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第三回 / わたしの(芝居への)異常な愛情/その2

スタニスラフスキー師の著作は当初「俳優修業」というタイトルで日本語訳が出てました。
それにあやかって「(令和の50代の)俳優修行」をつらつら書きます!
そのうち本にしたいなあ。


2020年11月

フライヤーデザイン:内田 宇則
フライヤーデザイン:内田 宇則

若葉町ウォーフで「サヨナフ」を上演した。
ZOOM公演の準備をしているうちに、みんなどうしても実際の舞台でこれをやりたくなってしまったのだ。
コロナ禍真っ盛りであり、色々本当に大変だったが、「大好きな戯曲を大好きな仲間達と大好きな小屋でかけて、大好きなお客様に観て貰う」為には一歩も引かぬ!との気合いだけで駆け抜けた。
原田大二郎氏にはもったいなくも一言だけ声の出演をお願いした。
氏はなんとそのデビュー作「裸の19歳」で永山則夫(をモデルにした人物)を演じたのである!

若き日の大二郎氏。それにしてもなんたる色気であろうか

ホームグラウンドである鎌倉のアトリエを飛び出して初の公演。
実現できて本当に良かった。クタクタにはなったがとても楽しかった。
私以上に、加藤氏菅原氏、客演諸氏、スタッフワークを担当してくれた鎌倉アクターズワークショップの高森氏和田氏のほうがもっとクタクタだったと思う。本当にありがとうございました。

思えば、初読時から私はこの戯曲に取り憑かれていた。
まさか自分で上演できるとは夢にも思わなかったが….
加藤氏とAya氏がそれぞれノリオ役を引き受けてくれて、
「くじら企画」様は快く上演許可を下さったばかりか、「大竹野正典没後10年記念企画"ぼつじゅう"」を冠せよと云ってくださり、なんと演者全員分のぼつじゅうTシャツを送っていただいた。
前年客演させていただいたTommy'sProjectさんの「サヨナフ」も"ぼつじゅう"であった。私はそちらにも出演したので、このシャツを色違いで二枚持っている。
Tommy's 主催のお富さんは我々の「サヨナフ」をチケットを買って観に来てくれた。小林組版「サヨナフ」の劇中でノリオが使う拳銃はなんとお富さんの差し入れなのである。Tommy'sの「サヨナフ」の劇中でノリオが使った拳銃どこで買ったか教えてください、と頼んだらくれたのだ。いい人だ。
大竹野先生の奥様には関西からわざわざ横浜までお運びいただいて恐縮した。収録映像を編集したらお送りします、と申し上げたが、その約束は未だに果たせないままである。なんとかせねば。

ぼつじゅうシャツを着る劇団小林組

大竹野正典氏は実際の事件に取材することがとても多い。本作は永山則夫が題材である。日本全国を股にかけた連続射殺魔を逮捕してみたら19歳のかわいらしい少年で日本中が腰を抜かした、という事件。
貧困、ネグレクト、高度経済成長、共産主義、死刑制度…などなどいろんな要素が渾然一体となった、異常な傑作である。永井豪にとってのデビルマンとか、ノーランにとってのダークナイトとか、私にはそういうものに思える。

その作品をきちんと上演できたか?!今にして思えば「スタニスラフスキー由来のテキスト解釈」しか武器がない状態では些か無謀な試みであったと思わなくもない。「サヨナフ」という字面がすでにテキスト解釈を拒む美しさを湛えて居るではないか。

稽古中、大天狗殿こと原田大二郎氏に「こういう戯曲はあまり考え込まずにそのまんまやらないとダメだぞ」と注意を受けたが、振り返ってみれば全くその通りであった気もする。

さて、肝心の公演はお客様にとってどうだったのだろうか…..
大盛況の大好評の大盛況だった。
記録映像を発表していないので、作品の質に関しては私の言いたい放題である。しかし、若干18歳のAya氏の非凡さに誰もが心奪われたのは紛う方なき真実。小林組の「サヨナフ」はAya氏抜きでの再演は絶対にあり得ない。

個人的には、奇跡の大傑作だと思っている。今でも。

当時若干18歳のAya氏
この美少女がアタマを丸坊主にして少年ノリオを演じたのである。観たかったでしょうみなさん。/撮影:加藤多美


雨が空から降れば….大竹野正典作「サヨナフ」/撮影:加藤多美
お母さんへ 大将が早く戸籍謄本を出せと云います…大竹野正典作「サヨナフ」 /撮影:加藤多美


突然の終止符です 仕方がありません…大竹野正典作「サヨナフ」/撮影:加藤多美
ほら ノッちゃん - あれが帽子岩だよ…大竹野正典作「サヨナフ」 /撮影:加藤多美
だって僕の骨の灰は遺言どおりにアバシリの海に撒かれたんだからね… 大竹野正典作「サヨナフ」/撮影:加藤多美

2020年12月

なんとPrayersStudioのZoom公演に演者として呼んで貰う。なんたる光栄。
7回生まれ変わってもお近づきになれない遠い夜空の流星だと思っていたひとたちから「一緒にやりませんか?」と言われること以上の喜びがあろうか。
演目は「かもめ」。
Zoomでかもめ。私は密かに「Prayersのずむめ」と呼んでいた。私はシャムラエフだった。

↑本編

↓かもめに関する簡単なZoom座談会。小林は所用にて新橋の路上から参加。年末で忙しかったんだよ。確か収録は12月29日とかだった。


別件。

11月の「サヨナフ」を観てくれた人が「会いたい」と言ってくれたので、会いに行った。SAKUさんという演技コーチだった。
「何かお芝居で悩み事ってありますか?」と聞かれた。「いついかなる時でもフローやゾーンと呼ばれる状態になりたいんです」と答えた。彼は「可能ですが、それが必ずしも良い芝居の条件ではありません」と言った。
ともあれ、普通にクラスを開催していると言う。Prayersの対面のワークショップが止まって困ってる私には渡りに船だった。稽古を付けて貰うことにした。
この時はまだ自分ではっきり認識はしていなかったが、私は「自意識が働かず完全にフローとかゾーンとか呼ばれるあの状態になれば、それは無条件で素晴らしい芝居だ」と思い込んでいた。
初めての現場である「Sunset Drive」の経験によるものだろう。一発OKの時はおそらくかなり高い確率でフロー状態だった。
Prayersに通い始めたときも、自分の目標は「いつでもフローに入れること」と定めていた。

現時点(これを書いている2024年)の見解としては、SAKU氏が正しいと思う。フロー状態は良い芝居の必要条件ではない。そんなことより「良い芝居」とはなんぞや!

次稿に詳細は譲るが、「フローに入っていれば無条件で素晴らしい芝居」という私の勘違いには、「注意欠陥多動性障害」と呼ばれる私の脳の特徴が深く関わっていた。
PrayersのともさんもありかさんもSAKU氏も「フロー!フロー!」と言いつのる私を苦々しく見守ってくれていたのだろう。
この勘違いのおかげで随分無駄な回り道をしてしまったが、経験しないとわからないこともある。

ともあれそんな風に私の2020年は終わった。

(続く)

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