冬、近所の大型園芸店で切花を買ったら、良かったらどうぞと球根を3個くれた。
持って帰ってなんとなくそのまま台所に放置していたのだけど、やっぱり植えないとな、このまま死なせてしまうのはちょっとな、と思い、夏にパクチーを収穫したまま放っておいたプランターに、ポンポンポンと適当に並べて植えた。
芽が出たらお慰み、というくらいの諦めの気持ちで。
なんでかというと、昔から私は一度も植物をちゃんと育てられたことが無いから。
というか、何故かいつも枯れてしまう。
中学生の引きこもり時代、初めてお願いして買って貰った観葉植物を一日中抱いていたら、二日後に茶色くカラッカラに枯れていて、すごくショックだった。
それからも植物をちゃんと育てられたことがない。
去年の夏に子供と育てたミニトマトも出来ずに終わった。
気にしすぎ、気にかけすぎなんだよ、と言われるけど、本当にそうなのかもしれない。
自分では分からない。
とにかく一種の(根のある)植物恐怖症みたいになっていることは確かだし、好きだけど育てられない、好きだけど枯らしてしまうことへの罪悪感と悲しみがあった。
それで、貰った球根を植えることにも抵抗があったのだけど、どうせこのまま放置してたら咲かないんだ、えい、ままよ!という感じで、植えてみた。
ら、
なんとある時突然芽が出て来た。
素知らぬふりをしつつ(あ、出てきたの?でも気にしてませんよ、的な顔で)、内心「おおお・・・!」と思った。
そしてなるべくあまり気にかけないようにしていたら、すくすく育って、花が咲くまでもう少し、というところまできた。
チューリップの球根だったらしい。
嬉しい。咲くのが楽しみ。
でも、ここで浮かれず、グッとその気持ちを抑えて、引き続き素知らぬふりをして、期待もせず、じっと信じて花開く日を待とうと思う。

この感じ、ほんと子育てとよく似てるな、と思ったけど、実際は子供は私などとっくに越えてすくすくと健やかに育ってくれているので、私はその姿に励まされるばかり。
やってあげてるようなこと、たとえばご飯とか、お風呂とか、幼稚園の準備とかって色々あるけど、そんなの別に大したことでなく、ほんとうに子供に出来ること、してあげられることって結局、伸びていく方向を邪魔しないことだけだよなぁと思う。
雑草くらいはたまにどけたり、もし弱った時は支えたり励ましたりしつつも。
私は自分のことをやるだけ。

この間書き終えた小説の中で美智夫くんという男の人が<花は急かしても早く咲かないように、菜穂ちゃんが菜穂ちゃんでいたら、そこを外さなければ全て上手くいくんだと思うよ>みたいなことを言っていたのだけど、ほんとそうだね・・・と思う。
自分が書いたものに、そうか〜と思いつつ。
焦らずに。
春はもうすぐ。


#日記 #エッセイ

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持山まさみ

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