灰色嫌いのレンズ
世界にはいろんな人がいると思う。当然といえば当然だけど、この世界にすべてが同じ人間なんて一人もいない。クローンが合法になれば別だけど。
例えばニュートンなんてリンゴが落ちる様子を見て世界には重力が働いていると気づいたそうじゃないか。
たった一つのことでもいろんな受け取り方がある。それが自然なのだ。だって同じ人間なんて一人もいないのだから。一人一つのカメラを心の中に持っている。カメラを通して自分の世界を切り取って、自分だけの世界を作る。
そういうものだと思っている。
それが自然な光景のはずなのに。
目の前に広がる世界はどうしてこうも同じ色なんだ。
僕の視界は灰色ばかりだ。
視界が灰色に見える病気にかかっているというわけではない。灰色というのは比喩だ。他の誰かの顔色を窺い、自分の言いたいこと、やりたいことをやらないバカなやつのことを僕は灰色と表現する。
学校の中は灰色の巣窟だ。
みんな同じように男子は学ランなんかを着て、女子はセーラー服に身を包む。好きでそれを着ているなら別にいいとしよう。だが、変な着方や改造をして満足しているバカもいる。
こいつらは自分の切り取った世界を否定されるのが怖いんだ。
だからみんなと同じ灰色になる。
だから灰色ではない僕を奇異の目で見る。灰色が正しいと言わんばかりに。
正しいのは僕の感覚だ。大多数であるお前らではない。
お前、また私服で来おって! それに髪色も赤はやめろって言っただろ!
ズンズン強い足音を立てながら後ろから怒号が近づいてくる。歳は五十くらい。その特徴的な顔から梅沢〇夫と呼ばれる教頭だ。
他の先生達は僕も灰色にすることは完全に諦めていた。校長だってそうだ。PTAの目を気にして灰色で甘んじる先生達の中で、教頭だけが僕を見つけるや否やこうやって怒号を飛ばしてくる。教師の中では唯一灰色ではなかった。
教頭は俺を早歩きで越すと、僕の向かう先に立つ。邪魔だ。僕は進む方向を斜めに変える。しかし教頭はその変化を見逃さず、すかさず僕の進む道に割り込み阻む。
フン、大学生の時はバスケ部だったんだ。
教頭は自慢気に言った。三十年も前の話だろうが。
僕は一回右にフェイクを入れてから、左に切り込む。だがそれにも教頭はついてくる。
ならばこれならどうだ。そこからさらにロールをして右に。いくらバスケ部だったとは言え、三十年も前の話。衰えた体ではついてこれないだろう。
しかし、教頭は僕の予想の上を行った。
捕まえたぞ。
教頭はがっしりと僕の肩を掴む。
今日こそはお前に言わなければならないことがあるからな。
そう言って教頭は大きく息を吸う。ブレス系の攻撃が飛んできても不思議ではない。
昼、中庭で待っている!
飛んできたのは謎の昼の誘いと、つばだった。
いつもならだれも人が通らない図書館の裏で昼を過ごす。だから誰かと昼飯を食べるのはかなり久しぶりだった。ただ、それが教頭というのが虚しい。
二時間目の授業が終わり、中庭に行く。教頭はいつも通りの強面のままベンチに座って待っていた。
なんで待てるんだ?
もちろん、約束だからね。
僕がバックレることは考えなかったの?
ああ、それは考える必要がないことだからな。
教頭はなぜか僕を買っているようだった。下手な信用ほど面倒なものもないかもしれない。
僕は隣に座る。なんだかんだ教頭のことは嫌いじゃない。面倒だとは思うけど。彼は、彼だけは僕のレンズ越しにも色があるから。
お前は昔の私によく似ている。ほかの誰かの色に染まるのが怖いんだ。だから自分は違う色だと行動で言い張る。別にそれは悪いことではない。でもいいことでもないんだ。
なんで?
お前には友達がいないだろう?
別にいらない。友達を作るためにみんなと足並みを揃えようって言いたいのか?
違う。お前は人の表面を見て判断しているせいで、本当に大切なことを見落としているということだ。
教頭は校舎によって切り取られた空を眺める。遠い目をしていた。
私の時代は特にそういう時代でな、リーゼントやら短ランとか着て個性を表現していた。そうでない人間のことを心の底からバカにしていた。だけどな、そんな奴らにも面白いものがあるということをある日知ったんだ。
そんなつまらない人たちに?
ああ。見えていないだけだったんだ。私の目が見落としていた。だから私も友達ができなっくてな、お前のように一人で学校を過ごしていた。でもそれがどれだけ損なことなのかを歳を重ねてから痛感したよ。
この教頭の言葉は変に突き刺さった。彼なりの色を持っていたかもしれない。
その気持ちはまだわからないよ。
僕が言うと、彼はおおらかに笑った。
きっと私もお前と同じ歳だったら同じことを言ったよ。だが、もし後悔しそうだって感じたら、この言葉を思い出してくれ。これはお前の未来からの助言だ。
大きいな。教頭に対して初めてそう感じた。
でもまだ教頭のように灰色と折り合いをつけるには時間がかかる気がした。
また悩んだら相談しに来るといい。いつでも相談に乗ってやる。
上から目線なのに、悪い気はしなかった。
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