フォーエバーアンドエバー3

1.2と、ずいぶん時間をあけて、この思いについて書いていた。
時間をあけると、気持ちが変化していく。
最初にこのnoteを書いたときの気持ちと、微妙に、少しづつ変わっていく。
それが良いでも悪でもなく、ただ、そうなんだなと思う。
毎日違う、日々揺れている。
振り切ったり、戻ったり、同じところをずっとぐるぐる回っているような気にもなる。
その中にいながら、その自分を遠くから眺めているような感じもする。
そんな思いの行き着くところはいつでも決まっていて、人生は遊びだから、好きに遊べばいいんだよ、というところに結局は落ち着く。

ふと鼻先に蘇る記憶がいつだってみずみずしい。
懐かしいこの感覚を少しでも捕まえて、ことばにして、また忘れてしまえばいいと思う。
何者でなくても自分にとっては自分のままでありたい。
そこだけ繋がっていれば、自動的に宇宙に繋がっていられる。
それだけしていれば、心もとなくない。
誰かに自分を証明する必要はなくなる。
今日は鼻先に雪の匂いがする。
冷たい、雪の、水っぽく新しい匂いがする。
外は晴れているし、雪は降りそうにないけど。

前回のnoteを書いた後、元夫に、何者でもない自分は何になればいいか?と聞いてみたところ割と真面目なトーンで「瀬戸内寂聴の二代目」と言われ、
息子に聞いてみたところ「子供の面倒をちゃんと見てあげる優しいお母さんかな。大丈夫、チャン(私のこと)ならなれるよ」と穏やかに励まされて、笑った。

何者でもないということに穏やかに満ちていられるとき、こころは一番平和だ。
お金がなくても、恋人や家族がなくても、才能がなくても、病気でも、そういうところと何も関係の無い平安の場所が、本当はいつでもここに生きる自分といっしょにある。
それは肉体という有限の中にある無限だし、今という瞬間であり、同時に永遠でもある。
生まれる前の、胎内にいた時のような感覚の中で、同時に今に生きること。
人間としてこの地球に生きるということは、本当に面白いことだな、と思う。
相変わらず別に何者でもないけれど、このnoteを書いてきた時間の中で、ここに生きる私は、今のところそう思っている。

さて

12月1日から書き始めたこのシリーズも冬至の今日でおしまい。
長年自分の経験や感じている感覚をあまり人に言ったこともなく、それに宇宙とかバンバン書いて人におかしいと思われる!とビクビクしていたけど、友だちの「まさみちゃん、時代は変わってるんだよ!もう魔女狩りとか無いから!」の声に後押しされ、しかも読む人などほぼいないのに何をビビってるんだと自分に突っ込みつつ書きすすめてきた。
いつでもそうだけど、自分の書くものは自分への手紙のようなものだなと思う。
「彼方からの手紙」というタイトルの歌があるけれど、本当にそういう感じ。
いつかの自分から、いつかの自分への。
夜が一番深い今日に書き終えられて良かった。

7

持山まさみ

day

日々のこと
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