めんどうな野郎達の「めんどくさい議論」


「この前友達とうどん屋に行ったんだけどさ、そいつが『冷たいうどんの方がうまい』って言うから、なんでなのか聞いたわけ」

目の前に運ばれてきたナポリタンは予想した以上に美味しくて、その前に食べたサラダに添えられていた肉厚のマッシュルームが、そのナポリタンの中にも入っていたことが僕には嬉しくて堪らなかった。
友人はフォーク、僕は箸でそのナポリタンを食べていた。

「ん、ほれで?」

店内の雰囲気も家具も、客席から見えるキッチンのデザインも、僕と友人の嗜好にかっちり突き刺さっていた。僕のコミュニケーション能力がもう少し高ければ、お兄さんの羽織るシャツがどこのブランド品なのか聞きたいくらい、そのお店はお洒落にまみれていた。

「そしたらさ、『熱いうどんって熱いじゃん。だから冷たいうどんの方がうまくね?』って言うんだよ。おかしくね?」
「…ん?ちょっと待って、難しいな」

僕は水で口の中を一度整理させながら顔を上げた。ナポリタンのピーマンはどうしてこんなにうまく感じるんだろう。

「だから、それって『冷たいうどん』と『温かいうどん』を『食べ比べて出した結論』ではねぇじゃん。『熱いの食えないから冷たい方がうまい』ってさ、それは『うまい理由』にはならなくね?」

友人はフォークの使い方が下手で、箸の使い方は僕なんかより上手かった。それなのになぜ彼はフォークを使って食べてるんだろう。ああ、ほら、巻けてないじゃん。

「それ、その友達に言ったの?」
「言うわけねぇじゃん。『ふーん、そうなんだ』って言っただけで終わり」

僕はそれを聞いて、とりあえずは安心した。


僕と友人の「めんどくさい議論」


「あー、なんとなく分かるよ、言いたいこと」

僕はとりあえず苦手なタマネギをかき集めて先に食べてしまっていた。でもなんだろう、ここの店のナポリタンソースのせいかな。お洒落な空間に麻痺してんのかな。ここの店のナポリタンに入っているタマネギは、とても美味しかった。

「Aの店のナポリタンとBの店のナポリタンを『食べ比べた結果』、Aの店のナポリタンの方が具材の大きさや麺の太さがちゃんとまとまっててうまかった、なら『Aの店のナポリタンの方がうまい』って言われても納得するけど、ろくに食べ比べても無いのに『Aの方がうまい』って言うのは『違くね?』ってことでしょ?」

僕は溶き卵をまわりに流したナポリタンにしたのだが、友人の目玉焼きが乗ったナポリタンもかなり美味しそうだ。黄身が半熟で、「目玉焼きの方も良かったな」なんて少し後悔した。

「そう、そゆこと。その理由で『イコールこっちが美味しい』はおかしくね?」
「まあ、そうだね。味じゃないしね」
「そ。『議論の材料としては弱いだろ』って思ったわけ」

でも溶き卵で麺をくるんで食べるのが美味しくて、「やっぱこっちで正解だったな」なんて思ったりして。調子に乗って麺を啜った僕はすっかり食べ始めた時の注意力を欠いてしまっていて、僕は見事にナポリタンのソースで紫色のTシャツにシミを作ってしまった。まだ着るのは三度目の最近のお気に入りだったのに。

「後さあ、『暑いから冷たい物食べたい』も分かんなくね?」
「え、なんで」

おしぼりでなんとか色は薄まったかもしれない。後は洗濯で落ちてくれるのを願うばかりだ。

「だって冷たい物食ったからって暑さって変わんなくね?」
「え。…僕はそれ普通に言っちゃうけど」
「え」
「え?」


サーモグラフィ論ってか。こっちは感覚論だよ


「『暑いから冷たい物食べたい』でしょ?僕よく使っちゃうけど」
「え、それっておかしくね?」
「なんで」
「いやだって、じゃあ冷たいうどん食って『暑さ』って変わる?」

ソースの味はしっかりしているけれど、それでいて塩辛いわけじゃない。段々と鉄板の上から無くなっていくナポリタンを「惜しいな」なんて思って見下ろしたのは初めてかもしれない。

「そりゃ口の中とか喉は冷えるかもしれないけどさ、一瞬なら。でも体の暑さってそんなに変わんなくね?」
「ああ、サーモグラフィで見たらってこと?」
「まあ、そゆこと」

タマネギ、マッシュルーム、ピーマン。それを全部フォークに突き刺して一気に食べる友人の食べ方がひどく魅力的に見えた。ただなんだか、もう箸からフォークに持ち替えることは意地でも出来なかった。僕はひとつひとつ、しっかり味わうことにしよう。

「『暑いから食欲ない』とか『暑いからかき氷食いたい』なら分かるよ」
「それならサーモグラフィも青になりそうだね」
「でも昼飯で『暑いから冷たい物食べたい』ってさ。いやそれで体冷えますか?って」
「んー」

こんな会話中でも友人は決してフォークの先をこちらに向けて来ないから、そういう所を僕は見習わなければならない。あの動作はかなり『威張りくさって』見える。

「だって冬でも冷たい物食うじゃん。アイスとか。夏に汗かきながら食うカレーとか美味いじゃん」
「んー。それは『感じたい温度を口にしたい』ってことなんじゃないの。『暑いけど汗かきながらカレー食いてー!』てのと、一緒じゃないの?」
「……あー…」

名残惜しい気持ちで僕は最後のひと口をマッシュルームと一緒に口に入れた。ひとつひとつ味わうと言ったけど、このナポリタンは全てがまとまっているから、この味わい方は『正解』なのだ。

「別にそれで体を冷やそうなんて思ってないよ。『冷たい物食べたい』って言うだけでもいいけどさ、なんとなく理由付けたくもなるじゃん。『コタツ入ってアイス食べたい』みたいな」
「……おん」
「ただ、うっかりってわけじゃないけど、『暑いから』って理由を言っちゃってるだけじゃん。『腹減ったからラーメン食いたい』ってのと一緒」

友人はフォークで鉄板に残ったソースをかき集めて、ろくに掬う事は出来ないままし名残惜しそうに少量のソースを口に運んだ。

「またそれは違うだろ」
「生理現象だから?」
「そう」
「でもそれも『理由』じゃん」

満足だ。腹も味覚も。ただ僕は最初に出されたメニュー表の「デザート」の文字が頭から離れなくて仕方なかった。

「極端だなぁ」
「自分もでしょうに」
「…甘いの食いたいな」

友人の呟きを聞いて僕は「すいませーん」と店員さんに手を上げた。


「美味しい」の基準


『煎茶のガトーショコラ』なるものが気になりすぎて僕等はそれを追加注文した。その前に運ばれてきた食後のアメリカンコーヒーは、苦みや酸味の主張が少ないかなり優しいふんわりとしたアメリカンコーヒーだった。

「うお、このコーヒーうまい」
「思った。美味しいよね」
「上手く表現出来ないけどな」

いつも動き回る周辺で寄るカフェのコーヒーは正直、「不味くはないけど…んー」と歯切れの悪くなるコーヒーだった。ここの店主のこだわりが、焼き物を使ったそのコーヒーカップ同様、豆の味にも現れている感じで、僕は勝手に嬉しくなった。

「あ」
「あ?」

熱々なわけじゃないそのコーヒーは、猫舌な僕にとってかなり有難い代物だ。

「『美味しいの基準』かもね」
「なにが」
「『冷たいうどんの方がうまい』って話し」

カウンターの男性に出すコーヒーを、どうやらお兄さんは間違えてしまったらしい。どうやら男性が頼んだのは「ホット」ではなく「アイス」のコーヒーだったようだ。その男性もお兄さんも物腰が柔らかく、僕はなんとか勝手なドキドキを感じなくてすんだ。

「その友達の『美味しいの基準』は『舌で感じる痛みの有無』なんじゃない?」
「ほう」

「よかったら、アイスとホット、どちらも味わってみてください。お詫びとしてはなんですが、きっと楽しんでいただけるかと思うので」「ああっすいません。はい、ではお言葉に甘えて」。男性とお兄さんのやり取りは、なんだか僕にとってとてもステキなやり取りとして映った。

「だったらその友達はすでに『熱い物』と『冷たい物』の比較は済ませているわけだから、『冷たいうどんの方がうまい』。その理由は『俺の舌に優しいから』、なんじゃない?」
「ふーん、なるほどな」
「だったらその友達の『美味しい』はちゃんと『議論の材料』になるよね」

運ばれてきた『煎茶のガトーショコラ』はまるでスキーのジャンプ台みたいな形だった。『ガトーショコラは茶色』という僕の中の常識が変わった瞬間である。

「ふーん」
「…え、飽きた?」

わくわくしながら口に運んだ『煎茶のガトーショコラ』はしっかりガトーショコラで、濃厚で、鼻息をするとお茶の香りがして、抜群にふんやり優しいコーヒーとマッチした。

「もう少しやろうよ、議論」
「うん、また今度な」


「めんどくさい発見が多い」のは友人だが、それを「深堀させるとめんどう」なのはいつだって僕である。



雑談:
先日友人と『抜群にうまいカフェ』に出会った時に交わした会話。いやマジで美味しかったし、確実に『近所に欲しいカフェランキング』1位の店だった。ただそのカフェは僕の家から車でざっと二時間かかる場所にある。こんな悲しい出会いと別れは何年ぶりだろうか。しかも僕にはその店の行き方が分からない。今日一緒に行った彼が「あのカフェ行こう」と誘ってくれるのを、今はただ願うばかりである。




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タヌキ ハマ

ただの全力青色フリーター。フィクションであり誰かのノンフィクションの様なモノ、激しい独言から記録まで。@8mq_tnk
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