできて、前よりはるかに盛っているのがわかる。二十年もあるとこうも変わるのか。

ボロボロだった通りには雨除けまでついて、最近人気のバンドの歌が流れる。歩いている人の波の中には不満などないような顔をしているやつばかりだ。人間てやつは本当に繕うのがうまい。

道沿いのベンチに座り、たばこをふかす。体中に張り付いていたストレスがうろこのようにはがれていくような感覚が襲う。

白い煙がユラユラ揺れて薄れていく。

それを見て、目の前の俺より10くらい年上のおっさんは軽く咳をする。視線が一瞬俺のたばこに注がれた。

早く消せ。そう目で訴えていた。しかし、そのおっさんは何事もなかったように表情を入れ替えて歩き出す。次に俺の近くを通ったおばさんも同じように俺を見て、通り過ぎていく。

さすがにもう少しは吸わせてくれ。

そう思い、大きく吸い込む。紙の部分がどんどん灰に変わっていく。

その時だった。横合いからヘルメットをかぶった人が突っ込んできて体がレンガの道に投げ捨てられる。

吸いかけのタバコが宙を舞った。そして1メートル先に落ちる。手を伸ばす。もう少し。

しかし、俺の手が到達するより一足先に皮のブーツがたばこを踏みつぶした。やっと手に入れた一本はブーツの靴底にくっつき、持っていかれる。

やめろ。それだけは。

俺はそのヘルメットの男のブーツを必死で掴む。完全に意表を突かれた男はその場に仰向けに転んだ。

いたぞ! あそこだ!

警察官が焦った表情で走ってくる。そんなことはどうでもいい。俺はたばこが欲しいんだ。

あと少しでタバコが取れる。それよりも先にヘルメットの男が暴れだす。そのせいで靴底から離れたたばこは車道の方へ。そして、おじいちゃんが運転する軽トラックの荷台に偶然にも乗り、みるみる遠くへ運ばれている。

たば、こ……。

すぐ後ろで眼鏡をかけた丸顔のおっさんが俺の腕をつかんで叫んでいた。

ありがとう! 家宝を守ってくれてありがとう!

そんなことはどうでもいいんだ。

俺はたばこが吸いたかっただけなんだ。

さっきの丸顔の男はここら辺の店をいくつも経営するオーナーだった。なんでも、先祖10代に伝わる国宝級の熊の置物が盗まれたそうで、それを盗んだのがたまたまあのヘルメットの男だったらしい。

そのせいで俺のたばこはおじいちゃんの軽トラックに乗せられて遠く彼方にバイバイしちゃったのか。

何か欲しいものはあるかい?

丸顔は言った。俺が欲しいものは一つだ。

たばこをください。

それを言った瞬間、丸顔にぶん殴られていた。

悪いな若造。確かに家宝は守ってもらった。しかし、わたしはたばこを吸ってはいけないことを拳で教えることをいきがいにしとる。悪く思うな。

とんでもない理論をまくしたてられ、俺は何もお礼をもらうことなく丸顔の屋敷を飛び出した。

さっきの通りをもう一度歩く。

なんでいつもこうなる。俺はただたばこが吸いたいだけなんだ。

俺は神様に愛されている。

自分で言うのも気持ち悪いが、本当なのだ。

くじ引きでは大吉しか引いたことがない。宝くじを引けば一億円を引き当てまくるし、福袋には俺が欲しかったものだけが入っている。雪が降っていても俺が通らなきゃならない道だけはなぜか除雪車がかいてある。大事な書類を家に置いてきたかと思えば、近くのプリンターから印刷され始める。

そう、不気味なくらいに運がいい。ぶっちゃけ怖い。

今年で34歳を迎えるが、運の良さは衰えを知らず、持ち歩いているミニくじ引きでは今日も大吉だけが顔を出す。

だけど、俺の運は俺のしたいことをことごとく邪魔をする。

俺の運は俺を生かすことを最優先にして働く。一見最強のようではあるが、そうではない。

俺のしたいことが命を脅かす可能性があった場合、全力でそれを封じに来るのだ。だから肺に甚大なダメージを与えるたばこを吸うことを運が邪魔をする。

なぜだ。みんなパカパカ吸っているのに。俺は副流煙を吸うことさえ許されないのか。

これじゃあ運が良くても意味がない。

宝くじで当たっても、福袋の中身が欲しいものだけだとしても、除雪されていても、二階級特進という異例があっても、たばこが吸えないんじゃ意味がない。

どんなに楽しい人生もかすんでしまう。

コンビニ寄る。

一縷の望みをかけ、レジの向こうに視線を向ける。なぜかたばこが一つ残らず売り切れていた。

あの、たばこは……。

もしかしたら在庫はあるのかもしれない。そう思っていたが、店員さんは困った顔で。

丸顔の男性が全部買っていかれましたよ。なんでもこの町からたばこは根絶やしにするらしいです。

絶対に許さん。そう誓ってコンビニを飛び出す。

ほんと、運が悪い。

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