ちょっと補足

*今回のnoteを「書いたよ!」と発表するのは自分にとっては手足が冷えて震えるほど緊張して怖かった(今も怖い)のだけど、プリミ恥部さんがハタチの頃に「恥部解禁」とだけ書いた年賀状を出したエピソードを思い出して、わ、私も!と勇気を振り絞り、投稿ボタンをポチッとしました。フリーザ様が惑星ベジータを破壊してしまうときの「キェェェェッッ!!!」という雄叫びとともに・・・。(息子と映画館でブロリー見てきました。最高だった!)

*中学生のときに思い出した〈あの感覚〉は実は幼い頃からずっとあったのだけど、この感覚はおかしいことだ、いけないことだ、恥ずかしいことだと大きくなるにつれて去勢され、完全に(自分からも)抑え込まれたときに一度本当に死にかけたのだけど生きるために強制的に思い出された、という、そんな感じがします。

*彼方からの手紙、と言ったのは、
それでもずっとコソコソ隠して合わせようとしてきたけど、本当にそれでいいの?いつまでやってんの?死ぬまでそれやるの?といつかの自分に言われた気がして、あーもういいや、このままで、と開き直ったというか、自分に楽になろうと決めた決意表明、というような感じがしたからです。
だからといって突然どうこうなるってわけじゃなく、普通に家事育児も変わらずあるし、笑ったり怒ったり泣いたりして日々を生きていく。

*もう少しだけ書くと、前回のnoteに書いた、両親や家族について感じていたものは、絶対的な真実ではなく「出来事に関して自分がそう感じていた事」だというのも今なら分かっています。でもその時の私にとってはそれが真実で、その苦しみも悲しみも間違いなく現実だったのです。

*そこを、もともとはちびまる子みたいなウヒョウヒョしていた幼な子が懸命に死なずに死ぬ気でサバイブしてきたのだから、今の私が変に分かったようなお利口なふりをせず、いいよいいよあなたはそのままでいいよ、と思い、そのまま書きました。
今は、自分ぐらいはどんな時のどんな自分もまるごと認めて褒めてあげたっていいじゃないか、と思ってるから。

*そうしたら、不思議な事に、
誰が何を言おうと、別にいいや、という気持ちになりました。
あんなに周りの人にどう思われるか、どう言われるかということを気にしてたのに。
誰に遠慮することも、妬みにスペースを譲ることもないや、そう思うようになりました。

*そうしたら、自分の中に棘のようにあった人に対しての小さな妬みや嫉みも無くなったような気がします。いや、まだあるのかな。
いいな〜とかは全然あるけど、変にブスブスしない、濁らないような気がします。
状態が良い時ばかりじゃないし、自分がたまらなく惨めに思えたり、ホルモンバランスで自爆したくなる時とか全然あるし、何か言われたらそりゃ嫌だなとは思うだろうけど、
自分を蝕むようなことはもうしなくていいというか、踏みとどまれるというか。
分かんないけど。
分かんないけど、そうでありたい!

*これからも色々あるであろうことには変わりはないですが、シンプルに物事は見ようと思えば、とてもシンプルなことがこの歳になってやっと分かったような気がします。
ちょっと日本語が変ですが、ピタリとこんな感じです。

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持山まさみ

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