フォーエバーアンドエバー2

狭い家の小さな頭の中でうじうじと考えても仕方ないので、近くのきれいな湖に来たら、
天気もいいし暖かいし、どこからかサックスの練習も聴こえるし、
水の波紋は美しいし、鳥の鳴き声は瑞々しいし、散歩中の犬は可愛いし、
あぁ、完璧だな、と思ってぼんやりしてしまった。
完璧だ、何もないで満ちてる、つまり、全部すでにある。
分かってる、分かってるのだ。
でもやっぱり、何者かになりたくて、何かを為さねばならない気がしてしまって、そして紫のバラの人(しつこいけど昨日ガラスの仮面読んじゃったから)がいれば、いやそこまで言わずともふつうに夫とか恋人とか伴侶とかがいれば、人生はどんなに豊かになるだろう。そう思ってしまう。
不仲な両親を見て育ったので、幸せな結婚に憧れると同時に、結婚したら終わりだと強く思っていたし、母親の女嫌いに小さな胸を怯えさせて、愛されたい故に懸命に男の子のように振舞ってきた。そんなわけで大人になっても当然恋愛がうまくいったことが一度も無いのに幼い頃からの憧れだけは消えずにずっとある、という理想と現実と憧れと恐怖がごちゃまぜになった厄介さで一人身悶えして生きてきた。でも歳を重ね色々経て、今は友だちみたいな好きな人がいるのが一番良いなと思っている。

話がだいぶズレた。
その1でも書いたけど、スピリチュアル本でもよくある「すでにある」という思考法(?)をするまでもなく、あのとき、一人で本当に孤独と悲しみの底にいたとき、宇宙意識が私を貫き蘇った「すべてある」という感覚は、今も、常に、私と共にある。
でも生きているとすぐに忘れて現実や身体の記憶に引っ張られて、「無い」方に行ってしまう。
それはもう、癖みたいなものなのかもしれない。
だから、このウジウジを解決するには、何があろうと無かろうと「ある」のほうに居続けると決めることだ、と、分かっているのに、それが簡単なようでいて、なぜか怖い。
なぜだろう。
考えて、思った。
ひとつはさっきも書いたけど、癖だから。
癖って、ずっとそうしてきたから癖なわけで、変わりたいと望んでいてもいざ変わるとなると、なぜかぞわぞわと怖い気持ちが湧いてくる。
そしてもうひとつは、今、目に見えないからだ。
パートナーも、お金も、使命も、肩書きも、何もかも目の前に見えない、つまり「無い」。
「ある」ほうに居続けると決めることは、「無い」という目に見える今のリアルや自分の選択を一度思いっきり自覚しまくることになる。何の言い訳もせず。それは怖いし、かなり痛い。
その上で。
今の物質的な無さを自覚した上でも無くならないこの「ある」という感覚を、本当に信頼できるのか、ということ。
それはつまり、「今ここにいる自分をまるごと信頼できるのか」ということで、
「宇宙をまるごと信頼できるのか」と同じことだ。
お金がなくても、恋人がいなくても、使命がなくても、才能がなくても、役立たずで生きてる意味なんかないひとりぼっちな自分をそのまままるごと信頼できるのか、ということだ。
それでも「全ては愛だ」というこの宇宙意識の感覚を、全肯定しかないという感覚を、本気で全肯定できるのか。
悲しくても、淋しくても、ひとりぼっちでも、何もできなくても、役立たずでも、なんの肩書きも使命もなくただ生きて死んでいくとしても、宇宙からきて宇宙にかえっていく、全てのうちの一粒である自分をまるごと愛せるか。
もし宇宙が愛そのものならば、答えはイエスしかない。
だってそこには全肯定しかないから。「そんな自分は愛せない」という自分の思いにすら、宇宙はイエスと言うのだから。
全肯定とはオセロの黒を白にひっくり返すことじゃない、黒も白も丸ごとそのままでよしということだから。
その永遠の、完璧に守られた、愛の中で、さぁあなたはどうしますか?と問われているのだ。
宇宙を信頼するのか、つまり、自分を信頼するのか、ということを。
今、生きているということは、この宇宙から愛され、この身体から、身体を作り上げる細胞から、許され、愛されているということだ。どこにいても、何をしていても。
そして他と誰でもないこの私だけが、その私を、役立たずだ、何にもならない奴だと責めているのだ。
それは、あんまりにも、あんまりにも、あんまりだし、
もう自分にそんなかわいそうなことをするのは本当にやめよう。
自分が自分の欲しかったお母さんやお父さんや友だちや恋人に、もうなることが出来るのだ。
そんなのって、いよいよ本当にひとりぼっちの淋しい人なんだろうか?
そうかもしれない。
街には幸せそうな家族連れや恋人たちやわいわいしている人たちがたくさんいる。やりたいことを見つけ、やりたいことをやって人気が出たり、国民的に有名になっていく友達を、何人も見送った。
その中で自分だけがいつも、宇宙にぽっかりと存在しているような、川の流れの凪ポイントにいるような、変な感じがしている。
それでも、思う。
生きてるというだけですごく面白いし幸せなんだけど、せっかく生まれて来たのだから、やっぱり何か面白いことをしてみたい。
そしてそれを人と分かち合ってみたい。
そのほうが楽しそうだし、この体にいる時間はとても短く、有限だから。

もう少しつづく。

5

持山まさみ

day

日々のこと
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。